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『ギ・クロニクル』第一夜(End 12「絶望」)

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『ギ・クロニクル』第一夜(End 12「絶望」)_015

 時間が過ぎても、
 僕はまだ悩んでいる。

 本当に、いいのか?
 たった5人の同胞を、
 自分たちで殺すなんて……

 しなければ、もっと犠牲が
 出るかもしれない。
 出ないかもしれない。
 でも、もし出たなら……

 『死体の乙女』は、
 最悪の状況でも、
 次善を尽くすことを尊ぶ……

 だからって……

「……もうすぐ、夜ですね。
 天気が良かったせいか、
 今日は多く進めました。
 
 皆さんの沈黙と勤労に、
 改めての感謝を。
 
 ここで足を止め、
 すべきことをしましょう」

「……ほんとうに、やるの?
 ゴニヤはやっぱり、
 えらびたくないわ……」

「気持ちは分かるぞ、ゴニヤ。
 じゃが……理不尽も、
 したくもない決断も、
 時に要るのが人生でのう。
 
 それで傷つき、磨かれた魂を、
 『死体の乙女』は選ぶ。
 
 踏ん張りどころじゃぞ」

「その通りです、ウルヴル。
 悩み、迷い、
 同胞を想うことを、
 我らは誇りましょう」

「……能書きはいらない。
 済ませよう。
 日が落ちる前に」

 ヨーズのいらだった、
 しかし真摯な声に、
 僕らは口を閉じ、
 詠唱を待った。

『ヴァルメイヤ、
  我らを導く死体の乙女よ!
  信心と結束をいま示します!
  ご照覧あれ!』

 
 血と肉と骨にかけて──
 
   みっつ!
 
     ふたつ!
 
       ひとつ!」

 掛け声に合わせて、
 僕らは一斉に、指さした。

 そして、言葉を失った。

 ビョルカさんが指さしたのは、
 ジジイ。

 ゴニヤが指さしたのは、
 ヨーズ。

 ジジイとヨーズが
 指さしたのは、
 ……僕だ。

「『死体の乙女』の名において、
 ワシはフレイグを指名する。
 
 言いたくもないがの……
 今のワシらの中で、バケモノと
 戦えるのは実質、小僧だけ。
 
 ヨーズも斬り合いじゃ
 小僧に敵わん。
 
 ゆえ、敵が乗りうつるなら、
 小僧じゃろう……」

 ……は?

 何を、言い出すんだ?

 別にいいんだ、
 僕が選ばれること、
 それ自体は。

 なぜそんな、
 言わなくていいことを──

「私、べつにない。確証とかは。
 ただ。
 選ばなきゃならないなら。
 
 殺せるの、
 
 この中では、フレイグだけ」

──待ってくれ、

 待ってくれ、ヨーズ、

 お前が僕を嫌ってるのは
 知ってたけど、

 本気で、
 殺していいとまで
 思ってたって?
 だから、今選んだって?

 何だよ、
 何だよ、それは……!

「ふたりとも、おかしいわ!
 どうしてそんなこというの!?」

「ゴニヤの言う通りです!
 『儀』で我らのすべきは、
 ただ、選ぶことのみ!
 それ以外の言葉は不要です!
 まして、そのような、
 言い訳のめいたこと……!
 
 これはヴァルメイヤへの
 裏切りですよ!」

「……知らない。私は以上」

 言って目を反らす、ヨーズ。

 2人の雑な言葉は、
 ノコギリのように
 心を削っていった。

 あえて口にされた、
 僕への疑念が、

 僕への嫌悪を、
 露わにしたものに思えて。

「……乙女への裏切り、じゃと?
 
 じゃあ聞くがのビョルカ。
 何の理由も聞かされず、
 ただ『犠』となるほうが、
 納得いかんとは思わんか!
 
 ワシなら思うぞ!
 剣が折れたならなぜ折れたか、
 ワシの腕か、使い方のせいか!
 知らずには死に切れん!
 
 全てを乙女の意志じゃとして、
 いったい誰が救われる!」

「……まあ、分かる。
 
 鍛冶も、猟も、
 『なぜ』を考えなきゃ
 やれない仕事。
 みんなが嫌う、
 『理(り)』ってやつ。
 
 フレイグも、分かるはず」

 ……ああ、分かるよ。
 『理』の追求は、
 『死体の乙女』の信仰では
 ある意味で避けられてる。
 それは人を、際限ない追及と
 攻撃へと駆り立てる。
 刃と同じ。
 振り回せば人を傷つける。

 だから、使うなら僕や
 レイズルさんの仕事、
 そのはずだろ……

 なぜそうやって、
 僕に向けるんだよ……!

「わからない……
 『理』はこわいものと
 おそわったわ。
 こんなやりかたで使って
 ほんとうにいいのかしら……
 
 こわいわ……ふたりとも!」

「落ち着きなさい、ゴニヤ。
 確かに『理』は、我らでなく
 ヴァルメイヤに委ねるべき。
 しかし刃と同じく、
 人を想う心があれば役に立つ
 ものでもあります。
 
 ……分かりました。
 あなたがた2人が
 あくまで良心に基づいて
 『理』を振るうと言うなら、
 信じましょう」

「私は別に、『理』なんて……」

「しかし、それを他人に強いる
 ことはできません。
 私やゴニヤが、良心に従って
 黙っておくこともまた──」

「──いや、だ、
 
 明かして下さいよ、
 ビョルカさんも、ゴニヤも、
 
 でないと、
 でないと僕は……」

「フレイグ!?」

「そうしないと!
 みんな同じにしないと!
 なんか……イヤなんだよ!
 
 分かるでしょ!?」

 苦し紛れに吐き出した言葉は
 みにくかった。

 恐ろしかったんだ。

 僕への疑いだけが、
 『理』という刃で
 ギラついてるのが。

 ゴニヤやビョルカさんの
 疑いが、刃の有無も明かさずに
 ただそこにあるのが。

 『理』を避ける『村』
 僕はそれが不思議で、何なら
 少し気に入らなかった。

 でも、自分が食らって、
 分かった。
 これが『疑』だ。
 『信』を失い、
 際限なく人を疑う、
 『理』が起こす災いだ……

 いちど『理』を手にすれば、
 こうなってしまうから、
 『乙女に返す』のも
 ひとつの知恵だったんだ。

「……皆の気持ちも分かる。
 じゃが、ここはあえて、
 『理』を手にとるべきと
 ワシはあえて繰り返す。
 
 ゆえに皆が、疑いの理由を
 述べることにも賛成じゃ。
 いずれそれを振り返って、
 分かることもあろうからの。
 
 ビョルカよ。
 どうしてワシを指さした?」

「……ふう……
 分かりました。フレイグまで
 それを望むというのなら……
 『理』で救いがあるか、
 試すこととしましょう。
 
 では、言います。
 『儀』をすると決めてすぐ、
 あなたはすぐ『理』に
 走りましたね、ウルヴル。
 
 職人としての心がそうさせた
 とも思えましたが、少し、
 奇妙に思えた。
 それ以上のことはありません」

「ムウ……なるほどのう。
 ゴニヤ、お前はどうじゃ」

「ゴニヤは……ゴニヤは……」

「……もしあなたが良心から
 言いたいのであれば、
 ヴァルメイヤへの責は
 私が負います。
 
 でも、いいのですよ、
 無理をしなくても……」

「……ううん! 言うわ!
 こどもだからって
 あまえたくないから!
 
 
 ゴニヤには、つよい理由なんて
 ありはしないの。
 
 ただ、ヨーズが……
 
 さいきん、フレイグに、
 なんだかつめたくて、
 へんだから……」

 ヨーズは顔を反らしたまま、
 ただ、肩を小さくすくめた。
 それだけ。無言だった。

「……そう。ありがとう。
 
 では、フレイグ。
 あなたの『理』を聞く番です」

「……僕は……」

 

「……僕が……
 
 僕がゴニヤを指さしたのは……」

 ……なぜだ?
 こうしようという、
 強い理由があったか?

 何かに操られるように、
 こうしなかったか……

 考えてみても答えは出ない。
 第一、手遅れだ……

「確信があったわけじゃない……
 
 いや、むしろ、
 
 ……ゴニヤはきっと、
 選ばれないと思ったから……」

「え、え……?
 
 どういうことかしら……?」

「しっ、静かに聞くんじゃ!」

「……あの、フレイグ。
 それはつまり、あなたは、
 
 あえて自分の指名が
 無効になるようにした、
 ということですか?
 
 それが『儀』の精神とは
 かけ離れた、
 無責任な態度だということは
 分かっていますか?」

「……はい。
 僕は卑怯な行いをしました。
 
 それゆえに……いえ、
 元来ゆえなど問いませんが……
 
 みんなのことを考えない、
 私利に走る、裏切り者……
 
 そう責められることに、
 異存はありません。
 
 ……目隠しを、下さい」
 

退場

「……分かりました。
 フレイグ、これを。
 
 そして、剣を我が手に」

 ……ビョルカさんは、
 その一太刀を、
 自ら下してくれるのか。

 忍びない。
 でも、こうなったら、
 僕に何か言う資格はない。

 言われた通り、
 目隠しの布を受け取りながら、
 引き換えに、剣を鞘ごと
 差し出そうとした。

 そこに無言で、
 ジジイが割って入る。

「……ワシがやる。構わんな」

「ウルヴル、しかし……」

 ふんだくるように柄を取り、
 刀身を抜き放つ。

 悪意的なまでにしかめた、
 怒りと、憎しみの表情。

 老いてなお隆々とした腕が、
 自ら鍛えた鉄の凶器を
 ゆっくりと振り上げていく。

 分かるよ、ジジイ。
 残る唯一の男で、最年長者。
 汚れ役は買わなきゃ、だろ。

 アンタはそういう人だよ。
 小難しくて口うるさいが、
 優しくて、真っ直ぐ。
 僕へのアタリがキツイのも、
 僕がろくでなしだからだろ。

 少し調子悪そうだけど、
 立とう、としてくれるのは、
 本当ありがたい。頼もしいよ。

 ……だからさ。無理するなよ。

 アンタは生まれついての
 職人だろ。

 鉄を打って、子供を撫でて、
 祈りを捧げてきただけの手と、

 そんな優しげな目で、

 人なんか殺せるかよ。

『死体の乙女』よ。
 
 血と、肉と、骨にかけて……
 
 ……
 
 許せ、フレイグ──」

「 
     ヨーズ!!
              」

 僕は叫んだ。
 その一瞬で、不愛想な幼馴染は
 意を察してくれた。

 構え
 狙い
 銃声

「……以上。
 
 これより、巫女の武器は私。
 荷物になる剣と盾は埋葬。
 『護符』も私が預かる。
 いいね」

「ヨーズ!!
 おまえ、おまえは……ッ!!」

「こらえなさい、ウルヴル!
 
 皆が皆を想って動いた。
 そのことを、
 私は誇りに思います。
 
 だから、
 
 呑み込んで……お願い……」

「無体じゃな、ビョルカ!!
 百歩譲っても、
 フレイグの小僧は許さんぞ!
 
 ヨーズはまだ、人の血には
 汚れちゃおらなんだ!
 老い先短いワシで良かった!
 
 じゃのにあやつは……
 
 あいつだけは
 『死体の乙女』が許しても、
 このワシが許さん、絶対に!!」

「いや……いやよ……
 ウルじい……
 なんでそんなこというの……
 
 フレイグはもういないの……
 しんじゃったのよ……
 
 どんなひとだって、しんだら
 『死体の乙女』のもの……
 ゆるされて、いいはずだわ……」

「ゴニヤは黙っとれ!
 ワシは、ヨーズやお前のために
 怒っとるんじゃ……!!」

「なんで……?
 ゴニヤたちが、おんなだから?
 こどもで……よわいから……?
 
 よわい、せいで、
 みんな、こまら、せて、
 
 ごめん、ひっぐ、なさいッ……」

「ゴニヤ! そんなこと、
 間違っても言わないで……!
 
 ウルヴルも!
 お願いですから収めて下さい!
 ゴニヤにこんなことを
 言わせてはいけません!!」

 あー、うるさい。

 日常。なぐさめ。きれいごと。
 そっち側は、面倒だね。

 汚れ役は、
 今さら何とも思わない。
 人間の血も獣の血も変わるか。

 そうこうしてたら、
 みんな落ち着いたみたい。
 ウルヴルが2人を抱きしめたり
 してる。

 それでいい。
 大丈夫。
 私らは、まだ堅い。

 正面の、『死』に向き直る。

 あんたの命は無駄にしない。

 『館』で待ってろ。

 馬鹿。
 

『ギ・クロニクル』第一夜(End 12「絶望」)_016

 【フレイグ死亡】

 【1日目の日没を迎えた】

 【生存】
 ヨーズ、ウルヴル、ゴニヤ、ビョルカ

 【死亡】
 フレイグ、レイズル

 ……粘度とか臭いは違うな。
 あんた。
 以外とさらっとしてたんだ。

 味はどうだろう。

 む。
 それどころじゃないね。

 私がさっさと片づけを終え、
 日が落ちると、
 やることはなくなった。

 昨日と同じように、
 毛皮にくるまって寝るだけ。
 『護符』さまさま。

 ホントに同じでいいの?

 昨日は、レイズルだけ死んだ。
 今日も、同じだといえるか?

「……寝る時、バラけよう。
 
 フレイグのおかげで
 解決したと、思いたいけど。
 もしかしたら、全然違う敵が
 来てないとも限らない。
 
 意味あるか分からないけど。
 『護符』が凍え死にを防ぐなら
 全滅の危険を、少し減らせる」

「……そう言われると……
 
 しかし、前のように
 クマでも襲ってきたら、
 単独のほうが
 危険ではありませんか?」

「私が警戒する。
 罠も、クマよけもする。
 『狼』以外は、心配しないで」

「ヨーズもやすまないと、
 いつかたおれてしまうわ……!」

「大丈夫。
 獣が来たら寝てても気づく」

「ムウ、なるほど……
 つまりは凍越祭の真似ごとを
 するわけじゃな。
 
 巫女さんがたよろしく、
 オスコレイアを避けて
 夜を越す、と……」

「そういえば……
 ヨーズは詳しい、ですよね?」

 そうだった。
 もちろん知ってる。

 『村』の巫女はこの時期、
 わざわざ冬山に入って、
 わざわざ1人用のテントで
 夜を越し、身を清める。

 で、何人かは死ぬ。

 凍死だったり、獣だったり。
 それはみんな、オスコレイア
 と呼ばれる、冬の化身みたいな
 バケモノがやったことになる。

 なんの意味がある?
 クマを太らせたいのか?

 馬鹿げた伝統。

「……いいでしょう。
 ちょうど凍越祭でやるように、
 各自少し離れて休みましょう。
 
 じきに吹雪きそうな空気です。
 そうなったら各々、
 決して出歩かないように。
 
 『護符』の範囲は広いですが、
 うっかり外れればすぐに
 凍死してしまうでしょうから」

 勝手に納得され、
 そういうことになった。

 みんな、ぼちぼち、
 おやすみを言って、
 それで別れていく。

 ……と思ったら、
 誰か近づいてきた。

「……昨日から思っとったが、
 寝る前にもっと皆で語ったり
 してもええと思うんじゃ。
 荒涼とした場所じゃが、
 それゆえの味もある。
 
 酒でもあればよかったの」

「やだ。
 ウルヴル酔ったら誰彼構わず
 議論ふっかけて絡むじゃん。
 
 忘れたの。
 巫女のばばあ3人連続で
 論破して泣かして、
 軽く埋められた事件」

「ムウ。そうだった。
 いやでもアレは
 爽快じゃったろ?」

 否定はしない。
 ほとんどの巫女は
 ビョルカほどいい奴じゃない。

 でもほら。
 狂犬は、
 けしかける獣がいないと困る。
 扱いに。
 ……みたいな話。
 めんどいから口には出さない。

「……以上?
 おやすみ」

「……あまりケンカ腰になるな。
 あの時は、悪かったの。
 
 思えば、結局ワシは、
 自分が恰好をつけそこなって
 頭にきとっただけじゃ。
 
 ゴニヤにムチャを言われて、
 頭が冷えたわい」

「……以上?
 おやすみ」

「そう邪険にするな。
 
 ずいぶん思い詰めとる
 ようじゃの、ヨーズ。
 
 ビョルカに話せんことが
 あるなら、話してみんか」

 ……狙いは何だろ。
 とか、考えるのは悪いかな。

 ウルヴルはそもそも、
 こういう感じではある。
 まじめすぎない、子供の味方。
 荒っぽく見えて、気配りの人。

 でも、今は普通じゃない。
 相手も、普通とは限らない……

 私も普通じゃないことを
 やってみようか。
 相手の考えを探ってみる、
 とか。

「……私以外が、
 どう思ってるか気になってる。
 
 特に、ウルヴル。
 あんたこそ、
 だいぶ思い詰めてるみたい。
 
 何考えてるの」

「……フレイグのやつが死んで、
 それで収まると思うとるか?
 
 ワシにはどうも、
 そうは思えん。
 
 ヨーズもそう思ったから、
 こうやって寝床を分けた。
 違うかの?」

 そのことか。

 実際、心配は、ある。

 実をいえば、
 フレイグのやつは、
 独特のニオイを発してる。

 変な意味じゃないよ。

 勇士の訓練は、隠される。
 何やってるか知らない。
 えぐいこと、やってたと思う。

 大人になったフレイグは
 ずっと、血のニオイがしてた。

 獣ほどじゃないにしろ、
 私は鼻がきく。
 だからフレイグの場所とか、
 通ったところとかは、
 何となくわかる。

 レイズルの死体には、
 フレイグは触れてない……
 と、思った。

 なのに、私は、
 フレイグを指さした……

「……ウルヴルは。
 本気で思った?
 フレイグが怪しいって。
 『狼』かも、って」

「本気で疑っとらんかったら、
 指さすわけにいかんじゃろ。
 
 殺すんじゃぞ。同胞を。
 
 小僧は一番腕が立つ。
 ワシが『狼』でも、
 あいつを真っ先に乗っ取る。
 『儀』で言った通りじゃ」

「……フレイグが『狼』なら。
 そう信じてるなら。
 もう犠牲は出ないだろう、
 ってなるはず。
 
 ウルヴルは、何が怖いの」

「信じてるなら、か。
 信じたいが、そうもいかん。
 
 職人はな。疑い深い。
 自分の腕を疑って腕を伸ばす。
 『死体の乙女』からすりゃあ、
 目ざわりな仕事じゃろうよ。
 
 じゃから、疑ってしまう。
 小僧は『狼』じゃなかった、
 とか、『狼』は1匹ではない、
 とかの……」

 ……判断つかないな。

 ウルヴルは、
 冷静で、慎重に見える。

 でも。
 なんだろう。

 何かに怯えてて、
 必死に抑えてる、っぽくも。

 ……あー。

 分かった。

 フレイグが『狼』って以上の、
 『最悪の可能性』
 考えてるんじゃない?

 引っ掛けてみようか。

 一緒にビョルカを
 指ささないか、って。

「あのさ」

「なんじゃ?」

 ……

 言葉が出てこなくて、びびる。

 私はたぶん、『村』で一番、
 信心は浅いやつだと思う。

 だけどさすがに、

 共謀の禁忌をおかせるほどの
 肝っ玉はない……らしい。

 代わりに出た言葉は、
 ちょっと
 ぎこちなかったと思う。

「……ウルヴルは……
 『狼』は、もういないと思う?」

「……さあの。
 そうじゃったらいい、とは
 思っとるぞ」

「じゃあ、もしフレイグが
 『狼』じゃなかったら、
 誰だと思う」

 言って気付く。
 この質問、ギリだ。
 いや、アウトまである。
 『誰が狼か』って相談は
 『誰を指さすか』って共謀に
 直結しそうから。

 出口。出口。

「……あー。
 素直に言えば。
 
 私が怪しいって」

 考えたら、それが一番
 ありそうな答え。

 勇士の次の、汚れ役。
 強力な飛び道具も持ってる。
 距離さえあれば
 フレイグだってラクに確殺。

 あとこれなら、共謀とかには
 ならないでしょ──

「うん? 何を言うとる。
 ヨーズは違うじゃろ。
 
 『狼』じゃったら、
 きょう『儀』に積極的に
 参加せんでよかったからの」

 え。

 積極的。

 どこが?

「……言うとったじゃろ。
 『人を殺せるのは、
  殺しの覚悟があるのは
  フレイグだけ』
じゃと。
 
 ビョルカは嫌うがの。
 迷った時に、
 『理』は大事なんじゃ。
 
 おまえやゴニヤを
 守るためじゃったら、
 『理』をたどる。
 おまえもそのようじゃから、
 信用しとる」

 は?

 違う。
 そんなこと言ってない。

 『殺せるの、
 この中では、フレイグだけ』

 『私が』だ。
 『レイズルを』じゃない。

 汚れ役。剣と盾。幼馴染。
 その共感でわかる。
 この困難にもフレイグは、
 迷わず盾になってくれる。

 それが、なに。
 フレイグが唯一怪しいって
 言ったみたいに……

 待って。
 それ、もしかして、

 フレイグも、
 勘違いしたまま──

「……どうした、ヨーズ?
 
 まあ、ワシの考えなんぞ、
 そんくらいのもんじゃ。
 あまり話し過ぎてもビョルカに
 怒られるでの……
 このくらいにしとこう。の?
 
 ゆっくり休むんじゃぞ」

 そうやって帰っていく
 ウルヴルを、生返事で送った。

 フレイグと分かり合った、
 そう思ってたけど、
 勘違いだったかも。

 その考えは、重いけど、
 取り返しはつかないんだ。

 切り替えよう。

 休みながらも、警戒は怠らず。
 夜は長い。
 悩んでばかり、いられない。

『ギ・クロニクル』第一夜(End 12「絶望」)_017

 ……舐めてた。

 深夜の吹雪が厚すぎる。
 一歩も動けないうえ、
 気配も全然つかめなかった。

 大口叩いたくせに、
 みんながどうなったか、
 把握できてない。
 良くない。端的に。

 夜明け前、
 ようやく天気が回復。
 見てるだけで凍死しそうな
 群青の空が、
 赤紫に染まっていく。

 『護符』は守ってくれるけど、
 雪に埋もれることまでは
 防げない。
 雪を払って、起き上がる。

 みんなを探さなきゃ。
 無事ならいいけど。

『ギ・クロニクル』第一夜(End 12「絶望」)_018

 【2日目の夜明けを迎えた】

 【誰も犠牲とならなかった】

 【生存】
 ヨーズ、ウルヴル、ゴニヤ、ビョルカ

 【死亡】
 フレイグ、レイズル

「皆さん……!
 ご無事で何よりです!
 
 これでもう、
 心配はありませんね!」

「よかったわ!
 『狼』なんていなかった……
 いえ、もう心配しなくて
 いいってことね!」

 思わず、ウルヴルを見た。
 目が合った。
 険しい目。
 すぐ逸らされた。

 まあ、そうだよね。
 こうなっても、ウルヴルは
 別に安心しないし、
 共謀になりそうなことは
 さっと避ける。

 私は、どうかな。

「とにかく、進もう。
 
 『護符』が切れたら死ぬ。
 『狼』がいようが、いまいが」

「む……それはそうですね。
 では早々に、出発しましょう。
 
 ただ、その前に……
 最後に、フレイグにお別れを」

 胸の中に、暗いもやが立つ。

 あんたにとって
 フレイグはその程度だよな。

 私は、もういい。
 通じ合えた。
 あの一瞬だけは素直になれた。
 そして、もう、フレイグは
 誰のものにもならない。

 そう思うことにする。

 ……最悪だな。私。

 だけど、口に出さなきゃ、
 『死体の乙女』は
 許してくれる。

 このことさえなきゃ、
 ビョルカも別に、
 嫌いじゃないし。

 黙って、役目を果たそう。
 剣と盾はもうない。

 銃だけで、危険を退ける。

 朝のうちには、
 目立った危険はなかった。

 道も視界も悪くない。

 警戒しつつも、平穏。
 少しだけ、思考に割く。

 一晩経った私には、
 フレイグが『狼』だとは、
 思えなくなりつつある。

 あの時、通じ合った。
 そう考えるなら、自然だ。
 だって『狼』なんかと、
 通じ合えるハズがない。

 『狼』なら、
 誰に殺されようが同じハズだ。

 そうなると、なぜ、
 今朝誰も死ななかった。

 誰が『狼』なの。

 ゴニヤは……
 私を指さしはしたけど、
 別に怪しい感じはない。

 ウルヴルは……
 『狼』探しに積極的だし、
 よく話を聞けば、怪しくない。

 ビョルカは……
 どこを切っても、
 怪しさのカケラも出てこない。

 ……考え方がダメ、なのかも。

 逆に、この3人の誰かが
 『狼』だとしてみる。
 小さい子。老人。巫女。
 全部やだな。考えたくもない。

 『狼』なんていないのかな。
 レイズルは、私の知らない獣に
 やられたとか。
 それこそ『黒の軍勢』とかに。

 だったらなんで
 犠牲者が1人で済んだんだよ。

 ……堂々巡りで、
 午前は終わった。

「さあ、お昼からも頑張って
 歩きましょう、皆さん!」

 にこにこにこにこ、
 何がそんなに楽しいんだ。
 もう2人死んでるぞ。
 頭わるいのか。
 たぬきみたいな顔しやがって。

 言わないけど。

 どうせ死ぬほど辛くて
 毎晩泣いてるのに
 隠してる系だろ。

 美人で誠実な人はいいね。

 言わないけど。

 ……

 一応、それでも、
 警戒はちゃんとしてた。
 全力でしてた。

 偵察をしてくれる、
 レイズルやフレイグの不在。

 そして、相手の──
 敵の、狡猾さ。

 油断は無かったと誓える。

 言っても仕方ないけど。

 至近距離でクマに襲われた。
 すごいデカい奴に。

 岩や木に、巧妙に隠れて
 接近された。
 気配はあれど、
 捉えきれなかった。

 あまりに距離が近いと、
 私の長銃は取り回しが悪い。

 フレイグが生きてたら──

 思いながら、それでも、
 なんとか仕留めた時には、

『ギ・クロニクル』第一夜(End 12「絶望」)_019

【ゴニヤが致命傷を負った】

「ビョルカぁ! 布じゃ!
 布をくれ、ありったけくれ!!」

「──! すぐ用意します!」

「──へいき、よ、
 いたく、ないもの──」

 ……私は、

 立ち尽くすしかない、
 役に立ちそびれた汚れ役。

 『役立たず』と責める、
 みんなの無言の声を
 体中で浴びながら。

 言わないけどさ。

 しかたなくない?

「──ヨーズ!
 なんじゃその顔は!!」

 何も言わないでいたら、
 顔で怒られる。
 掴みかかるな。
 理不尽ジジイ。エッチマン。

 私だってあちこち打って、
 最後は獣の正面に立って、
 命危険に晒して急所狙ったぞ。
 それでもだめか。

 だめなんだよな。

 分かるよ。
 神妙な顔で、沈痛な声で、
 私のせいだ、ごめん、
 とか言って、震えて泣いときゃ
 合格のやつでしょ、これ。

 悪いけど、
 精一杯やったし、
 あとは死んでも仕方ないね、
 としか思えない。

「……なんでそんな目ができる!
 
 ゴニヤじゃぞ!?
 同胞の、子供なんじゃぞ!?」

 それは、ウルヴルがゴニヤを
 好きなだけじゃん。
 私わりと子供きらいだよ。
 ゴニヤはマシなほうだけど。

 私が好きっていったら、

 みんなで決めて殺した
 あいつだよ。

 諦めて、覚悟してやった。
 これと何が違う?
 不公平じゃん。

 そっちのもやめろよ。
 クズを見る目をさあ。

 思うべきことを思えるか、
 痛むべき真心を持てるか、
 結局、そこで弾かれる。
 人間のクズとして見られる。

 まあいいよ。
 クズなんでしょ、実際。

 思うべきことをやって、
 痛むべき真心を持って、
 やるべきことは何もやらない。

 そういう奴はなぜか、
 クズ扱いされない、世界。

 言わないよ。

 頭の中にあるものは、
 口にしたとたん、糞になる。

 それがもう、何よりも、
 糞ほどめんどくさい。
 だから、言わない。

 あー。
 早く終わんないかな。説教。
 いっそ殴ればいいのに。
 女子供は殴らないウルヴル。

 それがいいと思ってるのも、
 あーあ、勝手な話──

「──おこら、ないで──
 
 ねえ、ふたりとも──
 
 ゴニヤがしんだら、
 
 おこるの やめて
 くれる かしら──」

「────……」

 は?

 消えそうなゴニヤの声を、
 間違いなく、全員が聞いた。

 最悪を通り越して、
 気分が凍り付いた。

 自分の命を代償とした解決。

 私らには、相容れない……
 と見せて、実は、相容れる。

 だって、同胞を殺して、
 全てを水に流してきた。

 その責任を、
 乙女に押し付けてきただけだ。

「……ゴニヤは眠ったようです。
 できるだけのことはした。
 あとは彼女次第です。
 
 双方思うところはあるはず。
 でも今は時間がありません。
 
 ウルヴル。
 弱き者への絶えぬ思いやり、
 本当に助けられています。
 
 荷物は私が。
 ゴニヤを負って下さい。
 さあ、今すぐ」

「……
 
 承知した。
 
 頭冷やすわい」

 小さく言って、
 ウルヴルはゴニヤを負うため
 離れていった。

「……ヨーズ。
 
 何も言わなくていいです。
 あなたが何を思おうが、
 『死体の乙女』は許します。
 
 ただ、一つだけ、
 分かってほしい。
 
 あなたの献身に、
 私は深く感謝しています。
 
 我らを生かしたあなたに、
 私は報いたい。
 
 教えて下さい。
 どうすればいいか」

 ……

 あー。

 そうやってさ。
 いつもさ。
 何なんだよ。
 糞みたいな、
 全部分かったような、
 そんな、

 糞。
 ちょろすぎだろ。
 出てくんな。
 涙。

「……もういっかい、
 ありがとうって、言って」

「……もちろん。
 
 ありがとう、ヨーズ」

 そんな感じで、
 全部なし崩しになって、
 私らはまた、歩き出した。

 それで、

 何時間かあと、

 どうなったと思う?
 正解。

 ゴニヤが、

 全快した。

「……ええ、大丈夫……
 ありがとう、ウルじい……
 
 なんだか、もう、
 痛くもなんともないわ……」

 全快は言い過ぎた。

 大きすぎる傷痕は、
 今も生々しく刻まれてる。

 痛くないわけがない。

 ただ、血は止まってるし、
 血の気も戻ってきてる。

 致命傷の見た目以外は、
 健康体のゴニヤ。

「……お、おお、ゴニヤ~!!
 良かった、良かったのう!
 あああ何よりじゃあ……!!」

 めでたしめでたし。

 となったのはウルヴルだけで、
 ビョルカは目を剥いてるし、
 ゴニヤ本人すら、
 明らかに……不気味がってる。

 私は、考えてる。

「魔法の力でもなきゃ、
 起きえない現象。
 
 ということは……
 
 『雪渡りの護符』の効果、
 しか無くない?」

「ムウ……そんなこと、
 説明書きにあったかの」

「ないけど。
 
 『極寒の危険から一行を守り、
 軽装での雪渡りを可能とする』

 とかなんとか。
 
 あいまいだったよね。
 
 『極寒の危険』に、
 クマに襲われること、
 その傷を治すことが、
 含まれたかもしれない」

「魔術とは、
 そんなに便利なもの、
 なのでしょうか……」

「知らないけど。
 
 進もうよ。
 
 他に考えようもないことだし」

 ビョルカの耳元で、
 あえてはっきり言った。

 ビョルカは一瞬動きを止め、
 その後小さく頷いて、
 また先頭に立ち、歩き始める。

 ……考えてるんだろうな。
 もう一つの可能性。

 つまり、
 魔法の力が、
 ゴニヤ自身にある、
 ……人間じゃない、かも。

 そんな疑い、口に出せば
 即共謀の禁忌。
 だから黙ったね。

 つまり、
 ビョルカの指さす先は……

 ……待てよ。
 じゃあ、ウルヴルは?

 ウルヴルは絶対ゴニヤを
 疑わないだろう。

 加えて、
 今日の私とのごたごた、
 『強い奴から狙われる』という
 ウルヴルの『理』じみた考え。

 普通に考えたら、
 私のことを恨んでるはず。
 でも、

 もしかしたら、
 あいつの真意って、

 ゴニヤは、読めないか……
 いや、でも。

 ゴニヤもやっぱり、
 ウルヴルを指ささないだろう。

 そしてさっき、
 私とウルヴルの争いを
 水に流すように言った。

 それは、要するに……

 ……最悪。
 これ、言わないだけで、
 共謀成立しかけてる、かも。

 じゃあきっと、やっぱり、
 今日の『儀』は避けられない。

 誰を指さすか。
 今のうち、考えておかなきゃ。

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