75万本を売り上げ、Nintendo Switch版も発売された配信者育成ADV『NEEDY GIRL OVERDOSE』。
本作は主人公である「あめちゃん/超絶最かわ天使ちゃん」を通して狂気的なまでの解像度でインターネットを描く。それはかつてにゃるら氏が、我々が見てきたインターネットであり、懐かしさと愛おしさを感じさせる憧憬だ。
「超絶最かわてんしちゃん」(@x_angelkawaii_x)のTwiter フォロワー数は30万人を超え、彼女がツイートするたび、まるで本作のワンシーンを再現するかのようにリプライ欄には彼女を礼賛する声やゲーム内に登場するスタンプの画像があふれる。インターネットエンジェルを名乗る彼女に救済を求める者は多い。
本作を制作する経緯について、プロデューサーの斉藤大地氏は「運命である」と語った。2021年6月8日、にゃるら氏から本作の企画書を見せられた同氏はひらめきのままにデザイン・コーディング・ディレクションを担当したとりいめぐみ氏に「半年で終わるから」と電話をかけ、2度の延期をふくむ紆余曲折の2年間に渡る開発がスタートする。
斉藤氏・とりい氏は開発チームを「最高のチーム」、開発期間を「青春」と表現しており、彼らのフィジカルな青春によって「インターネット」という多くのユーザーが抱く共通認識的な青春を描く本作が形作られていった。細かく仕込まれた小ネタやテキストの数々を持ってして描かれるそれらは共感を呼び、超てんちゃんへの陶酔をより一層深くさせた。
『NEEDY GIRL OVERDOSE』の立ち上がりから、弊誌・電ファミニコゲーマーを通じての斉藤氏ととりい氏の出会い、2回に渡る発売延期の裏側で起こっていたこと、本作がゲームになった瞬間など……。本作の開発や企画についてを超ボリュームで語っていただいた。
取材/TAITAI・実存
文/anymo
編集/実存
撮影/奥本昭久
ゲーム開発経験のない、ディレクター兼開発者、原案・シナリオライターのチームで75万本を売り上げたインディーゲーム
──日本発のインディーゲームとして、異例の実績の『NEEDY GIRL OVERDOSE』ですが、Switch版の発売、おめでとうございます。いま累計でどれくらい売れてるんでしょうか?
斉藤大地氏(以下、斉藤氏):
ありがとうございます。売上は全世界で75万本です。
──そんな『NEEDY GIRL OVERDOSE』はどのようなチーム構成で作られたのですか? メインチームは4人と聞いていますが。
斉藤氏:
全員いわゆるゲーム業界はほぼ未経験で、まずゲーム開発経験が1度もないディレクター・開発・デザインのとりいさん。ブログやツイッターが人気のライターの原案・シナリオのにゃるらくん。もちろんゲーム開発経験はありません。
次いでDLsiteでエッチなドットゲームを作っていたグラフィッカーのねんないさん。彼はスマートフォンのゲーム会社に在籍してました。そしてインディーゲームしかプロデュースしたことがないプロデューサーの斉藤、の4名のチームです。斉藤も個人のクリエイターのプロデュースばかりでチーム制作はほとんど初めてでした。
全員フリーランスで、今回のプロジェクトのために集まりました。
──ゲーム開発経験のほとんどないチームで、フリーランスでプロジェクトのために集まっている……それはあまり聞いたことがない体制ですね。
どうしてそんなチームができることになったんですか? 『NEEDY GIRL OVERDOSE』の企画の立ち上げから教えてください。
斉藤氏:
そうですね、にゃるらくんから『NEEDY GIRL OVERDOSE』の企画書をもらった日付が明白にありまして。それが2020年の6月8日だったかな。
その企画書を見てビビッっときて「開発費は全部出すし、開発者も連れてくる」と言ってその場でとりいに電話をかけたというのが始まりですね。
とりい氏:
なんかある日斉藤さんから、「とりい、お前はゲームを作れ」と電話がかかってきて。
「ゲーム作ったことないんだけどなあ」とびっくりしました。
──その企画書の段階から、配信者の女の子を育てる『プリンセスメーカー』のようなマルチエンドの育成ゲームだったのでしょうか?
斉藤氏:
最初の企画書はレトロなナンパゲーム、まさに『同級生』っぽい画面設計とゲームデザインで、インターネットのヤバい女の子4人くらいがヒロイン、みたいな感じだったんです。それでにゃるらくんは「ドット絵で、音楽はヴェイパーウェイヴでやりたいんです」と言っていて。
その女の子の造形が、とてもじゃないけど普通のゲーム会社では出せないような闇が深い感じだったのが最高でした。
これは「絶対いけるな」と思いつつ、でもゲームにするなら「ヒロインはひとりにして、『同級生』ではない「何か」にしなきゃいけない」という直感がありました。
にゃるらくんに「ヒロインをひとりにして」と言ったら出てきたのが「配信者」という設定でした。配信者の女の子を題材にするなら『プリンセスメーカー』だね、と企画を変更しました。
──作る前の検討段階で、そこまで企画が詰められていたんですね。どうして『同級生』ではなく『プリンセスメーカー』なんでしょうか?
斉藤氏:
開発規模も小さいインディーですから、まずヒロインが4人のゲームを作るのは大変なんですよね。純粋に多すぎる。1人に集中したかった。
また、インディーゲームではできるだけ画面遷移が少ないほうが作りやすいと思っていて。そうするには『同級生』みたいな構成だと作り切るのは厳しい。
そのやり方でいうと、ベストな形は『Papers, please』だと思っています。
──「画面遷移は少ないほうがいい」というのは具体的に言うとどういったことですか?
斉藤氏:
ゲームって、画面遷移の工数がすべてのベースになってくると個人的には思っていて。画面の数を減らすと全体の工数も減る。そうすると、「少ない画面でいかに演出をするか」という工夫が出てくる。
『Papers, please』も、画面を増やそうと思えばいくらでも増やせるゲームなんだけど、実際にはあの入国管理の画面ひとつだけでひたすら押し切るじゃないですか。
たぶん開発者は、「あの画面だけで全部やるぞ」と決めていたと思うんですよね。だから「偽造パスポートを出すおじさん」とか、「暗号と書類を照らし合わせる操作」みたいな味のある演出が生まれている。そういう作り方をインディー的な設計の理想として見ていて、今回この企画もその理想でやるべきだろう、と。
──そのときからあのWINDOWSのOSみたいな画面の想定だったんですか?
斉藤氏:
はい。そうです。あの画面設計にしたのは小規模チームだからできる、属人性に徹底的にこだわりたかったんです。
にゃるらくんはいい文章を書くとはいえ、いわゆる「地の文」を書いた経験はあまりない。ただ、インターネットのテキストに関して彼より見てきて書いてきた人間はほとんどいないので、彼の書けるもので全部を構成すべきだと思いました。
なのでゲームのテキストをすべてウェブサービスのテキストで構成することができれば、いけるだろうと思ってあの構成を提案しました。
インターネットに通暁した開発チームの結成
とりい氏:
斉藤さんとにゃるらさんとやりとりしたあとの「『プリンセスメーカー』にする」というのを聞いて、「それはいけるな」と思ったんですよね。作れそうだし。
──プロデューサーがゲームのフォーマットと方向性を決めて、スタッフがモチベーション高く作り切る……というのはなかなか稀有なパターンだと思います。
とりい氏:
まず売れそうで、そして作れそうだったんですよね。
でもそんな企画を、なぜゲーム開発経験がない私にもってきたんですか?
──本当にそうですよね。斉藤さんにとってもチーム開発は初めてだったとのことですが、どういう方針で座組をしたんですか?
斉藤氏:
とにかく、『NEEDY GIRL OVERDOSE』はにゃるらくんが主役のゲームであると。僕は「ゲームの編集者」を名乗っていて、普段は個人の開発者を「作家」として扱っています。にゃるらくんを「作家」と扱うと決め、その力が最大限発揮できるようにというのが方針でした。
もちろん企画書を見たタイミングでは無意識に動いていましたので、とりいに声をかけたときはそこまでクリアではありませんでした。とりいの顔が浮かんだのは本当に電波を受信したみたいな感じで、「とりい? とりい……? なんでとりい? でもとりいに電話かけよう」と思って。
とりい氏:
でも謎の確信のある声でしたよ。「お前はゲームを作るんだ」と。
斉藤氏:
前々からとりいにはゲームを作らせたかったんです。企画書を見て直感で「これ作るのは多分、とりいだろうな」と思いました。
後付けの理由としては、にゃるらくんはすごく優秀な物書きだけれども、客観的には実績がなく、インターネットでふわっとしたやつに見える。
だからたぶん、普通のプロを連れてきても尊敬されないだろうなと。やっぱりリスペクトのないプロジェクトってうまくいかないんですよ。
『NEEDY GIRL OVERDOSE』のテーマのひとつに「ヴェイパーウェイヴ」【※】があって、それについてとりいは記事を書いてたし。
とりいはインターネットがめっちゃ好きだから、にゃるらくんのことを決して邪険にしないし、尊敬もしてくれるかもしれない。さらにデザインができてプログラムができるから、ゲームを作る適性がある。というような要素が多分浮かんだんだと思うんです。
※ヴェイパーウェイヴ
“楽観的な未来”をイメージした1980年代の音楽や、当時の脳天気なCM、天気予報の音源などを切り刻み、これらをスーパーのBGMじみたヘロヘロの音質になるまで加工したうえで、延々と繰り返すことが特徴の音楽ジャンル。また、鮮やかなピンク、1980年代を軸としたレトロ趣味、ヤシの木、ノイズなどといった特徴をもつアートワークを指す。
とりい氏:
少人数チームだと、経験よりはカルチャーフィットや人格がぴったり来るほうが大事というのはWebサービスの開発でもそうなので、そこは理解できましたね。だから私を呼んだんですねと。
斉藤氏:
他の音楽やキャラデザ、ドット絵については、にゃるらくんから「今まで仕事を頼みたかった人のリスト」が出てきて、全員僕が一緒に口説きにいきました。
──そのリスト通りにしたのも、にゃるらさんが主役だからですか?
斉藤氏:
もちろんそうです。
音楽を担当してくれたAiobahnくんは、にゃるらくんのオタク友達でしたが調べたら「エレクトロ」といわれるタイプのジャンルのホープというべき若者でびっくりしました。
にゃるらくんによると、ある日突然Aiobahn君から「秋葉原に行きたいんだけど、いいお店とか教えて」という謎のDMが来たそうで。そこから何でかわかんないけど「オタク同士仲良くなりました」と。
キャラデザのお久しぶりさんも、にゃるらくんが書いた『承認欲求女子図鑑』という本の表紙の女の子を描いてくれた方ですね。チームの中では一番フォロワーの多い大人気絵師で、まさにぴったりの画風でした。
ドッターはねんないさんという、当時DLsiteで『シニシスタ SiNiSistar』というすごいゲームを作ってた方です。にゃるらくんは「この人が一番うまいです」と言ってて、僕も本当にうまいなと思って、一緒に口説きました。
※『シニシスタ SiNiSistar』
2019年に発売された、ねんない氏が主催するサークル「ウー」による2Dピクセルアクションゲーム。教会から呪われた地に派遣されたシスター「ラビアン」がモンスター退治に挑む。恐ろしい存在に襲われる絶望感や、死への憧れ、被虐的な官能をテーマとする(リンク先はR-18になります)。
とりい氏:
ねんないさんは本当の職人って感じがします。彼は人間の「性癖」を最重要視していて、それをインターネットの中で煮詰めてきていた。そこも含めてこのプロジェクトに最適でしたね。『NEEDY GIRL OVERDOSE』はにゃるらさんの「性癖」を叶えるゲームでしたから。
しかも自分でもゲームを作ってるから、ドットを打てるだけじゃなくてUnityにも触れるんですよ。
あめちゃん、超てんちゃんはめちゃくちゃ動くんですけど、ねんないさんはアニメーションも作れたんで、組み込むのもすごく楽でしたね。なんなら組み込みや「はいしん」の時のポーズつけまでやってもらえて。
斉藤氏:
そういう感じで、チーム全員がちょっと脱社会的傾向にあって、みんなインターネット好きでわりと相性が良くて、けっこういいチームができちゃったんです。
とりい氏:
みんな病んだ女の子の解像度が妙に高かったですよね。「こういうLINEきたらいやだよね」「わかる~」と。
斉藤氏:
「好感度が高すぎるとゲームオーバーだよね」というのには全員同意していました。
とりい氏:
キャラデザがぼんやりできてきたころに、にゃるらさんから作中のツイートのテキストが上がってきて、それが「ほんとにこういう子いる〜!」と感じでかわいかったんですよ。それがみんなのモチベーションになって動き続けられたんだと思いますね。
──ツイート一発でキャラクター性をバッチリ表現できちゃうのは、すごいですよね。あめちゃん・超てんちゃんのツイートって100文字もないのに情報がすごく詰まっていて。受け取った側の解釈や受け取り方が多様で、想像する余地が多分にある。
斉藤氏:
インターネットのテキストを書くと、当代一だと思う。本当にそう思います。
──そういうインターネットへの解像度の高さも本作がヒットした要因のひとつですよね。
斉藤氏:
にゃるらくんの取材量がすごいですからね。
インターネットのすべてをにゃるらくんが書けたのはほんとうにすごい。あれはすべてのインターネットを見てきた男だからこそ書けることですよ。
──解像度が高いことと、あるいは情報密度が高いことと、文字が少ない・文章が少ないというのはやっぱり相反するので、そこに詰め込めるのはまさに詩人ですし、作家性ですね。
斉藤氏:
そうですね。彼が見ている景色は非常に文学性が強くて。僕は彼をたとえば大槻ケンヂとか、もっと言えば太宰治とか、そういう系譜に属する「作家」だと思っているんです。
やっぱり僕はインターネットが好きで、いちおうその歴史を併走してきたと思っています。僕の青春もインターネットと共にあったし、世代は違うけどにゃるらくんの青春もインターネットと共にあって。
彼はブロガーとして世に出てきて以来、インターネットと共にずっと生きてきた男なんです。だからそんな彼が今、「SNSを舞台にしたゲームを作りたい」ということには、運命的な意味がある、と思った。
インターネットを舞台にした文学みたいなものは、何度も出てきては失敗し続けているので、いい機会があればチャレンジしたいと思っていました。
「インターネットというものを表現する時に、彼以上に適切な作家はいないかもしれない」という天啓を得たんです。
出会ってから6年ぐらい、彼とは定期的にコミュニケーションを取り続けていたんですが、なんとなく「まだ一緒になにかやる感じではないかな」と思っていたんですね。
でも彼がこの企画書を持って、プロデューサーとしての斉藤と話をしている。「今だな」と思いました。彼もいろいろなところで衝突をして、大人になった感じもしていて、機が熟した匂いもありましたし。
2度の延期、2年にわたる紆余曲折の開発。発売3日前に「こんなつまんないゲーム売ったら死ぬよ」
──プロジェクトがスタートして、企画設計まではスムーズにいって。でも、最終的にリリースまで2年かかったわけですが、そこには何があったんでしょうか。
斉藤氏:
最初にプロトタイプかアルファ版くらいのところまでいったんですけど、そのときはまだ全然ゲームになってなかったんですよ。
だけど、みんな切羽詰まっていた。とりいも僕も「いま出さないと辛いな」と思ってたんで、出しちゃおうかなとも思ったんですけど。
当時は「まあゲームだし、半年延期ぐらいはよくあることでしょう」ぐらいの感覚で。「画面設計まではできたし、これならいけるやろ」と思っていたんですけど、時間はダラダラと過ぎていき……。結局そのまま追加で半年が経ってしまったんですよ。
「今出せないとまずい!」「しかもプロモもバカバカしちゃったし、主題歌も公開してめっちゃバズってすごい期待値が高くてやばい!」みたいな(笑)。いちおうゲームっぽい形にはなっているし、いったん出すか!?」というところまではいっていたんですけどね……。
とりい氏:
周りにちゃんと止めてくれた人がいたんです(笑)。
斉藤氏:
僕ととりい以外のすべての人が止めたよね。
一番強力だったのは嫁さんです。そのときの僕は気が狂っていて、いまリリースできないとキャッシュが無くなると思っていたから「いや出さなきゃ死ぬやろ!?」と(笑)。
とりい氏:
斉藤さんだけじゃなくて、わたしのキャッシュもヤバかったんです(笑)。
ふと気付いたら「来月にキャッシュが尽きる!ヤバいヤバい、倒産する!」となって、「出さなきゃ死ぬ」とけっこう頑張って出そうとしたら、すべての人間が止めてきて。
特に斉藤さんの嫁さんは、本当に重要なところで出てきて殴ってくれたんですよ。「ダメだ、こんなものを出してはいけない!」と。
斉藤氏:
テストプレイを最後にやってもらったのが嫁さんだったんです。
ふたりでDiscordで通話しながらプレイを見てたら、5分くらいやって「こんなつまんないゲーム、売ったら死ぬよ」と言われて。
とりい氏:
「これ売ろうとしてたの?」と言われましたね。
──そこで止められたのもすごいですね。
斉藤氏:
とりいも僕も何も返す言葉がなくて。プレイするのを見てると「ゲームになってないじゃん」とマジで愕然としたんですよね。それが発売予定日3日前のことでした。
にゃるらくんも満足はしてなかったから「にゃるら、やめよう。これを出したら僕たちは死ぬ、みんな死んでしまう。お前も僕も今後、コンテンツ業界で飯を食えなくなる。」という話をして。
とりいとも話して、開発期間を逆算して、ここまでに「いくらいるの?」と聞いて「わかった、用意するね」と。僕が金策をして、結果的にはなんとかなりました。いやあ、大変だったね。
とりい氏:
大変だったどころじゃなかったですよ!!!!!私も他の案件を止めて開発に全ぶっこみでしたよ。発売日直前の会社の残高、マイナス10万だったんですからね!!!!
斉藤氏:
僕も「これが売れなかったら死ぬな」って思いつめてましたね。
『NEEDY GIRL OVERDOSE』がゲームになった瞬間
──よくその状態から復活できましたね。
斉藤氏:
まず最初にもう一旦こうなってしまうと、プロジェクトの再生って困難じゃないですか。「ゲームになってない」のをなんとかする、溺れながらものを考えるみたいな時間が始まりました。
全員素人みたいなプロジェクトだと思っていたので、まず一度、本職のゲームディレクターの方を紹介してもらいました。
それでも「ゲームになってない」のを治すのはやっぱり難航しまして、それを考えている間にねんないさんの手が空かないよう素材の整理をしてもらって、足りなそうな素材のリスト作ってもらった。これは本当にあとあと効きました。
とりい氏:
ゲームになってない状態で出そうとしてたの、いま考えると恐ろしいですよね。
──その「ゲームになっていない」というのはどういう状態だったんですか?
斉藤氏:
まず完成版とぜんぜん違う点として、「1日1回行動」でした。このゲームのコアであるはずの配信についても、コマンドとしてはあったけど、今のような形ではなかった。
まだ『プリンセスメーカー』そのままだったので、配信コマンドと配信コマンドをサポートするコマンド以外を選択する意味があまりなかったんですね。
あと配信そのものに魅力がなくて、「配信をなんでやらなきゃいけないのか」というユーザーの動機付けが数字としてしかなかったんです。
とりい氏:
ゲーム実況とか雑談とか配信のジャンルだけがあって。しかも超てんちゃんのセリフがなくて、喋らなかったんですよ。
数字が増えたり減ったりしてエンディングだけはある、昔のPC-98のゲームみたいな感じだったんです。一応、数字が増えすぎたり減りすぎたりするとゲームオーバーになる程度のゲーム性はありましたが。
1日1分でポンポンと進んでいって、ワンプレイ30分ぐらいのボリュームだったんです。
──なるほど、それはたしかに無骨ですね。
斉藤氏:
作り直しについて順を追っていくと、まずはディレクターさんに全部見てもらって現状の問題などを洗い出しました。
「配信がコアなんだから、配信をちゃんとやらなきゃいけないですよ」とか、いくつか大変正しい指摘をいただいて整理させてもらったんです。
とりい氏:
「配信にはネタが必要だよね」と言われたのをすごく覚えています。
「この大量のコマンドは何のためにあるの? 減らしたほうがいいよ」と。そのときはまだ、配信とその他のコマンドが何も繋がっていなかったんです。
──どこか街中に行ったりするというのも、最初は意味がなかったと。
とりい氏:
デートはただのデート。「けいじばん」はただの「けいじばん」でしたね。
斉藤氏:
延期から一ヶ月後くらいに、仮に全体を再設計してもらったんですね。それがかなりノベルゲームっぽい、リニアなゲームになっていて。そこですごく悩んだんです。「多分、この設計でいけば完成するな」とは思ったんですけど、この設計にしてしまうとにゃるらくんのゲームではなくなってしまう。
にゃるらくんのテキストを活かすとなると、このゲーム構造自体に無理があるし、この構造に合わせてシナリオライターさんが作ったものをにゃるらくんがリライトするのも多分無理だなと思って。
しかし、僕が判断力を失っていたので、ずるずると判断を1ヶ月先延ばしにしていました。
そんなとき、とりいが「あの設計は正しいけれども、私たちが作りたいものとは違うんじゃないですか。私も作ってみていいですか」と言ったんです。
とりい氏:
行き詰まって発売延期の2ヶ月後のことですね。斉藤さんと、斉藤さんの嫁さんと、私の3人のグループチャットがあるんですけど、そこで突然公開夫婦喧嘩が始まったんですよ。
会社の金庫番をしている嫁さんが「2ヶ月もなにをやっているんだ。このままじゃプロジェクトは続けられないです。何のために金策してきたと思ってるんだ!」とめちゃくちゃキレて……別に斉藤さんが怒られているのはよかったんですけど、プロジェクトを止められたら私も困る。
なぜなら、「このゲームを作れば売れる」ということは、その頃には私もさすがにわかっていたから。でもこのままだと止められてしまう、しかもお金も借りてる。
そこで「ちょっと10分待ってもらっていいですか」と言って、スケッチブックを取り出して「この構造でどうですか」とスッと出しました。
──それが今のゲームデザインの基になったんですか?
斉藤氏:
そうですね。それが今のゲームサイクルですね。
とりい氏:
「大量にあるコマンドでネタ探しをして、それを使って配信するゲームにしましょう」という提案でした。
配信ネタがあって、ネタにレベルがある。たとえば、陰謀論のレベル1を配信すると、次の行動で陰謀論レベル2が見つけられる、みたいな感じです。
「ただ、陰謀論ネタをやり過ぎるとこういう末路があります」みたいな。10分で書ける程度の図だったんですけど。
──そのデザインは夫婦喧嘩が始まってから本当に10分で書いたんですか? 前から温めていたアイディアなんですか?
とりい氏:
いえ、10分で書きました。うーん、どうなんだろうな。極限まで追い込まれてシナプスがガバッと繋がったというか。
斉藤氏:
僕も嫁さんに「いい加減あんたがいろんなことを考えなさい。プロを連れてきて任せたからって完成はしない。それをやるのはあなたの務めなのだから、早く腑抜けてないで働け!」と言われて「ウッ!!」となりました。
とりい氏:
あれから早かったですよね。「本当のスタートライン」ってそこでしたね。
斉藤氏:
早かった……。それでじゃあもう決めた、と。とりい案に合わせて、記念配信の中で重要なストーリーを語るようにした。
とりい氏:
けっこう嫁さんのパンチで正気に戻りましたよね(笑)。
そこからもいろいろありました。たとえば「行動回数は3回にしよう」だとか。
行動回数が2回のプロトタイプと、3回のプロトタイプを作って遊び比べてみたんです。
そうしたら行動回数が2回だと、「けいじばんを見る暇」がなかったんですよ。でも、「けいじばんを見る暇はあった方がいい」ということで3回になりましたね。
斉藤氏:
ゲームになる瞬間がまさにそれでした。3回行動にして、配信のネタを拾いに行くようになったことで「ああ、ゲームだこれは!」となったんです。
2回に減らしてみたら、ゲームではなくなってしまったんです。「ゲームである」ということは、あまりに微細な差によって決まっているんだ、と痛感しましたね。
──それはすごく面白い話ですね。たった1の違いなのに、それだけでゲームになるか、ならないかが変わってしまう。
とりい氏:
実際、2と3を変えるのって、プログラムの”2″って書いてあるところを”3″に変えただけだったんですよ。それだけで全然違った。行動回数が2回だと、自分の行動が報われてる感じが足りなかったんです。
斉藤氏:
それに加えて、ゲームサイクルが回ってる感じもしなかったんですよね。
行動回数1回はもう全然ゲームになってないし、2回でも「やらされてる」みたいな感覚がありました。
そのときに「2回と3回、どっちがいいですかね?」という話をいろんな人に聞いたりしました。一番のアドバイスをいただいたのは徳岡正肇さんです【※】。
徳岡さんには「これは断然3だと思いますよ。斉藤さんも3と判断されると思いますけど、ゲームになってるのは3です。それは多分、『余裕』というものがゲームには必要だからです。このゲームではその余裕が特に必要だと思います」という話をしていただいて。徳岡さんには他にもクリティカルなアドバイスをたくさん頂いたので大変感謝しています。
※徳岡正肇
1974年福井県生まれのゲームジャーナリスト。ゲーム情報サイト「4Gamer」で海外ゲームのレビュー記事や、国内外のゲームイベントやカンファレンスの情報記事を担当。国内外のゲームカンファレンスにて、海外、現地取材を元にした経験からのゲーム開発の現場のことなどを発信しつづけている。著書に『ゲームの今 ゲーム業界を見通す18のキーワード』『デジタルゲームの教科書 知っておくべきゲーム業界最新トレンド』など。
──なるほど。「余裕」があるからやらなきゃいけないこと以外にも手を出せる。それが結果的に作業感を消してくれると……。
斉藤氏:
……という感じで、そこでようやくゲームになったんです。ゲームになってからも大変だったけど、気持ちの上では「これ完成するわ」というので楽にはなったよね。
とりい氏:
この頃から明らかに斉藤さんの表情が菩薩のようになってきた。
ゲームを作ってみて、「理屈だけで扱えるものではないな」という感じがすごくしましたね。Webサービス以上に、プログラムと人間の反応の関係は触ってみていじらないとわからなくて、理屈は後からついてくるという感覚でした。
斉藤氏:
最終的にはもう「祈るしかない」という気持ちでした。