大事にしているのは「知っているものが1個ズレた時に生じる感覚」。誰もが知っているフォーマットが破壊される恐怖
──考察の分類や陰謀論の話もそうですが、ネット発の人気クリエイターの方は、そういった点の解像度が高いと感じます。お二人の創作論みたいなものも伺っていきたいのですが、そもそもお二人が出会ったのはどういう経緯だったのでしょうか?
大森氏:
最初のきっかけは、2022年の10月ごろで、僕が『このテープもってないですか?』という番組と、お笑いコンビのAマッソの『滑稽』というライブの企画を同時進行していたんです。
『このテープもってないですか?』は、家庭にビデオカメラが普及しだした時代の、視聴者から送られてきたテープを見るという昭和の番組のオマージュ企画に、視聴者から送られてきた呪いが時代を超えて伝播する、というフェイクドキュメンタリーだったのですが、そういった作品を作るときに、どういった方と組むのが良いかな、と考えていたんです。
その時に、梨さんが出されていたnoteの『瘤談』を見て「これだ」と思って声をかけました。Twitter(X)のDMを直接送ったのを覚えています。
──ご自分で直接連絡を取られたんですね。もっとこう、界隈の飲み会みたいなもので知り合ったような形を想像していました。
一同:
(笑)。
大森氏:
それから梨さんと『このテープもってないですか?』のお仕事を進めていったのですが、その中でお互いが引用するものだったり、方向性だったりが通じる感覚があったんです。
全部話さなくても「ツーカー」で済むというか。それが新鮮で、『滑稽』の方も是非一緒にやりませんか、となりました。
──コミュニケーションの通りやすさみたいなものがあったんですね。
梨氏:
作品を作るときに、ニュアンスを伝えるのって難しいじゃないですか。
テレビ局でのお仕事だと特に、なにか作品を引き合いに出して例えた時など、普通はその作品自体のことから説明しないといけないので、そこが通じるのがありがたかったです。
──一方で、そういったニュアンスを作品にするときは、視聴者に伝わる形にしていく必要がありますよね。優秀なクリエイターさんは、そういった言語化の能力も高いと思います。
梨氏:
それでいうと、私は「言語化」という言葉の弱火アンチなんです。「小説を書いているのに何を言っているんだ」と思われるかもしれませんが(笑)。
一同:
(笑)。
梨氏:
私の場合、言語のことはあまり信用していないので、「感情のロジックとしてこうなった」というのが分かっていれば、そこに言語を付与する必要はないと考えている派閥なんです。
映画なんかで、「モチーフとしてのシーン」ってありますよね。作中の人物の心象風景とか、そういうもののモチーフをバッと出すようなシーン。
あれっていわゆる「三段論法的なロジック」ではなくて、「その人物にとって大切なものだったから」というような、論理では成り立たないロジックによって成り立っているものだったりします。
大森氏:
「ドツボにはまる」という言い方が正しいかはわかりませんが、コンテンツを数式的に捉えようとすると、なにか違う出口が待っているような気がしますね。
──そういった感情やニュアンスをうまく伝えられる、伝え方の巧拙がクリエイターさんの力に直結するのかな、と思うことがあります。
梨氏:
いま出た数式の話で例えると、「物語の加減乗除をつくる」ということだと思うんですよね。
ミステリー作品で、犯人に殺人を犯した動機を聞くシーンがありますよね。
たとえばそこで「3年前の夏に見た交差点の信号が、紫色に見えたからです」と答えたとする。ここにいわゆる「ロジック」は成り立っていないじゃないですか。
でも、作中で文脈を積み上げることによって、この回答がその作品の世界観においては説得力を持って成り立っているようにみせることってできると思うんです。
これを数式的なロジックだけに当てはめてしまうと、どうしても「恨みがあったからだ」としか言えないですよね。
ですから、作中でしか成り立ち得ないロジックを自分で作って、それを自分が作り出した数式に当てはめるという作業ができている人。作中の論理構造をゼロイチで作り出せる方というのが一流のクリエイターで、そこのアウトプットがうまいからこそ、ニュアンスの論理の飛躍みたいなものも違和感なく受け入れられるんじゃないでしょうか。
──大森さんはいかがでしょうか?ご自身の作品でそういったニュアンスをアウトプットするときに、工夫されていることはありますか。
大森氏:
そこまで意識的にやっているかと言われたら怪しいですが……
自分が「こういったニュアンスを生み出したい」と思った時に一番最初に想像するのは、自分がそれを見た時に、まずどの部分に着目して、どういう風な感情になるだろうかということです。
『イシナガキクエを探しています』で例えると、あれは公開捜索番組という、懐かしいフォーマットのオマージュですが、それってみんなが知っているものですよね。
このように、最初は「知っているもの」から入った方がいいと思っています。その次に、懐かしいものだったり、「こういうのあったな」という感情から大きく1個ずらす、ということをやるんです。
『イシナガキクエ』の場合は、55年も前にいなくなった人をいまだに探しているおじいさんが出てきて、その人のために大きな生放送の番組をしているという設定です。
そういった「知っているものが1個ズレた時に生じる感覚」を、コンテンツの序盤で絶対に持っていきたいと思っています。
文芸的な話になりますが、批評家のマーク・フィッシャーが「奇妙なものは、知っているものの中で1個ずれたもので、ゾッとするものは、そもそもその存在の主体が見えないもの」みたいなことを言っていますけど。
僕はその「奇妙なもの」こそが最初の引きになって、「次はどうなるんだろう」という推進力になるように作っていきたいんです。
──みんなが知っているものから入るというのは、物語のフックとして取っつきやすくするという効果もあるんじゃないでしょうか?そういったマーケティング的な観点も含まれていますか?
大森氏:
そういった観点もめちゃめちゃあると思います。僕はプロデューサーでもあるので、作品を届けるのも仕事ですから。マーケティング的な要素というのはかなりあります。
自分の趣味だけで言うと、もっとマニア向けなものを作りたいと思うこともありますが……。テレビ局における1回のチャンスってかなりシビアですし、その1回でコケて終わってしまう可能性も考えると、マーケティング的な視点でもちゃんと勝ちにいきたいと思っています。
──そう聞くと、大森さんと梨さんがお二人で仕事をされるときの様子が気になります。そういったマーケティング的な観点は大森さんが担当されているんでしょうか。
大森氏:
梨さんのいいところというか、やさしいところなんですが、基本的に僕に最終決定権を持たせてくれますね。
梨氏:
そこはもう、プロに任せた方が絶対にいいので(笑)。
大森氏:
だから、梨さんの中で「いいアイデアだな」と思ったもので、僕個人としてもめちゃめちゃ好きなものでも、フックがなかったり、あまりに人が振り落とされそうなものだったらカットすることはありますね。
梨氏:
個人的には、だからこそ全幅の信頼を置いているというのがあって。「カットしよう」と言ってくれるのが、めちゃめちゃ嬉しいんです。
それこそ、『このテープもってないですか?』の時にギミックのアイデア出しをしていた時の話です。
「NHKの『番組発掘プロジェクト【※】』なんか面白そうですよね。存在しないテレビ番組とかが届いたら面白いんじゃないですか? 」などと、自分がヘラヘラしながら言ったのを、大森さんがものすごくフックのある構成に仕立ててくださったんです。
※「番組発掘プロジェクト」…… 1980年以前に放送された、今はデータが残っていない番組の保存を目的とするNHKのプロジェクト。現存している当時の録画テープを一般から募集している。
大森氏:
『このテープ』の例で言うと、いきなり「こういう番組が発見されました」って映像を流すこともできると思うんですよね。でもそれではやはりフックがないと思ってしまって。
よくある「昭和を振り返る番組」の中にそれが紛れている、その中からパッと出てきてしまうという構造のほうが、「ん?」となる、人が惹きつけられる瞬間を起こしやすいと思ったんです。
梨氏:
そのフォーマットがあるからこそ、フォーマットが破壊された時の怖さもありますしね。
──作品に入り込みやすくしつつ、そういった落差をつくるように心がけていると。ひとつ気になったことがあるのですが、いわゆる「ホラー作家界隈」に、大森さんのようなプロデューサー的な視点を持ったクリエイターさんってどれくらいいらっしゃるものなんでしょうか。
梨氏:
それで言うと答えは簡単で、私が今までテレビの仕事をしてきた中で、一緒に仕事をしたことがあるのが大森さんくらいしかいないんですよ。
この事実でだいたいお分かりいただけると思うのですが、こんな人あんまりいないです。
大森氏:
(笑)。そう言っていただけるとありがたいのですが。
「コンテンツが広がっていくというのは、タコ壺をあふれさせていくという感覚に近い」。マニアで壺がいっぱいになり、新たな人々に波及していく
──物語に入り込むフックを大事にされているというお話で、ホラーブームの「当事者性」と繋がるところもあると思います。そういった、視聴者が前のめりになる瞬間みたいなものが、熱狂のキーになるんじゃないかと。
大森氏:
そうですね、梨さんの作品にしても、他の今のホラー作品に関してもですが、最初に惹きつけられるような導入があって、そこの先にある物語の世界にダイブしていく感覚がありますよね。そういう要素が「当事者性」だったり、「フック」と呼ばれるものだと思います。
──梨さんにも伺いたいのですが、そうして入り込んだ物語の中には、さまざまな仕掛けだったり、点と点が繋がるような仕組みがあると思います。ただ、読者にこれに気づいてもらうのって意外と大変なんじゃないでしょうか。そうした点でなにか工夫されていることってありますか?
梨氏:
そうですね、工夫にもさまざまなレイヤーがあると思いますが、そういった要素で「本当に難しいな」と感じる例があります。
『リンフォン』というネット怪談があって、これは「リンフォン」という立体パズルを解いていくことで、地獄の門が開いていってしまう、という話なんですが……
最後の種明かしが、「主人公の彼女がたまたまアナグラム好きで、『リンフォン』を並び替えると『インフェルノ』、つまり『地獄』という意味になることに気づく」というものなんです。
このオチ、作者はやりたかっただろうな、ここがいちばんやりたかったんだろうな、とは思うんですけど。これの難しいところって、気づいてもらうのも大変なんですが、そのほのめかし方もめんどくさいというのがあって。
大森氏:
そうですね、「ドヤ感」というか、露骨すぎると人は冷めるということですよね。
梨氏:
さらに難しいのが、コンテンツの視聴者の中でも、ちょっとでも解説があると冷めるという方がいらっしゃる一方で、絶対に全部解説されないとダメだというパターンの方もいらっしゃることです。
連作短編のように、点と点がつながるような作品の場合は、「これらの作品は全て無駄なく繋がっているんだ」という視点で鑑賞する方と、普通にひとつひとつの作品のクオリティとして楽しむ方がいて、その中で作者がどこまで旗を振って誘導するかというのはものすごく重要な選択なんです。
そういった前提があって、私が意識する、一番大切だと思うことが、「考察されなくても最低限面白いもの」であるということ。
当事者性の話にもつながりますが、考察ありきの作品になってしまうと、「じゃあ、当事者性がないと楽しめないの」となってしまうと考えているんです。
「意味が分かると怖い話(意味怖)」というネット怪談のジャンルがありますが、あれも裏を返せば「意味がわからないと怖くない」という話になってしまって、これは読者に責任が向かってしまっているような気がしています。
つまり、怖く感じられなかったというのは、物語を読み解けなかった読者のせいだ、となってしまうような気がして、それはすごく危ういなと思っているんです。
だからこそ、単体でも楽しめる「意味が分かるとさらに怖いけど、意味が分からなくても、もちろん怖い」という塩梅が大事なんだと思います。
──受け取る側にもさまざまな態度の人がいるから、誰でも楽しめる作品というのを大切にされているんですね。
大森氏:
人によって違うというのが難しくて、僕が今まで作ってきた作品たちも、それぞれ違う層からのバッシングを受けている感覚があります。
たとえば『このテープもってないですか?』と『イシナガキクエを探しています』で、作品に対して怒っている方の層がそれぞれ違うんです。
梨氏:
たしかに。裏を返せば『SIX HACK【※】』が好きだった層が『このテープ』好きかどうかはわからないみたいな。
※『SIX HACK』…… 2023年に大森氏が制作した「ビジネス番組」。全6回の放送予定だったが3回で打ち切りになり、第4回がネット配信された。
大森氏:
そうですね。だから僕の作った作品でどれが一番好きかというのは、人によってすごく分かれていますね。
──それは、作品ごとに明確にターゲットを分けて考えているということですか。
大森氏:
僕の中で、コンテンツが広がっていくというのは、タコ壺をあふれさせていくという感覚に近いものがあります。ひとつのタコ壺が満杯になって、ほかにあふれて初めてコンテンツが広まっていくんです。
──タコ壺ですか。面白い表現です。それっていわゆる「視聴者の層」みたいなものでしょうか?
大森氏:
そうですね。『イシナガキクエ』の例で例えると、この作品のターゲットは恐らく2つで、フェイクドキュメンタリーが好きな層と、今まで見たことがない「変なフォーマット」が好きな層です。そこをあふれさせないと、結局他には波及しないと思っていました。
逆に、その層が外から見ても分かるほど盛り上がっていれば、普段はフェイクドキュメンタリーを見ない人なども「なんだか流行っているから見てみよう」となりますよね。そういう風にジャンルを越境していきたいと考えています。
──おふたりの話を聞いていると、インターネットの文脈を持っているけど、他のこともできるクリエイターさんは稀有な存在なのかなとも思います。ちなみに、おふたりが注目している他のクリエイターさんっていらっしゃるんでしょうか。
梨氏:
それで言うと、『ゆる言語学ラジオ』ってご存じですか。
──「springはなぜ春もバネも意味するのか」みたいな、言語学のトピックを紹介しているYouTubeチャンネルですね。
梨氏:
あれの面白いのは、学術的にそういったトピックを分解して再構築するみたいなところなんですが、そこの語り口や視点も面白いんですよね。
ホラーでも民俗学的なモチーフのものって結構人気ですけど、やっぱりガチでやっている人には勝てないなと思わされます。すでに人気のチャンネルですが、もっとバズって良いと思うので名前を挙げました。
──大森さんはいかがですか。
大森氏:
去年の末に見た、『王国(あるいはその家について)』という、草野なつか監督の映画が衝撃的でした。
映画の脱構築みたいな手法を取っている作品で、本番の演技のシーンを流すのではなくて、終始ほとんど台本の「ホン読み」の様子が流されるんです。
実験映画にも近い感じなのですが、「演技ってなんだっけ」とか、「映画ってなんだっけ」という気持ちになって……。
僕は世代ではありませんが、洋服の世界で「マルジェラが現れたときの衝撃」という表現がされるのと近い感覚なのかなと思いました。
ストーリー自体もめちゃめちゃ面白いんですけど、順番がめちゃめちゃで、同じシーンが20回くらい、1度目のホン読み、2度目のホン読み、といったように繰り返されるんです。
見終わった後には自分もそのシーンを暗唱できるようになっていて、物語を人間の体に直接ぶち込まれるような感覚を味わいました。草野なつか監督には、今後も注目しています。
行方不明展における、「展示会」というフォーマットがもつ効果。ひとつひとつにつけられた解説文で、より広い層が展示を楽しめる
──今回、『行方不明展』という展示会が開催されます。これはそもそもどういった経緯で開催されたのでしょうか。
梨氏:
元々昨年の2月ごろに、ホラー系イベントを主催している株式会社闇と私で展示会をやる企画があって、『その怪文書を読みましたか』という、怪文書にまつわる展示会をやったんです。
今年も似たテイストの展示会を行うことになって、私が勝手に大森さんを呼んできたんです(笑)。
その時の私は、同じく行方不明を題材にした『イシナガキクエ』の企画が進んでいることを知らなかったのですが、会議をしていくなかで『行方不明展』のアイデアが出て、そこから世界観が組みあがっていきました。
#行方不明展 は、「行方不明」に関する展覧会です。
— 行方不明展 (@yukuefumeiten) June 24, 2024
※この展示はフィクションです。 pic.twitter.com/m2uewgT5S3
──今回、大森さんはどういった立ち位置で参加されているのでしょうか?
大森氏:
プロデューサーであり、演出まわりの仕事もしています。感覚的にはかなりがっつり関わっていますね。
梨氏:
かなりがっつりですね、本当に(笑)。
大森氏:
(インタビュー当時は)まだ一般にリリースされていないんですが、7月19日の会期初日は『行方不明展』に関連するテレビ番組も放映されます。
──『行方不明展』の企画があって、あとから番組の企画が出てきたんですか。
大森氏:
そうですね。番組では梨さんが『行方不明展』に登場する物品をどうやって集めたのか、というドキュメンタリー的な形式の映像を撮りました。
テレビ番組という形態でどういった内容にするかは、悩んだところでもあるのですが……。 『行方不明展』を作っていくうちに「そもそもこの物品って、どこで手に入れたというストーリーなんだろう」という話になり、それを展示会の現場で説明するのはちょっと違うかな、と思ったので。
それをテレビ番組という切り離された空間で説明するのが綺麗な流れだね、となりました。
──おふたりは小説やインターネット、テレビ番組など、さまざまなフォーマットで作品を発表されていますが、展示会という形式にはどういった考えをお持ちなのでしょうか?
梨氏:
私が『行方不明展』を開催する大きな理由のひとつとして、「美術展なら、逐一解説文があってもおかしくない」というのがあるんです。
「ホラーに解説があると冷める人」という話をしましたが、美術展というフォーマットを使えば、作品ひとつひとつに作者の解説があっても自然ですし、こちら側である程度作品間の導線みたいなものも設定できますよね。
『行方不明展』は結構大きめの展示なのですが、「マスを意識する」場面では、そういったフォーマットが必然性をもつような立て付けにして、それに合った解説を入れていくことが多いんです。
──ここまで解説しちゃったらオシャレじゃない、みたいな期待値をある程度コントロールできるフォーマットなわけですね。
大森氏:
展示というのは観客が乗りやすいフォーマットだな、と思いますね。解説文を入れた上で、それがダサくないというか。
──中に入ってしまえばある種「わかりやすい」フォーマットになっているということですが、一方で『行方不明展』の告知リリースなどは、ネーミングの強さ一本で勝負しているところがありますよね。必要以上の説明を避けて、想像力を掻き立てるものになっていると感じます。
大森氏:
そうなんですよ。人って情報がないほうが惹きつけられることもあるんですが、特にテレビ畑だと、情報があればあるほど人にはリーチすると考えることが多くて。
今作っている番組なんかでも、「もっと説明したほうがよくない? 」みたいなことをよく言われるんです。
「それは違うんですよ」と言うんですが、なかなか分かってもらえないというのが、僕がよくぶつかっている問題です。
──それで言うと、電ファミのようなネットメディアでも、なるべく多くの情報を出していくことが正解とされることが多いんです。本文を読まずとも、記事の見出しやXのポスト文章で内容のイメージが掴めるようにして、「面白そう」と思ってもらうことを大切にしています。
『行方不明展』のリリースは逆に、情報を絞ることで好奇心を掻き立てるという方法を取っていて、これはかなり珍しいと思いました。情報は少なくて理解はできないんだけど、わからないなりにイメージが膨らむというパターンがあるんだなと。
大森氏:
電ファミさんの『行方不明展』に関するX(Twitter)のポストも1万リポストくらいされていましたよね。『行方不明展』においては詳細な情報よりも、そういった告知の不気味さをシェアしたくなる力で伸びている感じがしました。
一発で全て説明されて理解できるということより、「なにか不気味だぞ」と想像が膨らんで、実際にフタを開けてみた時にその想像に近い画があるっていう感覚にテンションが上がるんだと思います。
あらゆる「行方不明」を集めた展示会『行方不明展』開催決定。展示を通じ様々な行方不明の痕跡を辿るhttps://t.co/gteDEPyubQ
— 電ファミニコゲーマー (@denfaminicogame) June 24, 2024
「その怪文書を読みましたか」の梨氏と「このテープもってないですか?」の大森時生氏のタッグが送る新たなフィクション展示。紹介された行方不明者を捜す必要はありません pic.twitter.com/sfTs0QoGYv
──『行方不明展』のリリースも、実際に記事を開いてみると惹きつけられるような写真が出ていますよね。そういった狙いにうまく合致していると思います。
梨氏:
私は大学時代、Yahoo!にインターンに行っていて、ニュースの見出しを付ける部署にいたので、今の話は大変参考になりました。
──そうだったんですね!梨さんの今の活動の背景の一端になっていそうですね。
梨氏:
インターネットっぽい企業に興味があって、他にもネット系の企業にインターンに行っていましたね。
ちょっと話はズレるかもしれませんが、私は普段「オモコロ」とかで記事を書いているんですけど、たまに「この作品の中でどこが切り取られてバズるかな」みたいなことを考えるんですよ。
そういう切り抜き作業ってコピーライトを作る作業に等しいんじゃないかと思っていて、今の「断片を見せて想像力を掻き立てる」みたいな話に近しいものを感じます。
──想像力を搔き立てるというのはひとつのポイントかもしれませんね。
大森氏:
今の時代だと1点のコピーライトの強さを見せて、 それ以外はあんまり言わないことによって、そこの周縁を想像させるっていうのが強いと思いますね。
ちょっと面白いと思うのは、今ってお笑い芸人さんもかなりコピーライター化してきていて、1枚のテロップで強いフレーズを言う、というのが大事になってきているんです。
そしてそれがX(Twitter)で拡散されてみんなが面白がるんですが、面白がったからといってTVerなどに元の番組を見に行くかというと、必ずしもそうではないんです。
──TVerに行くか行かないかというのは、なにか基準があったりするんですか?
大森氏:
1枚のキャプチャーで完結してしまっているというのが大きいんですよ。
お笑い番組の場合、画面の左上や右上にサイドテロップが入っていますから「今どんなコーナーで、どんなエピソードトークをしていて、この芸人さんがこんなうまい例えツッコミをしたんだ」というところまで、一枚のキャプチャーで把握できちゃうと思うんですよね。
そういうふうに、お笑い番組の面白いひとコマって、例え1万リポストされていてもTVerには全然行かない、みたいなことが起こるんです。
その一方で手前みそですが、『イシナガキクエ』なんかは画面にほとんど情報がないですから。1枚のキャプチャーに「こんなことがあった」みたいな説明が付けられたものが、お笑いのポストよりリポスト数が少なくてもインプレッションは大きかったりして。
想像力が刺激されて、まず引きつけられる。それで答えがないから行ってみるって導線が明確に違うところですね。
──『行方不明展』のリリースの話でいうと、普通だったら現地のギャラリーの写真などを載せたくなりますよね。
大森氏:
設営時期の関係で、物理的に難しかったというのもあるのですが(笑)。施工が終わっていたとしても、僕たちはこうしただろうと思います。
こうした線引きの感覚は自分の中ではある程度明確に持っているものなので。「これってどういう展示なんだろう」みたいな想像をしている時点で「主体性のあるホラー」の一歩目に踏み入っているんだと思います。
ホラー・フェイクドキュメンタリーブームの行く先と、ふたりのこれから。超自然的なものをそのまま受け入れられるホラーは、「便利な遊び場」
──これからのことについてもお話を伺いたいと思います。今熱狂を生んでいる、ホラー・フェイクドキュメンタリーブームの行きつく先はどんなものになるのでしょうか?
大森氏:
それは最近よく考えていることですね。僕の読みだと、雑誌などで特集されるようなホラーブームというのは、来年、再来年には終わると思っています。
だからと言って、今活躍されているクリエイターさんたちが筆を折るとも思えませんし、「その中でどういった道に行くんだろう」ということは考えます。梨さんも別にホラーだけをやりたいっていう訳じゃないというのも感じますし。
──今日のインタビューを通して思った事ですが、お二人はいわゆる「ホラードキュメンタリーだけを追っている作家さん」とは違いますよね。出自も違いますし、言い方が正しいかはわかりませんが、ホラーをある種のツールとして捉えているというか。
大森氏:
「ツールとして」という言い方はちょっと角が立ちますけど(笑)。
梨氏:
ホラーという枠組みってものすごく広いし、超自然的なものをそのまま受け入れられるというのが、創作においては非常に強いと思うんですよね。そういうところに惹かれたというのがあります。こんな便利な遊び場はないですからね。
──「遊び場」ですか。ある意味象徴的な表現かもしれません。
大森氏:
だから、広い意味で言うと、僕はマーク・フィッシャー的な「奇妙なもの」。元々知っているものがズレたときの、ザワッとした心の動きが好きというだけなので。
今ではモキュメンタリー、ホラーという言葉にいろいろなものが内包されていますが、そういう表現に限らず、「奇妙なもの」が好きで、自分の手で作りたいというのは変わらないと思います。そして、そういったものが人を惹きつけるというのも変わらないと思います。
──2、3年後に今のブームはないだろうというお話でしたが、梨さんはどうお考えですか。
梨氏:
少なくとも今と同じような雰囲気ではないだろうとは思いますが……。
私、次に出る新刊の表紙で「めっちゃ青春小説っぽい感じでお願いします」というオーダーを出したんです。
ざっくり言うとこれから1、2年は「私もこういうの出来んねんで」という営業をする予定なんです。
一同:
(笑)。
大森氏:
すごい。そんなことまで言ってくれるんですね(笑)。
梨氏:
営業のフェーズに入ってるっていう(笑)。
──「フック」という話に繋がりますが、なんだか別の界隈にご自分の作品を投げ込んでいるような感じがしますね。
梨氏:
最近はありがたいことに、VTuberさんや歌い手さん、お笑いコンビの方などと仕事をさせて頂いていて、一概にホラーとは呼べないようなジャンルに首を突っ込んでいるやつ、みたいな感じでやらせてもらっています。
そういった面白そうなところに移り住みながら、でもその中心はホラーみたいな、周辺で遊んでいる人になりたいなと思っています。
大森氏:
僕も同じような気持ちです。ただそれは、別に「びっくりさせたい」だとか、「カマしてやりたい」というわけではなくて。
そういった異なるジャンルと組み合わさって、ホラーやフェイクドキュメンタリーの手法を知らない人からしても魅力的に映る表現なんだと思っているからこそ、ジャンルを越えていきたいと思っているんです。
──梨さんも似たような気持ちはお持ちなのでしょうか?
梨氏:
越境したいという表現になるかはわかりませんが、それこそホラーがタコ壺的な界隈であるのがもったいないとは思っているんです。もちろんゾーニングは大事ですが、「ホラーってこんなに面白いのに」っていう。
でも、表現手法としてのホラーって、映像としてもかなり最先端を行く部分があると思っていて、そういう面でのシナジーをもっと見てみたいと思っています。(了)
昨今のフェイクドキュメンタリーに対する熱狂の背景には、インスタントに楽しめるコンテンツや、偽の情報があふれる今の時代に対する反動と、人々が昔からもつ「主体性をもってコンテンツを楽しみたい」という欲求があるという、ひとつの答えが見えてきた。
梨氏がホラーを「遊び場」と語るのと意味は異なるものの、フィクションであることが明示されたドキュメンタリーは、当事者というロールプレイを楽しむことができるファンの「遊び場」でもある。
ふたりが制作する作品はどれも、点と点を繋げるという「快」の力を理解したうえで作られている。作品の持つ不気味なムードとは裏腹に、その裏側にあるのは倫理を超えない中でフィクションを作るという善の信念や、光の部分だ。
誰しもが過ごす日常の「ズレ」をフックとするふたりだからこそ、その技法やエッセンスを感じる新たな作品が、フェイクドキュメンタリーという形に限らずこれからも生まれるだろう。次はどんな「ズレ」が奇妙な体験を持ってきてくれるのか、一ファンとして心待ちにしている。
「行方不明展」概要
タイトル:行方不明展
場所:三越前福島ビル
開催期間:7月19日(金)〜9月1日(日)
住所:東京都 中央区 日本橋 室町1-5-3 三越前 福島ビル 1F
※東京メトロ「三越前駅」徒歩2分
開催時間:11時〜20時 ※最終入場は閉館30分前
※観覧の所要時間は約90分となります。
料金:2,200円(税込)
主催:株式会社闇・株式会社テレビ東京・株式会社ローソンエンタテインメント
WEBサイト:https://yukuefumei.com/
X(旧Twitter)アカウント:
「行方不明展」特別配信映像 概要
配信開始日時】:2024年8月9 日(金)よる8時00分
※アーカイブあり
金額】:1000円(税込)
配信: https://w.pia.jp/t/yukuefumei/