コロナ禍以降、日本のコミックス市場(紙+電子)は大幅に拡大している。2019年にコミックス全体の売上が4980億円だったのに対して、2020年は6126億円、2021年は6759億円と大きく上昇。かつて紙の漫画だけで売上のピークを記録した1995年の5864億円を超えて、2年連続で過去最高を更新している。
紙の漫画雑誌の売上が低下し、紙のコミックスの売上が前年とほとんど変わらないなか、この拡大を原動力となっているのが電子コミックだ。2021年の電子コミックの売上は、前年比2割増しの4114億円を記録。コミックス市場全体の中で電子コミックの比率は、すでに6割を占めている。
(※以上、データは出版科学研究所調べ)
こうした状況の中で、「少年ジャンプ+」のようにWeb発で新たなヒット作を生み出すメディアも登場している。さらに、これまでの漫画メディアとは文脈が異なるところから登場して人気を集めているのが、スマートフォンで閲覧する形式の漫画に特化した「WEBTOON」だ。
韓国で約10年ほど前から隆盛するようになったWEBTOONは、今では中国や日本といったアジアの国々だけでなく、北米など全世界へと広がっている。特に韓国ではWEBTOONが原作となった実写映画やTVドラマも多数制作されており、新たなエンタメの発信源となっている。
電ファミニコゲーマーでは、『週刊少年ジャンプ』の編集者として『Dr.スランプ』『ドラゴンボール』などを担当し、現在は白泉社顧問を務める鳥嶋和彦氏をお迎えして、各出版社で実績を重ねてきた漫画編集者との対談企画の連載を行っている。この対談の場においても、日本で急速にその人気を拡大しているWEBTOONについて、何度も話題に上ってきた。とはいえ、鳥嶋氏も対談相手の編集者も、紙の漫画雑誌で一時代を築いてきた方々であり、新興のWebメディアであるWEBTOONに対しては、どうしても辛口の見方になっていた。
そこで今回は、WEBTOONのことを熟知している人物と、鳥嶋氏との対談を企画した。
イ・ヒョンソク(李※<さんずいへんに玄>錫)氏は、2014年からcomicoでWEBTOONの編集者/プロデューサーとして活動を開始。2019年にはWEBTOON作品をプロデュースする会社エル・セブンを立ち上げて、『盗掘王』『4000年ぶりに帰還した大魔導士』といったヒット作を生み出している。
さらに2021年には、韓国をはじめとする全世界で大ヒットして、日本の「ピッコマ」でも月間売上1億円超を記録するなど、「WEBTOONの歴史を変えた」と言われる『俺だけレベルアップな件』を手がけたREDICE STUDIOと提携して、社名をレッドセブンに変更。日本から世界を目指すWEBTOON作品を制作している。
韓国生まれのイ・ヒョンソク氏は、学生時代から日本漫画に魅了されて漫画家としてデビューした後に、日本の漫画を学ぶために来日。原作者や編集者として日本の漫画業界で10年以上活躍を続けた後に、WEBTOONの世界に入ったという経歴の持ち主だ。
そのためWEBTOONをはじめとする韓国の漫画業界についてはもちろん、日本の漫画についてもその制作過程まで熟知しており、決してWEBTOON一辺倒ではないその言葉には、非常に説得力がある。『少年ジャンプ』で日本漫画の最盛期を築いてきた鳥嶋氏と、新たな電子メディアで漫画の世界を変えつつあるイ・ヒョンソク氏との対話からは、今後のコミック、そしてエンタメの姿が見えてくるはずだ。
聞き手/TAITAI
文/伊藤誠之介
編集/クリモトコウダイ
撮影/佐々木秀二
WEBTOONは「縦読みだから」「カラーだから」ではなく、あくまで新しい表現だ
――鳥嶋さんは、イ・ヒョンソクさんとすでに面識があるんですよね?
鳥嶋氏:
そう。「ぜひ一度、WEBTOONのプロデューサーに会ってみたい」と。そこに「優秀な」というのがつくんだけど(笑)。そういう話をして紹介してもらったのがイさんだったんです。
イ氏:
いやいや(笑)。
鳥嶋氏:
そういう人の話を聞けば、いろんなことが見えてくるはずだからね。そうしたら、以前comicoにいて、日本でいちばんWEBTOONを売っているイ・ヒョンソクさんという人がいると。それで彼が会ってくれることになって。
イ氏:
最初の接点はそこですね。僕も中学生の頃から『ドラゴンボール』を読んでいて、鳥嶋さんはお会いしたかった方のひとりだったので、「ぜひ」という形でお会いしたんです。
日本ではWEBTOONって、いきなり出てきたようなものとして認識されていて。でもその実態、どういうシステムでどういうふうに動いていて……というのはあんまり議論されていないので、それをその時にまとめて、鳥嶋さんにお話しさせていただいたんです。
鳥嶋氏:
WEBTOONだとか縦スクロールだとか、日本にはいろんな情報がバラバラに入ってきていたから。それがヒョンソクさんの話を聞いて初めて、WEBTOONをどういうものとして捉えればいいか、スッキリと整理されたのよ。WEBTOONを日本の漫画と比べて体系的に、論理的に語ってくれる人と初めて出会った。僕とすればすごく気持ちの良い、興奮して帰った一日だったので。
僕の結論を最初に言っちゃうと、アメリカにアメリカンコミックがあって、フランスにバンド・デシネがあって、日本には手塚治虫さんから始まっているコマ割り漫画があると。そして韓国には韓国発のWEBTOONというものがあって、それがスマホという媒体に表現が最適化されているから、縦スクロールになっているのであって、「WEBTOON=縦スクロール」ということではないんだと。
イ氏:
そうですね。
鳥嶋氏:
それで「WEBTOONだから」「色がついているから」「スマホでやっているから」どうとかこうとかではなくて。これはあくまでも韓国発の、表現の仕方のひとつであり、面白いものは面白いし、つまらないものはつまらない。それはどこの国の漫画でも一緒だよね。
僕からすると、韓国にようやく根っこのついた植物が育ってきて、すごく有り難いなと。
なぜかというと、『ドラゴンボール』や『美少女戦士セーラームーン』で日本の漫画がアニメと一緒に世界各地に出ていって、いろんな国でブームが起こって、「漫画は儲かる」と多くの出版社が入ってきた。だけどしばらくしてそういうタイトルの出版が終わると、次のタイトルに行かないでブームが終わって、群がっていた人たちがいなくなったの。結局その後も漫画が残った国というのは、アメリカだとかフランスだとか、つまりその国にクリエイターがいる国。根っこがついている植物が育つ土壌がある国にしか、漫画が残らなかった。
だから僕自身、漫画の海外展開に関わって寂しい、悔しい思いをしてきた経験がある。ヒョンソクさんがこれから語ってくれると思うけど、韓国にも以前は貸本屋というものがあった。けど、なかなか消費者とクリエイターをつなげないっていう、そういった時期があったんだよね。
イ氏:
ありましたね。
鳥嶋氏:
そういう中でWEBTOONが出てきたから。僕がいちばん嬉しいのは、これで韓国の才能あるクリエイターが生活していけるようになった。それがいちばん大きいんじゃないかな。
……いきなりワーッと言っちゃってごめんなさい。
イ氏:
いえいえ。
鳥嶋氏:
今、ヒョンソクさんが行動しているモチベーションのひとつは、「WEBTOONを正しく知ってもらいたい」ということだよね?
イ氏:
もちろん、それですね。
鳥嶋氏:
日本の出版社に対して、本当に興味があるのなら正しい理解をした上でWEBTOONを作ってほしいと。
イ氏:
そうですね。じゃないと「韓国のWEBTOONはこんなにたくさんお金を使って、スタッフをたくさん入れないといけないんでしょ」というふうに誤解されてしまうので。
韓国では、ようやくWEBTOONのビジネスモデルが定着して、商業的に売れるようになった。だからお金をかけて作品が作れるようになった、というのが正しいんですよ。
鳥嶋氏:
そういうことか……。ということは日本の漫画業界で、単行本が売れるようになったりアニメーションの商品化の権利で作家さんのところにお金が戻ってくるようになったりしたことで、ひとつの作品を当てれば作家さんが食えるようになったのと同じように、韓国では今、WEBTOONをスマホに配信することによって、作家さんが経済的に豊かになって生活できるってことなんだね。
イ氏:
もう少し正確に言うと、WEBTOONは最初の構造としては、Webのプラットフォーム、Daum【※1】やNAVER【※2】といった検索ポータルサイトにユーザーを集めるための、ひとつの広告モデルとして定着したんです。検索エンジンのサービスって、提供できる情報はほぼ決まっているんですね。天気だとか。
※1 Daum(ダウム)
韓国で2000年より運営されている検索エンジンサービス。運営会社のダウム・コミュニケーションズは、2014年にメッセンジャーアプリ「カカオトーク」のKakao(カカオ)と合併し、現在は社名をKakaoに変更している。2社が合併した関係で、Kakao傘下のWEBTOONサービスも「DAUM WEBTOON」と「KAKAO PAGE」に分散していたが、2021年に「KAKAO WEBTOON」に一本化された。
※2 NAVER
1999年より運営されている、韓国最大手の検索エンジンサービス。運営会社のNAVERは、メッセンジャーアプリでおなじみの「LINE」の親会社として知られていたが、LINEとYahoo! JAPANの経営統合に伴い、LINEは2021年よりNAVERとソフトバンクによる合弁企業の傘下となっている。
それに対してWEBTOONは「NAVERに行けばこの作品が待っている」「Daumに行けばこの作品が待っている」ということができるので。
鳥嶋氏:
WEBTOONを使って、できるだけ人を集めたいわけだ。だからIT系の会社が漫画を出した。
イ氏:
広告を打つよりは、こっちのほうが有利ですから。
でもこれにはひとつ、問題があって。広告という概念でやっているから、編集者を雇って固定費用を払うことができなかったんです。広告としてやっている以上、WEBTOON自体はお金を生まないので。
鳥嶋氏:
はいはい。
イ氏:
最近ようやく「待てば無料」【※】というシステムが定着できて、固定費用が払えるようになったんです。だから韓国は、今から編集者を作っているんですね。
※「待てば無料」
ソーシャルゲームのスタミナ制のように、一定時間(約1日)待つことで次のエピソードを無料で読むことができるが、続けて一気に読もうとすると課金が発生するというシステム。
鳥嶋氏:
要するに、それまでは人を集めるのが目的でお金を生まなかったから、そこに人材を投入しなかったけど、今はお金が入ってくるようになったので、それで編集者を揃えていると。
イ氏:
今は編集者を募集しているし、教育もさせようとしているし。
鳥嶋氏:
素晴らしいね。
イ氏:
ただ、僕は10年前から言っていたんです。「いずれ編集者は必要ですよ」と。「今から編集者を育成しないと、いずれ困りますよ」と言ったんですけど、最近ようやく分かったらしくて。
鳥嶋氏:
ちょっと前に講談社の森田(浩章氏)さんと対談したんだけど、彼は「編集者がひとり育てば、作家が100人育つ」と言っていたから。それと同じだね。(※後日掲載予定)
イ氏:
その通りです。なので日本でも、WEBTOONを知っている編集者が大量に出てほしいと思っていて。そういう編集者が登場することで、今日本が持っている漫画の人材を、WEBTOONの中で再配置できると思うんです。そうなると、今の時代に合わせた漫画作品を作れると思うんですね。
「待てば無料」のビジネスモデルが確立されたことで、WEBTOONはストーリーの発想や構成も変わった
イ氏:
これはちょっとヘンな言い方なんですけど、WEBTOONが相手にしないといけない価値観というのは、ものすごく数が多いんですね。日本の出版漫画というのは雑誌ごとに分かれていますから、読者のゾーニングが自然にされていて、相手にしないといけない価値観が決まってくるんです。
鳥嶋氏:
読者があらかじめセグメント化されているからね。ところがWEBTOONは、いきなり不特定多数を相手にするっていう発想なのか。なるほど。
イ氏:
日本の漫画の場合、雑誌に集まっている5万人なら5万人分の価値観だけを相手にすればいいですから。
でもWEBTOONは、ヘタしたら億単位かもしれない。全世界で、同じフォーマットで読んでいますから。だから、たくさんの人に見せた瞬間に問題があるかどうか判断する訓練が、常にされているんです。
鳥嶋氏:
要するに、モノを作る時の根底にある発想のあり方が、だから違うってことね。それでひとつ聞きたいのはね、さっき僕は「アメリカにはアメリカンコミックがあって、フランスにはバンド・デシネがあって、日本には日本の漫画がある」って言ったじゃない。
ところがアメリカンコミックもバンド・デシネも、ストーリーが最初から最後まで決まっていて、あらかじめ完結しているものをページで割って描いていくじゃない。ストーリー全体を見据えて描いているわけ。
それに対して日本の漫画は、基本的に連載でライブだよね。読者の反響によって展開を伸ばしたり縮めたりする。そのへんの融通無碍なところで、辻褄が合わなくなることも起きるけど、面白さも出てくる。それで言うとWEBTOONはどうなの?
イ氏:
日本の漫画よりも、もっとリアルタイムですね。
鳥嶋氏:
そうなんだ。
イ氏:
なぜかというと、作家は読者の反応を編集部経由ではなく、生で直接見ることができます。読者からコメントも付きますし、「いいね」の数が変わっていきますから。
鳥嶋氏:
ということは、その反応によってどんどん内容を変えていく?
イ氏:
もちろんです。たとえば僕が作家と一緒に作って、自信を持って出したら、大惨敗で酷評の連続なんです。「うわっ!」って感じで、次の回では修正したりということもやりますね。
鳥嶋氏:
でも「待てば無料」ということは、各話ごとにお金を払ってもらわなきゃいけないから、「引き」をものすごく意識して作るじゃない。ということは、ある程度見通しを立てて作っておいて、それで反響が悪かったら変えていくわけ?
イ氏:
その通りです。それは販売のシステムによって決まっていくんですけど。
「ピッコマ」さんの場合、第1話から第4話までは無料です。第5話から第16話までは「待てば無料」で、ひとつの話は待てば無料で読めますが、それ以上続けて読もうとしたら有料です。第17話から第20話は完全に有料ですね。これをひとつのパッケージとして、最初にローンチします。
鳥嶋氏:
20話分を、最初に作り込んじゃうわけね。
イ氏:
そうですね。だからまず、第1話はすごく重要です。ものすごく力を入れて、伏線もちゃんと入れて、「こういう作品なんだ」と紹介します。
第4話は「引き」を非常に強くします。なぜかというと、有料で読んでもらうために惹きつけなければいけない。
「NAVER WEBTOON」、日本だと「LINEマンガ」の場合はどうかというと、こちらは第1話を無料で出して、それに続く4話分を待てば無料、先読み有料という形で出しています。そうなると、作家はどこに力を入れればいいかというと、まずは第1話ですね。次に第5話です。次週の更新で続きをまた読んでもらわないといけないですから。
こういうふうに販売のシステムによって、ストーリーの発想とか流れとか調整とかが変わってくるんです。
鳥嶋氏:
だからお金をどういうふうに払ってもらうかということによって、「引き」の作り方がものすごく計算されているんだよ。今回『俺だけレベルアップな件』を読んでね、「あぁ、この引きの作り方は上手いな」って。
ここまで徹底してはいないけど、『少年ジャンプ』の発想も同じで。『少年ジャンプ』の場合は最初に第3話まで、連載前にネームを考えるの。なぜかというと、第3話の段階で連載の切り替えがやってくるから。第3話の時点でアンケートで結果を残していないと、終了告知が来る。
だから逆に言うと第3話までのストーリーは、誌面を編成する編集長、副編集長の頭に入っている。ここまではあらかじめ見ているから。第4話から先は、ダメなものは消えていくし、そうじゃないものはライブで、担当編集者が読者の反応を見ながら作家と一緒に作っていく。だから編集長と副編集長は、4話目以降のネームは見なくていい。これが『ジャンプ』の連載ネームの考え方。
だから第3話までをどう作るかというのは、すごく大事なの。1話目で主人公と世界観を示し、2話目と3話目で他の人物を出して、ストーリーを展開していく。ただし、3話までで一応のストーリーは完結するっていう。
あとは「引き」をどう作るか。まずは見開きの最後のコマで、次のページをどう読ませるか。それからその話数が15ページなら15ページ目に、来週どうするかっていうところで、最後のコマをどう作るかはものすごく考える。
そういう意味で言うと、結果がオンタイムで出てくるから、これをもっと徹底的にやっているのがWEBTOONの作り方なんだね。
――ちなみに、無料の第1話~第4話までから、有料の第5話に移る購入率っていうのは、だいたい決まっていたりするものなんですか?
イ氏:
それは「有料転換率」と言って、すごく大事なんです。
鳥嶋氏:
どのぐらいの人が無料から有料に残ってくれるかという数字が、作品の生命を決めるんでしょ?
イ氏:
そうですね。『ジャンプ』ならアンケートの順位で決まるんでしょうけど、WEBTOONの場合はこの有料転換率ですね。5話目以降をどのぐらいの人が読んだか。
鳥嶋氏:
それが数字でバッと出てくるんだ。怖いねぇ。
イ氏:
その数字が出た瞬間に、ピッコマさんとかはこの作品を終了するか、それとも推すかどうかを決めます。
鳥嶋氏:
数字が良ければバナーとかを貼って、宣伝費を一気にかけるわけだね。
イ氏:
しかしそうじゃなかったら、やりません。イコール、そのまま消えていく。
鳥嶋氏:
『少年ジャンプ』が創刊以来やってきたことを、ネットの人たちは経験則で吸収しながら、もっと徹底させた方法論としてやっているのがこの形だよね。
『俺だけレベルアップな件』は、WEBTOONの全世界的な傾向を一変させた
――韓国はオンラインゲームが発達していますよね。「待てば無料」のシステムはそうした文脈から来ているのですか?
イ氏:
韓国で人気の高いパズルゲームで『AniPang』というのがあるんですが、これは1日に5回まで無料で遊べます。それ以上遊ぼうとするとお金がかかります。このシステムをWEBTOONに応用したのが「KAKAO PAGE」です。
それまでのWEBTOON業界の最大の悩みは、「ビジネスモデルをどうするか」でした。広告モデルにするか、単行本を売るかといった、いろいろな挑戦があったんです。韓国のWEBTOONが本当の意味で事業として評価され始めたのは、この「待てば無料」のシステムが発明されてからですね。
――「LINEマンガ」(NAVER WEBTOON)が「ピッコマ」(KAKAO WEBTOON)と同じ課金システムを採らなかったのはなぜなんですか?
イ氏:
KAKAO WEBTOONは発想が違っていて。こちらはしいて言えば書店型なんですよ。モノをどう売るかに集中している。それに対してNAVER WEBTOONのほうは、日本の雑誌に似ていますよね。だから読者が望めばどんな多様な作品も出てくるし、新人を発掘できる場所もあったりしますけど、KAKAO WEBTOONは商品を売ることに集中している感じです。
――基本無料で、まとめて続けて読むと有料という意味では、どちらも似たような感じに思えるのですが、決定的な違いはどういうところですか?
イ氏:
ピッコマのほうが“連続して読ませる”ための娯楽性がずっと高いので、ジャンルが限られてきますよね。
鳥嶋氏:
限られてくるよね。
イ氏:
NAVER WEBTOONのほうが、いろんなジャンルの読者を集めることができます。しかし、作品をローンチする時に用意される商品(話数)が少ないので、商業的にはピッコマの方がかなり有利ですね。
じゃあ「どっちも20話用意すればいいじゃん」という話になるんですけど、最初に20話を用意するまでには1年ぐらいかかるんです。なのでNAVERのほうが、作家に対する親和性がありますね。
鳥嶋氏:
準備に1年かかるということは、最初の固定費がすごくかかるということだよね?
イ氏:
かかります。だからピッコマのほうはプロダクションだとか、ウチみたいな会社が組織的に作る作品のほうが有利なんです。個人が1年耐えるというのは難しいので。NAVERのほうは、最初に5話分用意するなら、まぁ3カ月ぐらいですから。
鳥嶋氏:
「WEBTOON業界のガリバー」と言われて、成功事例とみなされているのはピッコマだよね。ピッコマで描くかどうかというのが、一時期の『少年ジャンプ』で描くかどうか、みたいな状況になっているから。
ピッコマの漫画のほうが「引き」を徹底的に意識しているよね。僕はピッコマの漫画を全部読んでいるわけじゃないけど、少なくとも『俺だけレベルアップな件』はそれを戦略としてやっているのがよく分かる。
イ氏:
『俺だけレベルアップな件』はある意味、全世界的な傾向を変えちゃったんですよ。それまでのWEBTOONでいちばん売れていたジャンルは、女性向けのロマンスファンタジーでした。
ロマンスファンタジーは今でも主力のジャンルですけど、どうしても限界があるんですよ。男女ふたりが結婚したりして結ばれると話が終わってしまうから、ストーリーを長くできないんです。あとはアニメにしづらいですし、二次的な商品も作りづらい。
それに対して男性向けのアクション漫画は、敵を投入し続ければ、永遠に続けられるんです。
鳥嶋氏:
今回読んで思ったけど、『俺だけレベルアップな件』は本当に「俺だけ」しか描かれていないの。他のキャラクターも出てくるけど、主人公のレベルアップや動機付けのための説明要素でしかない。そこが見事なまでに徹底されているから、読んでいてスッキリするんだよね。
なんでこんなに明快に読ませることができるのかと思ったんだけど、「そうか、タイトル通りだ」って。
イ氏:
それでずっと走っていく。これが重要なんです。読者はサブプロットの勉強なんか必要ないんです。強い主人公に乗って一緒に進んでいけば、それだけで快感を得られますよ、っていう。
鳥嶋氏:
ひとりだけのジェットコースターみたいな(笑)。
イ氏:
だから「日本のラノベをWEBTOONにできませんか」っていう問い合わせが多いんですけど、ちょっと無理があるんです。
僕に言わせると日本のラノベで重要なのは、女性キャラなんですよ。男性の主人公が女性キャラとどう出会うか、これがメチャクチャ大事なんですね。女の子が上から落ちてくるのか、流されてくるのか、走ってきてぶつかるのか(笑)といったパターンで設計されていて。つまり日本のラノベで重要なのは、サブキャラとの関係性なんですよ。
それに対してWEBTOONに読者が集まっているのは、強い主人公=自分を中心にして、どういうふうに世界が変わっていくのかを描いてほしいからです。要するにゲーム的な考え方なんですよ。
鳥嶋氏:
ある種の『ジャンプ』漫画を徹底的にセグメント化して、余計な要素を削ぎ落としている感じだね。
――WEBTOONにはなぜ、そういった読者が多いのですか?
イ氏:
最近の読者は忙しいからですね。
鳥嶋氏:
そうだと思うね。
イ氏:
僕の子ども時代には、カセットテープで音楽を買ったら、そのテープが伸びるまで繰り返し聴いていましたよ。でも最近の子は、何千曲でもダウンロードして聴けるじゃないですか。映画だって僕の子ども時代には、観客がみんなタバコを吸ってるような空気の悪いところに見に行かなきゃいけなかったのに、今はNetflixで何千本でも見られるでしょ。
逆に言うと、1本1本の作品が持っている情報の価値というのは落ちちゃいました。その中で複雑なプロットの物語を読ませようとしても、昔とは熱量が違ってきますよ。だから話を単純化して見せるしかないんです。
ユーザーの要求に応じて商品を再加工し、今の媒体に合わせるのは、モノを売る人の義務だ
イ氏:
日本の漫画って、ものすごく高いレベルの作品を生み出せる媒体です。だからもっと発展してほしいと思っているんですけど、でもひとつ、気になることがあって。
たとえば『アラビアのロレンス』って映画がありますよね。これはもともと70ミリフィルムの大画面で作られた映画ですけど、ビデオだと4:3のアナログテレビの画面サイズになるし、DVDでは16:9のワイドテレビの画面サイズにリマスターされる。ユーザーの要求に応じて商品を再加工して最適化するというのは、全世界でやってきたことなんです。
でも日本だけはなぜか、元の作品と同じ昔のままの形で出そうとするんですね。今のユーザーが持っている媒体は、昔とは違うのに。今の媒体に合わせるというのは、モノを売る人の義務じゃないですか?
鳥嶋氏:
そういう意味でWEBTOONは、今の読者に合わせる努力をやっている。だから注目されるし、結果が出るのは当たり前だと。
イ氏:
そうです。昔の習慣を捨てて、情報量を調整して出していますから。
常に基本に戻る。なぜみんな漫画を読むのか。漫画も昔は文芸から批判されてきたんですよ。分かりやすいし、情報量が薄いから「こんなのでいいのか」と言われてきた。だけど今は違うんじゃないですか。
WEBTOONも今は「スナックカルチャーだ」とか言われています。でもそれは初期段階だからこその、器に対する批判にしか過ぎない。
鳥嶋氏:
僕はね、原作のWEBTOONは読んでいないんだけど、Netflixの『梨泰院(イテウォン)クラス』【※】で久しぶりに韓国ドラマにハマって。
※『梨泰院クラス』
チョ・グァンジン氏のWEBTOONを、韓国で2020年にTVドラマ化。日本ではNetflixで配信されて、高い人気を集めた。正義感の強いパク・セロイは、大手飲食店・長家(チャンガ)グループの御曹司を殴ってしまったことから、人生が大きく変わってしまう。セロイはソウルの歓楽街である梨泰院で居酒屋を開店し、長家グループ相手に戦いを挑んでいく……。ピッコマで配信されている原作WEBTOONの日本語版は『六本木クラス~信念を貫いた一発逆転物語~』としてローカライズされており、2022年には、日本を舞台にしてリメイクされたTVドラマ『六本木クラス』も制作されている。
本当に上手いなと思ったのは、企業モノの復讐ストーリーなんだけど、主人公の男はどうでもいいの(笑)。ヒロインの設定がスゴイんだよ。「自分はソシオパスで、あなたを社長にする。あなたの復讐を果たさせてあげる」って、この爽快感。言いきってやることのスゴさ。
見ていて本当に面白いし、痛快だし、先のストーリーは見当がつくんだけど、それでも「ああっ」って思わせてくれる。テーマの推し方、枝葉の切り方が韓国のドラマは徹底しているなと思って調べたら、これがWEBTOONの漫画から来ていると知って「あぁ、なるほどね」と。
イ氏:
韓国の映画業界がまさに良い事例なんですけど、今、韓国の映画は全世界を考えて作らないといけない時代になりました。それはなぜかというと制作費用が高騰していて、韓国国内だけで利益を出そうとすると、ある程度知名度がある映画を作ろうとしたら、基本300万人動員は必要ですね。これは非常に厳しい数字なんですね。そうなると最初から、海外を前提にして考えなければいけない。そのためにも高い完成度で作らなければいけないんです。
鳥嶋氏:
音楽もそうだよね。韓国のグループは楽曲からダンス、ひとりひとりのキャラクター設定、SNSを通じた見せ方まで、戦略的に徹底してやっているじゃない、海外も含めて。国内市場が小さいこともあって、最初から世界に持っていって、大勢の中に狙って打ち込むやり方は、スゴイよね。
イ氏:
BTSなんかはアメリカが前提で、アメリカ人が好きな音楽を作っているし、メンバーにも英語ができる人を入れていたりしますから。
鳥嶋氏:
だからヒョンソクさんは、「良いものを作ってから売り方を考えるのでは遅い」と言いたいんだよね。「売る」ということを考えて、「どう届けるか」を考えて作るべきなのが、今の時代のスピードだと言いたいんでしょ。
イ氏:
はい。もう少し言わせてもらうと、それこそがレッドセブンが存在している理由なんです。
『俺だけレベルアップな件』で、REDICE STUDIOは大きく成功しました。REDICEが作る作品は、じつは色とか演出が決まっています。主人公のキャラクターの等身も、全部統一されています。全てのコードが読者に最適化されている、だから今売れる。
これで必然的に何が起きるかというと、いつか売れなくなる時代が来ちゃうんです。レッドセブンは日本においていろんな人材を試してみて、新たなDNAを持った部隊を用意する。これも、いつかはやってくる読者の変化に対して、最初から準備しておくことだと思っています。
WEBTOONの市場は今、日本においても開拓途上になっているので、それに合わせて我々もやっていかなきゃいけない。さっき言ったように「新しい市場に対する最適化」です。
それを日本人の作家さんでやるというのが、僕の目標です。『白龍公爵ペンドラゴン』という作品は、日本人が作ったものです。ウチの作品は日本人の方も多いですよ。
鳥嶋氏:
作家だけじゃなくて、レッドセブンは編集者も育てようとしている?
イ氏:
もちろんです。僕は教育現場にもよく出るんですね。決まった時間内にフォーマットを教えて、基本的な情報を渡すんです。そこから自分自身で応用してやっていく、ということをやろうとしています。
『俺だけレベルアップな件』の作家さんは彼が所属されているREDICEの創業者が、僕が十何年か前にやっていた受業の学生だったので、それで縁が始まったですね。『4000年ぶりに帰還した大魔導士』の絵を描いている人も、僕の学生でしたし。
教育はすごく重要です。次の世代に知識を渡して、それを今の時代に合わせて応用していくのが重要ですので。日本の出版社に対して、大学みたいな教育をやれって言ってるわけではないんですよ。でももっとその意識を持っていいと思います。日本はなぜか、自分ひとりの独立した部隊なんですよ。
鳥嶋氏:
ヒョンソクさんの言葉が響くところもあるんだけど、それがなぜ実現できないかもよく分かっているから。