『Bloodstained』は生贄になりそこねた主人公の物語
──本家『メトロイド』の新作も発売され、「メトロイドヴァニア」というジャンルが盛り上がりを見せる現在、ArtPlay【※】というチームで最新作を鋭意製作中と伺いましたが、今作ももちろん、ジャンルは「メトロイドヴァニア」なんですよね?
※ArtPlay
IGA氏が代表を務める株式会社。コンシューマゲーム、モバイルゲームの企画・開発・運営・発売を行う。2014年設立。
IGA氏:
もちろんです。タイトルは『Bloodstained:Ritual of the Night』と言いますが、「stained」には「染色された」という意味があるんです。「blood」は、血のほかにも体そのものや魂を意味します。
このタイトル名を提案してくれたのは外国人なんですけれど、バックストーリーに「身体に埋め込まれた結晶にどんどん染色されていく」というイメージがあったので、ゲーム体験に名前がうまくマッチしているな、と思っています。
ちなみに、後で「Bloodstained」は「血まみれ」という意味なんだと聞いて、ああそうなの? っていう(笑)。
──「血まみれ」というのは、IGAさんのゲームに似合っていますね。『Bloodstained』で、ほかの「メトロイドヴァニア」系ゲームと差別化を図った部分はなんでしょう?
IGA氏:
じつはむしろ今作は「差別化を図らない」ことに主眼を置いています。
というのも、僕は7〜8年ぶりにゲームを出すことになるんですが、その間「IGAvania」を遊んでいない人、あるいは『月下の夜想曲』以降、20年ぐらいゲームを遊んでいない人がターゲットなんです。そういう方々に対して「当時のおもしろかったゲームがまた遊べるぞ」っていうことを提示したいと思っていて。
ですので、新しい要素は入れてありますが、最初に遊んだときに「IGAってクリエイターが作るのは、こういうゲームだよね」という感覚を持ってもらいたくて。
というわけで今作は、“ファンをいい意味で裏切る冒険した内容”よりも、“まずは安心して遊べる内容をしっかり提供すること”を優先しました。
──ファンも期待していると思います。少し意外だったのは、IGA作品の舞台はルーマニア(のトランシルヴァニア)というイメージがあったんですけれど、今作は舞台がイギリスなんですね。
IGA氏:
じつは、イギリスと言い張っているだけ、ですけど(笑)。イギリスなんだけれども、なにしろ舞台がゴシックホラーの城。ですので、少なくともイギリスらしい土地や場所はあまり出てこないと思ってください。
イギリスを舞台にした理由の1つは、産業革命の中心地だったからなんです。
──舞台は「錬金術師の立場が弱まっていった産業革命後の世界」という設定ですよね。
IGA氏:
そうです。追い詰められた錬金術師たちが、これまでのようにパトロンに出資をお願いするわけです。
ところが、時代が変わって「オカルト的なものに興味はない。工場などの施設に投資する」と言われてしまうんですね。
そこで錬金術師たちは、パトロンを振り向かせるために「そんな物質文明ばかりに傾倒していくと悪魔が来るよ」とか言って脅すわけです。
といっても相手はそんな脅しには乗ってきませんから、錬金術師たちは「実際に悪魔を呼ぼう」と召喚を実行することになった、と。
──主人公の女性・ミリアム【※】は、錬金術師なんですか?
IGA氏:
いえ、彼女は悪魔召喚をするときの生贄で、錬金術師たちによって体に結晶を埋め込まれてしまった“結晶人間”です。生きた子どもに結晶を移植すると、生贄としての効果が高い、もっとも染色されたものになるんですね。
ところが主人公のミリアムは、召喚の儀式の前に秘術の影響で眠ってしまった生贄なんですよ。彼女が眠ってしまい、彼女に埋め込まれた結晶が使えなくなったために、ほかの人たちが代わりの生贄になってしまったんです。
彼女が眠っていたのは10年間。その間はそのまま「時」が止まっていたので、彼女が目覚めたときも若いんですね。
──では、ミリアムが錬金術師でなくても錬金術(魔晶術)を使えるのはなぜでしょう?
IGA氏:
彼女の身体に埋め込まれた結晶自体が、悪魔の力とリンクするんです。彼女の身体に埋め込まれた結晶とは別の“悪魔の”結晶=「シャード」と、自身の結晶をリンクさせて、悪魔の力を引き出して使うという仕組みなんです。
──そうしたミリアムのキャラクターは、スムーズに定まっていったのでしょうか?
IGA氏:
じつは最初に企画を立案したとき、主人公は「男」だったんですよ。
ですがキックスターターで資金を集めるときに、いわゆるジェンダーの問題がアメリカでは大きくなっていて、「また主人公は男か」というネガティブな意見が出るかもしれない、という懸念があったんです。
それなら「主人公は女性にしておこう」というのが、直接の理由です。ただ、シナリオで男が男を怨むシーンでは「俺はお前が嫌いだ」という理由で殴り合いになるだとか、比較的わかりやすく対立を描けますよね。
ところがこれが“女対男”のシーンになると、対立する理由づけにけっこう苦労するんです。
──ミリアムの目的の1つは、結晶化の進んだ自分の身体を回復することですか?
IGA氏:
そうですね。彼女の結晶化は、一緒にいるヨハネス【※】という錬金術師が施した処置で一時的に止まっているんです。
ミリアムのイラストを見ると体に赤いバラの形の模様がありますが、あれが結晶なんですよ。なぜバラの形なのかというと、結晶には集まる性質があるからなんです。たとえば、ティッシュをクシャクシャっと丸めて手を離すと、自然とバラっぽい形になりますよね。
──しわが花びらのようになることがありますね。
IGA氏:
あれと同じで、結晶が身体の内側に寄ると、ステンドグラスのバラのような形になるというイメージなんです。
物語の状況としては、ヨハネスがいるおかげで彼女の結晶化が進行する心配は今のところないのですが、今後どうなるかはわからない、という不安定なもの。
そうした彼女の大きな目標は、別のところにあるんですけどね……それはまだ秘密にさせておいてください。
──(笑)。では、今作のモチーフになっている錬金術にまつわる設定や物語を考えるとき、何かイメージの元になったものはあるのでしょうか?
IGA氏:
昔、イギリスにジョン・ディー【※1】という錬金術師が実在したのですが、彼が書いた「ロガエスの書」【※2】という未解読の書物があるんですよ。
それはエノク文字【※3】というオリジナルの文字と文法で書かれているのですが、その本を使うと精霊が召喚できると言われているんです。
そういう本で精霊が召喚できるんだったら、悪魔も召喚できるのでは? というところから始まっていますね。ですので、錬金術師の悪魔召喚は、これと関係しています。
※2 ロガエスの書
16世紀末に天使が使うエノク文字で書かれたとされる未解読の文書のこと。ジョン・ディーが天使との交感(交霊実験)を行った際に、彼の助手であったエドワード・ケリーによって書かれた。
※3 エノク文字
ジョン・ディーが水晶玉を使った占いを行った際、大天使・ウリエルと交感ができたという。そのときに天使が使った言語のことをエノク語と呼称した。エノク文字はそれを記す文字のこと。
──「vania」シリーズを手がけるときと違って、今作はゼロから設定を始めたゲームですから、そうしたゲームの背景を考えて作り込むのは相当ヘビィな作業だったのでは?
IGA氏:
自分でも「こんな複雑な設定にしなきゃよかった……」と思いながらストーリーを書いていましたね(笑)。
調べものもけっこう大変でした。舞台をイギリスに決めた後に歴史を調べ、たくさんの人が亡くなっているような事例を探したんです。というのも、「悪魔が召喚されるときには大量の犠牲者が出ているはずだから、その事件と史実を絡めるとおもしろいのでは」と考えたんですね。
ですが、実際はイギリスって平和なんです。そんな中で見つけたのが、アイスランド南部にある「ラキ火山【※】の噴火」という事例でした。この災害は、一時はヨーロッパ全土が火山灰に覆われたほどの規模だったらしいんですよ。ゲーム中で悪魔の召喚が行われたのは、実際にこの火山が噴火した1783年としています。
──ラキ火山の噴火……初めて聞きました。
IGA氏:
これは別名「アイスランドの悲劇」と呼ばれていて、ヨーロッパのさまざまな国で伝承として残っているのに、なぜかイギリスだけにはほとんど残っていないとのこと。
唯一残っていたのがハンプシャー州にあった文献で、そこでも「昼は夜のように暗く、太陽は血のように赤い」といったニュアンスの一文があるのみでした。
とある学者さんが「そんなことはないだろう」と当時調べたところ、やはりそのときに2000人ぐらいが亡くなっていたらしいんですよ。
この大量の犠牲者が伝承として残されていないのは、「悪魔のような超常的な事象が絡んでいるから……」という理由だったら物語にうまく絡むのではないかと思ったわけです。
実際2000人がどこでどのように亡くなったのかまでは、わからないんですけれどね。
ArtPlay立ち上げで思った「人材」の大切さ
──そのエピソードからも、過去の「IGAvania」に負けず劣らない作品の奥深さを感じます。こうした作品開発の中心となっているArtPlay社は、2014年4月にIGAさんが代表になられましたが、いったいどのようなチームなのでしょうか?
IGA氏:
僕も含めて6人という小規模な集団ですが、みんな優秀です。たとえばテクニカルアーティストは、3DCGのソフトはMaya【※1】、3dsMax【※2】、Softimage XSI【※3】が使えて、さらにUnityとUnrealもわかります。最近はHoudini【※4】も勉強していますね。
ほかにもコミュニケーションマネージャーは、通訳のほかに絵も描けますし、社長は中国人なので当然中国語ができて、あちらの開発会社のコネクションもあるとか……持っている能力的に言うと“ヘンタイ”みたいな人が多いんですよ(笑)。
※2 3dsMax
オートデスク社から発売されている3Dのモデリング、レンダリング用のソフト。市販のプラグインが充実しているため、スクリプトが書けなくてもある程度代用できる。
※3 Softimage XSI
オートデスクの子会社Softimageから発売されていた3DCG制作ソフト。2016年にサポートが終了している。
※4 Houdini
SideFX社から発売されている、プロシージャル(自動生成)で3Dアニメーションやビジュアルエフェクトを制作するためのツール。
──(笑)。そんな“ヘンタイ”みたいな方々をどうやって集めたんですか?
IGA氏:
ArtPlayという会社は、中国の「人人网(レンレンワン)」という会社の日本支社の元社長と一緒に創立したんです。
僕が前職にいたときにその会社と取引があって、僕が独立したことを聞いたその元社長の馮(ひょう)から、「いっしょにやりませんか」と誘われたんです。
そこに、先ほどのテクニカルアーティストがいたんですね。何かに困っているときに不思議と必要な人が集まってくれるのは、非常にありがたく、もしかすると僕は運がいいのかもしれません。
──IGAさんの人柄あってこそですね。そのような形で独立後、ゲームを作る上での心境などに、何か変化はありましたか?
IGA氏:
ゲームを作る点においては、僕のスタンスはそんなに変わっていないと思います。いちばん変わったのは、社長業も兼ねることで、事務やお金の管理など、バックヤードの重要さに気づいたところですね。
それまでゲームを作ることに専念していればよく、ほかの仕事は関連部署の人たちがやってくれましたからね。前職では自分が本当にいろいろと守られていたんだなと思いました。ですからお金の管理は2年経っても未だに慣れません。本当に畑違いの仕事という感じがしますよ(笑)。
──さらに、自らプロモーションのお仕事もされているようですが、ゲーム開発そのものの時間はどう確保されているんでしょう?
IGA氏:
前職の頃からそうでしたが、僕の場合、ゲーム性の細かいところまではあまり口出ししないようにしているんです。今回、僕はゲームのシステムや世界観を決めたり、シナリオを書くところまではやりましたが、アイテムの仕様などの細かいところはディレクターがやってくれています。
もちろん制作中は僕の判断を仰がれる場合もありますし、いろいろとチェックはします。ただ、「絶対にこうして!」というように細かく決めることもあまりないんです。
──前職の頃も、そういう開発のスタンスですよね。
IGA氏:
そうですね。どこの現場でもそうだろうと思いますが──大企業だと「組織に技術を残す」って言いかたをよくするんですよね。でも、実際には「組織に技術が残ることは、まずない」んですよ。では、どこに技術が残るかというと、「人」なんです。
キーになる人が中心になってやるから、会社にそういう技術があるように見えるだけで、トップが変わったりすると別のやり方になって、そのやり方が今度はその会社の色になるんです。ゲーム作りにしても、基本は「作る人」が中心なんだと思います。
──ゲーム作りは、属人的な部分によって方法が大きく変わるということですね。
IGA氏:
ええ。たとえば昔携わった『ときめきメモリアル』【※】などは、制作メンバーにあのメンバーが集まったからこそ生まれたのだと思いますし。
──そこで『ときメモ』!?
※ときめきメモリアル
1994年にコナミ(当時)が発売した、PCエンジンスーパーCD-ROM2用の恋愛シミュレーションゲーム。勉強や部活など、主人公が選択した日課によって上昇するパラメータと出会う女の子が変化。女の子からの好感度を高め、卒業の日に伝説の樹の下で意中の女の子から告白されることを目的とする。1991年のガイナックスによる美少女育成ゲーム『プリンセスメーカー』、1992年のエルフによる恋愛アドベンチャー『同級生』、同年のジャパンホームビデオによる美少女育成シミュレーションゲーム『卒業 ~Graduation~』など、高まる美少女ゲームや育成シミュレーションゲームの流れのもとに登場。専門誌およびパソコン通信上で電ファミでもおなじみの岩崎啓眞氏によるレビューが投稿され、その界隈から大きく人気に火が点き、大ブームにまで至った。その後、プレイステーション、スーパーファミコン、セガサターンなどにも移植され、シリーズも拡大するとともに、ファンディスクやグッズなど、現在の美少女キャラクタービジネスの礎になる展開を見せた。
IGA氏:
僕は本来プログラマーですが、シナリオも一応書けたんです。その内容がいいかどうかはともかく──たまたまそのチームにいたから、シナリオを担当することができたんですよね。このように、チームや組織にいる人の構成によって、できるものも決まってきます。
企業の中のチーム編成って、しっかりと考えた座組というよりも、適当に決められることのほうが多いんです(笑)。そんな場合は、結局その中のメンバーでやらないといけないから、人のスキルによってできることは限られてしまう。
そうなると、物づくりをしっかりと進めていくには、人を基準に考えていくしかないんです。
──「人」を基準に、というIGAさんですが、「ArtPlayを将来的にこんな会社にしたい」というビジョンはありますか?
IGA氏:
じつは、会社を大きくしたいという野望はあんまりないんです。もともと作品が作りたかったわけで、会社を作りたいわけではありませんから。この会社は、自分がゲームを作るのに伸びやかでいられる環境であればいいなと思っています。
当然、それをやるにあたっては、会社が大きくなるほうがいいこともあるでしょうし、そのときにどういう立ち位置でやっていくのかは考えなくてはいけないんですけれど。
最終的にはものすごく利益が出たら、死ぬまでに「絶対に売れないと思われるけど作りたい!」というゲームがあるので、それを世に出そうと思っています。どんな内容かですって? それは秘密です(笑)。(了)
リメイクとはいえ大胆なアレンジを加えることで、完全新作となったジャンルの本家『サムスリターンズ』。“システムの根幹に手を入れる”という決断を下した同作開発チームの「勇気」を讃えるIGA氏は、自身が開発中の『Bloodstained:Ritual of the Night』で“IGAが作るvania”をもう一度感じてほしいと願っている。
こうして本家とIGA氏が間を置かずに動き出したことで、「メトロイドヴァニア」というジャンルに新たな1ページが刻まれようとしている“いま”このタイミングに、ゲーマーとして立ち会えることを素直に喜びたい。そして、より多くのゲーマーが「メトロイドヴァニア」色 に“染色(stained)”されることを願うばかりである。
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