新型コロナウイルスの影響によって今年もオンライン開催となった「CEDEC2021」が、8月24日~8月26日の日程で開催されている。
今回は、8月24日に行われたセッション「実在感溢れるキャラクターを目指して ~ワンダ、トリコで培った巨大キャラクターアニメーション5つの法則~」についてレポートしていく。
『ワンダと巨像』『人喰いの大鷲トリコ』などを手がけたジェン・デザインの田中政伸氏が語る、「巨大キャラクター」のアニメーションを作る上で重要なこととは?
取材・文/植田亮平
巨大キャラクターの需要と、アニメーションで重要な5つの要素
ボス敵などの巨大キャラクターは、もはやゲームでは欠かせない要素の1つだ。そんな巨大キャラクターの需要に対して、そのアニメーションをアニメーターが深く理解するためには何が必要か? 田中氏がまず画面に映したのは、巨大な人型のキャラクターモデルが地面を歩くアニメーションだった。
通常サイズの人の歩きモーションを巨人のモデルに流しこみ、アニメーションの時間を引き延ばしたものである。一見違和感の無いように見えるアニメーションだが……よく見るとどこかおかしい。例えば、映像の中の巨人はあまりにも軽々と歩いているため、「ズシン」というような重さを感じる迫力がないように見える。また、踏み出す際の足の上下運動が等身大の人間と同じなので、この大きさにしてはやたらと跳躍力があるようにも見える。
田中氏はこのアニメーションを「巨人アニメーションの抑えるべきポイントを抑えていない例」として提示し、アニメーションの演技は「根底にある物理、生物学的構造」の上に成り立っていると語る。
そういったことを考える上で、田中氏は重要な5つの要素として、「質量」「重力と重さ」「筋肉」「アニメーションの解像度」「実装の設計」について紹介している。
では、これらの要素をひとつづつ見ていこう。
質量
アニメーションにおける質量に関して、まず理解しておきたいのは「そもそも質量とは何か」というポイントである。
田中氏は「質量とは、簡単に言えば今の速度を維持する度合い」と説明しており、例えとして、質量の大きなトラックと質量の小さな虫の動きを比べている。
トラックというのは鈍重な動きをしており、急に加速したり急に停止するといった動きができない。一方で、小さな虫は非常に小回りが利き、急旋回したり急発進したりといった動きも容易に行える。これは質量の違いによるものであり、アニメーションにおいては質量の大きいものほど鈍重に、質量の小さいものほど軽快に動くと田中氏は説明する。
そして物体の軌跡を線で結んだものを「運動曲線」という。運動曲線を使えば、物体の動きを線として可視化することができる。ここで、田中氏は先ほどの質量の違いを、運動曲線を用いて紹介している。
画像の通り、質量が大きい物体は運動曲線が滑らかになり、質量が小さい物体は運動曲線が細かく折れ曲がる。逆に言ってしまえば、この運動曲線を用いれば、物体のアニメーションを上手く表現することが可能であると田中氏は述べる。
質量が大きい物体のアニメーションは運動曲線を滑らかに、逆に小さい物体は急発進、急停止などによってアニメーション表現が可能であるとし、この対比として、田中氏は『人喰いの大鷲トリコ』のトレイラーに映る小鳥とトリコの違いを挙げている。
この映像では、小鳥の機敏な動きとトリコの重量感の違いが一目でわかるようになっている。画像のため分かりにくくて申し訳ないのだが、小鳥は画面右側から地面に素早く降り立ち、その後急発進で画面左側へと飛び立つ動きをしている。これは運動曲線にすると鋭角のV字を描くような状態である。
一方で、トリコは全速力のダッシュの後に止まる動作をしている。しかしその質量の大きさからすぐには止まれず、ザザザと地面を引きずる慣性が働いている。運動曲線にすれば、緩やかに停止する線が浮かんでくる。
さて、ここでは小鳥は止まった状態から急発進で飛び立つ軌跡を描き、トリコは止まる動作の後も動き続ける緩やかな軌跡を描いている。この「質量による運動曲線の違い」を把握することが、巨大キャラクターのアニメーションを作る際に重要な要素であると田中氏は説明している。
重力と重さ
質量によって運動曲線に大きな違いが生まれることが分かったが、「だからと言って質量の大きな物体のアニメーションを長く引き伸ばせばいいというわけではない」と田中氏は説明している。
前置きとして、田中氏は「ガリレオの実験」を挙げている。ピサの斜塔から木の球と鉄球を地面に落とした場合、どちらが先に地面につくかという有名な実験だ。
結果はもちろん、「どちらも同時に地面につく」となった。物体が自由落下した際の加速度は質量ではなく空気抵抗によって決まるため、Y軸の動き、つまり縦の動きに対して、その速度の変化は質量に左右されないというわけだ。
キャラクターの質量と同時に、それに働く重力の加速度もまた、アニメーションに重要な要素であると田中氏は語る。
ここで、セッションの最初に提示された巨人のアニメーションを見てみると、その違和感の正体がはっきりする。巨人のアニメーションを作る際、その大きな質量が動くのを表現するには、運動曲線を緩やかに描く必要があるが、ただアニメーションの時間を引き伸ばすだけでは、歩行時の足の運びや重心の移動、腕をふる速度など、重力による加速を正しく表現できない。
巨人のアニメーションの違和感の1つは、重力による加速を無視していたために生じていたのだった。そこから田中氏は、「物体に働く重力加速度は、どんなアニメーションの中にも潜む重要な要素である」と紹介し、だからこそ、「アニメーターは重力加速の感覚を養っておく必要がある」と結論付けている。
続いて、田中氏は、まず重さを求める公式「重さ(N)=質量(kg)×重力加速度(9.8m/s²)」を説明したうえで、この重さがアニメーションにどう関わってくるのかについて述べている。
先ほどのガリレオの実験では、木の球と鉄球の質量、重力加速度は共に同じであった。しかしながら、この二つの「重さ」はそれぞれ全く異なる。この重さの違いによって、例えば木の球はバウンドし、鉄球はバウンドせず床にひびが入るといった違いが生まれる。
この挙動の違いと、重さによって生じる他のオブジェクトへの影響が、アニメーションの差異として現れてくるのであると田中氏は語る。
地球の重力加速度は基本的に同じ、つまり定数なので、一見アニメーションには関係のない数値に思われるが、質量とかけ合わせることで重さという値に変換できる。質量、重力加速度、そして重さという物理学的な3つの要素は、アニメーションを作るうえで非常に重要だと改めてわかる。
では、初めに示された歩く巨人の重さは一体どれくらいなのか。例えば同じ大きさの動物と比べてみた場合、身長27mの巨人の重さは、大型の恐竜ほどの大きさであると田中氏は言う。
仮にこの巨人の重さがおよそ40トンあったとして、人間の足は全体重の15パーセントであるから、この巨人の足の重さはおよそ6トンほどもあるということが分かる。6トンと言えば、およそ1トンの普通乗用車6台分である。足だけでもとてつもない重さであることが直感的に分かる。
恐竜などの大きな生物を参考にする場合、田中氏は博物館へ行ってみることをおすすめしている。上野にある国立科学博物館では恐竜などの巨大生物の化石を展示しており、田中氏曰く、そのスケール感を肌で感じることができるそうだ。
「トリコ」制作時にも通っていたとのことで、同じくらいのサイズの生物を知ることは、キャラクターの重さを割りだすだけでなく、アニメーションを作る際の重要なヒントにもなると述べられた。トリコはネコをモデルとしているが、巨大生物であるトリコを作るうえではネコ科の中でもより大きいトラを参考にしているそうだ。
筋肉
アニメーションを作る際は、物理学だけでなく生物学的な要素も必要である。例えば筋肉の働きと大きさの関係について、いくつか紹介がなされた。そのなかでも田中氏が特に重要であるとするのが「筋肉は運動曲線を破壊する」ということである。「踏ん張る」という動きを想像すれば分かるように、筋肉は物体の運動曲線、すなわち慣性に対して抵抗する力を持っている。
言い換えれば、筋肉は運動曲線を変化させる最も大きな要因ということだ。これは、運動曲線を急激に変化させれば筋肉の力が働いていることを表現でき、逆になめらかであれば脱力を表現できるということでもある。
しかし、巨大キャラクターのアニメーションであればそれは一筋縄ではいかなくなる。質量は体積に比例しているのに対して、骨と筋肉の強さは断面積に比例している。身長が3倍になれば質量は27倍になるのに対して、骨と筋肉の強さは9倍にしかならないと田中氏は説明する。
体が大きくなればなるほど、その体を支えたり動かしたりするのが難しくなる、つまり巨大キャラクターが立ったり動いたりするのは現実的に考えて難しいわけだが、そこで上手くウソをつけるかが重要であると田中氏は説明する。
ではどのように上手くウソをつくか。フィクションでありながら現実的に見せるには何が必要なのか。田中氏は「エネルギー効率を見抜くこと」こそ重要だと説明し、セッション参加者に向けてあるテストを行った。
さて、何か手にとっていただいただろうか。この「目の前にあるものを手に取る」という行為が、実は私たち生物のエネルギー効率の凄さを表していると田中氏は説明する。
このような最適なエネルギー効率による動きを、私たちの脳と筋肉は日ごろから行っているのであると田中氏は説明している。この能力は人間に限らず様々な生物に見られ、一例として鶏の動きが紹介された。鶏の首がスタビライザーのように同じ位置にとどまる光景はお馴染みだが。これは鶏の脳が自動で判定して、空間にとどまるために筋肉を動作させているのである。
田中氏曰く、このような生物の最適な動き、エネルギー効率は自然淘汰によって獲得されたもので、複雑かつ精密にできているため計算によって導き出すのは現状難しいそうだ。アニメーターは、この最適なエネルギー効率の動きを感覚として見抜かなければならないと田中氏は語る。そしてその感覚を養うためにも、生物の動きをひたすら観察することを氏は勧めている。
また、筋肉とアニメーションの技法である「残し」の関係についても紹介された。「残し」とは、腕やしっぽなどを動かす際に末端部分の動きを遅らせ動きにリアリティを技法であるが、田中氏によると、やりすぎはむしろリアリティを無くしてしまうとのこと。「筋肉は力を入れると硬くなる」という性質を理解し、最適なバランスを探し出すことが重要であると述べられた。
アニメーションの解像度
ここで田中氏は「アニメーションの解像度」という独自のことばについて説明している。田中氏によれば、写真に解像度があるように、アニメーションにも解像度があるという。その一例として、水面に落ちる雫の映像が紹介された。ぜひ頭の中で想像してみてほしい。水の雫が水面にぶつかると、それによって飛沫や波紋といった動きが生まれるわけだが、その映像をスローにしていけばいくほど、飛沫や波紋の動きは動きの情報として認識しづらくなる。
田中氏によれば、これが「映像の解像度を失っていく」ということであり、「動きの情報」がぼやけていくことだと述べる。アニメーションの解像度はそうした「動きの情報量の多さ」「アニメーションの密度」などの要素によって左右され、キーフレームの多さではないと田中氏は説明する。
一方、アニメーションの解像度を上げる一例として、キーフレーム内では表現できない要素を加える手法を挙げている。例えばキャラクターの肉の振動などの微細で僅かな動き、つまり「映像として出てこない部分」をアニメーションに添加することで、ケレン味が加わりアニメーションの解像度が上がると説明している。
しかしその際には振動の速度に気を使うべきとし、「物理的にはウソをついているのでやりすぎには注意」と説明された。
実装の設計
最後の要素として、これまで述べてきた手法によって出来上がったアニメーションをいかにゲームに実装していくかについて紹介がなされた。
巨大キャラクターのアニメーションを実装するにあたっては様々な問題が起こるが、その中でも特に、ダメージモーションの表現の難しさが挙げられた。巨大キャラクターによるダメージモーションが難しい理由として、「いつでも発生する可能性があること」「どのようなポーズからでも発生する可能性があること」「そうした場合加算モーションをゲームエンジン上のレイヤーで重ねるしかない」といった要因が挙げられた。
このような巨大キャラクターは「横滑りするだけでも重量感が失われてしまう」ため、様々な解決方法がありながらも、その対処方法については考える必要があることなどが紹介された。
そして、こうした「ごまかしの効かない巨大キャラクター」のアニメーションを設計する際は、プログラマだけではなくアニメーターも関わることが重要であるとまとめられている。
最後に、これらの要素を反映して作られた巨人のアニメーションが公開され、セッションの初めに映った巨人のアニメーションとのビフォーアフターが公開された。その違いは一目瞭然で、改めて先ほど挙げられた5つの要素の重要性について分かる内容であった。
巨人の姿勢がやや前傾になり、全身の筋肉を使った最適な動きになるように調整、巨人の足の動きは重力加速を無視しないように、上下の振れ幅が縮められている。また、足が地面につく瞬間に体全体に少しだけ「ウソ」の振動アニメーションがついたことで、「ズシン」と聞こえてくるようなケレン味が溢れ「映像の解像度」が向上した。
このセッションでは、キャラクターのアニメーションにおいて、物理学や生物学などの基本的な理科知識を下地として作ることの重要性が語られている。内容は高校で習うような物理の基礎から生物のエネルギー効率まで様々であったが、重要なのは、これらの要素を感覚として身に着けておくことであると田中氏は説明している。
数式などを用いるイメージが強い物理学や生物学であるが、これらを直感的に理解してイメージする感覚を持っていれば、たとえ巨大なキャラクターであろうとリアルなイメージを膨らませることができる。そうしたイメージの中から、実在感の溢れる巨大キャラクターが生まれて来るのではないだろうか。