番組内で使われていた膨大なゲーム映像、実は……?
──この2年間は非常にお忙しい生活が続いたと思うのですが、動画づくりにおける桜井さんのモチベーションはどういったところにあったのでしょうか?
桜井氏:
モチベーションなんてないですよ。
始めてしまったら、とにかくやるしかない!日課にするしかない。
──(笑)。ゲーム制作も孤独な側面があるように、YouTubeの運営や制作もある種の「孤独さ」があったのでしょうか。
桜井氏:
ひとりで進めていた段階ではもちろん孤独ですが…。 制作時は動画も一緒に作っている人たちがいるから、別に孤独とまでは思っていません。
ただ、とにかく最初から話数が決まっているわけだから、その話数を一定の感覚でどんどん出していく必要がありますよね。その意味では、なにかモチベーションがあっていままで続けてきたというよりかは、「それが仕事だからやっています」という感覚に近いのだと思います。
でも、決して「楽しんでいない」わけではないです。
──それは、桜井さん的にも新しいことに挑戦する楽しさや、いままでに使ったことのない媒体で伝えていく楽しさなどがあったということでしょうか。
桜井氏:
新鮮さはありますよね。
私自身もやったことのない方法だったから、「2年続いた」と言っても、それぞれに鮮度を感じながら進められたのは確かなことだと思います。
──2年間動画の制作を続ける中で、それぞれの作業が効率化されていく部分などもあったりされたのでしょうか?
桜井氏:
それはありますね。
たとえば、一番最初に「動画制作のコストの持ち方」をどうするかを決めるのは結構大変でした。結局、最終的に落ちついた制作費の想定が「サブスク式」です。
──「サブスク式」ですか?
桜井氏:
つまり、HIKEさんが一定の労働力みたいなものを確保して、その労働力内でできることが「コスト」になるシステムです。
たとえば、私がリテイクを出すと当然編集などにも時間がかかりますよね。そしてそのコスト内で時間がかかっても、基本的に料金はそのまま。代わりに、単位時間内に完成する本数が少なくなります。
この「人的時間に対するコストを事前に決めて固定する」のがいまのサブスク式です。
これが、当初はそれぞれ手探りだったので、コストを「動画の時間」で設定していたんですね。その動画1本の時間が、そのまま制作上のコストになる。
だけど、そうすると「ステージをじっくり見てみよう」などで矛盾が起きるんですよね。これは私がものすごく多くのムービーを作って並べた回なのですが、「作業としてはただムービーを並べるだけなのに、動画の時間が長いからコストが高い」という矛盾が発生しました。
──なるほど、実作業とコストの乖離が生まれてしまうと。
桜井氏:
そうです。試行錯誤の結果、現在のサブスク式になりました。
ほかにも、さっき挙げた「いらすとや」さんを使っていたところから、オリジナルのイラストを起こすようにしたりとか、動画内で使用するゲーム映像の持ち寄り方であったりとか……いろいろなところでノウハウは貯まっていると思います。
──ちなみに、動画内で使用されているゲーム映像は、桜井さんご自身で撮影されていることが多いのでしょうか?
桜井氏:
『スマブラSP』のデバッグモードでの撮影はすべて私です。
他ゲームの素材もたくさん撮りましたが、HIKEさんが補填した映像も多いです。なお、チャンネルを開始する前に撮りだめていた映像素材もかなりありますね。
──動画が2年前に撮影されていたのと同じく、ゲーム映像も開始前に撮られていたんですね!
桜井氏:
あくまで、「映像の素材」ですからね。『スマブラ』だけではなく、雑多なゲームの映像を撮っては貯めて、配置する。そんな感じで各映像を使っています。
ただ、ちょっと雑にやっているところもあります。
たとえば、使ってほしいムービーを素材フォルダにポンと入れることはあるけど、HIKEさんに「どこの何分何秒でこれを使いたい」という指定はしていないんです。話の流れから見たらわかるだろうな、ということで。
結果として使われない素材などが出てくるわけですが、まぁそれはそれとして。「(動画として)わかればいいです」とはお伝えしています。
──では、HIKEさんもゲームの知識が結構問われていたのかもしれないですね(笑)。
桜井氏:
HIKEさんが撮ったもので、「これを持ってくるんだ、なるほど」と思ったこともありましたね。
桜井政博が語る、ぜひ見てほしい回!!
──ストレートな質問となるのですが、桜井さんの印象に残っている動画を教えていただけますか?
桜井氏:
ちょっと数が多めなので、エピソード的に少しずつ語りますね。
まず、カテゴリーとして【A: 仕事の姿勢】はもちろん全部おすすめです。
誰にでも通用するから。
その中でも、「とにかくやれ!!」が一番ウケていましたね。
あの動画に納得いただき、それを激にして動く人がいっぱいいたようです。撮る側としては、ものすごく速攻で撮った感じではあるんですけれども。
似たような反応をいただいたものに、「プレゼンはスピード」というのもあります。
──ゲーム制作者を目指す人以外にも役立つ内容の動画がとくに響いたんですね。
桜井氏:
そして、【B: ゲーム性】の一番最初にある「リスクとリターン」。
これは【B】のカテゴリーが、この動画があることを前提にして作られているものなので、まずこれを見てもらわないと話が先に進みません。大前提として、見てほしいものですね。
桜井氏:
それと、言うまでもないんですが、「このチャンネルについて」と「桜井政博 ディレクター作品」。
このふたつは一番最初にアップしたものなのですが、じつはこれ、全部を撮ったあとで制作したものなんです。
──そうなんですか!?
桜井氏:
だから、最初期の「遊びの仕事は遊びじゃない」などでは「いらすとや」さんが使われているけれど、なぜか最初にあげたふたつの動画は、ちゃんとこのチャンネル内のイラストになっているんですよね。
その、「すべてを撮影したあと、なにを基にして、“このチャンネルについて”を語ったのか」ということを想定すると、違う見え方があるかもしれません。「たしかにそうだな!」と思うところが、いっぱいあると思います。
桜井氏:
あとは、「遊びって、何?」。
これは非常に珍しい回で、自分が初めて「引用」をした回なんですよね。誰かが言った理論みたいなものを最初に紹介し、そこから話を広げている回です。つまり、ほかのところでは「他人の話の受け売り」は一切ないんです。
大前提として、このチャンネルの独自性として「自分で考えたことをお話する」ことを大事にしていました。多くの動画でそれを体現した中、その反対側の引用をした回として注目するところがあるんじゃないかなと思います。
──たしかに、桜井さん自身のお考えを発信される番組の中で、この動画は引用を行っていますよね。
桜井氏:
なお、この動画で「遊びは訓練である」ということを最後に話しているのですが、まさにここがお伝えしたかったところですね。子どもがやけに落ち着きがなく遊ぶのも、すべてこれで説明がつくのではないかと思っています。
それと、一番最初にパイロット版を作ったのが、「ほめてやれ!」、「ジャンプのしくみ」、「目の前に吊られたごほうび」の三作だったりします。
これらは、まずパイロット版が作られて、HIKE版が作られ、最終的に製品版が作られました。つまり、3つのバージョンがあるんですね。そのパイロット版を通して「実際にこのチャンネルを開始することができるのか」を図ったものとして、印象に残っています。
また、【D: 仕様】のカテゴリーに、「8つのヒットストップ仕様」という回があります。
ヒットストップのような普遍的なものは、目の前にゲームがあるんだから解説してもしょうがないとは思います。でも、いざ『スマブラ』のヒットストップを紐解いてみると、むちゃくちゃ独自性があるんですね。
それらの仕様も、自分が考えたからこそ紹介できる。
『スマブラ』のヒットストップは全部自分で仕様を書いて、意図的にそのように組んでもらったものです。もしも、自分以外の企画者が提案して入れてくれたようなものだと、こんな風に紹介することもできなかったと思います。
そういうゲームの細かさを見てくれると嬉しい……という意味で、この動画はおすすめです。
──個人的な感想ではあるのですが、ゲームの「ヒットストップ」というと桜井さんが手がけたゲームを思い出すんですよね。気持ちよさや操作感において、自分と画面の中のキャラがリンクしているような感覚がダイレクトに伝わってくると言いますか。
桜井氏:
でも、じつはかなり割り切っているんですよね。
『スマブラ』は基本的に4人対戦のものなので、これが1対1の対戦格闘ゲームだったら、もっと気持ちのいいヒットストップにできると思います。やっぱり4人対戦だと、ヒットストップしているあいだに後ろから殴られたりするんですよね。
あと、「レタッチ監修」、「監修あれこれ」、「監修あれこれ:ソラ編」。
それぞれ監修内容に関するものですが、こういうのをディレクターがちゃんと出してくれるのも、まぁまずない機会かなと。もちろん開発中の映像だから、メーカーにちゃんと許可を得なければいけないし、ディレクターがこのように調整を行っているのを垣間見るのには、とてもいい回だと思っています。
似たようなもので、「モーション指定の仕方」もありますね。
これらの監修においては、人形のポーズでその意図を伝えていると。
──グラフィック監修に関する回は、教わる機会が少ないものでしたので、桜井さんの調整の仕方なども含め、とくに参考になる内容でした。桜井さんが監修などで「こうしたほうがよりよくなるのではないか」といったアドバイスや調整をされる際は、どんなことを意識されているのでしょうか?
桜井氏:
基本的に「評価」なんですね。
それぞれのものを、いまのままでゲームに入れてちゃんとよいものになるのかどうかを、毎回評価しています。もしも自分の考え方と異なっていたとしても、スタッフが出したもののほうがよかったり、評価してそれでも大丈夫な場合にはポンポン通しちゃいます。
そうではなく、「ちょっと直したらよりよくなる」という可能性があるのだったら、ある程度直すことを検討します。「リテイク」というのは「作り直し」という意味ではなくて、その調整をすることによって、ゲームがいかによくなるかを想定しながら調整を行うことです。
とくに、ゲーム内で何度も見るような大事なところはすごくこだわるし、そうでないところはそれなりに置いちゃうようなこともまぁまぁあります。いろいろな理由から評価をして、「その修正がよいものになるのかどうか」を考えて、進行していることが多いですね。
だから、必ずしも自分が思ったことばかりを作ってほしいわけでは、決してないです。その人が成した工夫や制作物がよいものであったのなら、そのままにします。目的は、ゲームがよりよくなること。
──なるほど。ちなみに、コミュニケーションをとるうえで、なにか大切にされていることなどはあったりするのでしょうか?
桜井氏:
うーん、とくに思いつかないですね。
強いて言うなら、「悪口を言わない」ですかね?(笑)
仮に、自分から第三者の悪口を言ってしまうと、それを吹聴して回されるようなことを想定しなきゃいけないと思うんですよね。なんかいますよね、「この人どう思う?」みたいなことを聞いてくる人が(笑)。
──変なフリをしてくる人が(笑)。
桜井氏:
だから、人のことを悪く言っちゃダメ。
当然、ダメな仕事やダメなものは世の中にはいっぱいあって、それを「ダメだ!」と言うこと自体はいいんですけど、その責任を人に転嫁したり、言いっぱなしにするのはよくないです。その結果として「ものをよくする」方向に向かうのが大事であって、建設的にしたほうがよいですね。