アニメがヒットするなんて、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!)
──ちょうどアニメの話題が出たのでお聞きしたいのですが、おふたりから見て、『わたなれ』のアニメの反響はいかがでしょうか?
みかみ氏:
いやぁ……めっちゃヒットしましたよね。
始まる前までは、わたしは「無」でいようと決めていたんです。
人生において、「アニメ化」というものには期待しないようにしていたんです。自分の力ではどうにもならないことが、あまりにも多すぎるじゃないですか。
──アニメ化は、いろいろな意味で原作への影響も大きいですよね。
みかみ氏:
だから、わたしはある瞬間から心のスイッチを全部オフにして、どうあっても傷つかないように生きていました。
ただ、待ってくださっている読者さんと、がんばってくださっているスタッフの方のためにも、「やれるだけのことはやろう」と思っていました。アフレコも全部行ったし、脚本会議も全部出て、絵コンテも全部チェックさせていただいて……「よし、これだけやってもダメなら仕方ないな!」と自分で思えるまで、ちゃんとやろうと。
K原氏:
アニメ化に関しては、編集者によっていろんな考え方があると思うのですが……僕のひとつのスタンスとして、「アニメ化は、ライトノベルにおいては億単位のお金をかけた宣伝だ」という考え方をしています。
これは昔なにかで読んだ言葉を借りた考えなんですけど……要は、「ライトノベルとアニメは別だよ」と、切り離した考え方ですね。
そもそもアニメ化する作品も多くはないし、アニメ化しても原作の売り上げには跳ね返ってこないこともある。業務量や関わる人も一気に増えて、良いことも悪いこともたくさん起きるので、『わたなれ』のアニメ化が決まったとき、編集部の人からは「気を強く持て」と言ってもらいました。
とはいえ、僕自身は『わたなれ』の面白さを信じていたし、大げさですけど、このアニメが失敗するのは、世界にとっての失敗だと思っていました。だから、「賭けられるものぜんぶ賭けてでも、成功させなきゃいけない作品だ」という、危機感と使命感と悲壮感みたいなものは、ずっと持っていましたね。
──さきほどもチラッと話されていましたが、みかみ先生がアニメ化するうえで「原作からセリフをわかりやすく調整する」などを意識されていたのが、アニメのヒットにも繋がっているような気がします。
みかみ氏:
ひとつの本に詰まっている要素はひとつだけじゃないし、小説・マンガ・アニメと、媒体の違いによってどこを「売り」にするかは、それぞれで違うと思うんです。
そして、アニメの場合は「刺激」の割合が強いし、それが必要になる。
アニメは1話見ると、翌週の放送まで1週間空いちゃうから、細かい話を忘れたりするじゃないですか。だから原作通り1冊単位で細かい伏線を貼っていく物語は、アニメ視聴者にとっては受け取りづらいものになってしまうと思います。
なので、よりわかりやすい描写に変えたり、大事なセリフは繰り返して印象付けたり……そういう媒体の違いは、よく考えていましたね。
K原氏:
アニメに関しては、本当にみかみさんがやれることを全部やってくださって……制作会社がstudio MOTHERさんに決まってからは、内沼(菜摘)監督が関わったアニメをすべてチェックして、「MOTHERさんはこういうアニメを作る方々なんだ」ということを把握されて、それを活かそうと動いておられました。
たとえば、アニメ版の『夫婦以上、恋人未満。』のこの演出や描き方が良くて、それを『わたなれ』ではこう取り入れて……といった形で、現場の方とも密にコミュニケーションを取っていらっしゃったんですよね。
だから、僕は「みかみさんは、アニメスタッフさんたちが120%の力を発揮できるような立ち回りをしているんじゃないかな」と思いながら見ていました。
K原氏:
みかみさんのほうから、アニメスタッフの方にコミュニケーションを取りに行き、「なんでも聞いてください!大歓迎!」とスタンスを示されていて……だから、すごく円滑な現場だったと思います。
みかみさんがそういうコミュニケーションを取ってくださったからか、全体的に話しやすい雰囲気が作られていって、次第にスタッフの方々が僕にも相談してくれることが増えました。「こういうことをみかみ先生に聞いてみたいんですけど……K原さん的にはどうですか?」みたいに。
些細なアイデアや「こんなことも聞いていいのかな?」といった話を僕に言ってくださって、僕からみかみさんに伝える──。そのおかげで現場全体での情報量や細やかさが増して、アニメの制作現場としては、すごくいい環境になっていましたよね。
みかみ氏:
原作者って、アニメスタッフのみなさんにとっては怖い存在だと思うんです。きっと「原作者次第で、自分たちの努力が無に帰すかもしれない」という恐怖は絶対抱えているはずだし……そこも、結局信頼度やコミュニケーションだと思うんですよね。
K原氏:
あと、みかみさんは「褒める」ことがめちゃくちゃ上手い。
それこそ、アニメーターさんひとりひとりを褒めるくらいの勢いで全部見ているし、現場でも「見ました!」「良かったです!」といったことをハッキリ伝えているんです。これは一朝一夕じゃできないし、そこはずっと意識されているのかなと……素直に尊敬するところですね。
みかみ氏:
そもそもガールズラブコメディというジャンル自体が挑戦でしたから、アニメも「みんなの総力を結集させないと勝てないよね」ということは意識していました。
でもアニメがウケたのは、すべてアニメスタッフさんの頑張りですよ!
K原氏:
それは勿論です!
ありがとうございます、アニメスタッフの皆様!
毎回必ずお風呂に入るなんて、ムリ!
──話の流れが変わってしまうのですが、なぜ『わたなれ』にはいつもお風呂シーンがあるのでしょうか?
みかみ氏:
これは、「真面目な解答」と「不真面目な回答」があります。
まず、不真面目なほうからお答えすると……人間って、毎日必ずお風呂に入るじゃないですか。そういう日々の営みが毎回出てくるのは、当たり前じゃないですか? だって、お風呂入りますよね? じゃあ、お風呂シーンがあるのは当たり前じゃないですか?
……というスタンスを、いまは貫いています(笑)。
一同:
(笑)。
みかみ氏:
真面目な作劇上の理由としては、百合作品としての「売り」を作るときに、「百合でしかできないもの」がいくつかあって……そのなかで『わたなれ』がテーマにしているのは、「恋愛と友情の境目は、あやふやだよね」といったものです。
そのテーマを書くときに、お風呂シーンはすごくちょうどいいんです。
男女が「友だちだけど……」といってお風呂に入るシーンは、絶対ないじゃないですか。それはもう「別に友だちだけど?」とはさすがに言い張れない。でも、女の子同士で一緒にお風呂に入るのは、「友情」の範囲内なんです。その題材を書くにあたって、お風呂シーンがベストだなと。
最初はそんな感じで入れていたシーンだったのですが、2巻から「これ毎回やったら面白くない?」と。

みかみ氏:
あと、竹嶋えく先生のカラーイラストでお風呂のシーンが毎巻見れるって……それ作品の売りになるじゃん!って気づいたのもあります。
毎巻いろんなシチュエーションを考えています。もはや「誰かとお風呂に入るために、物語を持っていく」というノルマになっているかもしれません……。
でも、実際アニメで役に立ったし!
──紫陽花さんとのお風呂シーンも、アニメだとよりすごかったですよね。
みかみ氏:
アニメスタッフのみなさんが「この作品はお風呂シーンが魅力なんです!」と描いてくれて……。
K原氏:
なおかつ、できるだけ湯気も少なくしようと頑張ってくださっていましたね。
みかみ氏:
あれは、監督が湯気をつけると逆にその部分が強調されてしまうから、という意図をおっしゃってましたね。あくまで「ここは日常の延長線上なんですよ」ということを演出するために、あまり露骨な演出はしないようにしていたそうです。
K原氏:
あと、原作の段階で、みかみさんが「お風呂シーンは物語のちょうど中間で、フェーズをひとつ切り替えるために入れている」という話もされていましたよね。
みかみ氏:
1~4巻に関して言うと、「キャラクターと仲が深まっていく」ということが物語の進捗になっているんです。そして、お風呂シーンは「ある程度、そのキャラと打ち解けた」ことを示している……つまり、「親愛度解放の儀式」なんですよね。
親愛度が10に達したから、お風呂シーンが解放されるような描き方です。
──「ご褒美スチル」みたいな感じなんですね。
みかみ氏:
正確な順序としては、「一緒にお風呂に入ったから、そのご褒美として打ち解けた会話ができるようになりました」という感じです。「そのキャラとここまで仲が深まって、ある程度ふたりは本音で話し合うことができるようになりました」という証明としての、お風呂シーンですね。
そして、全4章のうちの2章の半ばまでにそのイベントを起こすことで、3~4章ではもっと突っ込んだ話ができるようになる。そのキャラの本質的な問題を解放するための条件が、お風呂イベントを経由することで整うんですよね。
やっぱり、1~2章のキャラと仲を深めていく過程は楽しいのですが……そこは既定路線でしかない。だから、そこまではテンポよく描き、先の3~4章で本当の問題を解決していくことで、1冊の本としての面白さもどんどん増していくようにしています。
「れな子に恋はできない」ってタイトルじゃ、ムリ?
──ちなみに、『わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?)』という特徴的なタイトルは、どのように決まったのでしょうか?
みかみ氏:
わたしは、同人誌を作っていた時代に「中身がわかるタイトルにしよう」というタイトル付けを行っていたんです。同人誌には、表紙とタイトルしか情報量がないから、前を通った人がその見出しに食いつかなきゃいけない。
だから、「この話はここが面白いんですよ」というのを全部伝えられるようなタイトルにしていたんです。それが、『わたなれ』ではああいう形になりました。
ただ、これって事前に知れる情報の少ない「ラノベならではの戦略」だと思っていて……アニメ化したあとであれば、もうちょっとファジーなタイトルでもみんな読んでくれるはずだし、逆にあのタイトルだから敬遠してしまう人も出てくるはず。だから、もしアニメ化するときにタイトルを変えられるのだとしたら、変えていたと思います。
K原氏:
タイトル案は、いくつか原型となるタイトルがあって、その派生系をいくつも考えていましたね。細かいアップデートなども含めると、たしか、20~30案くらいは出していたと思います。
そこから最終的に『わたなれ』に決まるのですが……最後まで残っていたもうひとつの案が、「れな子に恋はまだ早い。」だったと記憶しています。
みかみ氏:
あれ? そんな感じでしたっけ?
K原氏:
当時のメールのやりとりを遡ると、そうみたいですね。『わたなれ』のような比較的長文なタイトル案と、「れな子に恋はまだ早い」のような青春感のあるタイトル案で悩んでいました。
そこからふたりで相談するなかで、さきほどみかみさんが言っていた「ラノベの戦略」としての考え方や1巻原稿の内容などを踏まえて……ライトノベルとしてこの作品を出すなら、『わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?)』のほうが良さそうだね!となりました。
ちなみに、そのときのタイトル案の候補も残っているので、お見せしますね。

──ほかのタイトル候補を見ていると、「ムリ」という言葉がどれも共通している印象があります。
みかみ氏:
「嫌がりながらも、落とされてしまう主人公の話」をテーマにすることは決めていたから、そこがわかりやすいタイトルにしようとは思っていましたね。
最終的に、「面白いものがいい」というのが決定打になって、『わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?)』になったんじゃないかなと。
K原氏:
ひらがなと漢字のバランスであったり、書籍としてデザインをしたときにどう見えるかというのを含めて、考えていましたね。
これは竹嶋えく先生の最高カバーイラストがある前提ですが、まず「ムリムリ!」というセリフ的なタイトルが、表紙を飾る主人公のれな子が言っているように印象づけできる。
そのうえで、「ムリじゃなかった!?」という“!?”マークがあとにつくことで、読者としては「……ということは、お前たちはくっつくのかい?」といった期待感を持って、読んでくれるんじゃないかなと。
さらに、「ムリムリ!」「ムリじゃなかった!?」というカタカナとひらがなのバランスが、作品全体の「ガールズラブコメディ」としてのコミカルさを伝えられるんじゃないかなと思ったんです。

K原氏:
たとえば、タイトルの候補としてあがっていた「女同士で恋人になれるわけないじゃん」の場合……「わたし(が恋人に)」と「女同士(で恋人に)」を比べると、「わたし」のほうが読者に近いかなと思います。「女同士」にすると、やっぱりガラス越しに物語を眺めるような印象になってしまう。
それよりは、ハッキリ「あなたは(読者)はれな子だ!」「“わたし”だぞ!」と伝えたほうがいい。だから、最終的に「わたしが恋人になれるわけないじゃん」を選びました。
これは企画から立ち上げているからこそのメリットかなと。みかみさんが原稿を熟成させていき、作品への理解を高めていく。そして読んでいる僕も理解が高まっていくなかで、最終的に「この作品にとって、このタイトルが一番いい」というところまで持っていけたのは大きかったと思います。

K原氏:
ちょっと話が逸れますが、原作1巻の表紙のデザインは、最終的に30案くらい出してもらっていたんです。
──30案ですか!?
K原氏:
最初は大枠として8案くらい出していただき、その中からいまの原型となるデザインが決まって……そこからさらに、色やフォントの大きさなどの細かい調整を含め、最終的に20案くらい出してもらった記憶があります。
こんなこと、普通はしない……というか、できないです。
デザイナーさんだって大変ですし……ただ、『わたなれ』を担当してくださったデザイナーさんが、「どうやらこの作品はK原さんも気合いが入っているらしい」「そしてどうやら百合の運命がかかっているらしい」と熱量を汲んでくださって、細かい調整も含めて時間の許す限り付き合ってくださいました。
いまも、いろんなお仕事でお世話になっている最強のデザイナーさんです。
みかみ氏:
ある意味、インディーズの作り方ですよね。
お互いに「この作品で売れなきゃいけない」という条件が揃っていたし、だから時間も人も度外視でかけていた。そういうのは、1ヶ月に何本も作らなきゃいけないノルマのなかでは、作りづらいやり方だと思います。
K原氏:
いまこれと同じことをやれと言われたら、絶対できないです。
僕がまだ編集者になりたての時期で担当作が少なく、かつ何が正解か分からない手探り状態だったからこそ、時間をかけて捨て身で行えた所業だったんだと思います。




