『クロノ・トリガー』みたいなゲームを作りたいと考えていたところに、『クロノ・トリガー』を作った人がやってきた
──そこから『アナザーエデン』に携わるようになったわけですが、どのような経緯で開発チームに入ることになったのでしょうか?
加藤氏:
『アナザーエデン』は、当時のプロデューサーとディレクターが企画を仕切っていて、『クロノ・トリガー』のようなゲームを作りたいと考えていたみたいなんです。
そこにちょうど僕がグリーの面接を受けるためにやってきた。どうやらその話が伝わったみたいで、すぐに呼ばれました。
──『クロノ・トリガー』のようなゲームを作りたいと思っていたら、実際に『クロノ・トリガー』を作っていた人が現れたわけですからね(笑)。
加藤氏:
ただ、僕自身としては「二番煎じを作っても仕方がない」という想いがありました。僕の気持ちをお伝えはしたのですが、最終的にはおふたりの熱意に押し切られた形になります。
──おふたりの想いが加藤さんを動かしたと。
加藤氏:
正直、かなり悩みましたけどね。ただ、悩みに悩んだ結果、この内容なら『クロノ・トリガー』の二番煎じにならないと自信を持って言えるアイデアが浮かんできたことで、自分の中で「やれる」という確信を持てるようになりました。
──『アナザーエデン』では加藤さんがゼロから世界観やキャラクターを作り始めたのですか?
加藤氏:
キャラクターに関しては、主人公であるアルドをはじめ、フィーネ、エイミ、魔獣王などは僕が考えて、その内容をキャラクターデザインを担当しているチェーさんに清書してもらっています。
あとはサイラスもそうですね。『クロノ・トリガー』では西洋騎士だから、同じカエルの見た目でも和風なら大目に見てくれるだろうな……とか考えながら、名前も狙って「サイラス」にしてみたりね。そういうお遊びの部分は、自分の中でちょっとずるく計算しながら作っていました。
「夢見」、いわゆるガチャで追加されるキャラはどんどん新しく配信されていくので、そこはほかの人に任せていますけどね。
『アナザーエデン』は配信前に第一部は作り上げるというのが制作上のコンセプトでしたから、メインのシナリオの起承転結を一気に書き上げてエンディングとスタッフロールまで入れていました。
当時のスマートフォン向けゲームで、スタッフロールが入っているのって珍しかったんじゃないかな。
──スマホゲームでエンディングを迎えること自体が珍しいですよね。シナリオはすべて加藤さんが内容をチェックされているのですか?
加藤氏:
僕は基本的に放任主義ですね。僕自身、ずっとそうやって育てられてきましたから、自分が上に立つときも任せられるところは任せてしまうんです。
もちろん任せるといっても全体の基準を満たしていることは絶対条件ですから、そういう状況や、僕がやりたいことと方向性があまりにも違っている部分は修正してもらいますけども。
スタッフを選考するときには「この人だったら一緒にやれるな」とか、「おもしろいものを作ってくれそうだな」という確信を得てチームに入ってもらっています。みんなそれぞれ好きなものを作りつつも、空回りせず、同じゴールに向かって進む。そういう状況でいまはゲーム作りに取り組めていますね。
──個人個人が自分の書きたいものを突き詰めつつ、全体のクオリティや方向性は加藤さんがコントロールされていると。
加藤氏:
基本的にみんなレベルは高いんです。でも、それぞれが全速力で走っていると、どうしても遅れてきてしまう人も出てくる。そうなったら一生懸命自分の技術を磨いていいものを作れるようにがんばる。そういうサイクルが奇跡的にいい具合で回ってきているのではないかと思いますね。
8年続けてきて成熟してきたシナリオ制作チーム。加藤さんの書いたセリフにツッコミが入ることも
──加藤さんは「買い切り型」と「運営型」のゲームの両方のシナリオを経験されているわけですが、作りかたに違いなどはありますか?
加藤氏:
『アナザーエデン』も基本的な考え方としては買い切り型のゲームと同じように作っていますが、最初から勢いよく物語が進むようにすることは意識していました。
買い切りのゲームはすでにお金を払っているわけだから、よっぽどのことがない限り最後までプレイしてもらえる。でも基本プレイ無料のゲームは遊んでみてつまらなかったらすぐにアプリを閉じてアンインストールされてしまいます。
逆に言えば、最初から勢いがあっておもしろさが繋がっていけばいい。週刊連載マンガのような「このあとどうなるんだ?」と感じさせる作り方は、とくに第1部では意識していました。
僕はスロースターターというか、ゆっくりとした話の起こりからスタートして、ある程度時間をかけないと話が転がりださないと、言われたこともありました。
ですから、『アナザーエデン』の第1部については、多少荒っぽくても「おもしろければいいじゃん」と、勢いよく走り出してどんどん転がっていくように意識はしていました。
──なるほど。
加藤氏:
会社としてはできるだけ続けていこうとは思っていたでしょうけど、僕自身はとりあえず、いまでいう第1.5部までのネタは考えるだけに留めていました。
本来はそこまでの範囲で第1部になるはずだったんですが、間に合わないってことで分割して作ったんですね。
これに限った話ではないんですが、僕はとても考え込むタイプなんですよ。だから実際に実装されるシナリオが「10」だとすると、僕は「20」相当のものを考えているんです。
──え、入らないとわかっていても倍近くのものを考えているんですか?
加藤氏:
まずは「20」を書こうとして、入り切らないから実装するものを厳選して「10」にする。
まあ、それもスケジュールの都合などで縮めたり、凝縮して「8」とか「9」になってしまうんですが。その「8」の後ろにじつは入りきっていない「12」が存在しているんです。
それがあるから、物語の奥深さというか後ろの密度みたいなものを感じてもらえるんじゃないかと思います。その分「語りきれていない」とか「説明不足だ」みたいに言われることもあるんですけど。
──逆にそこが欠けていて満たされないような感覚があるからこそ、考察のしがいがあるんでしょうね。
加藤氏:
しっかり考えれば「こういうことだよね」とわかるようには作っているので、そういうところが僕のオリジナリティと言えると思います。どこまで説明するかは毎回スタッフと喧嘩になってしまうんですが(笑)。
『アナザーエデン』に関しては、それでもなお第1.5部から第2部、第3部へどう繋げていくかというのは、ゲームがスタートした時点では未知数で、先が見えていない状態であったと思います。
──加藤さんとしても、運営型ゲームは初めての経験だったからでしょうか。
加藤氏:
そうですね。僕はやっぱり、基本的には続編は好きではないんです。ひとつ作ったらそれで満足して、別の何かを作りたいというタイプ。だから、ひとつのゲームにこんなに長く関わっているのは初めてだし、自分でもなんだか不思議な感覚ではありますね。
『アナザーエデン』は8年続いていますから、制作チームとしても作品のカラーがわかっているというか、やっていいことと悪いことはみんな把握しています。
作品のカラーのなかで、みんながある程度自由に作って、僕以外も監修としてしっかりチェックをしてくれている。このシナリオは変だとか、あのモーションはおかしいみたいな認識をチーム全体が持っている。
──共通認識があるんですね。
加藤氏:
8年もやってきていますから、どのキャラクターにもみんな愛着をもっています。僕が書いたテキストですら「加藤さん、フィーネはこんなこと言いません」なんてツッコミが入りますからね(笑)。
だからクオリティチェックという点でも、僕が全部しなくてもしっかりチームとして機能しています。
──これまで培った加藤さんの考え方や創作のやり方のバトンを受け取っているのが、現在の『アナザーエデン』制作チームのみなさんなのかもしれませんね。
加藤氏:
僕は自分は「先生」という器ではないと思っています。昔も予備校かなにかでシナリオ講座を開いてくれないかって言われたことはあったけどお断りしましたからね。
本来は、一緒に働くチームメンバーのシナリオスタッフにはいろいろと教えてあげないといけない立場にあるんですけど、まだまだ自分の仕事で手が一杯なんです。
シナリオって結局ひとりで書いて表現するしかないですし、感性が関わることなので迷っても自分で答えを見つけるしかない。だから仕事のしかたを見ながら、みんなで背中を見て成長してね。……なんて昭和の親父みたいなことを僕は言っているんですよ。
還暦を越えた今の心境と、年齢を重ねたからこそできるようになったこと
──加藤さんは61歳(インタビュー当時)を迎えられていますが、年齢を重ねて、経験を積んだいまだからこそ気付いたことというか、昔といまとで制作のやり方や考え方に変化はありましたか?
加藤氏:
昔はものを作っているとその一点に集中して、そこ以外が見えていないこともありました。
でもある程度経験を積むと、その一点から始まって、どういう枠組みが存在しているか、そしてその枠組の中でどう完成するか。そういう全体が見えるようになってくるというのはありますね。
──「一を聞いて十を知る」というやつですね。
加藤氏:
あとはその人の提案内容を聞いただけで、思惑が見えるというか「あ、この人はこういうことをやりたいんだ」というのも見えるようになりました。
ですから「どこを直したらおもしろくなるのか」や「その方向だとまずいからこうしたほうがいいよ」なんてアドバイスすることも増えてきました。
若いころは「これで大丈夫なのか?」と迷ってばかりでしたし、客観的に見ることは今も意識していますが、ひとつの要素の奥行きというか立体的に見られるようになったのは、年を食ったからできることなのかなと思います。
──根源的な質問になりますが、加藤さんはご自身が作ったゲームを遊んだユーザーにどんなことを感じてほしいと思って創作を続けているのでしょうか?
加藤氏:
やはりゲームでしか体験できないものをプレイヤーに与えたいなとは思っています。
ゲームならではの一度も体験したことがないものを体験してもらいたい。驚いてもらいたいし、ハラハラドキドキしてほしい。そして、その作品を遊んだことで、その人の中でなにかが変わって、新しい自分に出会ったり、一歩前進するような体験をしてもらいたいですね。
もちろん瞬間的な楽しさのゲームの良さも理解しつつ、僕としては人間は物語が必要だと思って生きている人間なので。その物語に出会うことで、新しい体験をして、なにかを得る。そういうゲームが作れたら嬉しいです。
──お話を聞いていて痛感したのですが、加藤さんはずっと創作をし続ける生粋のクリエイターだと思うんですよ。創作を続けていないと死んでしまうといいますか……。
加藤氏:
たしかに「生きること」と「作ること」がイコールになっていますからね。具体的に何をするかは決めてなかったけど、クリエイターとして生きるということだけは10代の後半には決めていました。
当時はゲーム業界のことは僕の中に存在していなかったし、クリエイターとして生きる以上は就職したり会社員になったりということもないと思っていた。そんなやつが結婚して奥さんや子どもの生活に必要なお金を稼ぐなんて無理だとね。
途中で決意がぐらついたときもあったけれど……結婚したらその人のために自分の人生を捧げないといけない。ひとりでもいいから、ずっとやりたいことを、好きなことをして生きていこう。そう決意してその通りに生きてきたつもりです。
ですから、これからもとことん好きな本を読んで、好きな映画を観て、好きな音楽を聞いて、それ以外は食って寝て、ものを作る。それが気楽だし、僕の中では当たり前になっている。それだけで人生が語れても構いません。
──多くの人はなかなかそこまで決意はできませんし、だからこそ加藤さんはこれほどの傑作を生み出し続けているのかもしれませんね。
加藤氏:
いや、僕からすれば本当に好きなことをしているだけですからね。仮に結婚をして奥さんと子どもがいたら「家族ってなんだろう」みたいな物語をやっぱり書いていたと思いますよ。
逆に最近、僕が書くお話は物語のおもしろさばかりに主軸を置いてしまって、キャラクターに対してはかなりドライになっていっている感じが自分でもするんです。そういうところは反省すべきだと思っています。
──ここまで求道者のように人生を削ってまで創作をされているとは思っていなかったので、そのお話はとても驚きました。
加藤氏:
まあ、でも傍から見たら変な人生だとは思います(笑)。
結局、僕は自分の好きなことをやっているだけなんです。子どものころから物語が好きで、本も映画もドラマも好きだった。だからおもしろそうなものがあったらひたすら見たい。好奇心の塊なんですね。
この業界に入ったときに「自分で絵を描いてお金までもらえる。なんて最高なんだろう」って思ってました。いわゆる仕事人間みたいなものなんですが、本人としては絵を描いているだけで生きていけて楽しいと思っていますから。会社からしたら便利に思われているかもしれませんが(笑)。
──いやいや(笑)。加藤さんの新しい物語を期待しているユーザーも多いと思います。最後に『アナザーエデン』の今後について、意気込みをお聞かせください。
加藤氏:
飽き性で、続編嫌いの自分が、10年ですからね(笑)。これには本人もちょっとビックリというか。まあ、人間、やればなんとかなる、ということでしょう。
今回、8周年でひとつの区切りを迎えるということで、『クロノ』シリーズが好きな人には、クロス・コラボ含めて、最後まで遊んでもらえたら、と願っています。
そしてこの後も、アルドたちの新たな冒険の旅は続いていくので、さて、どんな物語が始まるのか、ワクワクしてもらえたら、と思います。
またお会いしましょう。
筆者はずっと「加藤正人は天才だ」と思ってきた。加藤氏が手がけた物語からは「描かれていない部分の厚み」を強く感じていたからである。
「10」ではなく、「20」を作る。
加藤氏のこの答えに真髄があるのだろう。お話をうかがっていて感じたのは、還暦を迎えてなお衰えることを知らない創作への情熱と鋭い感性だ。
子どものころからずっとインプットとアウトプットを繰り返し、物語に対して強いこだわりがあるからこそ、既存の枠組みにとらわれない発想とそれを実現するだけの技術を持つ加藤氏は、生粋のストーリーテラーにしてクリエイターであると再認識した。
誰もやらなかったことをやり、ゲームでしか体験できない物語を味わってほしい。それが加藤氏の原動力にもなっているのだろう。そして「ゲームでしか体験できない物語」を濃密に楽しめるのが『アナザーエデン』である。
加藤氏のこれまで手がけた作品を遊んだことがあるという人はもちろん、今回のインタビューでその創作に対して興味をもった方は、ぜひとも『アナザーエデン』に触れてみてほしい。
ゲームだからこそ体験できる物語がそこにあるのだから。