ゲーム中のキャラクターの動き全てが、手描きアニメにより表現されているという狂気のゲーム、『Cuphead』。
その狂気は、アニメーション映画黎明期である1920年代、1930年代のカートゥーンに対する大いなるリスペクトによって形作られたものであり、本編中のアニメーションのクオリティやゲーム性の高さから伺えるその熱量は多くのユーザーに響き、高評価を獲得。発売直後から大ヒットを記録しています。
そして、本編発売からおよそ5年後には、新たなプレイアブルキャラクターとしてチャリスを迎え、新武器を携えたカップヘッドたちの新しい冒険が描かれるダウンロードコンテンツ、『The Delicious Last Course』の配信がスタート。タイトルの頭文字をとっていくと、ダウンロードコンテンツの略称である “DLC” になるというオシャレが輝くこちらの作品でも、高いアニメーションの品質とゲーム性は健在です。
そんな本作の人気はゲーム発売当初から止まることを知らず、様々な媒体へと展開していきました。海外では、コミックスはもちろんのこと、小説でも新作短編が作られており、更にはNetflixで、本作を題材とするオリジナルアニメシリーズ『ザ・カップヘッド・ショウ!』が配信されています(現在、シーズン3まで配信中。日本語吹き替え版もあります)。
海外のカートゥーンをリスペクトしたゲーム作品が正式にカートゥーンの仲間入りを果たすという、他のゲームではあまり見られないような大きな盛り上がりを見せる本作は、今年の4月末に、待望のパッケージ版が登場しました(それまではDL専用ゲームでした)。こちらには、本編だけでなくDLCやDLCのサウンドトラックもセットになっているので、これから『Cuphead』を始めてみようかなという方にもオススメです。
そこで今回は、今更感もありますが、パッケージ版の発売……にすら間に合わせることができませんでしたが、アクションゲーム『Cuphead』の魅力についてお話していければと思います。
文/DuckHead
セル画総数45,000枚を超える手描きアニメ
さて、2017年にモルデンハウワー兄弟によって設立されたゲーム制作会社、Studio MDHRにより開発された『Cuphead』は、ゲーム本編に登場するキャラクターの動きが全て手描きアニメにより表現されているということが最大の特徴です。
子供の頃から大好きだった古きよきカートゥーンとアクションゲームを融合させるという思いつきと、少人数で制作するテレビゲーム、いわゆるインディーゲームのブームを受け、本作の制作をスタートさせたというモルデンハウワー兄弟。
この思いつきに向かって突き進むことを決めた当時、兄弟はゲーム制作をしたことがなかったばかりか、プログラマーですらなかったといいます。その後、企画の面白さや徐々に完成していくゲーム画面のクオリティの高さから、プロジェクトチームは次第に成長。本格的な開発開始から4年の歳月をかけ、これまでに誰も見たことがないような世界観とグラフィックで完成した『Cuphead』は、発売されるやいなや、あっという間に人気を獲得。その後、漫画化・小説化・テレビアニメ化と、多岐にわたる展開がなされたことは先ほどもお話した通りです。
個人的な話にはなってしまいますが、私が『Cuphead』に初めて触れたのは発売からしばらく経ってから。ネットサーフィンの最中に何気なく開いたプレイ動画で初対面を果たしたのですが、あまりにもヌルヌルと動くアニメーションと、どこからどう見ても昔のカートゥーンにしか見えない世界観に、「こんなゲームが実在するわけないだろ」と衝撃を受けたことを、今でもハッキリと覚えています。それほどまでに『Cuphead』のアニメのクオリティは高く、そのプレイ画面は、古い短編アニメのワンシーンを見ているようにしか思えなかったのです。
衝撃の出会いから数分後、どうやらこれは紛れも無くゲームであるらしいと脳の理解が追いついてきたところで感じたのは、このゲームには尋常ではない労力とコストがかかっているであろうということでした。ディズニーアニメファンとして、なまじ往年の手描きアニメーションを作る上での苦労話を知っていただけに、このゲームにかけられた作業量が発狂するようなレベルのものであるということが、手に取るように分かったのです。
それと同時に、こんなに作りこまれたゲームを世の中に送り出せる挑戦的な会社があったのかという尊敬と畏怖の念が湧き上がってきたこともお伝えしておきます。
……実際にプレイはしていない、たった数分間プレイ動画を見ただけの人間の感想です。念のため。
さて、そんな経緯から、ゲームを買っていないにも関わらず『Cuphead』の制作における裏話を探っていくことになったのですが、こちらの予想通り……どころか、それを遥かに凌駕していくレベルの苦労が、そこにはありました。
様々な苦労話の中でも最たるエピソードが、ゲームの制作費を捻出するために、モルデンハウワー兄弟が自宅を抵当に入れたこと。理想のゲームを作るために、自宅を抵当に入れる……。兄弟は、自らのタマシイをも賭けて、魂の作品を作り上げたというわけです。とんでもない大博打で、ここ数年で実際に起きた話とは到底信じられませんが、これと似たようなエピソードを持つのが、かのウォルト・ディズニー。彼にもまた、アニメ制作の資金を確保するために自宅を抵当に入れたという逸話があるのです。
そんなウォルトが指揮を執って制作したアニメーションは、『Cuphead』においてもリスペクトの対象とされているわけなんですが、だからといって何もそんなところまで真似しなくても……と思ってしまったのが正直なところ。発売後の展開がすごい『Cuphead』ですが、発売前の展開も強烈で、話題には事欠きません。
……ラスボスのデビルのアニメーションは、7人のアニメーターが1年かけて作ったそうですよ。
さて、そういった数々の苦労を乗り越えて作られた『Cuphead』。そのストーリーは単純明快です。
むかしむかし、インクウェル島という魔法の島に、カップヘッドとマグマンという兄弟が住んでいました。彼らはある日、物知りのケトルじいさんから「入ってはいけない」と何度も何度も言われていた、家から遠く離れたガラの悪い地区にあるデビルのカジノに入り、大金に目が眩んで、カジノのオーナーであるデビルとの賭けに負けてしまいます。そして、デビルからタマシイを差し出すよう求められたカップヘッドたちは、「俺様から逃げ出した債務者達のタマシイを全て集めれば、お前らを助けてやる」という悪魔の取引に応じざるを得なくなってしまったのです……。
こんな感じ。
正直褒められた行動を取っていない自業自得兄弟が地獄に行きかけているというだけの話なんですが、これは昔のカートゥーンではよくあること。『Cuphead』が多大なるリスペクトを寄せる作品たちでは、品行方正な主人公の方が稀で、あのミッキーマウスですら当時は相当ヤンチャな役を演じていました。かわいい見た目だけど、性格に難アリ。それが当時のトレンドとも言えるキャラクター設定だったのです。
そして、そのゲーム内容は、ボスとして立ちふさがるタマシイの契約書を持つ債務者たちを倒していくという、これまた単純明快なアクションゲーム。
債務者と戦うステージは大きく2つに分けることができ、『ロックマン』シリーズのように、1画面で債務者と対峙するアクションステージと、
操作キャラクターが飛行機に乗り込み、その飛行機を操作する形で債務者と戦う、シューティングステージに分類されます。
戦う債務者を誰にするかの順番は、ある程度プレイヤーの手によって決めることができますが、最終的には全員を倒さなければ、ラスボスの待つカジノへ足を踏み入れることはできません。
また、本作では“ラン&ガン” という横スクロールアクションステージも用意されているのですが、こちらは債務者たちとの戦いとは違い寄り道要素。ストーリークリアに必ずしも必要と言うわけではなく、カップヘッドたちの戦術の幅を広げてくれるアイテムを買うためのコインを集めることができるステージとなっています。
さて、『Cuphead』の印象的かつ象徴的なポイントは、何と言っても、敵のデザインと形態変化の発想の素晴らしさでしょう。
その具体例として、プルプル・グラン戦を見ていきたいと思います。プルプル・グラン彼はゲーム最序盤に登場する債務者であり、その見た目は非常にシンプル。彼は攻撃も非常にシンプルなので、しっかりと冷静に対処しつつ、大胆にダメージを与えていくと……
まずは体が巨大化。眉も太くなり、その表情はかなりふてぶてしさが増しています。
より避けにくくなった攻撃をかわして、更にダメージを与え、体力を削っていくと……
彼は死に、その姿は一基の墓石に。死んでもなおカップヘッドに襲い掛かってくるという、狂気を秘めた恐ろしさのある描写ですが、カートゥーンの世界観の中での話なので、その様子はどこかコミカル。普通に爆笑しました。不謹慎なのかもしれませんが、お笑い好きの倫理観とは得てして死んでいるものです。こういったブラックな笑いも、昔ながらのカートゥーンの特徴ですね。
さて、こういったような形態変化は、本作に登場するほぼ全てのボス敵に存在し、その中身は、よくもまぁこの発想が出てきたなと思わされるものばかり。これらはカートゥーンの自由な発想に着想を得たものとのことですが、その部分を発展させていくパワーの強さには、舌を巻くばかりです。
先ほども言いましたように、プルプル・グランは最序盤の敵、そんなタイミングでこの発想のキャラクターを出されてしまったら、以降の敵の形態変化も気になってしまうのは、『Cuphead』沼にはまりしプレイヤーの性というものでしょう。彼以上に凄い変化をする敵はまだまだいるんですが、未プレイの方は、是非ともご自身の目で確かめていただきたいと思います。
また、本作では形態変化以外に、敵の通常攻撃でもカートゥーンらしい自由な変化を見ることができます。
例えば、こちらのオオトリ・ワシノスケが繰り出す、顔を手袋に変化させて弾を発射する攻撃。普通にプレイしていると気がつけないレベルなんですが、プレイ動画を後から細かく見てみると、しっかりとその変化が描写されていることが分かります。この徹底された仕事のおかげで、ゲームプレイ時にヌルヌルとしたアニメーションを感じることができるのです。
こういった細かなアニメ描写を実現するために『Cuphead』で使用されたセル画は、なんと45,000枚を超えています。「ゲーム制作に使われた最も多い手描きセル画の枚数」として、ギネス世界記録に認定されたというくらいですから、この数字を見るだけでも本作におけるアニメーション表現に対するこだわりの強さが感じられますね。
そんな制作陣の発想力とアニメーション技術は、DLCの制作過程で熟成され、更なる進化を遂げています。DLCの数あるボスの中でも、プレイしながらある種の気持ち悪さすら感じたのが、てんしとあくま。
これは2人1組のボスで、操作キャラの視線の先にいる敵があくまになり、背後の敵が天使になるというボス。
プレイヤーの向きによって姿形が変わる。この時点でもかなり発想の面白さが際立ちますが、ここから更に驚愕させられるのが、てんしからあくま、あくまからてんしへと転換するスピード。
その変化は、操作キャラクターが方向を変えた瞬間にはほぼ完了しており、頻繁に向きを変えたとしてもしっかりとアニメーションが対応してくる様は圧巻としか言い様がありません。
ちなみに、先程お伝えした、セル画45,000枚越えというのは、DLCである『The Delicious Last Course』を含めない状態でのお話。てんしとあくまを見るにつけ、このDLCを含めた場合、セル画の数がどこまで増えるのか計り知れません。
……また、一部のボスは、戦闘中に特定の行動を取ることで、通常では見られない特殊ルートへ分岐したりします。プレイヤーを楽しませようとするサービス精神の止まらぬ勢いが、少ーしだけ怖くなってきました。