物語要素の存在が注目度を高めた?さらに「世界の秘密」のその先には……?
──先ほど「デジタルデトックス」が徐々に盛り上がりつつあるとおっしゃっていましたが、それって言い換えれば「スマホなどのデジタル機器から距離を取ること」ですよね。
それをスマホアプリでやるというのは一体、どういうことなんでしょう……(笑)。最初に『よひつじの森』のプレスリリースを受け取った時、率直にそう思ったのですがそこはどのようにお考えなのでしょうか?
前元氏:
実は、「デジタルデトックスなのにスマホに触るってどういうことや?」というのは厳密には解決できてません(笑)。
最終的にはデジタルデトックスというよりも、もっとシンプルに「素敵な夜のひと時を過ごしてほしい」という方向性に落ち着いています。スマホを閉じて音楽に耳を傾け、空想にふけったり、明日を楽しみにしたりするという、あの夜の余白ですね。そのような見せ方を意識しよう、と。
でも現実問題として、睡眠に満足していない人の割合は、世界的に見ても日本が一番大きく、「満足していない」という回答が70%にも及ぶんです。その大きな要因も、「スマホの触りすぎ」というのが1位、2位にあがるほどで。
スマホを触らない習慣って、一見めちゃくちゃ簡単そうに見えるんですよ。たとえば、「この時間が来たら寝ます」とあらかじめリマインダを登録しておいて、その時間が来たら触るのをやめる。それができたらいいわけですよね。
だけど、人間の欲望は際限がなくて、実際にはなかなかスマホを見るのをやめられず、YouTubeやTwitterを見に行ってしまいます。「あなたの健康のためにスマホから離れよう」というメッセージだけでは、解決は難しいと思っているんです。睡眠課題というものは目に見えにくいし、即時性もないですし。
だから『よひつじの森』では、習慣を続けることが自分のためじゃなく、「かわいいひつじたちのため」という設計にしたんです。「自分のためには頑張れなくても、この世界の続きをみるため、このひつじたちに喜んでもらうためなら」というモチベーションに変換しています。
──なるほど……。ただ、今改めて「『よひつじの森』のプレスリリースってどんな内容だった?」と気になったんですが、あまりその辺のことは言及されていなかったように思うんですよね。
電ファミの記事もそれを元に書きましたけど、なぜだかTwitterではすごくバズって。これ、どういうことなんだ、って今もよく分からないんですよね(笑)。
前元氏:
(笑)。
漆原氏:
あの記事、単純にバズっただけじゃなく、コミュニティへのコンバージョン率もなぜか高いんですよね(笑)。
──いまご説明いただいた情報がおそらく、それほど伝わっていない中でバズったように思うのですが、そのあたりはちゃんとユーザーさんにも伝わっているんでしょうか?
前元氏:
そうですねぇ……「物語要素があること」を前面に押し出していただいたのが、電ファミさんの記事だったんですね。
一方で、デジタルデトックスや、スマホから離れて音楽を楽しむなどのメッセージについては、反応がいまひとつだったかなと思います。
実際、「物語要素があるってどういうこと?」という興味からDiscordのコミュニティに入ってくださっている方は多いですし、アンケートによると、ユーザーさんからの主な期待は「雰囲気がすごく綺麗」だったり「キャラクターが可愛い」ことにあるんです。そういうユニークな魅力が、電ファミさんの記事で伝わったのかなという感じはしますね。
漆原氏:
記事では「世界の秘密」というキーワードも入れてくださっていましたよね。それは僕らが何気なく書いた一文だったのですが、案外多くの方々に「その秘密を見届けたい!」と思っていただけたのかなと。コミュニティに参加された方々からも、物語にまつわる感想がすごく多いですし。
前元氏:
「睡眠アプリなのに物語要素がある」という部分に心地よい違和感を覚えていただいて、そこからちょっと試しに……という気持ちがあるのかもしれません。
──それは何となく分かりますね。たとえばダイエットアプリ、睡眠改善アプリとかっておそらく、1~2回試されている人ってそれなりにいると思うのですが、その上で「けっこういい感じのものが出てきたかも」「自分にあったものが出たのかも」みたいな感覚で反応されたのもあったかもしれません。
前元氏:
僕が観測していた中で不思議なツイートがありまして……。「こういうのを待っていた!」と、みんな言うんですよ。「いや、こういうものってどういうこと!?」と思うのですが(笑)。
実際、ひつじのガワを被った睡眠記録アプリというのは他にもあるんですよね。ゲーム的な要素を取り込んだものも前例があるでしょうし、そんな中で『よひつじの森』を見て、「こういうのを待っていた!」とおっしゃっていただいているのは、おそらくは物語性の有無にあるのでは、と思うんです。
──なるほど。
前元氏:
ここで若干システムについて説明しますと、睡眠記録をつけるほど新しい物語や機能が解放されたり、新規音楽が解放されるという要素があるんです。使えば使うほど、便利になっていくようにできています。
その上で物語の中身にも触れますが、最初のひつじが出てきた時、「あなたと前に出会ったことがあるかも?」みたいなことを言われるんですね。ユーザーさんからすると「え?どうして?」という疑問を抱えたまま本編が進んでいきます。
それ以降、ユーザーさんと一緒にひつじが旅をし、新たな仲間に出会って自然の景色を楽しむという話が進んでいくのですが、あるタイミングで「冒頭で抱いた疑問」と大きく関連する出来事が起きるんです。
で、そこからさらに進めていくとですね……
──……え!?
前元氏:
……ということになるんです。
漆原氏:
なので、コミュニティに参加されているユーザーさんからも賛否いろんな意見が飛び交っているんですよ。
──ちょ……ちょっと待ってください。それってアプリ的に大丈夫なのでしょうか?
前元氏:
基本的にそれを考慮した要素も物語には入れていますので、大丈夫です。
──その仕掛けは正式リリースでも同じなんですか?
前元氏:
はい、正式リリース後のものも基本同じギミックを入れてますし、それ以上のものになっています。
──なんと……。いや、これは……表に出せませんよ!(笑)
前元氏:
まあ、いずれは出てきてしまいますし、コミュニティに参加されているユーザーさんの中にもご存じの方はけっこういらっしゃいますけど……いや、うーん……どう伝えたらいいのか(笑)。
漆原氏:
その展開に辿り着くまで、大体2ヶ月ぐらいかかりますからね。ギミックとして近いことをやっている作品はあると思うのですが、似たような作品の名前を出して書きすぎると、逆に上手く伝わらない気もしています(笑)。
──なんと言いますか……正式リリース後にどんなことになるのか注目ですね……。
デジタルが絡むことによって誕生した、新しい「作家×編集」の座組み
──しかし、物語に関する部分をお聞きしていますと、キャラクターの愛着ということにすごく力を注がれた背景というのが見えてきます。
漫画関連だと鳥嶋和彦さんとお話する際によく言われるのが「物語はキャラクターをいかに立てるかが重要だ」ということなんですよね。
漆原氏:
(深くうなずきながら)おっしゃる通りで!
──同じ物語でも、そのキャラクターへの感情移入の具合によって、物語に対する受け方が変わると。道端に倒れている人が他人であれば無視してしまうかもしれないけど、自分の家族、恋人が倒れていたら助けにいくよね、というものですね。
ただ、そのキャラクターに感情移入させるというのをどういう手法でやるのかはある種才能で、発明や時代に則した何かが必要になってくるわけじゃないですか。
そういうアプローチのひとつとして、「睡眠」という日常の生活習慣を持ってくるというのが、この企画の面白いところだと思いますね。デジタルデトックスという言葉が流行ってきたというのも重要だけど、起点はそこじゃないという。
漆原氏:
まさにそれがこの『よひつじの森』でやりたかったことなんです。先ほどから前元さんが物語、物語と言っていますが、一番土台にあるのはむしろキャラクターでして、そこに関してディスカッションした時間が非常に長いんですよ。
その時にこんな話もしたんです。基本的にソーシャルゲームのキャラクターへの愛着というのは、ユーザーさんが何かしらのコストをかけて、コミットしているほど高くなる。
ガチャを回すとか、お金をかけるのもそうですけど、一番大きいのは「どれほどの時間をかけたか」だと思うんです。触れた時間が長いほど好きになる。何年間も追ってきた連載漫画やテレビアニメもそうで、自分が長く接してきたキャラクターってすごく好きになりますよね、と。
だけど、そのような「長期連載」に相当するものをデジタル上でやるのはとても難しいことです。ちょっとしたキャラクターコンテンツを作っても、日々新しいコンテンツが続々と生み出されていきますから、すぐに忘れ去られてしまう。
では、淘汰されない形で毎日、キャラクターに会いに来てもらうためにはどうすればいいか。それを常に考えながら取り組んでいきました。
前元氏:
編集と作家という関係性の上ですと、デジタルデトックスやヒーリングサウンドなどのシステム要素をきっちり含んで、「このような物語なら全部ストレスなく盛り込めてます」と脚本を出しても、「キャラクターに愛着が湧かないのでボツです」というのを延々と繰り返したんですよ(笑)。
どうしてもゲームから物語を考えると、システム偏重の脚本になってしまう。それがキャラクターへの愛着を重視する方針になっていったのは、集英社さんとやった醍醐味があると感じた部分ですね。
──僕はやはりゲームの力というのを信じている人間で、ゲームが素晴らしいのはたとえばキャラクターにしろ、物語にしろ、体験を伴ったものであるというのが重要だと思うんです。
たとえばポケモンへの愛着も、造形とか設定ではないんですよね。「自分が使っていたポケモン強かったな」とか、「こいつ育てたわ」という体験を伴ったキャラクターを描けるというのは、他のメディアでは成し得ないことだと思っているんです。なので、キャラクターとか物語をどう受容してもらうかという部分において、ゲームって広く捉えると体験を伴った形でやってもらえるかなのでは、と。
前元氏:
おっしゃる通りですね。自分たちも脚本を書いている時は、毎日ポンポン読み進められるシナリオがいいのではと考えていたんです。でも、実際は2~3日頑張って記録して、やっと少し進む、みたいなスローペースにしたほうが、読み心地が良かったんです。
時間をかけた分、「自分が頑張ったから、彼らが旅をしたんだ」という体験の重みが乗って、ひつじたちにもっと感情移入できるようになったという手応えがありまして。
そうした試行錯誤のおかげか、アンケートでも「キャラクターへの愛着」に対してけっこう異様な数値が出ていまして、98%のユーザーさんがポジティブな評価をして下さりました。物語だけでもゲームだけでもない、両方が折り合うものを目指した狙いは効いているのでは、と思いますね。
漆原氏:
試行錯誤という点ですと、実はクローズドベータを出す前に、最低限の機能だけを実装したアルファ版を作っていまして。シナリオの初稿をそのままストレートに乗せて、ごく少人数で試したんです。
僕と前元さんの中では「これなら行ける」と確信していたシナリオだったんですが、反応はイマイチで。テキスト上では物語とキャラクターたちは生きているけど、毎日少しずつ触れるゲームになった時にどう見えるかが、全くわかっていなかったんです。そのことが反省になり、前元さんと一緒に挫折を味わいながら作り直したのは大きかったですね。
前元氏:
そうですね。あんなに書き直すことはないだろう、と思いながら(笑)。
──その脚本を書かれたのは作家さんなのでしょうか。
漆原氏:
いや、前元さんなんですよ(笑)。
前元氏:
今回は僕自身が脚本を書いていまして、そのまま漆原さんに編集をやっていただいています。
──おお、本当に「作家と編集」の関係でやられたのですね(笑)。
漆原氏:
ただ従来の物語作りと違って、「シナリオを出した後」にキャラクターのチューニングが出来たというのが今回は新しい試みでしたね。
前元氏:
あ、たしかにそうですね。
──と言いますと?
漆原氏:
普通、連載におけるキャラクターの印象は後々のエピソードで挽回できても、「前に戻って書き直す」というのは原則できないですよね。
ところが今回は、直接ユーザーさんの意見を聞きながら、戻って直していけたんです。例えば、ひつじたちの中に「ナハト」というキャラクターがいるんですが、一見荒っぽい性格をしているんですね。そのようなキャラクターでも、シナリオを進めていくことで実は心が優しいとか、いい意味で裏があるキャラクターと分かってくるので、きっと愛されるだろうと思って出してみたのですが、予想外にユーザーさんからの拒絶感が強かったんです。
そこで「口調を直しましょう、出てきた時の読者との触れ合い方を変えましょう」と登場シーンを調整した結果、ぐっと可愛らしいキャラクターになったと思います。これは今までの物語作りと違うぞという実感がありました。前元さんにとってはこれが普通なのかもしれませんけどね。
前元氏:
システム上は普通のことですが、キャラクターを改善可能にする運用モデルというのは、従来と違うところがあったかもしれません。あと、キャラクターを作る時には「とにかくリアルなひつじに頼る」ということで、牧場に取材に行くこともありました(笑)。
──なんと(笑)。
前元氏:
脚本を書いた時、「たしかに面白くはあるけど、これってひつじにとって嬉しい話になっています?」みたいなフィードバックを延々と受けていたんですね。
それで行き詰まって「いやー……もうすみません、ひつじの気持ちが分からないです!」と思わず弱音を吐きましたら、「じゃあ、取材に行ってください!」「え!?」と(笑)。
漆原氏:
その時に撮った写真もあります(笑)。
前元氏:
それで開発真っただ中のチームのみんなを連れ、牧場へと出向いて本物のひつじたちと戯れまして(笑)。散歩をしたり、子ひつじにミルクをあげたり。そこで発見した可愛さをキャラクターに反映させられて、いい経験になりました。
漆原氏:
実は本物のひつじは割とみんな性格が違ってるんですよね。
前元氏:
そうですね。たとえば子ひつじの「ソンノ」というキャラクターがいるのですが、実際の子ひつじを見ると、可愛らしく泣いたり甘えたりする一面がありつつ、大きなひつじたちに平気で抗う生意気さを隠している。社会性があって可愛いんです。そうした性格を反映させたり、いろいろ活かされましたね。
──その辺りも本当に作家と編集という関係性を感じさせられますね(笑)。あと、何度かアンケートに関する話題が出ましたが、具体的にはどのようなデータが出ているのでしょうか。
前元氏:
そうですね……全体的には女性の比率がすごく高いんです。通常、Discordコミュニティ一般でいえば男性の割合が大きいのですが、『よひつじの森』のコミュティに関しては女性が80%ぐらいを占めています。
漆原氏:
コミュニティ全体の人数としては1300人ぐらいですね。
前元氏:
それぐらいですね。なので、本リリース後にも少し増えそうな可能性があります。
あと、これがアプリとしては割とイビツなのですが、ライフログ機能としての満足度よりもストーリーへの満足度が高いんですよ(笑)。他にも「雰囲気がいい」という項目も割合が高く、何と言いますか……ユニークな結果になっていますね。
──このアンケートは1日ごとに取っていたのですか?
前元氏:
そうですね。2週間連続で毎日アンケートを取るというイベントをやりまして、日々200人ぐらいの方々から回答をいただきました。
アンケートの要望に応じた改修も都度行っているんですが、面白かったのは、「一番ほしい機能はなんですか?」と聞いたら睡眠機能の要望ではなく「ひつじたちに触れる機能がほしい」と(笑)。
そこで後々「ひつじに触れる機能」を実装したんですが、そんな機能が最も要望されるというのも、睡眠アプリとして独自性が出た結果だなと思いますね。
サブスクを採用した背景には“世界の秘密”がある?
──なるほど、その辺りが上手く伝われば、より大きな反響が得られそうですね。しかし、いろいろお聞きしていると、改めて伝えるのが難しいアプリだな、ということも感じますが……(笑)。
漆原氏:
伝えづらさの点では『ガラパゴスの微振動』とも近いですね。本当、ENDROLLさんが作るものって説明しにくいんですよ(笑)。
──そういえば『ガラパゴスの微振動』の時って、何か話題を集める上で心掛けたりはされたんですか?
前元氏:
それがですね……お恥ずかしい話ですが、ないんですよ。一応、何か話題に繋がるかなと思いながら設計したのは、シナリオ内で具体的に何年のいつの日の出来事というのを扱ったり、2005年当時流行っていたネタをたくさん入れて、直撃世代狙い撃ちのあるあるトークを書いたり、というあたりですかね。広告出稿のターゲットもそこに絞り込んだりとか。
ただ、PR向けのネタは、全然仕掛けてなかったですね。
──なかなかあのような完全新規のもので、ちゃんと話題を集めるのって相当難度が高いことだと思うんですよ。なので、一体何をされたのかなという疑問と興味があったのですが……。
前元氏:
ひとつあるとすれば、外部の力を借りるという意味合いで、2005年当時流行っていた『銀河鉄道の夜』というGOING STEADYさんの曲があるのですが、それを羊文学さんにカバーしてもらって、作中のオチに流す音楽として採用するのはやりましたね。
カバーされた曲も配信して、そちらを入口に入ってきてもらうなどの施策は行っています。
──羊文学さんを起用したのは何か縁があったのでしょうか?
前元氏:
当時のメイン作家の知り合いの知り合いが羊文学さんと繋がっていると耳にしまして、全力で会いにいきました(笑)。
──(笑)。
漆原氏:
ほぼ他人(笑)。正面突破ですね。端から見ていて、いい意味で見切り発車が多いプロジェクトだった気がします。何か戦略を練りながらやっている感じがなく、誰もが面白いものを作ることだけに集中していたというか。
──結果的にはたしかに面白そうな感じは出ていましたし、いろいろなるほどなと思いました。『よひつじの森』はまず最初にiOS版からリリースとのことですが、Android版は予定されているのですか?
前元氏:
Android版は反響次第です。どうしてもOS単体に干渉する機能が多く、移植するにもなかなか骨の折れるところがありまして。共通項の部位とは別にしたモジュールが分かれて設計されていますので、そこは新規に開発することになりそうです。
もちろん、両方出した方がいいのはたしかですが、初動の反響を見て、コストを積むかどうかを決めましょう、と。
漆原氏:
そうですね。そもそも今回のプロジェクトでは、新しいことをやりすぎているんです。表面上はそう見えないと思いますけど、裏側ではセオリーの逆を行ったり、それこそ先ほどお話したストーリー後半の展開のようなチャレンジも多くしていますので。
だから、反響が全然読めなかったんですよ。読めないからこそ、クローズドベータを行ったというのもあります。
僕と前元さんの間で予め話していたのは、「読み切り作品の感覚で作っていきましょう」ということでした。まずは小さく試して、アンケートで票が取れるかを確認してみて、票が取れるのなら「連載」に持っていくという順番ですね。
票が取れるように仕立てるのは僕らの仕事で、それは頑張るからという話をしつつ、iOS先行でローンチするというのもまずは小さく試す一環という気持ちでいます。
前元氏:
他にも、反響に応じて英語対応も考えるとか、いろいろ次の展開は準備しようと考えています。
漆原氏:
ビジネスモデル的には買い切りではなく、サブスク(サブスクリプション)にしているんですが、ここにも意図があるんです。
なぜかと言いますと、「続けてもらうことに意味がある」という健全なエコシステムを作りたいという思いと、物語上は少なくとも先ほど前元さんが話された“詳しくは言えないところ”まではやって終えてほしいから、なんです。「続けてもらう」と言いながら「終えてほしい」と言うのは、一見矛盾しているように聞こえるかもしれませんが。
──ああー、なるほど……。
漆原氏:
どうやったらそこまで読んでもらえるかと、悩んでいました。たとえば本でも、買って自分のものにしてしまったら、それを隅々まで読まなくてもいい。僕らも最後まで読むことにまでは、コミットできない。
けど、サブスクだと「その地点」まで読んでもらうため、僕らが必死の思いで頑張らなければいけませんから。そうしたビジネス的な目標と、ユーザーさんに提供できる価値が上手く噛み合うはず、という思いもあってサブスクを選んでいるんです。
前元氏:
ずっと続けてひつじたちと触れ合いたい人にも、区切りとなる「終わりがほしい」人にも、どちらにも満足していただけるような仕組みにしたいなと。そういうサブスクをやろうとした結果、挑戦のハードルは高くなりましたが、これ自体は社名を背負っての思想でもありますので、逃げずに頑張りたいと思う日々ですね。
──サブスク形式っていったん購読してもらったら、ビジネス的には「そのユーザーさんを逃がさないか」に寄らざるを得ないじゃないですか。
でも、お話を聞いていると『よひつじの森』は何と言いますか……信念のある合理性みたいなものを感じますね。ビジネス的な合理性はありつつも、それでも「なにかその論理に抗いたい」、「どうしてもやりたいことがある」みたいなものが滲み出ていているというか。
漆原氏:
普通の会社ではなかなか通らないことだとは思うんですよ。
でも、「面白いものが出来て、そこにファンが付いてくれて、何ならENDROLLさんと作る次回作を見てみたいと思ってくれる人が出てくれることが一番重要だ」というのを、会社も理解してくれている。そのおかげでこのやり方ができていますので、本当にありがたいと思います。
前元氏:
本当に集英社さん以外のパブリッシャーでしたら通っていなかったと思います。
現実を拡張するとは? 拡張した先を描くとは?
前元氏:
本日のインタビューの中で一番お伝えできればと思っていたのが、「物語とキャラクターによって習慣を続ける」というアプローチについてでしたので、そこは一通りお話しできてよかったです。
漆原氏:
僕らから見ても、「エンタメ」と「ヘルスケア」、どちらがニワトリでどちらがタマゴかよくわからないアプリですので、いろんな語り方ができてしまうんですよね。物語性を導入した睡眠習慣アプリとも言えますし、逆に物語を伝えるために習慣継続をギミック的に使用したアプリという言い方もできますし。
──個人的には、どちらかというとキャラクターと物語がメインで、企画と発想の起点はそこかと思いましたね。
『よひつじの森』はたとえば『リングフィットアドベンチャー』とは出発点がそもそも逆ですよね。フィットネスをさせるためにゲームっぽい要素を入れる、体験としてはフィットネスをさせるための原動力としてゲームを使うわけですけども。
漆原氏:
そうですね。
──そのアプローチって、『リングフィットアドベンチャー』は相当よく出来ている例ですけど、やっぱりゲーム的な面白さという点では限度があるような気がしていて。やっぱりフィットネスをやらせたいというのが根底にあるから、それこそ砂糖をまぶして甘くしているような感覚があるんです。
それでいうと、『よひつじの森』はむしろうまいものを食わせるための新しいアプローチをしている感じですね。
前元氏:
まさしくそうですね。そのニュアンスが伝わるのはすごく嬉しいです(笑)。
実際、弊社としても「ヘルスケアのゲーミフィケーション」をやっているつもりでは全然ないんです。「睡眠をゲーム化して楽しくする」というよりも「睡眠という日常生活を拡張したい」という感じですね。
エンターテインメントの新しい形を打ち出すために、そこに睡眠改善やライフログを掛け合わせているようなものです。
──いわゆる「ライフハック」に近いような感じですよね。それをAR技術やカメラをかざすのではなくて、ライフログや睡眠改善アプリを用いて、睡眠という現実を引っ張り出して、物語に接続させていると。
前元氏:
そうですね。他のAR技術を用いたタイトルと比べると「AR」として一見物足りなく感じるかもしれませんが、拡張した現実の先に新しい「生活圏」を創造できるということまで含めたら、もっと大きな試みであるように思っているんです。
VTuberに限らず、Twitterを始めとするSNSもそうで、デジタルで拡張した先に交流が生まれて、新しい生活圏ができて初めて現実が拡張されたと言える。単純にインターフェースが変わるだけでは、別にそれは拡張でも何でもないだろうと思うんですよね。
漆原氏:
その話を聞いて今、改めて思ったことなのですが、ENDROLLさんの社名に掲げられているような、「エンドロール後の現実」をどうデザインするのか、という発想でゲームを作られるのはあまり聞いたことがないんですよね。
物語の終盤をどう盛り上げ、どう楽しんでもらうかに意識を向けている人は多いと思うのですが、ゲームが終わった後にも物語に触れた人の人生は続いていく。その人生がこうなるといいよね、という理想が一番先頭にあるというのは、すごく面白いアプローチだと思うんです。
最初前元さんと会った時に、新海誠監督の『天気の子』の鑑賞後、「空を見上げる時に作中の物語を思い出すようになった」という話で盛り上がったんです。前元さんは「ああいうのをやりたいです」と言ってたんですね。その感覚を持って物語を作られているのは、だいぶ個性的でいいなと思いましたね。
──たしかに物語にはもともとそのような力があると思いますし、それこそ昔なら高倉健主演の映画を観終えた後、「健さんのように清く正しく生きよう」みたいに行動規範に変化が表れるなんてこともありましたからね。
そのような物語と人の生活規範に対するアプローチをするというのは面白いですし、割と古典的なものであるようにも思います。
漆原氏:
そうですね。一周回って、新しいことではないかもしれませんが。
──それが時代と共にどう変容していくのか、という話でもあると思うんですよ。
かつてお寺のお坊さんが説法として口調として伝えていたものが巻物になり、本になり、さらに産業革命以降に技術が発展し、カジュアルな大衆文化が出来て、音楽に映画、そしてゲームが出てきた。
ただ、いろんな娯楽が溢れた影響でちょっとやそっとのアプローチでは感動もしてくれない人もいっぱいいて、いろんなテクニックを駆使して最先端の物語を模索しようとしている。この『よひつじの森』も、ある意味ではそれに取り組んでいるプロジェクトだと思うんですよ。
前元氏:
やはりコンテンツの増加が当たり前になり、いろんな物語が生まれるほど「フィクションの世界なんて所詮フィクションだし」と冷めた目で見つめるようになってしまう気はしているんです。
お伽噺を本当のことのように怯えて感じるとか、そういう体験が少なくなってしまう。その中で新しい作り方として、「自分自身に向けられた物語」というものを、このアプリを通して体験いただければ嬉しいですね。
──本当に感情移入するための手段として、ゲームともアプリとも言いにくい、絶妙なところをついたものが出てきたなと思います(笑)。
前元氏:
次はもう少し広域を狙ったような企画をやろうと、集英社さんと取り組んでいます。集英社さんにも堂々とENDROLLの成長に対し、投資いただいているというような感じです。
なので今は本当、いい編集者さんに恵まれてハッピーですね(笑)。
──正式発表の時を楽しみにお待ちしています(笑)。本日はありがとうございました!(了)
カメラをかざすことにより、現実世界では見えないもの、それこそ『ポケモンGO』であればポケモンが現れる。一般的なAR(拡張現実)に対するイメージは、それが最も浸透していると思われる。しかし、単純に現実世界では見えないものが現れるのにはあくまでも通過点であり、それを捕まえられるという現実側の行動が拡張されることにこそARの本質がある。そして、そのような新たな現実へと繋がるためにも、土台となる物語や世界観を始めとする設定やテーマを率先して考える。
今回のインタビューを通し、ENDROLLはいかに「拡張現実」という言葉のそのままの意味、現実を拡張させて新しい価値を提供することに心血を注いでいるというこだわりが感じられたかもしれない。また、そのような思想を掲げているからこそ、今までのようにAR技術を用いない『よひつじの森』というアプリが生み出された経緯も腑に落ちるものがあった。
そして、物語にこだわる会社としてのステージを1段階上げるべく、昨今数多くのヒット作を生み出している集英社と組み、連載漫画の手法からジャンプ特有の「アンケート主義」をも採用しながら調整を重ね、制作を推し進めていったのも大変興味深い。まさに漫画編集の論理で生み出されたゲームの先駆者ということで、リリース後、物語にどのような反響が出るのか気になるところだ。
冒頭でも申したが、インタビュー中には物語の“大きな秘密”に関する言及もあったのだが、その詳細は伏せた。一体、どのような秘密が隠されているのかは、ゲームメディアのお約束(?)、「君の目でたしかめてくれ!」の一言で締め括らせていただく。
ただ、少しだけ耳にした側の感想を書くなら、「そんなのアリなの?」だった。睡眠改善を謳うアプリとしては挑戦的すぎるものだったのである。もちろん、それを踏まえたフォローもされているというが、これにアプリを触れているユーザーが直面した時、どんな感情がわき起こるのか……いろんな意味で興味深い限りである。
最後にあったコメントの通り、ENDROLLと集英社はすでに『よひつじの森』に続く第2弾にも着手しているとのこと。そちらもどのような異色のアイディアが込められたものになるのか、今後の動向からは目が離せない限りだ。