※本稿にはRPG『Fate/Grand Order』の第1部から第2部終章までクリアしたユーザーの感想やネタバレが含まれております。第2部終章のエンディングに関する決定的なネタバレは含まれておりませんが、自ら物語を解き明かしたい方は、閲覧にご注意ください。
これは、スマホ向けRPG『Fate/Grand Order(以下、FGO)』のユーザーたちが、その魂に刻んだ歴史的瞬間の記録である。
約10年という歳月をかけて、ひとつの物語を完結させたゲームがある。
それが『FGO』だ。世界を救うため、名だたる英霊たち【※1】と共に「人類の歴史を巡るスマホ向けRPG」の代名詞とも言える作品となっている。
2025年12月27日の夜。 ついにその物語の大きな区切りとなる“第2部 終章”が閉幕した。
10年という月日は、ひとりの人間が子供から大人へ、あるいは大人から親へと変わるのに十分な時間だ。
プレイヤー自らも社会人となり、もしくは親になっていてもおかしくはないほどの長い旅路の果て、これほど多くのユーザーが脱落することなく並走し、その結末をともに見届けたのだ。
当時SNSのトレンドは『FGO』の話題で埋め尽くされ、数多のマスターたちの嗚咽と歓喜が、タイムラインを飲み込んでいった。

物語のクライマックスにおいて、『FGO』のプレイヤーが直面したのはリアルタイムで最終決戦に挑むという、すなわちレイドバトル【※2】だった。
この戦いは、数十時間以上に渡り繰り広げられた。多くのマスターたちが物語の結末を見届けるため、あるいは大量の素材とQP、そして絆レベルを上げるため、一堂に会する様は圧巻だ。
この苛烈なレイドバトルの最中、私は胸の奥底から込み上げてくる謎の高揚感の意味を考えていた。
そして気づいたのは、自分たちが行っているのは単なるゲームの攻略ではなく、いちプレイヤーとして、「この世界における“歴史の証人”になっている感覚だからなのかもしれない」と思えた。

「これは、世界を救う戦いである」と語り、「約束された勝利の剣(エクスカリバー)」を振るうアーサー王の姿を見届けた者が、この場にどれだけいただろうか……。と想像する。
そうだ。
画面の向こう側には、これまで約10年間もの期間を共にしてきたフレンドたち、名前はもちろん顔も知らないが、「この物語を終わらせる」という決意に満ちたマスターたちがいた。
10年規模の道のりを共にしたユーザーたちとリアルタイムに決戦に立ち会い、一つの巨大な敵に立ち向かう。これはもはや、長期運営型のソーシャルゲームが到達しうるひとつの究極体験なのではないだろうか?
だからこそ私は、「『FGO』をここまで進めてきて良かった」と思えた。
その証拠に、この手には冷えた端末だけでなく、これまでの戦いに明け暮れた熱き想い出が残されているのだから。
ということで、本稿ではレイドバトルに挑み過ぎて腱鞘炎になったひとりのユーザーとして、「なぜ『FGO』を遊び続けてよかったのか」という問いの答えを、この約10年の思い出と共に振り返ってみたい。
※1 英霊(えいれい、『FGO』ではサーヴァントとも呼ぶ)
『Fate』シリーズにおいては、神話や伝説、あるいは歴史上で偉大な功績を残し、死後に人々の信仰の対象となった存在。それらは世界の守護者として「英霊の座」に刻まれ、万物の願望を叶える聖杯を巡る魔術師同士の闘争“聖杯戦争”にて召喚された。それぞれの英霊にステータスが存在し、正体を示す「真名(しんめい)」や、彼らの伝説を象徴する奥義や武装を具象化した「宝具(ほうぐ)」 が設定されている。なお、『FGO』においては人類の絶滅を阻止するために主人公(マスター)が英霊を召喚し、共に旅をすることとなる。
※2 レイドバトル
ひとりのプレイヤーでは倒せないほど強力な敵を複数のプレイヤーが協力して討伐するゲームモード。『FGO』においては、おもに第1部のクライマックスと第2部終章にてリアルタイムに開催された。
はじまりは「手を、握ってもらって、いいですか?」から

「手を、握ってもらって、いいですか?」
すべての旅路は、本作のヒロインであるマシュの一言から始まった。
2015年当時に彼女の手を握った時は、まさかこれほど長く、そして過酷な旅になるとは予想だにしていなかった。
本作の物語は、人類を存続させるために未来を観測する施設「カルデア」からスタートする。カルデアは「2016年以降の未来が消失している」ことを確認し、過去の歴史の中に本来あるはずのない異常な箇所「特異点」を発見する。
「このままでは、2016年に人類は絶滅する」という危機的な状況。そう判断したカルデアは、過去へ人間をタイムトラベルさせ、歴史を正しい流れに戻すべく作戦を発令した。
しかし、訓練初日にカルデア内部で爆破テロが発生。主力となるはずだった優秀な魔術師たちは被害を被り再起不能に。そこで、数少ない「適性」を持つ人間として一般公募で集められた素人同然である主人公(名前と性別を変更可能)が抜擢されることとなる。

主人公の旅路は常にマシュと共にあり、「楽しい」だけで片付けるには残酷な道のりであった。第1部では歴史を修正するためにさまざまな時代を奔走し、第2部では漂白されてしまった地球と人類を取り戻すためにifの世界を切除するという生きるための旅だ。
マシュがサーヴァントの力を借りて共に戦ってくれた日本の都市「冬木」にはじまり、“復讐心に満ちたジャンヌ・ダルク”と対立したフランス、大航海時代、産業革命期のロンドン、円卓の騎士が登場するキャメロット、神代末期のバビロニアなど……
第1部だけでも、壮大な冒険の数々が待ち受けていた。

これらの道のりを歩むにあたって、現実の生活では出勤・通学中にログインボーナスを受け取る者もいれば、帰宅中に育成素材の在庫に悩み、自宅で固唾を呑んで最新シナリオを読み進める者もいた。
この10年間、『FGO』は単なるゲームの枠を超えており、多くの人にとって「生活の一部」と化していたことだろう。
「英霊がいるだけで奇跡」だった黎明期

さて、次は『FGO』のちょっぴり苦い思い出を振り返りたい。
お世辞にも序盤は快適と言える状態ではなかったが、『FGO』の運営は地道にアップデートやメンテナンスを重ね、我々に快適なプレイ環境を提供しようと努力し続けてくれた。
最初は、本作におけるレアキャラの所有事情からだ。
今でこそ最高レア度の★5英霊の配布や充実した育成サポート機能が当然となっているが、初期の『FGO』にはそのような機能は実装されておらず、なかなかに“渋い”世界だったことを覚えているユーザーも少なくはないだろう。

最高レアはおろか、低レアの英霊を揃えることすら一苦労する状態。当時の私はリセマラを繰り返して、ようやく一般的に低レアとされる★3のブーディカやディルムッドといった英霊たちと肩を並べ、クラス【※】の相性など度外視でひたすら奔走した。
もちろん、本作は低レアの英霊でもきちんと育成すればメインストーリーでも十分に活躍するポテンシャルを秘めているが、本作の英霊はそもそも育成すること自体が大変で、序盤は素材を確保すること自体に一苦労していた。
そういう意味では、『FGO』は序盤が一番キツかったと言えるかもしれない。
※ クラス
英霊(サーヴァント)の能力を象徴し、それぞれが異なる能力を有する。
セイバー(剣)、アーチャー(弓)、ランサー(槍)、ライダー(騎兵)、キャスター(術師)、アサシン(暗殺)、バーサーカー(狂戦士)の7騎にくわえ、『FGO』ではルーラー、アヴェンジャー、ムーンキャンサー、アルターエゴ、フォーリナー、プリテンダー、ビースト、シールダーと多数のクラスの英霊が登場し、攻防の相性も存在する。

そして、『FGO』を語る上で避けて通れないのが、その独自のゲーム性だ。
英霊を育成するためには素材が必要になるのだが、これをまんべんなく育成していたら一瞬で枯渇する。それらの素材を稼ぐためにはクエストを何度もクリアする……すなわち“周回”がかかせない。
すべての英霊で合算すると万単位で要求される素材「英雄の証」をはじめ「凶骨」「竜の牙」「虚影の塵」「愚者の鎖」など……不定期に開催されるイベントクエストをこまめにプレイし、育成する英霊を絞ればそこまで素材に困窮することもないが、まんべんなく育成したい人にとって、これがなかなか大変な作業となる。

が、これらの育成要素はのちにアップデートで大幅に改善された。
かつては英霊の育成用素材を求めて何百回とフリークエストを周回していたが、専用アイテム「ピュアプリズム」の実装により、必要な素材を即座に交換が可能に。この仕様で、英霊の育成は格段にやりやすくなった。
さらには、大量の報酬が獲得できる冠位戴冠戦の実装。これも回数に制限はあれど、継続すれば英霊たちの絆レベル【※】を上げることも以前ほどはキツくなくなったと言える。
また、バトルは演出が高速化され改善。英霊のスキルを強化する「アペンドスキル」機能や「レベル上限120まで解放」といったやり込み要素も追加された。これらは強化に必要な素材数を鑑みるにエンドコンテンツ寄りの要素だが、お気に入りの英霊を極限まで強化することが可能となった。上記の仕様により、完全体を作るためには、最高レア度の英霊の場合は最低でも6体を召喚しなくてはならなくなったが……
※絆レベル
『FGO』における主人公と英霊の信頼関係の深さを示す数値。クエストをクリアして「絆ポイント」を貯めることで上昇し、レベルが10まで到達すると専用の概念礼装(装備)が手に入る。また、10以降は最大レベル15まで、1上がるごとにガチャ10連分のアイテムが獲得できる。なお、絆レベルを10より上にするためには1レベルごとに「カルデアの夢火」というアイテムが別途必要となる。
“天井”なきギャンブル時代を乗り越えて

ここでひとつ、怖い話をしよう。
かつての『FGO』の召喚(有料ガチャ)には、そもそも「天井」【※1】が存在しなかった。最高レア度の英霊が召喚される確率はなんと0.2%、ピックアップ時にようやく0.8%である。まさに、人生を賭けたギャンブルに挑むしかなかったのだ。
多額の課金をしたにも関わらず、欲しい英霊が引けずに虚しい夜を過ごした日もあった。画面を埋め尽くす「麻婆豆腐」に絶望したマスターは数知れないし、もちろん私もその中のひとりだ。
ジャンヌ・ダルク・オルタ(通称:邪ンヌ)、マーリン、幾多の水着英霊、キャストリア……数々の英霊と出会うため、聖晶石につぎ込んだ金額は計り知れない(というか、怖いから数えたくない)

……と、怖い話ばかりしたが、そんな暗黒時代も今は昔だ。
2025年時点の『FGO』は、当時とは比較にならないほどガチャに使用する聖晶石【※2】の配布量が増加している。
そして2022年に待望のガチャ天井が実装。さらに、クエストクリアやエクストラミッションで配布される「聖晶石」の量は年々増加し、2025年時点では、無課金もしくは微課金プレイヤーであっても計画的にクエストをクリアして聖晶石を貯めることで、お気に入りの英霊の宝具レベル【※3】を最大の5まで引き上げることも決して不可能ではない目標となった。
ようは、やりこめばやりこむほどリターンがしっかりと返ってくる設計になった。
このアップデートは、素直に嬉しかった。

『FGO』は今でこそ“スマホRPGの金字塔”と言えるほどの超人気作だが、苦しい時代は確かにあった。それでも私は、これまでの苦難を否定したくはない。
爆死や周回もそうだが、推しの英霊と積み重ねてきた絆レベル、第2部で突きつけられた他者の築いた歴史を切除する苦しみ。時に笑い、時に涙したイベントクエストの数々……。
これらすべての積み重ねがあったからこそ、最終決戦で凄まじい数の敵を目の当たりにしても、私たちは折れなかったのだろう。それは「自分たちがここまで積み上げてきたものの集大成を見せてやる」という、執念であったのかもしれない。
※1 天井
ガチャの天井とは、一定回数(または金額分)のガチャを引くと、必ず目当てのレアキャラやアイテムが手に入る仕組み。最低保証的な要素で、運が悪くてもレア度の高いキャラが入手できるシステム。『FGO』においては、ガチャに必要な聖晶石を購入するとして天井に至るまで5万円強かかる。
※2聖晶石
『FGO』において英霊を獲得するために消費するアイテム。基本的には有料課金で手に入れることができるが、クエストをクリアする、ストーリーを進めるといったやり込み要素で無課金でも入手可能。2025年時点では初期とはくらべものにならないほど配布量が増えた。また、第2部終章に向けて到達した者に対しては期間限定で1000個(ほぼ天井分)の聖晶石を配布するなど、大盤振る舞いが見られた。
※3 宝具レベル
同名の英霊を重ねて強化することで、必殺技の威力を増加できる要素。最大で1→5まで重ねられる。また、後にアップデートにより英霊のレベル上限が120となり、スキルを追加で強化する要素「アペンドスキル」が実装。それらを強化するためには英霊を一定数召喚するほか、絆レベルを上昇させた際に入手可能となる「サーヴァントコイン」が別途必要となる。記事執筆時点で、最高レアの英霊を最大限まで強化するとしたら最低でも“6体”を召喚しなくてはならない。なお、指定の英霊がピックアップされている時の召喚確率は1回につき0.8%。非ピックアップ時は0.005%となっている。
500万文字のシナリオが紡ぐ「物語」の引力
『FGO』を語る上で避けて通れないのが、人類の存続を巡る壮大なテーマで綴られるメインシナリオだ。公式サイトによると、現在そのボリュームは“500万文字”を突破しているという。
公式サイトでもさらりと紹介されるこの数字だが、400字詰め原稿用紙に換算すると約1万2500枚。毎日1枚書き上げたとしても、約34年はかかる量だ。
リリース当初のキャッチコピーが「100万文字で紡がれる重厚なストーリー!」であったことを考えると、その密度は当初の5倍。5倍だぞ5倍!
(画像は『FGO』のプレイ画面より撮影)
今でこそ「物語を読ませるゲーム」として不動の地位を築いているが、初期の『FGO』は序盤のストーリーで必ずと言っていいほど会話シーンの合間に戦闘が挟まり、ひたすらワイバーンとの戦いを強要される一幕もあった。現在では公式ですらネタにするこの仕様も、今となっては遠い日の思い出だ。
ストーリーの見せ方として転換点となったのは、メインシナリオの第5章。戦闘をストーリー進行に必須としない構成が導入され、ユーザーが物語のテンポを崩さず、より深く世界観へ没入できる方向へと変更された。
スマホゲーにして「ここまで上質なシナリオが読めるのか?」と世間の評価が劇的に変わったのは、これら奈須きのこ氏をはじめとするシナリオライターたちの紡ぐ「物語の力」だった。
この500万文字という広大な物語の中で、数多くの出会いと別れを経験できた。マシュのひたむきな献身に支えられ、ギルガメッシュ王の勇姿に導かれ、柳生但馬守宗矩の剣聖としての矜持に惚れ、カドックの勇気に励まされ、キリシュタリアの仲間への想いに涙する。
緻密な世界設定に基づいた物語が進むにつれ、ユーザーの心には「カルデアのマスター」としての自覚が芽生えていった。画面に映る英霊(サーヴァント)たちが、いつしか単なるデータではなく、苦難をともに乗り越える血の通った“相棒”へと変わる瞬間である。

この500万文字の旅の中で、『FGO』の登場人物は「生きること」の意味をも語ってくれた。
ある英霊は、作中で人生について「反逆である」と言った。とある医者は「生きたことに意味を見出すために生きている」と語ってくれた。世界を見た船長は「必ず死ぬからこそ、面白い」と笑った。
これらの言葉は、プレイヤーが「唯一のマスター」として絶望的な戦場を駆け抜けた、代えがたい“旅の記憶”となった。
そして、人理を巡るこの壮大な物語がどこへ行き着くのか。その結末を見届ける責務が自分にはあるはず……そう確信させるほどの「物語の引力」こそが、『FGO』を唯一無二の存在たらしめている最大の理由と言える。
“推し”の英霊を掘り下げるだけでも人生が足りなくなる
もしも、ここにタイムマシンがあるのなら……
『FGO』ユーザーに向けて言うのであれば、レイシフトができるなら。
自分は2015年の自分に会いに行き、忠告するはずだ。
「FGOは危険すぎる。人生の一部が奪い取られるぞ」と。
そして、その時の自分は“愉悦”に満ちた笑みを浮かべ……
「そう、人生が足りなくなる。だが、この沼は最高だぞ」と続けるのだろう。

なぜ、人生が足りなくなるのか?
まず、先述したように人類の存続を巡る壮大なテーマで綴られる“500万字”越えのメインシナリオを読み、感情を左右されるだけでも時間がとられることは必須だ。
問題は、その先である。
もし、ストーリーを読み進めている間に“推しの英霊”を発見してしまった場合は?
ただ、マイルームに飾って愛でるだけであれば人としての生活を保てるかもしれない……
では、どのような人物が登場するのか。
一例として、アーサー王伝説で名高いアーサー王やランスロット卿などの円卓の騎士をはじめ、大陸に影響を及ぼした侵略王イスカンダル、神の声を聞いた悲劇の聖女ジャンヌ・ダルク、日本では宮本武蔵に新陰流の柳生宗矩など。記事執筆時点で440体を超える英霊が登場する。いずれも、伝説や史実、神話などが元になっている。
本作のストーリーを読んで、それらのキャラクターが好きになってしまったら?
推しになってしまったら、何が起こるのか。そう、掘り下げたくなる……。
実際はどんな風に語られていたのか、知りたくなってしまう。
それが、オタクとしての本性(サガ)だからだ。一例として……
史実の人物をはじめ、ケルト神話、アーサー王伝説、ギリシャ神話、ペルシャ神話、ローマ神話、インド神話、古代メソポタミア神話、フィンランド神話、アボリジニ神話、マヤ神話、アステカ神話、北欧神話、ギルガメシュ叙事詩、ウガリット神話、フェニキア神話、旧約聖書・新約聖書、シャルルマーニュ伝説、ゾロアスター教、仏教・道教、日本神話、日本書紀、古事記、中国神話、三国志、水滸伝、北方伝承、南方伝承、クトゥルフ神話、魏志倭人伝、テンプル騎士団、ロシア英雄叙事詩、妖精史。ありとあらゆる文学・芸術作品、民間伝承の人物……などにまつわる人物が登場する。これでも一部だ。
こうして並べてみると、まるでダンテの「神曲」で描かれた地獄の階層のようだ。
(実際、ゲーム内でも神曲モチーフのステージが登場するが……)

それにしても、多い。あまりにも多いのだ。
仮に、440体にのぼる英霊の背景にある神話、史実、伝説をひとり100時間かけて理解を深めるとすれば、以下の計算式(仮)が成立する。
1騎あたりの深掘り時間:約100時間(原典読破、派生作品の網羅、ゲーム内テキストの精読など)
=総必要時間:4万4000時間(約5年)
1日に使用する時間: 2時間と想定(仕事・家事を除いた聖域)
=完遂までの期間:約2万2000日(約60年)
そうか、1日2時間を差し出しても60年かぁ……。
仮に、1日4時間を費やしたとしても30年だ。今後も英霊が増える可能性もゼロではない上に、それぞれの人物の情報量を鑑みると、やはり人生が足りない……というより、『FGO』に人生を賭ける覚悟が必要になりそうだ。
ここまでくると、もはや教養の範疇を超え、一生を賭けた“巡礼”になるだろう。
こんなことになるのなら、もっと学校で真剣に歴史の勉強をしておけばよかった。


