『ドラクエ』では「ジャンプ」を通じて“RPG”という概念を啓蒙する取り組みを行っていた
──そうして、まずユーザーに「コマンドを選んでゲームを進める」スタイルを認知してもらうために『ポートピア』を発売し、次には『ドラクエ』という想定だったんですよね。初代『ドラクエ』の開発期間は半年くらいとうかがっているんですが……。
鳥嶋氏:
記事で紹介しながらゲームを作っていたから読者からのフィードバックを反映させやすかったというのもあって、それは大きかったんじゃないかな。
堀井氏:
「ジャンプ」でページを割いてもらっていたというのは本当にラッキーでしたね。特に読者に「RPGっていうのはこういうゲームで、こんなに面白いんだ」というのを発売前から啓蒙できましたから。
鳥嶋氏:
でも、最初に説明するときは苦労したよね。当時はまだそういうゲームが世の中に出回っていなかったから。
堀井氏:
マンガにしたりとか、いろいろやってましたね。
──そこも鳥嶋さんの采配がすごくて。当時に土居さんのマンガがなかったら『ドラクエ』ってどういうゲームなのか分からなかったのかもな、思います。
鳥嶋氏:
これは「ジャンプ放送局」のころから感じていたんだけど、土居くんの絵ってパッと目に入ってきて、なおかつ嫌味がないんですよ。しかも、こちらの発注を聞いて臨機応変に対応してくれる。まさにプロのマンガ家って感じですね。本当に助けられました。
──「ゆう帝」というキャラクター化もすごく親しみが持てて、ゲームという存在を身近に感じられたと思いますね。
鳥嶋氏:
やはり「ジャンプ」の誌面で今までにない、難しいことを紹介するにはキャラクターに喋らせる必要があったんです。あと気を付けたのは、説明の文章がダラダラ続かないように、というところですね。写真のキャプションという形で数行に抑える。するとマンガのコマと吹き出しの関係性と同じように目に入るので。
──それはまさに堀井さんの文章の“美”ですよね。
堀井氏:
地の文って読みにくくて、セリフの方が読みやすいんですよ。だからキャプションはもちろん、地の文も全部セリフっぽく書いていました。
鳥嶋氏:
「ジャンプ」の記事も、『ドラクエ』本編のテキストにも言えるんですが、堀井さんが漫研だったというのがものすごく効いているんですよ。他の人にはこの臨場感のあるセリフは書けない。
──「ドラゴンクエスト名言集 しんでしまうとは なにごとだ!」を読むと、いかにこのテキストが持つ演出の力がすごいのかが分かります。
堀井氏:
やっぱりマンガの吹き出しを書いていた経験は活きましたね。
鳥嶋氏:
でもこのころ、容量がないから大変だったでしょ?
堀井氏:
そうなんです、短い文章でいかに味をつけるかという点は工夫しました。
──その『ドラクエ』の制作のお話に入る前になんですが、なぜ剣と魔法とドラゴンの世界を描こうと考えられたんでしょうか。やはり『D&D』とかの影響ですかね?
堀井氏:
当初は「忍者」っていうアイデアもあったんだけど、なんとなく嘘くさくなっちゃうなと思ってやめたんです。日本人には“剣と魔法”の方が夢があっていいんじゃないかなと。
──シナリオの構想はどういうところから入っていったんでしょう?
堀井氏:
魔王……悪い奴を倒すっていうゴールは最初から決まっていたから、あとは間にどんな面白いイベントを入れるかっていうところから考えていきました。
鳥嶋氏:
僕が堀井さんらしいな、と思ったのはラスボスが「最初に見える」ことですね。あの辺のシナリオの立て方は、マンガをよく読んでいて、読者をよく知っている人でないとできないと思います。そこがすごく上手いな、と。
──作中には『ウルティマ』とか『ウィザードリィ』のようなおどろおどろしいダンジョンも採り入れられていますが、そちらはどのように考えられていったのでしょうか。ちゃんと松明に火をつけなくちゃいけなかったりとか、子どもにしてみるとちょっと怖い要素でもあったと思うんですが。
堀井氏:
やっぱり冒険ですから、多少怖い方が臨場感があるなと。ただ「死んでもお金が半分になるだけ」というのはあらかじめ決めていたんです。経験値は失わないというようにね。
鳥嶋氏:
あれは当時としてはすごく優しいなと思いました(笑)。多くのゲームは全部失ったりとか、経験値がリセットされてしまったりだったので難しいんですよね。僕らが遊んでいた『ウィザードリィ』なんかは、死体も一定期間内に回収に行かないとキャラクターが丸ごと消えてしまうという仕様だったんです。
堀井氏:
最後にセーブしたところまで強制的に戻されてしまうとかね。『ドラクエ』は何度死んでもだんだんとレベルが上がって強くはなっていくので、何とかして前に進めるだろうと考えていました。
──その仕様が多くのRPGに受け継がれていくわけですよね。
堀井氏:
『ファイナルファンタジー』は経験値も減っちゃうんですけどね(笑)。
鳥嶋氏:
僕はその点について、堀井さんと仕事をした数年後に坂口さん【※】に説教したわけだけど(笑)。
※坂口博信氏:『ファイナルファンタジー』シリーズの生みの親。のちに『クロノ・トリガー』や『パラサイト・イヴ』なども手がける
──その日は坂口さんも眠れなかったとか。
鳥嶋氏:
おかげで『クロノ・トリガー』ができたんだけどね(笑)。
「メラ」も「ギラ」も「バギ」も、全部もともとは“擬音”から生まれた名前だった
──『ドラクエ』でいうと、最初は「ロト三部作」じゃないですか。この「ロト」というワードはどこから現れてきたんでしょうか。
堀井氏:
これは語感ですね。なんとなく「ロト」かなぁ……という、音だけです。あとから「ロトくじ」というのがあると知ったんだけどね(笑)。
鳥嶋氏:
それはもう、ひと言で言えば「センス」だと思いますよ。鳥山さんだってキャラクターの名前は冷蔵庫の「フリーザ」とか、野菜の「サイヤ人」とか……子どもの語呂合わせみたいなものじゃないですか。多分、堀井さんにもそういう語感のセンスがあるんだと思います。
これはある程度、読んでくれる人のことを理解していないと思いつかない語感なんですよ。ふつうはもっと構えちゃうから。
堀井氏:
呪文なんかはね、僕は関西人だからだいたい擬音から作っています。関西の人って「バーン!」とか「ドーン!」みたいな表現を日常でもよく使うじゃないですか(笑)。そういう擬音文化を受け継いでいるので、「メラ」とか「バギ」とか「ギラ」とか、すべてもともとは擬音なんです。
鳥嶋氏:
関西弁の方がインパクトがある、というのは確かにそうだと思います。
理屈っぽい話をすると、例えば薬なんかは最後に「ン」がつくものが多いじゃないですか。「リポビタン」とか「パンビタン」とかね。それは安心感が出せるというマーケティングのセオリーにのっとって「ン」が入っているんですよ。
でも、堀井さんの場合は違う。体の中に関西弁の感じがあるんですよ。そういうのって指示して出てくるものではなくて、クリエイター本人の中にあるものなんですよね。味や手触りみたいなものと言えばいいのかな。
──例えばなんですが、「ギラ」や「ベギラマ」って最初のシリーズから出ていたじゃないですか。それも関西弁のセンスの賜物なんでしょうか。
堀井氏:
そうですね。「ギラ」から「ベギラマ」になって、より強くなったら「ベギラゴン」と。
──どうやったらそこに行けるんだろう……。やはり堀井さんは「言葉の天才」なんですよね。
鳥嶋氏:
さっきも話したように、何の苦労もなく、もちろん僕の指示がなくても「ジャンプ」に載せる記事を書ける方ですから。だから「少年誌性」……「少年性」みたいなものを持っているんだと思いますよ。僕もシーラカンスを一緒に食べた記事から始まり、ずっと見てきたわけですけどね(笑)。
堀井氏:
シーラカンス食べたねぇ(笑)。アレはおいしくなかったよ……。
──あれは鳥山明さんを『ドラクエ』のキャラクターデザインに引き込むために、鳥嶋さんが仕組んだ企画だとお聞きしたんですが。
鳥嶋氏:
いや、それはもっと後の話だね。鳥山さんはもともとゲームが好きで『スパルタンX』をよく遊んでいたから、「鳥山くんもゲームが好きなら……」といって『ドラクエ』チームに引き込んだんです。
堀井氏:
僕が聞いたのは「鳥山さんがゲームを作りたがっているよ」というお話しだったので、じゃあ頼もうとなったんですけど(笑)。で、後で鳥山さんに直接聞いたら「そんなことはなかったよ」と。このあたりは鳥嶋さんが上手かったね。
鳥嶋氏:
まじめに話すとふたつ理由があって。ひとつ目は鳥山さんにキャラクターを描いてもらうと「ジャンプ」で特集するちゃんとした理由ができるというところ。
それからもうひとつはさっき話したことにも繋がるんだけど、違った人と仕事をした方が幅が広がるんだよね。だから鳥山さんもマンガだけじゃなく、ゲームのイラストを描いておいてもらうとこの先に良いことがあるんじゃないかな、と考えていたんです。これからはゲームの時代だと思っていましたからね。
堀井氏:
それで、互いに刺激を与えあったわけですよね。
鳥嶋氏:
でも、こんなに続くとは思わなかった(笑)。鳥山さんには「鳥嶋さん、いつまでやればいいんですか?」って聞かれたんだけど、もう僕も「さぁ……」としか言えないよね。最初はせいぜい2本作れたら良いんじゃないかな、くらいの感じだったんです。
──(笑)。実はここに堀井さんが当時描かれたラフスケッチ集があるんですが、このラフスケッチを元に鳥山さんに頼まれたんですよね?
堀井氏:
実際のデザインと比べるとぜんぜん違うよね。特に「スライム」なんか別物だもん。
鳥嶋氏:
鳥山さんは「堀井さんのラフはごちゃごちゃいろいろ描いていないから、パッと見てイメージを掴んで描きやすい」と言っていましたね。
でも最初、スライムの絵を鳥山さんがドット絵で描いてきたんだよね。そうしたら堀井さんが「それは違う」と言ってボツにしてしまって(笑)。その後にできたのが今の「スライム」なんです。
堀井氏:
ドット絵だと鳥山さんの味が何もなかったんですよ(笑)。
──最終的にモンスターの名前はどなたが付けられたんですか?
堀井氏:
僕ですね。鳥山さんが描いてきてくれた絵を見て、僕が付けていきました。
──今や『ドラクエ』のモンスターと言えば国民的なキャラクターになっていますよね。
鳥嶋氏:
結果的に言えばね。僕らの視点で言えば、さっきも話したように“楽しく遊んでいた”っていう感触なんです。