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『還願 Devotion』から見る「現実のフィルター」となるホラーゲーム。“家庭という名のブラックボックス”はどう作品へ昇華されたのか

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 Red Candle Gamesが2017年にリリースしたホラーゲーム『返校 Detention』は、独特かつ魅力的なアートワークと、白色テロと呼ばれる1960年代の台湾の政治的弾圧を背景にしたチャレンジブルな世界観で、高い評価を得た。

 そして同スタジオが2018年7月に発表したのが、次なる新作ホラーゲーム『還願 Devotion』である。前作の横スクロールアドベンチャーゲームというゲームデザインを一人称視点アドベンチャーへと大きく変化させ、当時はファンからの注目を集めた。

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 2019年2月に発売された『還願 Devotion』を“幸運にも”プレイしてみた。たとえあなたがゲーム自体にそれほど興味を引かれずプレイしたとしても、中華文化圏特有のどこかねばつきを感じさせる見事なグラフィックスに心を奪われることになるだろう。ゲーム内で表現されているビジュアルや小物類によって、風俗の怪しさと薄暗さが入り混じる道教を根元にした台湾独自の世界観が、あまりにも見事に構築されている。

 『P.T.』以降に見られる特定の空間を繰り返し移動するゲームデザインと、適切なジャンプスケアの運用、これらアジア的な社会風俗の湿った雰囲気の融合は、ゲームをプレイした者を魅了せずにはおかない。ホラーゲームとしての『還願 Devotion』は文句のつけようがない完成された「秀作」だと言えるだろう。

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 しかし頭の片隅に残るのは、『返校 Detention』と『還願 Devotion』を創り上げたRed Candle Gamesが、いったいどのようなホラーゲームを創ることを目指しているのかという点だ。ゲームジャンルやジャンプスケアなど両作には大きな違いがあり、今作でのテーマは政治的な要素も薄まっている。それでも両作が高く評価されたという事実を一見すると、彼らを単に「ホラーゲームの手法を理解した優秀な開発スタジオ」と見てしまいそうになる。

 だが、本作を通じてえぐり出される“家庭”というなかで起きる「恐怖」と、前作の「恐怖」を振り返ったとき、そこには彼らの求める「ホラーゲーム」の片鱗があるのではないだろうか。いまこそ、作品そのものが持つ本質にたどり着こうとする機会なのかもしれない。

執筆/Nobuhiko Nakanishi
編集/ishigenn


ホラーゲームという“フィルター”

 まず作品としての『返校 Detention』を振り返ってみると、同作は物語の中核に「歴史的な暗部」を題材としたことに、もっとも大きなチャレンジがあったと言える。これはビデオゲームに限らずエンターテイメント作品全般に言えることだが、近年起きた政治事情を背景にした作品を創り上げることは、実は極めて困難だ。

 そういった作品は開発者の意図がどうあれ、関係する者にとっては揺るぎない“現実”である。作り手の政治的な意図が含まれていると取られる可能性を秘めており、作品としてではなく一種の意見表明や過去の時代へのアンチテーゼだと受け取られる危険性がある。その政治的な見え方は、「作品ではなく作者のメッセージを浴びせられた」という興ざめによって意外なほど簡単にプレイヤーの没入感を薄め、作品の魅力や本質へと到達することを阻止してしまう。

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(画像はSteam Detentionより)

 だが『返校 Detention』が優れていたのは、その腫物のような歴史の一部と織りなされる物語を、「ホラーゲーム」というフィルターを通じることでエンターテイメント作品へと昇華せしめた点にある。本作の舞台背景も、ボタンの掛け違いにより引き起こされる悲哀の物語も、いずれも実際に起きた、あるいは起こりうる凄惨な“現実の恐怖である。開発陣はその現実を丁寧かつ適切にホラーを通じてファンタジーの世界へと膨らませ、また現実を題材とすることによって世界観に厚みを持たせた。

 もちろん多くのエンターテイメント作品で、現実に起きた歴史や事件を巧みに盛り込み、商業作品としても成功させている例は数多くある。しかし近年のホラーゲームにおいて、これほど巧みに「ホラーゲーム」というテイストを「現実」を見据えるためのフィルターとして活用した例はほかに類を見ない。台湾の小さなデベロッパーが生み出した『返校 Detention』は、その台湾の風俗を感じさせるエキゾチックなビジュアルや世界観だけでなく、現実とホラーゲームの織りなす特異な生々しさも届けた。それが同作の真新しく刺激的な部分のひとつだったと言って間違いない。

家庭という名の“ブラックボックス”

 「ホラーゲームを現実のフィルターとして使う」という手法をかえりみたとき、『還願 Devotion』はどうだろうか。同作の舞台は1980年代の台湾。脚本家の父親と元女優の母親、歌手にあこがれる娘の三人暮らしの家庭が舞台だ。歌謡ショーの決勝の舞台で歌う娘の姿を見ながら始まる物語の冒頭は、いかにも幸せな家庭そのものだ。

 そこからプレイヤーは、もう壊れてしまった家庭の“これまで”の物語を追体験していくことになる。仕事に行き詰まる父。芸能界に戻って家計を支えようとする母。病にかかる娘。それぞれの思いをそれぞれに抱えながら、ある新興宗教の介入で少しずつ崩壊していく家庭。それをプレイヤーは基本的に父親の視点から見つめ続けることでゲームは進んでいく。

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 本質的に『還願 Devotion』には厚い政治的な背景などなく、ただそれだけのゲームではある。前作をプレイした者であれば、その背景の異なりとゲームプレイの大きな変化は、違和感として感じることになるだろう。そして本作では、前作のような重厚なテーマは取り扱わず、ゲームプレイやグラフィックス、恐怖演出に力を入れたのではないだろうか、という考えに行き着くかもしれない。

 しかし、Red Candle Gamesは自身のホラーゲームの創り方をなにも変えていない。それは歴史のなかで起きた“現実の恐怖”ではないが、すぐそばにある、ありふれた“現実の恐怖”である。社会を構成するありふれた最小単位でありながら、ひとつひとつの家庭はひたすらにブラックボックス化している。問題が解決へ向かわず家庭に内在し続ける可能性を秘めており、それは暴行や虐待、家庭内殺人など、悲惨な結末としてニュースでときおり漏れ聞こえてくるだろう。

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 そして『還願 Devotion』でさらに恐ろしいのは、その現実の恐怖がどんな家庭にも起こりうることを、前作と同様に丁寧に、丁寧に描いている点だ。

 確かに父は人よりも迷信深い性質だったのかもしれない。母は芸能界に未練を残していたのかもしれない。娘は少し気持ちの弱い子だったのかもしれない。確かに新興宗教は崩壊へのトリガーとなっただろう。だが、家庭内にいるのはサイコパスでも殺人鬼でも、悪人でもない。その3人の家族が「幸せな家庭」という不確かなビジョンを模索し、それぞれが完全に善意で関係を修復しようと尽力している。どこにいてもおかしくないありふれた家族が、しかしすれ違いと選択の誤りを繰り返し、崩壊していく。

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 ゲームを通じてプレイヤーには、ここでこう考えておけば、あるいはここでこうしなければ、この家庭は崩壊しなくてすんだかもしれないという思いが去来する。それと同時に感じるであろう、家庭は誰の悪意がなくとも「こんなささいなすれ違い」で崩壊してしまうという「恐怖」。血縁や婚姻関係があるから、言い換えれば「家族だから」という理由で閉じられていたその庭は、またたく間に地獄へとその姿を変える可能性を秘めている。

 それは実は、どんなプレイヤーにとってもけっして他人事ではない地獄であり、「すぐ隣にある恐怖」だ。美しく悲しい物語の中に確かに感じる、そのどろっとした手触りは、クリア後も心の底でいつまでもざわつき続ける。そして彼らが今作で取った『P.T.』に近い特定の空間を探索していく手法は、本作の「閉じられたひとつの家庭」というテーマと符号し、奇妙な残響としていつまでも残る。

恐怖は「現実」にある

 「政治的な暗部」というエンターテイメント作品として成立しづらい題材を優れたバランス感覚で表現した『返校 Detention』から、「家庭の崩壊」という普遍的でありながらも繊細で扱いづらいテーマをゲームとして落とし込んだ『還願 Devotion』へ。フォーマットの変化はあれど、Red Candle Games社の表現の軸はぶれていない。つまり、「現実にある恐怖をホラーゲームという媒体を通じてえぐり出す」のが、彼らの求める道なのではないだろうか。

 今作のそれは、誰かの特別な不運や、異常な性格に起因していない。あくまでも一般の人々のなかに起こりうる生活のコラプション。それはいまも世界のどこかで、自分の隣で、あるいは自分の家庭の日常で起こりうる、もしかしたら現在進行形で起こっている「ホラー」なのである。

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ライター
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Nobuhiko Nakanishi
大学時代4年間で累計ゲーセン滞在時間がトリプルスコア程度学校滞在時間を上回っていた重度のゲーセンゲーマーでした。 喜ばしいことに今はCS中心にほぼどんなゲームでも美味しく味わえる大人に成長、特にプレイヤーの資質を試すような難易度の高いゲームが好物です。
編集
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ニュースから企画まで幅広く執筆予定の編集部デスク。ペーペーのフリーライター時代からゲーム情報サイト「AUTOMATON」の二代目編集長を経て電ファミニコゲーマーにたどり着く。「インディーとか洋ゲーばっかりやってるんでしょ?」とよく言われるが、和ゲーもソシャゲもレトロも楽しくたしなむ雑食派。
Twitter:@ishigenn

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