Webで読みやすい漫画の作りは、『ドラゴンボール』の簡潔さに通じる
鳥嶋氏:
ヒョンソクさんは集英社に行って講演会を開いたら、編集者が100人集まったんだよね。そこで、今のような問題意識で話をしたと思うんだけど、どうでした?
イ氏:
「やっぱり集英社は違うんだな」と思いました。いちばん初めに来てくれて、話を聞いてくれた。ものすごくアグレッシブですし、新しいものを採り入れようとするんだなと。
鳥嶋氏:
それはセールストークで言ってない?(笑) 「お前らホントにちゃんと分かってんのか」とか「話を聞いただけで、何もしないだろう」とか、そういった感じはなかった?
一同:
(笑)
イ氏:
実際に今、動いていますし、そういう努力を常にするんだなと実感できましたね。『ジャンプ』というか集英社は昔から、「面白ければいい」という感覚に満ちていましたし。
昔、「日本漫画の危機」っていうのがあったじゃないですか。雑誌の部数がすごく減ったりして。今でも減っていますけど。『ジャンプ』も『SLAM DUNK』が終わった瞬間から、部数が激減しましたよね。
鳥嶋氏:
それで言うと、『ジャンプ』の部数が650万部でピークを迎えて、そこから下がるのは『ドラゴンボール』が終わって、『ドラゴンボール』を読んでいた固定読者が離れて、部数が落ち始めるのね。
それで前の編集長が職を解かれて、僕が行くことになった時にはもう『SLAM DUNK』の終了は決まっていたんだよね。それで『SLAM DUNK』が終わったら確かにね、40万、50万単位で部数が落ちましたよ。
だから最大部数を支えていた漫画が、ストーリー上だとか作家さんの中での問題だとかで、「もう無理だ」って終わっていったの。僕はそういう時に『ジャンプ』に戻ったので。それは『ONE PIECE』が出てくるまで続いたから。
イ氏:
これは僕個人の意見として言いますけど、「日本漫画の危機」がどこから来たかというと、「外部性の喪失」だと思います。以前は、日本の漫画だけでなく映画もアニメもそうですけど、「外部」が存在したんですよ。
日本の漫画は手塚治虫先生から本格化しますけど、手塚先生の心の中での永遠の目標というのは、ディズニーなんですよ。ディズニーのアニメを……
鳥嶋氏:
どうやって二次元の紙の上に定着させるか、だから。
イ氏:
石ノ森章太郎先生の作品は、シオドア・スタージョン【※】だとかいった1930年代、40年代のSF小説のようなテーマを扱っているんですよ。スタージョンの『人間以上』という小説には、「迫害を受けている超能力者たち」が描かれていますから。
※シオドア・スタージョン
1918年生まれ。1938年に短篇「高額保険」で作家デビュー。国際幻想文学賞を受賞した長編SF小説『人間以上』のほか、短編小説の名手として知られており、逝去後の1987年には英語圏のSF短編小説を対象とした「シオドア・スタージョン記念賞」が発足している。また、TVドラマ『宇宙大作戦(スター・トレック)』の脚本を2話手がけている。1985年逝去。
鳥嶋氏:
それが『サイボーグ009』や『仮面ライダー』になるわけだ。
要するに、日本の漫画のある種ヒットしたものは、海外のオリジナルから影響を受けて、それをどうアレンジするかという努力の結晶だと。言ってることは分かるよ。
イ氏:
かつてはそうだったのが、日本の漫画やアニメは世界で売れちゃって、「外部」の対象物がなくなるんですよ。そうすると何が起こるかというと、最初から漫画やアニメを見ながら育った世代が編集現場に来るわけです。こうなると内部循環、自己コピーが始まって、新しい変化が生まれづらくなるんじゃないかと思うんです。
鳥嶋氏:
自家中毒が起こり、新しい外的要因に鈍くなったり反応しなくなるから、突然変異も起きないし、変化していかない。
イ氏:
だから、完成度は高いんだけど、どこかで見たようなものが生まれてくる。それを読者が直感的に感じ取って、漫画から離れていくんじゃないか。それで、その代わりに新しい刺激のある、別の娯楽文化にいったんじゃないかと思います。
鳥嶋氏:
WEBTOONは今のところ、その愚は犯していないわけ?
イ氏:
まだ起きていないですね。なぜかというと新しく出たばかりの文化だし、商業的なブームが今起こったので、まだ早いと思っています。
鳥嶋氏:
かつて日本の漫画を築き上げた人たちが、アメリカの映画やSF小説から影響を受けたように、今のWEBTOON作家の発想元はどこにあるの?
イ氏:
やっぱり映画とか海外ドラマでしょうね。特に韓国では映画が非常に発達していますから、そこからヒントを得てWEBTOONでやるというのは多いと思います。
もちろん日本の漫画からも影響はあったりしますね。それをWEBTOONでテーマ的にどう変換すればいいんだろうとか、今生まれたばかりの文化なので、いろいろな挑戦がまだある状態だと思います。
日本の漫画の話に戻すと、『ジャンプ』の誌面に『チェンソーマン』が登場した瞬間、僕は興奮したんですね。昔のように内部循環、自己コピーではない、新しい変化のある作品が出てきたんだと。
鳥嶋氏:
でもあれは今、『ジャンプ+』に移ったよね。
イ氏:
だから今、集英社で最先端を走っているのは『ジャンプ+』だと思います。
あとは、『SPY×FAMILY』と『怪獣8号』が『ジャンプ+』に出てきた瞬間に、僕はすごく感銘を受けました。この2作品は日本漫画なりに、スマホの縦画面でどう見せるかというのを研究した結果だと思います。
鳥嶋氏:
そうなの?
イ氏:
情報の制限ってことですね。昔の日本の漫画は、誌面に情報量をどう入れるか、どうギューギューに入れるかという勝負だったんですよ。でもWEBTOONでは、そういうことをしたら読者がすぐ離れます。
この2つの作品は、紙の単行本で読むと情報が少ない印象ですが、でもスマホの画面で読むと、ちょうどいいんですね。
鳥嶋氏:
あっ、そういうことね。ということは、この『ジャンプ+』から出てきた2作品は、編集者たちがあなたと同じようにWebでどう見せるかということを考えて、試行錯誤をしてここに至ったということだね。
イ氏:
そうですね。やっぱりスゴイなと思います。
――「Webで見やすくする」というのは、具体的にはどういうことなんですか?
イ氏:
まず、コマの割り方というのが非常に単純なんですね。線も綺麗にまとめられていて白い部分も多いですし、ディテールがとにかく簡潔なんですよ。なので液晶画面で見た時にすぐ読める。『SPY×FAMILY』のほうがもっとそうなんです。ゴチャゴチャしていない。
あと、文字のフォントが大きいんですね。そうすると文字が多い場合は、液晶画面では読みづらいんです。
鳥嶋氏:
でも簡潔という意味では、『ドラゴンボール』もこういう漫画なんだよ。
ムダな背景を描かない。読みやすいコマ割りにする。それからパッと見た時に「文字が多い」と感じさせないように、フォントも含めて文字数を調整する。まさに僕が『ドラゴンボール』でやったこと。
それはどういうことかというと、小学生や中学生ぐらいを対象にした時に、彼らが読みやすい漫画にしたの。読みにくいと情報が頭に入ってこないから、描いても意味がない。だから鳥山明さんは原稿が早いのよ。合理的だから。
鳥山さんと僕は、漫画を読んでこなかった作家と、漫画を読んでこなかった編集者だったから、先入観がなかったんだね。
日本の出版社では誰も編集の仕方を教えてくれなかったので、自分で考えるしかなかった
イ氏:
日本の出版社の方には先入観というか、根強く束縛されている考え方があると思うんです。
その人たちは、紙の漫画を通じて自分たちの漫画の体験を認識しているわけですから、それはどうしようもなくて。やっぱり右から左へ読むだとか、ジグザグの視線誘導で読んでいくとか、そういった考え方がどうしても存在するんです。WEBTOONを理解するにはそこを完全に捨てないといけないですから、本当の意味での理解はされていないですよ。
鳥嶋氏:
さっき「海外の人は日本の漫画のコマ割りに慣れないし、慣れないと読みにくい」っていう話があったじゃない。だからWEBTOONがいいんだ、っていう議論があるんだけど。それで言うと、一方で「日本の漫画が正しくコマを割れていない」っていう話があるのよ。
さっき言ったように『ドラゴンボール』はコマ割りを徹底的に研究して、誰が見ても目が迷わないように構成したから。ところが今の雑誌に載っている漫画は、『ジャンプ』も含めて、コマ割りがメチャメチャなの。
イ氏:
そこまで言って、大丈夫ですか(笑)。
鳥嶋氏:
そうすると新しい読者が入ってこれないから、どんどんと煮詰まってくるわけ。すると、アンケートが意味を為さなくなってくるんだよね。クローズされている中でのアンケートだから。
イ氏:
はい。
鳥嶋氏:
だから若いユーザーが入ってこない市場は滅びていく。やっぱりね、お金を払えない読者をどう引き込むか、どう読ませるかってことをやらないと、媒体が落ちてくる。
イ氏:
おっしゃる通りですね。だからさっき「内部循環」って話をしましたけど、以前に出たヒット作を分析して出た漫画というのは、あんまり良くないと思っています。それは失敗を回避するためのシステムだから、「破格」とか「新しさ」とかはなくなるんですね。だから面白くない。
鳥嶋氏:
そうだね。
イ氏:
あと、僕は日本漫画の編集部に入って実感したんですけど、コマの割り方というか「どう作るか」という思想自体が、伝承されないシステムですよね。僕が編集部に入ってショックを受けたのが、当たり前に何かを教えるだとか、教育だとかが……
鳥嶋氏:
まったくないよね。
イ氏:
皆無ですよね(笑)。「これはどういうことだ?」と思ったら、自分の師匠みたいな編集者がひとりいて、その人の横で自分で勉強するしかないというシステムで。
鳥嶋氏:
言葉を返すようだけど、僕は先輩のやり方を押しつけられなかったから、既存の漫画を分析してコマ割りの法則を発見して、鳥山さんと一緒にそれを実践できたんだよ。だから僕にとっては「伝承されないシステム」のほうが有り難かった。
イ氏:
そうなんですね。でも今は、日本の漫画編集者を選ぶ基準がどういうものか分かりませんが、「漫画を好きな人」だと思うんですよ。そうなると素材自体がそこだから、そこしか出てこない。
鳥嶋氏:
ひとつ賛同するのはね、これまで日本の漫画を作ってきた編集者たちや作家たちは、若くてパワーがあって何かをやりたいって人たちで、でもそれまでの蓄積はないから、試行錯誤をしたり他のところから持ってきたりして、工夫してやってきた。そういう世代だよね。
イ氏:
おっしゃる通りです。
鳥嶋氏:
漫画を読んで育った世代じゃないんだよ。だから発想の元が漫画じゃない。映画だったり小説だったり、他の何かから持ってくる。そういう形で漫画家と編集者もやり取りしてやってきたから、いろんなところからいろんなものを持ってこれたというのがあって。それが漫画の多様性になった。ところが今はそうじゃない、っていう分析はその通りで。
ヒョンソクさんが出版の漫画をやった後にWEBTOONに行った時に、いろいろな失敗をしたことが勉強になったというのは興味深いよね。
ユーザーの目線から見た時に、スマホの画面に映っている漫画の構成の仕方はこれで良いのか。漫画の絵柄、余白との問題、それからセリフの量、フォント、位置。そういうものが全部、今までの経験則とは違うんじゃないかと試行錯誤でやってきたというね。
それからもうひとつ、僕が面白いと思ったのは、絵がヘタで頭身がどうこうっていうと、これは出版の中でレベル的にはじかれちゃうんだけど、ところが「表情は描ける」と。スマホで見る漫画って、アップの表情をどう描くかというのは、けっこう大事なポイントなんだよね。だから表情を豊かに描けるというのは、漫画として印象に残るコマを描けるってことで。そこを強みとして出すことによって、読者が反応したってことだよね?
イ氏:
そうなんです。誰も僕に編集の仕事を教えてくれませんでした。でも僕は自分が聞いたことを韓国の作家さんに伝えなきゃいけない。だから自分なりに整理するしかなかったんです。自分でネームを切ってみたり、絵を全部描いてみて送ったりするしかなかったから、僕は自分で勉強できたんですけど。
あと僕は昔、映画を3000本ぐらいみまして、そういう経験があったからなんとかできたんですけど、それは今の新人編集者にはそういう経験はなかなかないんじゃないかと思うんです。
さっき僕は、『ジャンプ』に『チェンソーマン』が出た時に興奮したという話をしましたけど、その理由はもうひとつあって。僕が見る限り、『チェンソーマン』の作家さんの発想の根本は映画からなんですよ。「この映画のエネルギーを、パワフルな場面を漫画にどう移すか」ということに悩んだ結果、出てきたのがあの作品なんです。だから破格に満ちているし、すごく良い。
僕が読んでいた1980年代の『ジャンプ』の作品もこうでしたから。
藤本タツキの新しさは、大友克洋が出てきた時に似ている
鳥嶋氏:
藤本タツキさんがネットで評判になるのはね、僕が感じたのは、ちょうどあの人が描いているある種のざらつきとかインパクトは、80年代の『ジャンプ』の漫画というより、大友克洋さんが出てきた時に似ていると思う。
『漫画アクション』で、『ショート・ピース』に収録される短編や『童夢』を描いた頃の大友さん。だって『童夢』なんて、団地で爆破シーンを描きたいだけでしょ(笑)。それをあのタッチで描く新しさ。僕は当時、その新しさを感じて面白いと思ったけど、僕より年齢が上の編集者や作家さんは「なんじゃこりゃ」って反応だった。それと同じような感じがあるんじゃないかな。
だからね、僕も藤本タツキさんの作品を見た時に、当時の先輩の視点と同じで「なんじゃこりゃ」って部分があるんですよ。
イ氏:
そうなんですね。
鳥嶋氏:
読者から反響があるっていうのを見て、それを考えて読めば、編集者だから分かるんだけど。でもイチ読者としてパッと見たら「なんじゃこりゃ」。
イ氏:
でもこのセンス・オブ・ワンダーこそ、メディアが持っているいちばんのパワーだと思うんですよ。見た瞬間に「こんなものは見たことがない」っていう新しい体験ができる。
鳥嶋氏:
驚きがあるよね。
イ氏:
さっきも言ったように、僕は1980年代の『ジャンプ』のマンガが大好きなんですけど、それはどの漫画もルールを破っていたからなんです。
鳥嶋氏:
(笑)
イ氏:
『こちら葛飾区亀有公園前派出所』は警察官が酒を飲んで発砲したりするし(笑)。『シティーハンター』は殺し屋が主人公でしょ。『北斗の拳』なんて、1ページ目から「198X年」ってキノコ雲が出てきて、その次のページではもう悪人が暴れてるって、ワケが分かんないじゃないですか(笑)。でもこれらの漫画はどれも、それまでに見たことがないものだったんですよ。
『ドラゴンボール』も当時なぜショックだったのか、今振り返って考えると、主人公の破格性なんですね。孫悟空の人格って、じつは良い人じゃないんですよ。彼は強くなればなんでもいい人じゃないですか(笑)。
鳥嶋氏:
そうそう、その通りだ(笑)。
イ氏:
1980年代の『ジャンプ』って、こんな野蛮な雑誌だったんですよ(笑)。「こんな雑誌」と言って申し訳ないですけど。でも、だから成功できた。
それがある日から、なんか自己循環的に綺麗にまとまった作品を出し始めるようになって。それが残念でした。それが『チェンソーマン』が出てきた瞬間に、昔の野蛮な姿に戻ったと思ったんです。
鳥嶋氏:
僕がまだ集英社にいた時、スタッフが「ネット発の雑誌を作りたい」と言ってきて、僕は軽く一回止めたんだよね。
そこでブレーキを軽く踏んだ理由は、それをやっちゃうと『少年ジャンプ』に影響が出ちゃうから。そうすると会社の中の影響とか、書店への影響とか、ものすごく大きいじゃない。だから編集長は『ジャンプ』と兼任という形にして、会社のマンパワーやお金をそこに一気に集中させるんじゃなくて、わざとゆっくり始める形にしたの。そういうやり方で、会社になじませるようにして。現場のスタッフはそれが不満だったみたいだけど。
デジタルとかネットが将来どうなるか、その頃は誰も明確に分かっていたわけじゃない。出版社における漫画の経営的な位置って、ものすごく大きいから。印刷所、取次、書店まで入れると、そっちに一気にシフトはしにくい。
漫画を扱う大手出版社はどこも非上場だからね。
この非上場の人たちが、日本のある種の出版文化を支えてきている。出版社は漫画だけじゃないから。「漫画が大きなお金を生むから」と言って、一気に漫画にシフトしてアニメ会社を買ったりゲーム会社を買ったりしない。そうすれば会社経営的には、合理的で正しいんだけど。だからアメリカの会社だったら、そうなるかもしれない。ところが日本においてはそうならない。そこのあり方の難しさがあるんだね。
イ氏:
そのことは僕も認識していて。さっき、講談社の由利さんの話をしましたけど、由利さんの話で面白かったのは、「今の日本の漫画家は勲章を欲しがっている」と言っていたんです。国から認められたいと。
由利さん曰く日本の漫画文化がここまで来た理由は、メインカルチャーではなくてサブカルチャーだったからだ。と。「誰も認めてくれないかもしれないけど、何を表現してもいいんだ」という気概があった。
僕は社会学を学んだから、それで表現してみると、日本の漫画は合理性がなかったんですよ。合理的な選択肢を選んで動いていたら、ダメになっていた媒体だと思います。
非合理的な選択肢として何があるかというと、たとえば、今でも集英社は毎年400本ぐらい読み切りの漫画をやっているんです。読み切りはお金になりません。でもこれをやることで新しい人たちが可能性を認められて、世に出てきている。今後の根本になるんです。
日本においてのWEBTOONはじつは、ここに弱点があるかもしれない。新人が自由に発表できるような場所がまだ少ないんですね。
鳥嶋氏:
読み切りをやるような場所がない?
イ氏:
ないですね。
鳥嶋氏:
今の話を補足して言うとね、なんで読み切りが大事かというと、読み切りは結局「キャラクターのテスト」なの。どんなに一生懸命漫画を作っても、キャラクターが読者に響かなければ読まれない。そのための市場サンプルテストが読み切りってこと。だから読み切りで反響のあった作品しか、連載ネームを作らない。
集英社が積極的に読み切りをやっているのは、『ジャンプ』が本能的にそれを知っているから。
ただね、本当はこれを言いたかったんだけど、読み切りをやっている間は、その作家は食えない。だからその間は「研究費」といった名目で生活をバックアップするという習慣が、集英社にはあるわけ。これは今、集英社に限らずどこの出版社でも、だいたいやっていると思う。
イ氏:
はい。
鳥嶋氏:
そうすると今、新しくWEBTOONの市場ができて作家が出てきたとするならば、そこに編集者も育ち始めているとするならば、次は新人作家の生活をどう支えていくかというのが、システムとしてのテーマだよね。
イ氏:
そうなんです。韓国のWEBTOONにおいては今、新人が発表する場所ができています。「NAVER WEBTOON」には「チャレンジ」コーナーがあって、そこがいちばん大きな役割を果たしているんです。新人が自分の作品を発表できて、それに対する読者の本当の反応も分かるっていう。
comicoが日本で成功したいちばんの理由はそこなんです。comicoにも「チャレンジ」コーナーがあって、そこで読者の反応がリアルタイムに見えたんです。だからそれを拾って正式連載したら、人気が出た。
鳥嶋氏:
読者の声を聞いて、作品をピックアップした。これは『少年ジャンプ』と同じやり方だよね。
イ氏:
お金を生まないから非合理的な選択肢なんですけど、それをやらざるを得ない。やらないとクリエイティブな作品が出ないから。だから合理的な判断だけでは、良い作品は出ないんです。もちろん経営だとか売る場所においては、合理的な判断が必要ですけど。
――日本の大手出版社は、コンテンツを作るメーカーであると同時に、本を印刷して書店で売っているプラットフォームホルダーでもあるわけで。日本の出版社が大々的にWEBTOONに乗っかれない理由としては、他社のプラットフォームに乗っかる、あるいは依存するということに抵抗感があると思うんです。
イ氏:
主導権を握れないからでしょう。でも日本の出版社はじゃあ、すでにWEBTOONのプラットフォームが存在しているのに、そこに商品を出すことを拒否し続けるんですか?
鳥嶋氏:
だからKADOKAWAなんか、Amazonと直接取引してるじゃん。大手出版三社はそれを遠目に見ていたけど、やっぱりそういう方向に入っていかざるを得ない。結局はビジネスとしての合理性があるところに流れていくのよ。
だから早く切り替えなきゃいけないんだけど、日本の出版社の大きな矛盾は、売れないものを整理統合しないで、その赤字を漫画という打ち出の小槌で支えるという構造になっているところで。漫画を本来の正しい合理性でビジネスとして立てるのなら、漫画だけ切り離してやらなきゃダメだよ。
イ氏:
……そこまでおっしゃって、大丈夫ですか?
鳥嶋氏:
大丈夫。だって僕はもう外れてるから(笑)。
――でも今の話は、日本の出版社の根本的な課題というか。動きの遅さ(海外の会社と比較しての)はそういうところにも根ざしているなと思うんです。
イ氏:
今、日本の会社が持っている体質とか資本関係を考えると、けっこう厳しい戦いですよ。
鳥嶋氏:
僕が現場にいた時にやりたくて、やれなかったんだけど、日本の大手出版社でWeb漫画のプラットフォームをひとつにして、それをサブスクモデルにすれば、ネットの海賊版なんかぜんぜん怖くないのよ。
海賊版が出てくる最大の理由は、ちゃんとした純正品が適正価格で出ていないからだから。取り締まりばっかりやっていてもイタチごっこ。これはもう、今までの海外出版でも明らかだから。
イ氏:
ピッコマが今、勝っている理由もそれですから。ピッコマの主力商品は韓国から来ているWEBTOONですけど、これは日本語の海賊版がほとんどないんですよ。
なぜ海賊版がないのか。それは韓国語ができる日本の海賊版翻訳者がいないから。日本語を韓国語に翻訳できる人は大勢いるんですけど、韓国語を日本語に翻訳できる人は少なくて。翻訳できる人は今みんな、映画やドラマといった映像の翻訳の仕事をしているんです。だから海賊版業者は、コストの問題で手を出さない。
そのために韓国のWEBTOONは日本で海賊版が出ないから、ピッコマはその点でも有利なんです。
話を戻すと、日本の出版社はやっぱりWebプラットフォーム事業をやりたがっていますよね。それは分かるんです。でももはや、IT企業の合理的な考え方でプラットフォームができあがっているので。そこに向けて、向こうが買いたくなるような商品を用意して出せば、日本の出版社はイニシアチブを失わないと思うんですね。
鳥嶋氏:
作品によって主導権を取るというやり方に変えたほうがいいね。
――ゲーム業界で言うと、プラットフォームホルダーからパブリッシャーに移るという、セガが選んだ立ち回り方に近い形ですか。
イ氏:
プラットフォームを作って対抗しようとする考え方を捨てて、良い作品を作って向こうと交渉するという考え方をしたほうがいいと思います。
鳥嶋氏:
その通り。強いカードをいっぱい揃えて「僕らに有利な条件をちょうだい」って交渉する方法しかないね。それがいちばん賢明だと思う。
イ氏:
それに今のIT業界は、お金の面もそうですし、考え方も洗練されてきているので、真正面から勝負するのはもはやムダですね。
――投資の規模感がまるで違いますよね。
イ氏:
そうなんです。だからなぜ、前提もなしに同じリングに上がって戦おうとするんですか。
鳥嶋氏:
それよりも自分に有利なリングを作ればいいじゃん、っていう話でしょ。その通りだよ。