西洋甲冑の金属の質感は、ロボットに通じるものがある
副島氏:
『ロードス島戦記』はアニメもすごく印象に残っていて。ファンタジー物って、質感の表現があまり淡泊だと雰囲気が出なかったりするんですけど、『ロードス』のアニメはほこりっぽい感じだとか、相当に描き込まれていて。
出渕氏:
あれは本当に結城君と、サブキャラクターのデザインを担当していた箕輪豊君【※】が素晴らしかったですから。クリーチャー関係のデザインは全部、箕輪君がやってます。
ロードス島戦記、祝30年。
— みの/箕輪豊 (@putemino) April 11, 2018
体力的にキツイかと思っていましたが。
仕事しながらではありますが、まだまだ一気観出来ますした(^_^;)
過去絵、色紙原画。#ロードス島戦記 pic.twitter.com/fsjXV4P1Lm
※箕輪豊
『獣兵衛忍風帖』、『バンパイアハンターD』などの川尻義昭監督作品でキャラクターデザインを担当しているのをはじめ、さまざまなアニメで作画を手がけるアニメーター。『マーベル フューチャー・アベンジャーズ』のヴィランデザインなど、アメコミ関連作品でもデザインや作画で活躍している。
そちらも僕がラフを描いたりはしていますけど。これはやってて面白かったですね、ゴブリンとかコボルドとか。
自分のスタンダードはすべて出しました、みたいな感じで。コボルトはちょっと可愛くなりすぎたんですけど。
副島氏:
もともと中世ファンタジーは日本が原産ではないですけど、『ロードス』の反響を振り返ってみて、日本人の好みと外国人の好みの違いについて、何か気づかれたことはありますか?
アメリカ人が好むような筋肉ムキムキのヤツは、日本人はあまり好まないとか。
出渕氏:
うーん、難しいですね。日本でもアメコミ好きの人たちはけっこういるじゃないですか。そういう人たちは筋肉ムキムキのものでも、ぜんぜんオッケーな感じだし。
だから一概に日本人だからこうなんじゃないかとは、なかなか言えないところもあって。じゃあ、日本の武者甲冑でファンタジーはできないのか、みたいなアプローチもあるのかもしれないですけど。
副島氏:
これは私見なんですけど、本物のヨーロッパの甲冑って、独特な気味の悪さを含んでいる面もあると感じるんです。
でも出渕さんのデザインされる西洋甲冑は、日本人の好きなところを残して、日本人が理解できないところを引いて表現されているのかな? って思ったんですけど。
出渕氏:
西洋甲冑に関しては、ロボットの延長線上みたいなところもあると思うんですよ。金属の質感にロボット的なものを感じるところがありますから。
そういう部分がリンクして、逆に僕がモビルスーツをデザインしてもどこか甲冑風になってたりしますし、どちらかというとロボットのほうが西洋甲冑の延長線上にあるんでしょうね。
副島氏:
たしかにそうですね。何かこう着込んでいるというか、甲冑的なものは感じますね。
出渕氏:
特撮物をやっていても、皮膚が剥き出しタイプよりは、鎧や衣装を纏っているようなタイプを好んで描いてたりしてますね。
ただリアルに甲冑を再現するのは素材的にも構造的な動きやすさにも無理がでるんで、その辺はパーツを省略したりしてアレンジしています。
あとは軍服とかにも興味があったものですから、甲冑もその延長線上にあったりはします。ヨーロッパだと、近代の服装にも中世の家紋や文様の意匠が残っているじゃないですか。鎧とかにワンポイントで家紋が入っていると、やっぱりカッコいいんですよね。
副島氏:
そうですね。出渕さんがデザインされる際には、同じ人型であってもファンタジーの鎧と、モビルスーツのようなロボットでは、考え方を切り換えて描かれているのですか?
出渕氏:
作品のジャンルによっても変わってくると思うんですよ。アニメーションなのか特撮なのか、未来物なのかファンタジーや歴史物なのか。
でも、そうやって分けて考えながらも、どこかで他でやっていたものがリンクしているということもありますね。
『ロードス』の衣装や鎧をデザインした時は、1980年代にも日本で作られたファンタジー物がまったくなかったわけではないんですが、そういった作品で鎧を着ているキャラクターを見ると、「これをどうやって着るんだろう?」「どうして急所を隠していないんだろう?」というふうに思っていたんです。
──いわゆる“ビキニアーマー”というヤツですね。
出渕氏:
でも鎧をリアルにデザインすると、アニメでは大変なんです。アニメーションは人の手で描いて動かすのが前提になるので、描きづらいものは描いてはいけない。鎧の構造がわかるようにしつつ、でも嘘をつく。
嘘をつかないと線が多すぎて、アニメーターに怒られちゃいますから。あとは、どうやって着るんだろうというのは最低限考えておく。そういうのはさっきお話した特撮のデザインでもありますよね。
副島氏:
特撮の場合は、実際に演者さんが着られるものにしないといけないですよね。自分はパーンの鎧がすごく印象に残っていて。
すごくボディラインにフィットしていて、実際に動けるような感じにデザインされているのが、他とは違うなぁと。
出渕氏:
そのへんは特撮をやっていたからというのがあるのかもしれないし、あとは鎧が好きだったというのもありますね。
三浦權利さん【※】という、西洋甲冑を日本で実際に作られている方がいらして、その方の作品の写真集を見たりして、こうやって着るんだ、こうやって履くんだというのを一応は知っていたんです。
さっき言ったように嘘はついてるんですけど、でもパッと見た感じ、動けるよね、着られるよねというところに落とし込んでいく感じですね。
黒一色のシルエットだけでも違いがわかるようなデザインを意識する
出渕氏:
リアルに考えると、パーンがふだんから鎧を着て歩いていたりするのは、本当はあり得ませんよね。
でもキャラクターのアイコンとしては必要だし、そういうのを運ぶ従者を描くわけにもいかないから、着っぱなしにせざるを得ないよねって。素のキャラクターを立たせるために、あえて兜も着けていないんですよ。
副島氏:
たしかに。
出渕氏:
絵って結局は記号じゃないですか。特に皆がカッコイイとか思う顔なんてパターンが限られてる訳で。
だから、キャラクターの個性みたいなものを残すには、色とか髪型で差別化するとイメージされやすいというのがどうしてもあるんです。
そうするとやっぱり髪は出しておいたほうがいいだろうというのがありましたし。あとは鎧の色も、原作の記述を無視しちゃったんです。
副島氏:
無視ですか?
出渕氏:
自分は特に色での印象付けが大事だと思ってるんで。たしか小説版だったと思うんですけど、パーンの鎧はお父さんの聖騎士の鎧を使っているという設定があったんですよ。
副島氏:
たしかにそういう設定でしたね。
出渕氏:
でもあの世界では、聖騎士の鎧というのは白いらしいんですよね。でも白だと最初から高級感が出すぎちゃって、成長するキャラとして立たせるのが難しいなぁ、と感じたんですよ。
パーンは若いし、物語の中で叩き上げてくというイメージが欲しかったので、あえて黄味がかったカッパーな感じにさせていただきました。
副島氏:
鎧に近いものとしては、自分は『ケルベロス』【※】のプロテクトギアも大好きで。
あれは中に人間が入っているので、ロボットとかであればある程度人の形から離れていてもいいのかもしれないけど、そういうわけにはいかないですよね。
それでもシルエットが完成されているのが、素晴らしいなと思うんです。プロテクトギアのようなものの場合は、どこからデザインを始めるのでしょうか?
出渕氏:
顔ですかね、やっぱり。タイトル通りで、紅い眼鏡のスタイリングから。
あとは全体的なシルエットですかね。最初にロボットのデザインを始めた時に、「塗りつぶしてもシルエットが同じにならないように」と教わったんです。
毎回違うロボットを描かなきゃいけないので、前回とはぜんぜん違うロボットにしなければいけない。僕が最初にデザインしていた頃のロボットは、みんな斬られ役専門だったので。
副島氏:
スーパーロボット物に出てくる敵ロボットですよね。
出渕氏:
シルエットで全体を黒一色で塗りつぶしても形がわかるようにして、いろんな武器を持たせたり、とにかく以前に描いたものとは違ったものにしろと。
『闘将ダイモス』、『未来ロボ ダルタニアス』、『無敵ロボ トライダーG7』、『最強ロボ ダイオージャ』と4作品ぐらい続けてやっていたんですけど、1年間に50話近くあるじゃないですか。それに毎回違う敵が出てくるんですよ。
副島氏:
そう考えるとすごい量ですよね。
出渕氏:
そうなんですよ。その時にやった、いろんなシルエットで見せていくというのが、振り返ると自分の中にいろんな引き出しを作ることができたかなって気がしますね。
ただ、プロテクトギアの場合は押井(守)さん【※】の要望でドイツ軍っぽいヘルメットにしてくれと。
最初は当時出回り始めたフリッツタイプの新型鉄帽を使えばいいのかな、と思って聞いてみたら「いや、ドイツ軍のあれ、そのまんまで」って言われて。いくらなんでもそのまんまは、と思って穴開けちゃって。でもヘルメットに穴開けちゃいかんですよね、当時の俺(笑)。
なんか設定として納得できなかったんで「先の大戦でアメリカじゃなくドイツと日本が戦って、日本が負けて占領時代があった」みたいな理論武装を思いついて、そういうバックボーンがあるなら面白いし自分の中で納得できる、と言った覚えがあります。なんか、その後それが公式世界観になってるみたいですが(笑)。
※押井守
TVアニメ『うる星やつら』のチーフ・ディレクターや、『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の監督として知られる。出渕氏を含む『機動警察パトレイバー』の原作チーム『HEAD GEAR』 のひとりで、前期OVAや劇場アニメ2作を監督しているほか、実写映画『THE NEXT GENERATION パトレイバー』シリーズも手がけている。
出渕氏から見た、副島氏が描くイラストの魅力とは?
出渕氏:
副島さんは今回の新作で、ファンタジーに初めて取り組まれるのですか?
副島氏:
じつは2回目なんです。10年ぐらい前に『ステラデウス』【※】というゲームを作ったことがあって、その時にシナリオの監修を水野良さんにお願いしたという縁がじつはあったんですけど。
出渕氏:
そうなんですね。このホームページのイラストも副島さんが描かれたのですか?
副島氏:
はい。まだブログと人材募集しかないホームページなんですが。
出渕氏:
金属の質感とか、いいですね。これはエルフの騎士なんですか?
副島氏:
エルフが出てくるかどうかも含めて、まだお話はこれからですね。ただ、人間を描くとなんだかよくわからなくなるので、ファンタジー物をやりますというわかりやすさのために、耳だけは変えてあるという感じなんですけど。
──出渕さんからご覧になって、この絵はどう思われます?
副島氏:
ムチャ振りは止めてください(笑)。
出渕氏:
この企画のアイコンとして、非常に優れているなぁと思いますね。三角形の構図がすごくバランスが良くて。
さっきの話にも近いと思うんですけど、この絵をベタにしてシルエット処理しても、1つのアイコンになるというか、紋章みたいにも見えると思うんですよ。アイコンとして作られた時のレイアウトの取り方が非常に優れているなと。
あとは、赤い髪がポイントですよね。他がモノトーンで抑えられているところに、赤い髪をバンと置いてある。逆に地味な色の髪だとダメなんですよ。
他がモノトーン調だから、地味にするとリアルには見えるかもしれないけど、全体が沈んじゃう。それだけじゃなく、離れたところにまた赤でワンポイントを入れてるのがね、ここがまたけっこうポイントが高いんですよ。
──出渕さんがイラストを見た際に、ここがいいなと思う判断基準は、どういうところなんですか?
出渕氏:
さっきもお話したように、色使いはけっこう気にしますね。原色バリバリの絵を描く人は、ちょっと苦手かな。
技術的にスゴいなと思ったとしても、好きか嫌いかで言えば嫌いって思う場合もあるじゃないですか。あとはやっぱり色気とか、触れてみたいと思えるかどうか、というところはあるかもしれない。
──触れてみたい、ですか?
出渕氏:
たとえばこのビジュアルだと、この鎧ってどういう質感なのか、触れてみたいなと思いますね。正面はプレートアーマーだけど、肩のところは革とかゴムとか、そっちのほうの質感に見えるんですよ。
でもゴムだとファンタジーとはちょっと変わってくるから、そういうものを天然ゴムで作る技術がある世界なのかな? と妄想したりするのが楽しいんですよ。……なんだか解析しているみたいで、すいません。
副島氏:
とんでもありません、講評していただいて光栄です。最終的にこんな感じの作品になるかどうかは、まだぜんぜんわからないんですけど。
出渕氏:
でも企画にはビジュアルフラッグがないと、先に進まないですからね。期待感を増すという意味でも素晴らしいと思います。今度の企画では、西洋風ファンタジーの本格派を目指す感じになるんですか?
副島氏:
これを描いた時は、ファンタジーと言えば中世ヨーロッパというイメージで描いたんですけど、でもそういったことも含めて、本当にゼロからやりたいと思っていて。
そもそも中世ヨーロッパのような世界にする必要があるのか、そこまで戻って考えてみようかなと。戻ってみた結果、やっぱり中世ヨーロッパだということでも、ぜんぜんいいんですけど。
「ファンタジーが好きじゃない」という知人がいて、なぜかと聞いたら「中世ヨーロッパは自分と関係がない」と言うんです。
出渕氏:
ファンタジー世界は要するに嘘の世界だから、どこまでいっても自分とは関係ないんですけどね(笑)。だから自分とは関係ない、ましてや日本でもないところの話で、なんで面白いと思えるんだと。まあ、そういう人もいるでしょうね。
副島氏:
そうですね。だからそういう人でも興味を持ってもらえるものになればいいなと。
副島氏「好きなモビルスーツはケンプファーと即答します!」
副島氏:
今日はもう、出渕さんにお会いできるというので、本当に感激していて。世代というのもあるんですけど、『ロードス島戦記』、『機動警察パトレイバー』、『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』【※1】と、自分が好きだった作品に全部、出渕さんがデザインで参加されていて。
モビルスーツでどれが好きか? と聞かれたら、自分はケンプファー【※2】と即答しますから。
出渕氏:
本当にありがとうございます。何かの刺激になっているんだったら、やっててよかったと思います。
副島氏:
刺激というよりは、原点に近いですね。
『ロードス』や『パトレイバー』が中学2年生ぐらいだったので、子ども向けのものから少し大人っぽいものに移行する時に、すごく影響を受けて。
──副島さんは、出渕さんのお仕事のどこに惹かれたのですか?
副島氏:
一過性の華飾な派手さではなくて上品なんだけど、シルエットに骨太な感じがあるんです。
特撮とかで中に人体が入らなければいけないお仕事もされているからだと思うんですけど、鎧やコスチュームをちゃんと着ている感じになっていて、しかも蛇足ではなく一体感があって。自分なんかは鎧ごと人体の形まで変えてしまうようなタイプなんですけど。
それに加えて、どこかで出渕さんご自身が“ドイツ軍担当”とおっしゃっていたんですけど、そういうテイストもあって。
僕自身もそういうテイストが好きというか、裏を返すと出渕さんのデザインを見て、そういうものをアニメや漫画に採り入れるカッコ良さを知ったというか。自分はもともとドイツ軍が好きだったわけではないので。
だから受けた影響は計り知れないというか、もともとあって当然みたいな感じですね。
出渕氏:
こんなに上手いトップランナーの人にそんなふうに言ってもらえるなんて、やっててよかったですよ(笑)。
──『パトレイバー』の頃、出渕さんは何歳ぐらいだったんですか?
出渕氏:
29歳ぐらいですね。
副島氏:
若い!
出渕氏:
いえいえ、三十路直前ですから、そんなには。
副島氏:
プロフィールを拝見すると、かなりお若い時期からお仕事をされていたんですね。
出渕氏:
19歳ぐらいですかねぇ。運が良かっただけですよ。きっかけは、最初に参加した『闘将ダイモス』をやっている時、スタジオ見学でお会いした長浜忠夫監督【※】に、「やってみない?」と声をかけてもらったからなんです。なので、『闘将ダイモス』には途中参加でクレジットはされてないんですよね。
副島氏:
そのお話もすごいですよね。今でもアニメーションの現場はそういった感じなんですか?
出渕氏:
いや今は、ファンがスタジオ見学に来て監督と喫茶店で3時間ぐらい話すといったことは、さすがにないでしょうね。というか当時でも、長浜さんが特殊だったと思います。ファンがお好きな方だったので。
ちょうどあの頃って、少し前の『宇宙戦艦ヤマト』でメカデザインのハードルがガッと上がっちゃったんですよ。情報量の入れ方であるとか、センスであるとか。
あれは松本零士さんとスタジオぬえさん【※】が、アニメ業界の外部からやって来て新しい血を入れた感じで、その後、アニメのメカデザインがハード方面に向かっていく、あれが転期でした。
副島氏:
そうなんですね。
出渕氏:
メカデザインというのは今でも、アニメスタジオの中のアニメーターたちがやっているわけではなくて、外部の人に発注している形なんですね。
それ以前は、大河原邦男さん【※】のようにスタジオの中で特殊な役職としてやられている方もいましたけど、基本的にはロボットが出てきたらアニメーター(キャラクターデザイン)の人が描く、宇宙船が出てきたら美術監督が描くという形だったんです。
副島氏:
つまり動くロボットはキャラクターと同じように描いて、宇宙船の場合は背景として描くわけですね。
出渕氏:
そうなんです。でも『ヤマト』以降はハードルが上がってしまったために、それでは感覚的に対応しきれなくなって、だから僕のような若輩者にも声がかかったんだと思うんです。
それで『闘将ダイモス』という作品は、実際に〈制作〉していたのは日本サンライズ(現・サンライズ)だったけど下請けで、お金を出して〈製作〉していたのは東映だったんですよ。同じ「せいさく」でも字が違うんです。
それも東映動画(現・東映アニメーション)じゃなくて本社のほうで。その東映のプロデューサーの方が、のちに実写のスーパー戦隊シリーズのほうに行かれて。「そういうセンスを実写にも欲しいから」と誘っていただいて、怪人のデザインをやるようになったんです。だからデザインの仕事に関しては、そういう人の縁で広がっていったというのがありますね。
副島氏:
ファンタジー、メカ、特撮と、もともと守備範囲が広かったんですね。
出渕氏:
あまり自覚がなくて。でも自分としては、このぐらい普通だったと思ってるんですよ。当時はファンタジーやホラーがまだ日本では今みたいに認知されてなくて、SFというジャンルにカテゴライズされることも多かったと思います。
そうした既に知られていたSFというジャンルに内包されていた時期を経て、それぞれが徐々に社会的に浸透し、ジャンルとして確立されていったところがあって。だから、SFというジャンル自体の守備範囲が広かったんですよ。
──現実を描いていないものは全部SF、みたいな?
出渕氏:
そういうのもありましたし、SFっぽいホラーだとか、タイムトラベル的なファンタジーとかもあって、そのへんの境界が曖昧なところで共存していたと言えます。今はファンタジーやホラーの方が認知されているのが現状で、それを「これはSFですよね」と言われると、お客さん的には逆に違和感があるかもしれないですけど。
でもSFが衰退したかというと、ぜんぜんそんな気はしていなくて。『ペルソナ』みたいな作品も、ある意味ではSFだと思うんです。
1970年代ぐらいには、「浸透と拡散」という言葉をSF界隈の人たちがよく使っていたんですよ。SFというジャンルは、一般にどんどん浸透して拡散していくべきだという論があって。まさに今、そうなっているんだろうなと。今ヒットする映画を見ても、70年代だったらみんなSF映画だと言われていたはずですよ。『君の名は。』とかもね。
だからSFという言葉はそんなに残っていないかもしれないですけど、SF的なものというのは一般に浸透し拡散し、普通のものとして受け入れられていると思うんです。
日本で初めてファンタジーのファン活動を始めた人たちが、すぐ近くにいた
副島氏:
出渕さんはもともと海外のファンタジー小説を読まれたりしていたのですか?
出渕氏:
そんなに熱心に読んでいたというほどではないですよ。なにしろ翻訳されていたものが少なかったですから。僕が10代の頃は『コナン』【※1】があるぐらいで、『エルリック・サーガ』【※2】とかはまだなかったですからね。
──出渕さんが10代だった1970年代当時は、SFよりもさらにニッチなものとして、ファンタジーがあった感じですか?
出渕氏:
それはあったと思います。僕は高校生の時にSFのファンダム活動(熱心な人が集まるコニュニティ活動)みたいなものをやり始めたんですけど、その頃、平塚にSFファン仲間だった集団がいて、その人たちは僕と同い年くらいだったんですけど、彼らが日本で初めてファンタジーのファン活動を始めたんですね。
「ローラリアス」っていう名前のファングループを作って。なにしろ日本に1つしかないですから、そこにあちこちからファンタジー好きの人たちが集まってくるんですよ。
副島氏:
そこではどういった作品が扱われていたのですか? 『指輪物語』とか?
出渕氏:
そうですね。あとはアーサー王伝説のような神話・伝説のたぐいですね。SFファンは未来が好きなんだけど、彼らはそれよりも伝統的・歴史的なものが好きという感じで。その「ローラリアス」のメンバーには小谷真理さん【※1】がいて。あとはイラストレーターの末弥純君【※2】も。
副島氏:
そうなんですか! 当時はインターネットがあるわけではないでしょうから、交流というのはどのような形で行われていたのですか?
出渕氏:
今で言うところのオフ会ですよね。毎月第何○曜日と決めて、御茶ノ水とか渋谷あたりの喫茶店に集合して、地方の人はそれに合わせて上京してくるっていう。
なにしろ、好きなジャンルの話をできる人が身近にいないわけですよ。今ならインターネットとかでいくらでもいますけど。だからとにかく話をしたい。仲間が欲しくて、東京まで出てきてました。自分も横浜から通っていましたね。
周囲にはそういった、ファンタジーが好きな人たちが身近にいましたし。あと僕は映像が好きだったというのもあって、『太陽の王子 ホルスの大冒険』【※1】とか『海のトリトン』【※2】とか、ここらへんの作品も自分の中ではファンタジーに分類しているんです。北欧神話やギリシャ神話がベースになっているので。
出渕メカのトレードマークである5個の穴は、何のためにあるのか?
副島氏:
これは本当に個人的な質問なんですけど、ケンプファーのデザインはどこから生まれたんですか?
出渕氏:
ケンプファーはやっぱり顔だった気がしますね。ただ、シルエットをザクとはちょっと変えて、もうちょっと丸みをベースにして渋さを入れたほうがいいかなと。連邦軍のモビルスーツが角張っているのに対して、ジオンは丸みがあるので。
ただ、ちょうど『パトレイバー』とかぶっていた時期なので、『逆襲のシャア』のジェガンとかは、白黒に塗られるとイングラム【※】みたいになっちゃうなぁとか、自分で思ったりもしますね(笑)。
副島氏:
ケンプファーのようなメカのデザインをされる時には、設定があるじゃないですか。飛びますとか、装甲が薄いですとか。そういう設定が先にあって、それを形にしようとするんですか?
出渕氏:
ケンプファーに関しては、ホバリングでああいうふうに飛ぶというのは聞いてなかったので(笑)。ドムみたいな形で浮くのはなんとなく想定してたんですけど、寝そべった形でああいうふうに飛ぶのは、あれは無理だろうと(笑)。
装甲が薄い感じは、ちょっと出したつもりなんですけど。ザクなんかだと、エッジの部分とかで装甲が厚いってわかるじゃないですか。そこを厚みがないような感じにして、装甲そのものはそんなに厚くないんだよというデザインにはしたつもりです。
副島氏:
もう1つお聞きしてもよろしいですか。これはあちこちで聞かれていることだと思うんですけど、『パトレイバー』のイングラムとかに開いている5個の穴【※】がありますよね? あれは軽量化なんですか? それとも冷却用なんですか?
出渕氏:
基本的には軽量化だと思ってもらっていいんですけど、でも中にネジが入っているものもあるので、本当に軽量化になってるのかなって(笑)。
副島氏:
基本的にはバイクとかのカスタムパーツに開いている軽量化の穴と同じようなものですか?
出渕氏:
穴が開いている場所にもよると思うんですけど、たとえばイングラムの場合は軽量化に近いものだと考えていただいて。一方でエンジンとか駆動系にあるようなものは、排熱のためかもしれないですね。
「HRP-2」【※】っていう、実際に二足歩行できるロボットをデザインしたんですけど、デザイン画には5つ穴は描いていなかったのに、できあがったものには入っていて(笑)。
「これ、デザインには入れてなかったですよね?」って聞いたら、「出渕さんだし、入れないといけないかなと思ったのと、ちょうどそこのところに放熱用の穴があったほうがいいって話だったので」と言われて。
副島氏:
出渕さんご自身としては、そう言われることに対してどう思われたんですか?
出渕氏:
じつはあの穴について言われ始めてからは、極力避けているんですよ。でも、たまにウケを狙って「どうせ、これが欲しいんだろう?」と入れたりすることもあるんですけど(笑)。
ロボットを描く時は、工業製品というよりキャラクター性が入ってくる
──メカの機能美的なリアリスティックに描く部分と、ヒロイックに描く部分とのバランスは、出渕さんとしてはどのように考えているのですか?
出渕氏:
勘ですかね(笑)。
副島氏:
メカとして楽しめる部分、ケンプファーだとパンツァーファウストだとか、それだけだとデザインとしてのキャラクター性って、あんまり見えてこなくなると思うんです。でも出渕さんのデザインは、ちゃんとキャラクターに見えるんですよね。
出渕氏:
だから押井さんに言われるんですよね、「お前はメカを知らない」って(笑)。ある意味そのとおりだと思います。キャラクターに見えちゃうんですよ。
副島氏:
それは出渕さんご自身が、キャラクターとしてイメージされているのですか?
出渕氏:
ロボットを描く時でも自分が描くとどこか、量産された工業製品というよりはキャラクターの部分が入ってきちゃいますね。やっぱりクリーチャー的な部分が入るのかもしれない。『ダンバイン』のオーラバトラーとか、特にそうですけど。
ただ無機的なものというよりは、見ている側がカッコイイであったりとか、親しみを持ったりとか、色気を感じてくれたりとか、そういう部分があってほしいのかもしれないですね。
ヒロイックなメカを描いているつもりは、じつはそんなにないんですけど、親しい人からは「色気がある」とよく言われるんです。ロボットに色気を持たせるのは、けっこう得意かもしれないですね。
副島氏:
色気だけだと、今度はメカ的な楽しみから逸脱するのかもしれないですけど、そこもちゃんと両立されているのがすごいなぁと思うんですよ。
──メカとしてのディテールが行き過ぎると、ゴテゴテして格好良くないというか、色気が微妙に薄れると思うんです。でも出渕さんの場合はパッと見のシルエットがカッコ良くて、よく見ていくとちゃんと機能美的な、バイクのエンジンみたいな見え方がするというか。あのへんが本当にすごく不思議で。
出渕氏:
さっきから言ってますけど、顔から入るというのがあるじゃないですか。仮面のデザインと似ているところがあるんですよね、ロボットは。
それとやっぱり、甲冑を好きだというのがあって。甲冑って西洋も日本もそうですけど、けっこうキャラクター性が強いんですよ。兜なんて自己主張の産物が多いし。
先ほどお話ししたように、自分の中では鎧と甲冑とロボットって、けっこうリンクしている部分があって。そういう部分がロボットをデザインする時に、キャラクター性につながっているんでしょうね。
──出渕さんが先ほどおっしゃられた「絵は記号」という部分が、キーになっている気がするんです。記号というのは、人間が認識しやすいとかパッと見で理解しやすいとかいった、数ある情報から引き算で取捨選択していく考え方があると思うのですが?
出渕氏:
ロボットって、最近は現実にも存在していますけど、そんなに普及しているものではないじゃないですか。そうすると、多くの人が実際にメカとして認識しているのは、バイクであったり車であったり飛行機であったり、ミリタリーが好きな人は戦車だったり戦艦だったり、そういうものですよね。
そこには共通して付いている意匠があるんですよ。エンジンもそうだし、ガソリンの給油口だとか、ドアノブだとか。
戦車だったらペリスコープが付いてますねとか、飛行機なら注意書きが書かれてますねとか。ほんのちょっとしたパーツも含めて、見ている人たちにはそういうものが、メカの記憶として残っていると思うんですよ。
そういうものを、たとえばこのロボットは陸戦用だから戦車に似た記号を入れてみると、共通の記号というか共通認識みたいなところで、見ている人が「これって陸戦用ぽいよね」と思ってくれるんです。
そういう自分が知っているメカニズムのパーツの部分が、そのままじゃなくてもそれっぽい形で見えたりすると、そこにリアリズムを感じてくれるんだと思います。
副島氏:
「○○っぽさ」ですよね。
出渕氏:
そうです。「○○っぽさ」を感じるようなことを、見ている人の記憶から呼び起こす作用があると思うんです。
──それはファンタジーで言うと、紋章がワンポイントになっていたりとか?
出渕氏:
そうですね。たとえばプレートアーマーじゃなくて革のアーマーだったとしたら、ベルトで押さえていたほうが革っぽくなるよねとか。それもたぶん記号だと思うんですよ。