『キングスナイト』は『ドルアーガの塔』を意識した
加藤:
植松さんの作品ですけれども『クルーズチェイサー ブラスティー』がきっかけでスクウェアと取引なさるようになったんですよね。そのときはまだ入社前?
植松:
そうですそうです。
加藤:
そのあとに『アルファ』ってアドベンチャーゲームですよね。これはもう入られていたんですか?
植松:
これはもう入ってました。社員でしたね。
加藤:
この2本はまだファミコンですらないんですよ。PCのゲームなんです。
植松:
この2本は。
加藤:
そのあと『キングスナイト』が初めてのファミコン作品。これを“RPG”って言ってて、ボクも当時やったんですよ。
植松:
騙されたでしょ!?
加藤:
「おい、これシューティングだろー」って。友だちの家でやったんすけど「え?」ってなりましたもん。
松尾:
これ、曲すげー良かったんですよ。覚えてますもん。
植松:
ありがとうございます。ボク、『キングスナイト』の曲を作るときにものすごく意識した曲があって……意識したってのは、パクってるわけじゃないですけど、『ドルアーガの塔』。あれがボク、すごい好きで。あんなインパクトのある曲を書いてみたいというのがずっと頭にあった、『キングスナイト』を作っているときは。『ドルアーガの塔』はいい曲ですよ。♪タラタタッタタラタタッタター(口ずさむ)。
加藤:
そうやって触発されている部分があるんですね。
植松:
昔はスクウェアって、世に出ているゲームを全部買うんですよ。で、ライブラリーみたいなのがあって、社員は全員借りて家に持って帰って遊んでいいというシステムだったんで、しょっちゅう借りては「どんなのかなー?どんなのかなー?」って。
加藤:
『キングスナイト』の後は『水晶の龍』。
松尾:
ディスクシステムの。
加藤:
そのあとに『とびだせ大作戦』って書いてあるんですけれど、これも植松さんなんですね。この曲もいいんですよ。
植松:
ありがとうございます。
加藤:
ゲームがすごいんですよ。3Dなんですよ。時代を先取ってて、しかも画面が「嘘? ファミコンのディスクでこれできるの?」っていうデキなんです。
植松:
のちに『FF』を作ったナーシャ・ジベリですよ、プログラマーは。
松尾:
伝説的プログラマーの。あの飛空艇の速度を実現させた。
植松:
そうですねそうですね。
松尾:
『飛び出せ大作戦』もそうなんですね。初めて知りました。
植松:
プログラマーはやっぱり驚いてましたよね。こんなことできるんだーって。
加藤:
そのあとに『クレオパトラの魔宝』。
植松:
これもアドベンチャーゲームですよね。
加藤:
これ、時田さんなんですよね。
植松:
これ、時ちゃん噛んでましたっけ?
加藤:
これも植松さんが作ってたんですね。というかこの頃は、植松さんしかいないんじゃないですか?
植松:
ボクしかいないですね。
加藤:
だから基本全部、植松さんなんですよ。
植松:
そうですそうです。社員も少なかったですしね。
加藤:
何人くらいですか?
植松:
日吉の頃は20人くらいなんですよ。これは銀座に移って「よっしゃ行けー」って大量に雇って……リストラしたあとじゃないかな……。
一同:
(笑)
植松:
当時は波がありましたからねー。勢い込んで銀座には行ったものの、家賃が払えなくなって御徒町に逃げ延びたりとか。
加藤:
御徒町だったんですか。
植松:
うん。で、スクウェアがダメになりそうだったんで、坂口さんが「最後に1本だけ作らせてくれ」って作り始めた『FF』を御徒町で出して、まぐれ当たりしたんじゃないすかね。それで息を吹き返したんじゃなかったかな。
『ファイナルファンタジー』以降
加藤:
そして87年にとうとう『ファイナルファンタジー』が出ると。
松尾:
なるほど。『半熟英雄』はその翌年に出てるんですね。もうちょっとあとかって思ってました。イメージ的に。
植松:
ボクね。『半熟』と『FFII』と『スクウェアのトム・ソーヤ』あたりを同時期に作ってたような気がする。
加藤:
重なってる可能性はあるでしょうね。
植松:
『スクウェアのトム・ソーヤ』は完成してから会社が出してくんなかったので、発売するまでけっこう時間かかってるんですよ。
加藤:
ありますよね、そういう調整。ライバルがいないときに出そうとか、自社のビッグタイトルの時期は外そうとか。
植松:
でも満を持して出しても売れなかったですけどね、『トム・ソーヤ』。
加藤:
『ファイナルファンタジー』が出てからは毎年『ファイナルファンタジー』みたいな?
植松:
初めの頃はそうだったかもしれない。
加藤:
『ファイナルファンタジー』は坂口さんが「これで終わりだ」っていうことで皆を集めて、というか鼓舞しながら……植松さんにもそういう話があって作られたんですか?
植松:
おそらく坂口以外のメンツは「ああ、これで会社終わりだ」って風に思ってたんじゃないかな。
加藤:
植松さん自身はどういう感じだったんですか? 『ファイナルファンタジー』に対して。
植松:
ほんとイロんな物の中の“ワンノブゼム”って感じでしたね。「これでスクウェア解散したら次どうしようかなー」ぐらいの。
松尾:
今でいうITベンチャーみたいな感じですよね。
加藤:
ダメだったらやめて、また会社作るか、みたいな。でも、そういう会社いっぱいあったわけですからね。
植松:
会社も『FF』1作目の時点では相手にしてなかったですよ。坂口さんが「50万作ってくれ。売れる自信あるから」って言ったんですけれど、会社は「そんなん売れるわけねえだろ」って。だから坂口さん1回キレて「もういいわ!」って言って完成したばかりの裸のROMを持って、あちこち出版社を回ってましたよ。それを見て「こいつやるなぁ」って思って。
加藤:
集英社さんとかも行ったんですよね。
植松:
なかなか根性ある奴でしたよ。
植松さんがかつてのゲーム音楽に思うこと
植松:
この間、ぼんやり考えていたことがあって、1980年半ばから1990年にかけてファミコンの名作がたくさん出たじゃないですか。その頃、何が流行ってたかっていうとテクノポップとか流行ってたんですよ。電子音で音を作るって意味では、テクノポップもゲーム音楽もおんなじだったんです。だから、テクノポップのシニカルに構えた軽快で楽しい音楽を作るって手段もあったはずなんですよ。
ところが日本のゲーム音楽ってそこに行かないで、たった電子音3音を使ってシリアスな曲を作ろうとしたんです。これがね。多分ゲーム音楽の革命だったと思う、80年代後半ぐらいの。
あそこで普通にテクノポップに行ってたら、日本のゲーム音楽ってこんな独自なモノにはなってなかったんじゃないかと。それは『ドラクエ』だったり『ゼルダ』だったりの影響もあるでしょうね。
加藤:
ゲーム自体が深みを追求していった時代ですよね、シナリオだとか。
植松:
そうですね。
加藤:
音楽もそっちに引っ張られたみたいな。
植松:
そうです。シューティングゲームばっかりだったら、悲しいシーンとかあんまりいらないじゃないですか。でもロープレですと喜怒哀楽があるんで、それに合わせた音楽を電子音3つで作んなきゃなんないじゃないですか。だからあの当時に、ロープレと日本人の生真面目さが合致して、今のゲーム音楽の土台ができたんじゃないかなと思ったりしましたね。