2023年2月21日、YouTubeの龍が如くスタジオ公式チャンネルで一本の動画が公開された。
このドキュメンタリー映像が非常に面白い。
『龍が如く』ファンであれば、必見の内容。それと同時に、今の「龍が如くスタジオ」に対する期待がストップ高になってしまうほどのドキュメンタリー映像となっていた。
上記した動画の冒頭は、龍が如くスタジオ 代表/制作総指揮の横山昌義氏のインタビューからはじまる。
「常にお客さんとの戦いだったりするわけですよ」
プレイステーションで『龍が如く』が発売したのが、2005年12月。もう少しでシリーズ20周年を迎える長寿タイトルとして、多くのファンから愛されている。
一方でここまでの長期タイトルともなれば、『龍が如く』と共に人生を過ごし、深すぎる愛を持っている。勿論、新作への期待も半端じゃない。
そんなファンの思いはクリエイター陣にも十二分に伝わるはず。そんな気持ち(プレッシャー)に対して、横山昌義氏は「常にお客さんとの戦いだったりするわけですよ」と返した。
こっちも真剣に作品を待っている。そんな真剣な相手に対して、「期待して下さい」ではなく、「顧客との戦い」と表現したのだ。
動画の尺は約20分。「龍が如くスタジオ」が本気のドキュメンタリーを作ってきたのだから、本気の姿勢で見るのが礼儀というもの。じっくりと拝見させていただいた。
改めてになるが、この動画。めちゃくちゃ面白い。この時点で興味を持ち、未視聴の方はまずは、動画に目を通して欲しいくらいである。
文/川野優希
人間はドキュメンタリーが好きだ
今、僕は電ファミの営業だが、ゲームの宣伝担当だった時代に「次はプロモーションで制作過程のドキュメンタリーを制作したい」と提案したことがあった。
その背景には、作品を売る、広げる時に必要な要素として、「人の気持ち、考え方を伝える」ことが大切だと思っていたためだ。
単なる制作の裏側を見せるだけでは少し足りない。コメントを出すだけなのもちょっと違う。
こんな苦労があった…と後から振り返るのではなく、動画などの収録形態で、「当時の苦労や決断」をタイムカプセル的に残す。
それを然るべきタイミングで公開し、ファンに届ける。そうすることで、ファンから新しいファンへと発信が広がっていく。
この情報が波紋のように広がることが大切なのだ。
ただ、ドキュメンタリー映像を撮影することは簡単なことではない。数えきれないほどの協力が欠かせない。
EP1では、『龍が如く7 光と闇の行方 』の主人公・春日一番を演じた中谷一博氏が登場し、とあるシーンのボイス収録を行っていた。
ハッキリと伝えたいが、これがまず普通じゃない。アフレコ収録にカメラが入るのは、そう簡単にできることではないのである。
そんな当たり前じゃない映像の中で、横山昌義氏は中谷一博氏の収録をディレクションしていく。動画内でも語られていたが、一般的には音響監督の仕事であり、横山昌義氏の立ち位置であそこまで演技指導をするケースはかなり稀だ。
ただ、横山昌義氏はこれまでの『龍が如く』で脚本を担ってきた人物でもあり、そのディレクションは的確という言葉が一番しっくり来るものになっていた。
そんな横山昌義氏のディレクションを受け、中谷一博氏の芝居も変化していく。こうやって、『龍が如く』のキャラクターに命が吹き込まれていくのだ。
正直、見ていて圧倒されるというか、非常に素晴らしい映像を見せてくれたことに対して、感謝の気持ちで一杯になってくる。
EP2では、桐生一馬役・黒田崇矢氏が登場。ここでは、横山昌義氏の眼から見た、黒田崇矢氏への圧倒的な信頼が描かれていた。
横山昌義氏はこう語る。
「何が凄いって、桐生一馬の視点でシナリオを読んだ人なんて、黒田さんしかいないんだよ。だから、彼らがアドリブでやったり、こうしたいと言ってくることは大概合ってる」
役者冥利に尽きる言葉であると思うと同時に、そうだよなと納得しかない。
さらに横山昌義氏は書き手よりも黒田崇矢氏は「理解度が実は深い」と続けた。
あぁ、最高だなと。
『龍が如く』をプレイしていて、血が通った作品だと感じることがある。
クリエイターと役者が本気でぶつかり合うからこそ、生まれる結晶。これこそが、『龍が如く』をさらに面白く、長くファンから愛される作品になり得ている一つの要因なのだと、改めて感じた。
あのシーンの裏側が明らかに
「龍が如く7」をプレイした方であれば、(ほぼ必ず)心に残ったシーンがある。
ネタバレになるので、どのシーンかは言及しないが、僕はこのシーンで嗚咽した記憶がある。
※該当部分は動画の7分57秒~
このシーン。春日一番が凄すぎる。正直、中谷一博氏の芝居がとんでもなさすぎて、圧倒された。とにかく胸を打たれて、涙が止まらなかった(『龍が如く7』)未プレイの方は絶対にプレイいただきたい)。
一方で、後から冷静になってこのシーンを振り返ると、芝居と春日一番の表情が完璧にハマりすぎているとも思った。
芝居とキャラの表情がベストマッチすぎるのだ。
正直、この動画を見るまで、僕は中谷一博氏の芝居を受けて、春日一番の表情を大幅に調整したのではないか、と考えていた。
だが、正解は違った。
モーションキャプチャの収録と並行しつつ、役者の音声収録も進んでいく。そこにフェイシャルのモーション(キャラの表情)も入ってくる。
モーションキャプチャを担当する三元雅芸氏の体の動きに対して、中谷一博氏が声をあて、その声を受けてフェイシャルの芝居を作っていた。これが『龍が如く』の制作工程のスタンダードだったのだ。
こんなに工数のかかることをやっていたのかと面食らったと共に深く納得した。
三元雅芸氏は中谷一博氏の芝居を聞いて、涙を流すこともあったそうだ。
また、中谷一博氏はモーションキャプチャの現場に足を運んだこともあったそう。そこまで作品作りに参加してくれる役者はそう多くはない。
まさに今の「龍」を背負っているからこそできる、力の入れ方だと思う。いや、鯉から龍に変化する様を担う人物と言った方が正しいか(春日一番の刺青は龍魚)。
今後の宣伝展開にも期待
また、動画内で制作総指揮である横山氏がこう語っているシーンが印象的だった。
「コア向けになりすぎている気がする」
「(『龍が如く 維新! 極』を)龍を知らないスタッフにやらせてみて、試さなくては」
コアなファンが作品を支えているのは事実。応援してくれることへの感謝の気持ちは横山氏を中心としたスタッフの仕事やその眼差しからも伝わってくる。
ただ、それでもコアなファンのためにモノづくりをするのは違う。常に新規、新しい層を意識し続けなくてはならない。
コアなファンに感謝しながら、新しいファンへリーチし続ける。そうしなければ、「勝ち続けられない」からだ。
宣伝には色々なアプローチ方法がある。
例えば、先日行われた『龍が如く』生キャバ嬢オーディションは完璧に新規の層に『龍が如く』を届けるための手法だろう。
グランプリに輝いた方は、以下の権利と賞金を手に入れることができる。
・『龍が如く7外伝 名を消した男』キャバクラ嬢役出演権
・『龍が如く8』出演権(※役柄は未定です)
・賞金100万円
・ゲームソフト『龍が如く7外伝 名を消した男』プレゼント
この生キャバ嬢オーディションだが、スタジオオーディション時には「!?」となる参加者の顔があった。
◯◯が『龍が如く』のオーディション受けてるらしいぞ。
この広がり方はこれまで『龍が如く』を知らなかった人、知ってるけど興味が薄い人にも広く届きやすい。
すれっからしのファンの眼からすると、「今回もやるのね?」くらいな感じだが、SNS社会になった現代においては、非常にいい戦い方だと思う。
この生キャバ嬢オーディションが新規のファン向けであるなら、今回公開された動画「龍の軌跡」シリーズは明らかにコアなファン向けである。
宣伝とざっくり一言に括られるが、こうした2つの顔を持ってそれぞれのファンに届け続けることが大切なのである。
そして、2023年2月28日に、EP3が公開。
EP3では、東京ゲームショウ、RGGサミットの裏側を徹底密着。
また、龍が如く公式YouTubeチャンネルで定期的にライブ配信されている「龍スタTV」の意図についても改めて語られていた。
ゲームから離れている時間でも、『龍が如く』を楽しんでもらうための取り組みである、と。
これは僕が先輩から教わったことなのだが、「人は人に興味を持つ」という考え方がある。
こんな人が作っているのだと理解を深めることで、発売されるゲームへの興味関心も変わってくる。
また、以前に「龍スタTV」で長時間配信(「龍が如くシリーズ」をスタッフが連続プレイ 合計配信時間約150時間)を行なっていた背景についても、ユーザーの視聴習慣を作ることが狙いだったと移動中の1シーンで語られた。
ここまでは考えが全く及んでいなかった。流石という2文字しか出てこない。
ドキュメンタリー形式の映像を使ったゲーム制作のPRはまだ日本では主流ではない。ただ、今後この映像を見たスタジオは興味を持つことは間違いないと思う。
2021年10月に新体制として始動した「龍が如くスタジオ」。その『龍が如く』ゲーム開発の裏側を約1年にわたり密着して生まれた極上のドキュメンタリー映像。
常に新しいことに挑戦する『龍が如く』らしい最高の「作品」だった。