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病院経営ゲーム「ツーポイントホスピタル」を守銭奴にプレイさせたら大変なことになった(執筆:pato)

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 ゲーム機を並べ始めた。

 並べている途中で「精神科診療室を作る必要があります」とけっこう強めに警告されてしまい、やべ、と焦って精神科診察室を作ったらこんなことになってしまった。

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 精神科診察室を取り囲む大量のゲーム機。たぶん、僕がこの部屋に入れられたら発狂すると思う。それでもゲーム機の収入は大切だから、ゲーム機の収入がこの病院の収入の柱になるから、やるしかない。さあ、いくぜ!

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 このゲーセンに人が押し寄せて、がっぽがっぽと金が入ってくると思いきや、蓋を開けてみると、チラホラとしか人がやってこない。かなりの時間をかけてやっと緑の服のやつがやってきてチョロンと5ドルが入るだけだ。ぜんぜん人が来ない。完全にあてが外れてしまった格好だ。

 そのうち本当に人が来なくなって、おまけにどんどんと評判も下がっていってあっという間に赤字に転落し、そのまま破産となった。

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 最後はなんとか黒字にしようと大量のゲーム機を売りさばいたりしたけど、もうどうしようもなかった。このままでは本当にストロングゼロが手に入らない。

 「もしかして病院に来る人って治療や診察が目的なんじゃ?」

 なんでこんなことに気が付かなかったのだろう。ゲーム機だけが大量に置かれていても誰も来ない。みんな病院には治療に来ているんだ。そのコース内にゲーム機があれば退屈を解消するためにプレイする。そういうことじゃないだろうか。

 つまり、このゲームにおける患者は「受付→総合診察室→治療へ」みたいなルートをたどる。患者自身はけっこうリアリティをもってランダムに動くので、なかなかみんなが通る場所にゲーム機を置くことはできないが、そのコースを何らかのアイテムで制限し、かならず同じルートを通るようにする。

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 つまりこう。

 ロビーチェアでルートを作り、診察を受ける際にはぜったいにそこを通るようにし、そこにゲーム機を配置する。これなら確実にプレイしてくれるはずだ。

 と思ったのだけど、期待したとおりにルートを制限できて、みんなゲーム機の前を通過してくれるのだけど、たまにお情けでプレイしてくれる人がいるくらいで、ほとんどが無視状態だ。

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 プレイしてくれないどころか、ルート制限のために置いたロビーチェアにこぞって腰掛けられる始末。完全に舐められとる

 結局、こちらもゲーム機の収入はほとんどなく、どんどん評判は下がっていき、あれよあれよとジリ貧状態となって破産となった。今回はあまり時間もかからず破産となった。

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 またもやこちらがストロングゼロをプレゼントするパターンである。かなり難しいな。困ったことになった。

 これから堅実にプレイしていってステージを進めていき、終盤で稼ぐ戦略のほうが手堅いとは思うけども、時間的な面からいって妥当ではない。かといってゲーム機の収入を柱にして稼いでいくのも現実的ではない。破産する。どうしたらいいかと途方に暮れていたら、凄まじいことに気が付いてしまった。

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 メニュー画面に戻ってみると、最初は解放されていなかったメニューが解放されていた。「サンドボックス」というメニューらしい。なんだろうこれと選んでみて驚愕した。

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 これ、フリープレイできるモードだ。どうやら3面のフロトリングのマップをクリアすると解放されるモードで、すべてのマップをチョイス可能、おまけにプレイ状況も好みにカスタマイズできる。

 課せられたミッションをクリアして、徐々にアンロックして進めていくのが通常モードの醍醐味で、こちらのサンドボックスモードは好みの病院を作ったり、徹底的にやりこみしたり、そういったことに向いたモードなのだろう。

 最初の所持金や、収入倍率、アイテム全開放、病気の治療法もすべて研究が進んだ状態で全開放とかもできる。地味に難易度を上げる災害などの有無も選べる。あいつらこんな便利なもの隠してやがったのか

 もちろん、このサンドボックスでプレイしてはいけないなんて言われていないので、こちらでプレイする。最初の所持金もマックスの1000万ドルにした。最初からストロングゼロ100本だ。最高かよ。めちゃくちゃ夢がある。

 かなり有利になる状況を設定し、広そうなマップをチョイスしてゲームを開始した。たぶんこれなら戦える。

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 さあいくぜ!

 所持金1000万ドルからスタート。ストロングゼロ100本である。この時点で終わりにしてめでたしめでたしにしても潤沢なストロングゼロだけど、僕は欲張りなのでここから金を増やしてせめて1500万ドルくらいにしたい。ここまで試行錯誤してけっこう苦労したのでストロングゼロ150本くらいは欲しい。頑張るぞ。

 まず受付は、キンタマが痛い人がいると困るので、かなり広いものを作っておく。そして、ここにきて、あるアイデアが僕の中に生まれていた。もちろん、稼ぐためのアイデアだ。

 ここまで試行錯誤でプレイしてみて気が付いたことがある。まず、自動販売機。こちらはドリンクとスナックの2種類があり、患者の空腹や喉の渇きを解決する効果があるアイテムだが、それと同時にこちらの売り上げも収入になる。ゲーム機ほど頻繁に収入は発生しないが、最上位機種である高級ドリンクなどが売れた場合がすごい。

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 40ドル!これはでかい。完全に収入の柱となるべき存在だ。こちらも適切に配置していく必要がありそうだ。

 そもそも病院において自動販売機とはなかなか心の支えになってくれる存在なのだ。

 幼少の頃に入院していた僕は、病院内の自動販売機に行く時間を楽しみにしていた。

 「おい、自動販売機に行こうぜ」

 昼を少し過ぎたくらいの時間、付き添いの保護者やらがいないタイミングになると、あのパチンコ台を持っていた隣のお兄さんがいつもそう声をかけてくれていた。

 「いや、でもお金ないし」

 「それくらい奢ってやるよ」

 僕はお金を渡されていなかったので、自動販売機でジュースを購入できなかった。それでいつもお兄さんがジュースを奢ってくれていた。

 入院していた病院の1階には食堂があって、そのさらに奥に謎のスペースがあり、そこに2台の飲み物の自動販売機が置かれていた。そしてスペースの中央にはロビーチェアが置かれていた。分かりやすいようにゲームで再現するとこんな感じだ。

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 ここに置かれていた自動販売機は見たこともないメーカーのもので、そこに並ぶ飲料も今までに見たことがなく、いったいどこで売っているんだろうというものがズラリと並んでいた。値段もテーマパーク価格みたいな感じでけっこう高価だった。僕はその中でもピーチネクターのパクリみたいな謎の飲料が好きだった。いつもお兄さんが奢ってくれた。

 「美味いよな」

 お兄さんは軽快に笑った。

 「美味い」

 僕も笑った。思えば、ここでの時間が退屈な入院生活の中での支えだったように思う。かわりばえしない病室、検査、食事、そういった中でここに来ることがささやかな非日常だった。

 もう一つ、この場所における楽しみがあった。それが、いつも同じ時間にくる女の子だ。どうやら彼女もどこかに入院しているようで、お母さんみたいな人に付き添われてよく来ていた。いつもファンタオレンジの偽物みたいな飲み物を飲んでいたように思う。

 その子とお母さんが自動販売機スペースから去った後、お兄さんが冷やかすように言った。

 「お前、あの子のこと好きだろ」

 「な、な、な、な、な、なにいってんですか!! そんなわけないでしょう!」

 むきになって否定した。幼き僕は好きという気持ちを他者に悟られることは死を意味すると考えていたので必死に否定していたけど、その子のことが好きだった。

 「いつか話しかけてみればいいじゃん」

 お兄さんはそう言って笑っていたけど、そんなことできるはずもないと強く思っていた。

 それから数日後のことだった。

 いつものように昼を過ぎた時間になり、保護者の付き添いもいないタイミングになった。絶好の自動販売機タイムなのだけど、その日は何かの検査なのか治療なのか、お兄さんは朝からいなかった。僕はお金を持っていないのでお兄さんなしで自動販売機スペースに行っても意味がない。けれども一人で行ってみることにした。たぶん、同じ時間くらいに来るあの子の顔を見たかったんだと思う。

 自動販売機スペースに到着すると、そこには誰もいなかった。「お金もないからすることないな」とロビーチェアに座っていると、あの子がやってきた。ただしいつもと様子が違っていた。いつもはお母さんと一緒なのに、その日は一人で来ていたのだ。

 彼女はそのまま反対側のロビーチェアに座った。飲み物は買わないようだった。

 「なんでここにきて飲み物を買わないんだろう」

 そう思ったけどすぐに気が付いた。彼女もお金を持っていないのだ。いつもお母さんが購入していたので、彼女自身はお金を持っていないのだ。じゃあ、飲み物を買えもしないのになぜここにやってきたのだろうか。

 もしかして話しかけるチャンスなんじゃないだろうか。いや、でもなんて話しかけるんだ。お互いに金がないですなーとか話しかけるのか。どうしようどうしよう。そうやって混乱していると、どんどん胸の高まりみたいなものが抑えられなくなっていた。あかん。話しかけられない。

 その時、ふと見上げると、なにかその光景がもつ違和感に気が付いた。なんだろう、いつもと変わらない、自動販売機の光景で、マイナー飲料が威風堂々と並んでいる、それだけなのに途方もない違和感があるのだ。しばらく考えて分かった。やはりこの光景はおかしい。そう、購入するボタンの四角い赤ランプが全点灯しているのだ。お金を入れて購入可能になったことを示すランプが全点灯している。たぶん、古い自動販売機だからぶっ壊れていたんだと思う。

 「ねえ、もしかしてこれ、ボタン押したら出てくるんじゃない?」

 自然と彼女に話しかけることができた。彼女は突然に話しかけられたことに驚いた感じの表情と、「こいつなに言ってんだ」と戸惑った感じの表情が入り混じった、何とも言えない顔をしていた。

 「押したら出るって」

 勢いよく、ピーチネクターの偽物のボタンを押す。

 ビーガチャン、ガコン!

 小気味良い音を奏でて本当にピーチネクターの偽物が出てきた。そしてサッと仕切りなおすようにまた赤のランプが全点灯した。

 「お金を入れてないのに出てくるよ」

 僕は、お金も入れてないのにジュースが出てくることと、彼女に話しかけたという事実に興奮してしまい、かなりの勢いでまたボタンを押した。いま思うと、彼女は引いていたと思う。ただ、僕はそれがわからず、虚無からジュースを生み出す能力者みたいな感じで尊敬されていると勘違いしてしまい、なかなかの勢いでボタンを連打した。

 ビーガチャン、ガコン!

 ビーガチャン、ガコン!

 ビーガチャン、ガコン!

 そのたびにジュースが排出されてくる。そうこうしていたら、連打していたボタンがめり込んでしまったみたいで何もしていないのに出てくるようになってしまった。

 ビーガチャン、ガコン!

 ビーガチャン、ガコン!

 ビーガチャン、ガコン!ビーガチャン、ガコン!ビーガチャン、ガコン!ビーガチャン、ガコン!ビーガチャン、ガコン!ビーガチャン、ガコン!

 もう取り出すのが追い付かない勢いで「うわあああああ」とパニックになっていると、異常な雰囲気を察した食堂のおばちゃんがめちゃくちゃ険しい顔で走ってきた。

 おばちゃんが駆け込んでくるや否や、愛しき彼女は共犯にされたらかなわんと思ったのか、けっこう大きめの声で叫んだ。

 「この人がジュースを盗んでます! 泥棒です」

 罪の告発。あれだけはっきりと泥棒と糾弾されたことは、僕の人生でない気がする。それから、病院の職員の人にこっぴどく叱られ、親にもこっぴどく叱られ、彼女とこのスペースで会うことはなくなった。

 新しい機種に入れ替えられた自動販売機の前に佇んで待ってみても、彼女は現れなかった。退院したのか。それとも時間をずらしたのか。とにもかくにも、こうして僕の自動販売機の恋は終わったのである。

 そんなこんなで、入院生活においては自動販売機の存在は重要なのである。そこには物語がある。このゲームにおいてもふんだんに設置していくことにしよう。

 そして自動販売機に関して、もう一つの気づきがあった。

 医師が患者を診察する「総合診察室」だ。このゲームにおいて、この総合診察室は要となる存在で、患者の動きを観察していると、人によっては何度も訪れることがあるのだ。つまり患者が集まる部屋だ。

 病院の規模が大きくなるとこの「総合診察室」は複数必要になってくる。そうなると、この複数に配置した総合診察室の周辺に異常に患者が集まるようになるのではないか。そこにゲーム機やら自動販売機を配置すれば、かなりの売り上げが期待できるのではないか。きっとそうに違いない。

 ただし、ゲーム機はそうでもないけど、自動販売機を大量に置く場合は管理員が必要となる。十分な人数を雇用しないと、自動販売機がぶっ壊れて泣きを見る人が出るかもしれないのだ。幼き子どもの、恋が終わることだってあるかもしれないのだ。

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 ということで8つの「総合診察室」を設置。もちろん、でかい声の医師がいると恥ずかしい思いをする患者もいるかもしれないので、受付から離して設置する。当然、ここに入る8人の医師を雇用する必要もある。その中心は多数の患者で溢れかえることが予想されるので、そこにゲーム機を4台設置。好評なら増やしていく計画だ。もちろん、それぞれの部屋の前に自動販売機も設置する。これでバカ売れ間違いなしで収入の柱になってくれるに違いない。

 ただし、4台のゲーム機ではそこまで大きな収入は見込めない。もう少し台数が欲しい。そこで、患者は総合診察室で受診したあと、だいたい治療系の部屋に移動する、という行動様式に着目した。

 8つの「総合診察室」から離れた場所に治療系の部屋を密集させ、その途中の通路をわざと狭く作り、そこにゲーム機を並べる。これなら、お、治療に行く前にやってくか、みたいになるはずだ。

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 こういう感じ。

 これで必ずやゲームがプレイされ、ジャリジャリと収入が上がるはず。めざせ、ストロングゼロ150本!

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 予想通り、人が集まりだした。ゲーム機に夢中になっている患者もちらほら見かける。

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 こちらの通路でも予想通り、通りがかりにプレイしていく人が見られた。

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 うおおおお、予想通り人が集まりだして、自動販売機の商品は管理員の補充が間に合わないくらい売れるし、ゲーム機もフル稼働しはじめた。

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 こちらの通路も大盛況! 初期の設備投資で940万ドルまで減らした所持金が簡単に990万ドルほどに持ち直した。こりゃ笑いが止まらん。すぐに1000万ドルを超えて簡単に1500万ドルとかになるはず。ストロングゼロ150本だぞ! 150本!

 と最高潮に浮かれていたけど、良かったのはここまでだった。基本的にゲームや自動販売機の収入で儲けるには人件費を抑えなければならないので、医師や看護師の雇用が制限される。そうなると、やってくる患者を治療できないし、待ち時間も長くなるので、どんどん病院の評判が下がってくる。
 すると患者が集まらなくなるのでゲーム機周辺も閑散とし始める。あと、最初は物珍しさでゲーム機に集まってくれるけど、そのうち飽きるのか、時間が経過すると人が集まらなくなってくる。そのへんも影響して、どんどん所持金を減らすモードに突入してしまった。

 さすがに初期から1000万ドル持っているのでそう簡単に破産はしないけど、徐々に所持金が減るジリ貧モードに突入し、あまり改善の見込みもないため、この病院は失敗だと早々に切り上げた。

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 他にも、新たなマップを開始し、いろいろな間取りで人を密集させ、そこに置いた自動販売機やゲーム機で儲けようと企むも、最初こそは調子よく稼げるものの、すぐに評判が急降下し、飽きられ、ジリ貧モードに突入する始末。大雑把なバカゲーのたぐいかと思いきや、このへんのバランスが実に良く出来ている

 「もしかして、ゲーム機で稼ぐの、難しいのでは?」

 「もしかして、病院ってまっとうに治療や診察をしたほうが儲かるんじゃ?」

 ここにきてやってこの真理に到達した。

 「病院は治療する場所」

 その言葉を聞いてあるシーンが鮮烈に思い出された。

 「おい、そろそろ張り込むぞ」

 隣のベッドの、パチンコ台のお兄さんは少し声を潜めて言った。今週もあの時間がやってきたのだ。

 入院していた病院には小さな売店があった。そこは日用品やちょっとした食べ物や飲み物を売る小さなスペースだったのだけど、その隅っこに小さな雑誌スペースがあった。もう何年も売れてなさそうな文庫本などが陳列される中に週刊少年ジャンプがあった。本来の発売日である月曜日から1日だけ遅れて火曜日に、ジャンプが入荷するのである。しかしながら、なぜだか知らないけどその店には毎週、一冊しか入荷しなかった。

 お兄さんは毎週、このジャンプを購入していた。読み終わったやつを見せてくれるものだから、僕もすっかりジャンプを読む習慣がついてしまい、続きが楽しみな漫画がいくつかできていた。

 ただ、問題なのは「1冊しか入荷しない」という点だった。同じく入院している高校生と思われるお兄さんも、そのジャンプを狙っている。とうぜん、1冊しかないジャンプを巡って争いになるわけだ。

 火曜日の何時ぐらい入荷するのかはだいたい分かっているので入荷したら即、買えるように張り込む。売店のおばちゃんは修羅のごとき恐ろしさを誇る怖いおばちゃんだったので、店の中で待つことは許されなかった。店の近くで待つことも許されなかった。

 修羅の逆鱗に触れず、それでいてすぐに購入できる位置、これがなかなか難しく、最適なのが受付の横だった。この病院は変わった構造をしていて、受付が4つに分かれていた。それでも混むので8つにしたらいいなんて大人たちが言っていた。そのうちのもっとも売店に近い受付の影が張り込みに最適だった。

 その受付にシフトを引いて2人で張り込む。向こうの高校生も手下みたいなものを引き連れて同じように張り込む。いつもヒリヒリする戦いがそこにあった。

 ただ、高校生の方はそこまで本気ではないようだった。数日くらい待てばお見舞いの同級生がジャンプを持ってきてくれるらしいのだ。それでも早く読みたいので張り込む。ただ、あまり本気ではないのでいつも僕たちに負けていた。

 ただ、ある週だけ予想より早く入荷してしまったことにより、高校生グループに買われてしまったことがあった。大変なことだ。続きが気になる漫画がいくつかあるのに、それが読めないのだ。

 お兄さんの保護者は、頼めばパチンコ台でも病院に持ってきてくれる親御さんなので、「その親に今週のジャンプを頼めばいいじゃん」と思ったけど、ジャンプだけはだめらしい。どれだけ強く言っても間違えて月刊の方のジャンプを買ってくるらしい。

 「俺たちは絶対にジャンプを読む必要がある」

 お兄さんのジャンプに対する思い入れはかなり強いものがあった。

 「高校生のところに盗みに行く?」

 簡単に犯罪に手を染めようとする幼き日の僕が怖い。さらっとこれが言えるのはけっこう怖い

 結局、高校生のところに読ませてくれと頼みに行ったのだけど、いつも購入する僕らを良く思っていなかった彼らは「読みたければ今週号の表紙の真似をしろ」と無茶な要求をしてきた。もう何の漫画が表紙だったか忘れてしまったけど、けっこう再現不可能なダイナミックな感じの表紙で、それはねえよ、と思ったのを今でも覚えている。

 「こうなったら仕方がない。親に頼むか」

 お兄さんは最終手段を出した。

 「でもな、どれだけ言っても月刊の方を買ってくるんだよ。なんだろうなあれ」

 お兄さんはそう言ったけど、そんな一度や二度のミスで大袈裟に言っているんだろうと思ったら、本当に次の日、月刊ジャンプが届けられていた。週刊の方より分厚いやつだ。本当に間違えて買ってきた。なんなんだ、これ。

 なんだかそれを見た瞬間、妙に面白くて2人で笑いあった。月刊ジャンプを囲んで大笑いした。

 あまりにも大騒ぎしているものだから、看護師さんがやってきて大目玉を食らった。その時にけっこうな剣幕で言われてしまった。

 「ここは病院ですよ? 治療する場所です!」

 その時、あれだけ笑っていたお兄さんが、ものすごく寂しそうな表情を一瞬だけ見せた。

 「治療する場所? じゃあ、いつまでも治らない俺はなんなんだよ」

 そう小さく呟いていた。少しだけ傾きかけた太陽が逆光になってお兄さんを照らしていた。僕は当時、幼くてよく分かっていなかったけどいまだに思い出すと胸がキュッとなる。あんなに優しくて明るくて面白いお兄さんが一瞬だけ見せた苦悩を思い出して胸が締め付けられるのだ。

 「病院は治療する場所」

 それは当たり前の言葉だけど、なんだか重いもののように思えた。

 そう、治療だ、病院の醍醐味は治療、特にこのゲームにおいてはそうなのだろう。ということで、このフリープレイモードであるサンドボックスを利用し、真っ当に治療を中心とした病院経営に乗り出すことにした。具体的には次の方針である。

・患者の待ち時間を極力減らす
 こまめに観察し、待ちが発生している施設はすぐに増設する。増設に伴い、そこで働く人間も同時に雇用する。

・スタッフを大切にする
 スタッフは長く働いていると昇進していくし、「給料が安い」と不平不満を言い賃上げを要求してくる。どうしても人件費を抑えたくて、そうなると生意気だとスタッフを解雇して賃金の安い新人を雇用していた。いま考えると、いくらゲーム内とはいえあまりにも非道すぎた。守銭奴すぎた。スタッフを大切にし、賃上げにも応じる。人手不足になった職種はすぐに補充する。

・スタッフのスキルアップ
 このゲームでは「研修室」を設置し、雇用したスタッフに研修を受けさせることでスキルアップさせられる。例えば、精神科スキルがなく、精神科診療室での診療を行えない医師でも精神科の研修を行うことでスキルを獲得し、精神科の診療ができるようになる。長く雇用するスタッフをスキルアップすることで治療のクオリティを上げる。それが病院の評判や患者な満足度に繋がる。

・あくまでも治療で収入を得る
 自動販売機やゲーム機は、患者の空腹や退屈を解決するのに必要なものであるが、そこで生じる収入を頼りにはしない。あくまでも補助的な収入だ。メインは治療だ。訪れる患者の症状に合わせた治療設備を適切に設置し、人員を配置する。それが病院の評判に繋がる。

 よくよく考えたらけっこう当たり前のことなのかもしれない。この境地に至るまでにずいぶんと遠回りをしてしまった。ここで声高らかに宣言しておく。病院とはゲーム機を収入の柱とした施設ではない。あくまでも治療が柱だ。

 それでも、何度か試行錯誤した。例えば、最初からストロングゼロ100本に匹敵する潤沢な資金があるわけだから、たくさんの施設を一気に整備し、あらゆる病気に対応、混雑しそうな施設も大量に整備し、スタッフを大量に雇用する。これをやるとなぜかぜんぜん病院の評価があがらずにジリ貧の展開となりまくった。

 何度も失敗しても病院を作り直す。すべては金のため。ストロングゼロのため。そして試行錯誤の果てに、もっとも軌道に乗りやすい運営方法を確立した。

 まず、前述したように最も混雑しやすい「総合診察室」は最初から8つくらい設置してもいいが、それ以外は最小限度にとどめる。ただ、キンタマのことを考えて受付は広めにしたほうがいい。おそらく最初から病院の規模がでかすぎると効率が悪いのだと思う。それ以外は必要最小限にとどめる。最初はこぢんまりと始めるほうがいい。

 新しい疾病の患者が到着するとアナウンスが入るので、それが出てから必要な治療部屋を設置し、人員を配置する。それでもまだ職員のスキルアップが完了していないので治療に時間がかかったり失敗したりして評判は下がっていく。けれども、研修を重ねて地道にスキルアップして治療を続けると必ず、評判が上がり始める局面が来る。そこまでをストロングゼロ100本に相当する豊富な資金と、ゲーム機や自動販売機の収入で耐え忍ぶ。

 それによって実現した病院がこちらだ。

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 最も混雑する「総合診察室」を8個ほど並べて設置しその中央を少し広めのスペースにする。そこはおそらく大量に人が集まるようになるので、狂ったようにゲーム機や自動販売機を設置する。この収入が初期の病院を支えてくれるが、どうせすぐに飽きられるのであてにはしない。本分はあくまでも治療だ。

 実際に病院を開いてみると、予想通りの場所に人が集まり、予想通りに自動販売機やゲーム機が稼いでくれた。こちらをご覧いただきたい。

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 経営をはじめて4年経過した時点で1060万ドルを所持している。最初に初期投資したお金を回収し、利益を上げ始めた。もちろん、治療による収入が大きいのだけど、自動販売機やゲーム機の収入がかなり下支えしてくれている。

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 ただし、そこから2年ほど経過する頃になると、いっきに人が減ってくるし、あまりゲーム機もプレイしてくれなくなる。いつものパターンだ。ここでのステータスに注目して欲しい。

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 所持金は1200万ドルほどに増えているものの、その下の評判のステータスが一気に0になっている。これはまだこの病院が未熟だからだ。いつもはここから一気に奈落の底に落ちていくのだけど、今回は違う。自動販売機収入に支えられながら、地道に治療を続け、患者さんのためを思って設備投資をし、スタッフのスキルアップを行っている。

 破産の恐怖と戦いながら、それでも地道に、実直に、スタッフも大切にしながら経営していく。その思いが実ったのか、経営16年目、ついに病院の評判が反転した。

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 反転したらあっという間で、今度は一気にマックスに振り切れる勢いになった。こりゃもう、地域でも「あの病院、いいよね」「わかる」と噂になっているレベルに違いない。地道にやってきてよかった。なにごとも地道が一番だよ

 こうなると完全に軌道に乗るもので、もう自動販売機やゲーム機の収入に頼らなくても治療の収入で所持金が増えていく。この時点で2000万ドルストロングゼロ200本だ。うひょー。

 このまま徐々に規模を拡大していけば所持金がとんでもないことになるぞと期待した経営18年目、大変なことが起こった。

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