2018年6月14日、Nintendo Switchで人気のアクションゲーム、『スプラトゥーン2』のダウンロードコンテンツとして公開された『オクト・エキスパンション』(以下、『オクト』)。
「スプラトゥーン2」の有料追加ダウンロードコンテンツ、「オクト・エキスパンション」の配信が開始された!
— Splatoon(スプラトゥーン) (@SplatoonJP) June 14, 2018
タコの主人公「No.10008」、通称「8号」が、アタリメ司令やテンタクルズの助けを借りて、謎の実験施設からの脱出を図る。
80以上のチャレンジを乗り越え、地上を目指せ! pic.twitter.com/3xIteFUV37
難度、ストーリー、音楽ともに高い評価を博している『オクト』だが、この記事で注目するのは、その“演出”だ。
『オクト』には、本編と対をなす演出が多数含まれている。
たとえば本編ではインクリング(以下、イカ)の敵であったオクタリアン(以下、タコ)が主人公であること。舞台は地上(ハイカラスクエア)ではなく、地下鉄とその駅であること。地上ではイカたちが享楽的に流行を追い求める姿が見られるが、一方の地下では時代に取り残されたようなレトロな品々を目にすることができる。
なぜ駅の名前に1980年代の“死語”が使われていて、なぜ駅にレトロな品々が浮いていて、なぜ敵が消えるときにブロックノイズが現れるのか。
本稿では、『オクト』の演出を読み解き、制作者が意図していたであろうことに迫っていきたい。
文/しば三角
結論から言うなら、『オクト』の演出はインターネット生まれのカルチャー、ヴェイパーウェイヴ(vaporwave)という音楽ジャンルを引用しているように見受けられる。
ヴェイパーウェイヴとは、“楽観的な未来”をイメージした1980年代の音楽や、当時の脳天気なCM、天気予報の音源などを切り刻み、これらをスーパーのBGMじみたヘロヘロの音質になるまで加工したうえで、延々と繰り返すことが特徴の音楽ジャンルだ。
曲のみならず、付随する映像もノイズ混じりのものが好まれるというローファイ趣味が全開で、しかしながら聴いていると奇妙な安らぎを感じてしまう人が多い。何を隠そう、筆者もそのひとりだ。
そのアートワークに頻出するモチーフも、一度目にしたら忘れられないものばかり。
たとえば鮮やかなピンク、1980年代を軸としたレトロ趣味、ヤシの木、ノイズ、そして粗悪なコピー商品に書かれているような怪しすぎる日本語など……。
という具合に、ヴェイパーウェイヴは妖しげな雰囲気の音楽ジャンルだが、なぜこれが『オクト』と関係あると言えるのか?
じつは「『オクト』にヴェイパーウェイヴが引用されている」という指摘は、少し前にTwitterで話題になったことがあった。その裏付けをするためにも、まずは『オクト』の演出を探ってみよう。
【演出1】目まぐるしく変化するイカ世界の流行
『スプラトゥーン』シリーズには、じつは1作目と『2』のあいだに“時間の流れ”というテーマが隠れている。
イカ世界の中心地は、1作目の舞台だったハイカラシティから『2』の舞台となったハイカラスクエアへと移動しており、これは現実でも流行の中心地が移動していく様子を取り入れていると言える。
イカ研究所からの調査報告だ。
— Splatoon(スプラトゥーン) (@SplatoonJP) January 13, 2017
ここは「ハイカラスクエア」。
イカの若者たちが集まる、今、一番イカしたスポットだそうだ。
ハイカラシティから2駅ほどの場所で、新しいショップが次々と開店しているらしい。
我々の世界と同じく、イカの世界でも2年が経過し、流行が移り変わっているようだ。 pic.twitter.com/dlRBKUA4Eq
同様に、1作目と『2』のあいだでは、オンライン対戦中に流れる音楽も、とにかくポップで口ずさみやすかったものから、『2』ではおしゃれでより複雑な演奏に変化している。
これら2作品のあいだには、現実では2年の間隔が空いているが、同じようにイカ世界でも時間が流れていたわけだ。
【演出2】時間が沈殿した“深海メトロ”
目まぐるしく時間が流れる地上の世界でのバトルがメインの『2』本編とは打って変わって、『オクト』は時間が滞ってしまったかのような空気を漂わせる地下鉄、“深海メトロ”を舞台としている。
落書きだらけの暗い車両には、深海生物の姿をしたふしぎな乗客たちがいる。この乗客たちは、いまだに折りたたみ式の携帯電話を使っているなど、古い時代の記憶を引きずる存在として登場している。こうした様子は、“生きた化石”と呼ばれる、はるか昔から姿を変えていない生物のようでもある。
【オクト】深海メトロにいる、女学生風の乗客。
— Splatoon(スプラトゥーン) (@SplatoonJP) June 19, 2018
パッチリおメメにキラキラのアイラインでキメキメだが、移動中はオフなのか、気怠い雰囲気が漂っている。
フリップ式の携帯電話がイマドキだ。 pic.twitter.com/CU6qxmQdbs
ほかにも「バツチー郡(バッチグー)」や、「トレン出井(トレンディ)」など、各ステージの駅名が“ナウい”言葉のもじりになっているだけでなく、ステージの背景に、ファミコンやゲームボーイなど、1980~1990年代を知る人には懐かしいものがプカプカと浮かんでいるのが確認できるだろう。
さらに、ヒメとイイダとアタリメ司令の会話が、まるでインターネット普及期(1990年代後半)を思い出させるようなチャット画面で展開されるのも、深海=“過去を遺す場所”としての非常にシンボリックな演出のひとつだろう。
このように、1作目と『2』のあいだだけではなく、『2』の地上と『オクト』の地下でも、時間の流れが対比されているというわけだ。
変化したのはイカだけじゃない!
『オクト』の主人公はタコ。この主人公のチョイスも、時間の流れを意識したものだ。
1作目のヒーローモード(一人用モード)で、タコの世界にイカ世界のヒット曲『シオカラ節』がオンエアされるシーンがある。そこでシオカラ節を聴いてしまったタコたちは、地上で繁栄するイカの文化に憧れるようになってしまったという。
【オクト】これは「ハイカラウォーカー」という雑誌。
— Splatoon(スプラトゥーン) (@SplatoonJP) June 22, 2018
ハイカラスクエア周辺の各種スポットを紹介したガイドブックだ。
シオカラ節のグルーブを魂に宿したタコ達のバイブルで、記憶に刷り込まれるほど何度も読み返しているらしい。
これを読んで、まだ見ぬハイカラスクエアに想いをはせるそうだ。 pic.twitter.com/k6fsD94FcGこうしてイカに憧れたタコたちは、“シオカラ節のグルーヴを魂に宿したタコたち”と呼ばれるようになり、『2』でハイカラニュースを担当するDJのイイダも、『オクト』でそのひとりだということが明かされている。
同様に、『オクト』の主人公である実験体No.10008(以下、ハチ)もそのひとりだ。
これらのことから、1作目→『2』への時間の経過で変化したのはイカの文化だけではなく、『2』のタイミングでなければタコが主人公の物語は語れなかったことがわかる。1作目におけるプレイヤーたちの行動が、タコの世界に影響を与えてしまったのだ。
【演出3】なぜノイズ演出が入るのか?
『オクト』では、ステージ突入時に表示される文字がザラザラとしていたり、倒した敵が消えるときのエフェクトがブロックノイズのようになっていたりと、全体的にノイジーな演出が散見される。
まるで画面がバグったかのようにも見えるこの演出(グリッチ)は、古くから映像界隈で使われてきた表現であるが、近年再び注目され始めた。これは“古さ”を表している。
というのも、昔のゲーム機やテレビは、接触が悪く、よくノイズを発生するものだったことを思い出す人も多いだろう。ゲーム機のケーブルやカセットの端子の接触が悪いとき、画面はすぐにグリッチ混じりとなったし、アナログのテレビは、受信できないチャンネルに合わせると「ザー」という音とともに砂嵐を吐き出していた。
このように世界が壊れてしまったかのような雰囲気を感じさせるノイズ類は、近年、さまざまな機器の性能向上によって、ほとんど見ることがなくなった。
しかしここが面白いところで、当時は不愉快を誘うものだったノイズも、時をおいて出くわすと懐かしさすら感じるし、それを“カッコいい”と受け取れる感性が生まれる。
こうしてかつて“不愉快”と片付けられていたグリッチは、現代においては演出として再評価されるという流れの中にある。
“蒸気”のように現れた音楽ジャンル“ヴェイパーウェイヴ”(vaporwave)
以上のように、『オクト』には、「レトロな演出」、「時間と音楽の影響」、そして「ノイズ」という演出がなされていた。これらは、まさに“ヴェイパーウェイヴ”を構成する要素そのものだ。
ヴェイパーウェイヴは、コピー、コラージュを繰り返されてネット上に氾濫する音楽だ。
こうしたものを一概にまとめることは難しいが、おもなモチーフとして、1980~1990年代に流通した製品、それから旧式コンピュータそのものや、旧式コンピュータによるCG、さらに美術室にでも飾られていそうな古典彫刻、そして任天堂製品などが挙げられる。共通項を強いて挙げるなら、いずれも当時大量に生産され、大量に消費されたもの。その大量生産・大量消費のイメージをコラージュのネタとすることで、皮肉とも憧憬ともつかないものが込められた妖しい世界を作り上げているのだ。
こうした複雑怪奇なジャンルはいつどうやって発生したのか? ここで簡単にヴェイパーウェイヴの歴史に触れておこう。
それらしい音楽は以前から存在していたが、ヴェイパーウェイヴというジャンル名が一気に拡散したのは、2011年から2012年にかけてのこと。
ヴェイパーウェイヴにおいて最も重要な人物はふたりいて、Vektroidことオレゴン州ポートランドに住む1992年生まれの女性、Ramona Xavier氏と、Internet Clubことテキサス州マッキニーに住む1996年生まれの男性Will Burnett氏の功績が大きいと言われている。
というのも、彼女たちは膨大な数の変名を使い分け、次々に似たような音楽をBandcampなどに投稿し、ふたりがチルウェイヴ(chillwave)をもじって呼んでいたヴェイパーウェイヴというジャンルが、あたかも世界的に盛り上がっているかのように見せかけたのだ。
※Vektroidの変名
ESC 不在、 fuji grid tv、 Laserdisc Visions、 Macintosh Plus、 New Dreams Ltd.、 PrismCorp Virtual Enterprises、 Sacred Tapestry、 情報デスクVIRTUAL。
※Internet Clubの変名
wakesleep、davatis、░▒▓新しいデラックスライフ▓▒░、Wakesleep、Datavision Ltd.、ecco unlimited、 monument XIII 、 Memorex dawn SunCoast Web Series。
そしてそれに触発された人々が、真似をして音楽やアートワークを作り始め、作られた流行はいつしか本当にムーブメントじみたインターネットミームになってしまったという経緯がある。
特筆しておくべきは、ヴェイパーウェイヴのアートワークには、なぜか任天堂のモチーフが好まれて使われているということだ。どぎついピンクの背景とゲームボーイ本体の組み合わせや、グリッチの入ったビデオゲームを想像させる画面、そしてサイケに加工されたニンテンドウ64のロゴなど……。
なぜ任天堂なのか。
第一に、誰もが知っていて、コラージュのネタにすると目を引くし、幸い素材もネットの海に大量に漂っているという点がある。
これは仮説だが、第二にVektroidやInternet Clubの世代(1990年代生まれ)にとっては、任天堂のゲームではじめてグリッチを経験し、そして魅入られたのかもしれない。
彼女らの世代が触れたであろう任天堂のゲーム機、スーパーファミコン(アメリカでの名称はSNES)、ニンテンドウ64、そしてゲームボーイはすべてカートリッジ式。据え置き型の本体とコントローラーはコードでつながれていたため、つい興奮してコントローラーを引っ張ると、本体が動いて接触が悪くなってしまうことも。そうなるとテレビ画面がチラついたり、音楽にノイズが入ることもあった。
ゲームという没入感の高いエンターテインメントに触れていたからこそ、そのときのノイジーな記憶が、ヴェイパーウェイヴの曇った音像と独特のグラフィックと結びついたのではないだろうか。
『オクト』のヴェイパーウェイヴ面
「レトロ趣味のコラージュ」、「グリッチ」、「ヘロヘロの音楽」、「鮮やかなピンク色」……。
キーワードを抜き出せばわかるように、2012年ごろに発達したヴェイパーウェイヴは、まさに『オクト』の隠されたテーマと言えるだろう。そしてハイテクシューズやグラフィティなどでストリートカルチャーへのリスペクトを表明してきた『スプラトゥーン』シリーズが、インターネットカルチャーにも敬意を払っているという証拠にもなっている。
じつは、『オクト』がヴェイパーウェイヴを強く意識しているという決定的な証拠がゲーム終盤に登場するのだが、かなりのネタバレになってしまうので、ここではヴェイパーウェイヴを代表する曲とそのアートワークを紹介することでお茶を濁したい。ちなみにステージBGMにも、ヴェイパーウェイヴっぽいものがある。
※Macintosh Plus / Floral Shoppe - リサフランク420/現代のコンピュー(冒頭30秒の音源)
元ファイル(もしそんな概念があるとすれば)は蒸気のように雲隠れしてしまい、ネット上にはそのコピーばかりが氾濫している。タイトルは脱字ではなく、これが正しい
(音源はWikipediaより)
任天堂という“公式”が、任天堂のイメージを流用して表現を行ってきたWebのムーブメントイメージを、リスペクトを込めて逆輸入する。こんなに痛快なことがあるだろうか?
『オクト』はヴェイパーウェイヴを引用することで、表層的にはレトロな文脈を、そして実際にはそれを含んだ現代の流行を描いているのだ。
ヴェイパーウェイヴはどうしようもなく過去志向でありながら、過去を掘り返し(チョップドアンドスクリューして)、現代に蘇らせたという一面がある。時代遅れのものがヘロヘロに加工され、もっとも新しくクールなものになるのだ。
『オクト』のヴェイパーウェイヴの粋な引用からは、そんな精神を享受し、楽しんでいる様子が見て取れる。
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