現在、Oculus Quest/Rift、Steam VR、PlayStation VRで発売中のVRアドベンチャーゲーム『ALTDEUS: Beyond Chronos』【※】が、VRゲームとしては異例の高評価を獲得している。
2020年12月の発売後、同作はOculus Quest Store内のユーザー評価で世界一を獲得している。また、2021年3月に発表された「ファミ通・電撃アワード2020」では、アドベンチャー部門のベストゲームを受賞した。特筆すべきは、このアワードがVRゲームのカテゴリではなく、『LIFE IS STRANGE 2』といった一般ゲームと競い合った中での受賞である点だ。 こうした高評価は日本だけでなく、VRゲームにアクション性やインタラクティブ性を強く求めがちな海外においても、各種のレビューでそのストーリーや演出が絶賛されている。
前作の『東京クロノス』に続いて『ALTDEUS: Beyond Chronos』(以下、『アルトデウス: BC』)を生み出したのが、柏倉晴樹監督をはじめとするMyDearestの開発スタッフだ。過去の取材でも採り上げたが、彼らはVRの開発を手がける以前に、アニメ作品の3DCGを制作していたメンバーが多いのが特徴となっている。
そこで電ファミニコゲーマーでは、『アルトデウス: BC』の演出や脚本を手がけた柏倉監督と、同氏のアニメ業界での「師匠」にあたる板野一郎氏との「師弟対談」を企画した。
板野一郎氏といえば、『機動戦士ガンダム』『伝説巨神イデオン』『超時空要塞マクロス』といったアニメ作品で、圧倒的な戦闘シーンを描き出した「伝説のアニメーター」だ。 天空を埋め尽くす無数のメカが高速で飛び交い、一斉発射されたミサイルが複雑な軌跡を描きながら目標を追撃するアクロバティックな戦闘描写は、「板野サーカス」と呼ばれて、アニメファンを今なお魅了している。
『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の庵野秀明監督は、宮崎駿氏と並んで板野氏を自分の「師匠」として挙げている。ほかにも、板野氏の仕事に憧れてアニメーターとなった人々は数多い。
それだけでなく「板野サーカス」の影響は、『第9地区』『アクアマン』といったハリウッド映画や、ビデオゲームにまで及んでいる。ミサイルや戦闘機が複雑な軌跡を残しながら飛行する描写はほぼすべて、板野氏の影響下にあると言っても過言ではないだろう。
1980年代にはアニメーターとして活躍していた板野氏だが、1985年のOVA『メガゾーン23』では演出も手がけるようになり、やがてCGに関心を示すようになる。そして実写特撮の『ULTRAMAN』『ウルトラマンメビウス』などでCGIモーションディレクターを務めた後、現在は『戦翼のシグルドリーヴァ』や『SSSS.DYNAZENON』といったTVアニメで3DCGを担当しているアニメーション会社グラフィニカにおいて、アドバイザーの立場で後進の育成にあたっている。
『アルトデウス: BC』の柏倉監督は、板野氏が監督を務めた『ブラスレイター』【※1】にCG班の1人として参加し、直接指導を受けたことで、板野氏から大きな影響を受けたという。また柏倉監督は、板野氏がモーションアドバイザーを務めた映画『楽園追放 -Expelled from Paradise-』【※2】で、モーション監督の任に就いている。
今回は「師弟対談」ということもあって、話題の中心となっているのは板野氏のエピソードだ。だがそこで語られている内容は、日本のアニメやゲームが今後、どのようにして後進を育成していくべきなのかということである。
日本のアニメが大きく発展していった1970年代後半から1980年代にかけて、その最先端で新たな表現を次々と切り拓いた板野氏のパイオニア精神が、最新のVRゲームにどのように受け継がれているのか、ぜひこの対談で確認してもらいたい。
「こういうジャンルのゲームだから」ではなくて、何か新しいものをやりたい
──板野さんは今回の取材の前に、『アルトデウス: BC』をプレイしていただいたとのことですが?
板野氏:
でも途中までなんですよ。ずっとゴーグルをしていたら、顔におできができちゃって(笑)。
柏倉氏:
ちなみに、どのへんまで進められました?
板野氏:
化け物がでっかい女の子の形になったところまで。
ただ、自分はボタンを押しているだけで、緊張感がなかったよね。VRでキャラクターが立体になって、「そこにいるな」という感覚は分かるんだけど、それならもっと表現を踏み込んでほしかった。たとえば廊下で会うにしても、もっと廊下の奥のほうからキャラクターが歩いてきて、目の前まで出てきたりすればいいのに、とか思っちゃう。
柏倉氏:
そうですね。
板野氏:
立体に見えるんだけど、立体演出をあんまりしないから、どうしてもチュートリアルっぽい感じがしちゃって、もったいないなと。
だから自分の感覚では、同じVRでも他のゲーム、たとえばボクシングとかシューティングとかのほうがリアルに見えたかな。ミニゲームでもいいから、もうちょっとそういうところがあってもいいと思った。
柏倉氏:
おっしゃるとおりだと思います。作品を作る時には、僕の心の中に板野さんがいて「あれはどうだ」「これはどうなんだ」とささやくんですけど(笑)。
長い物語をVRで、しかも小さなチームで作るときに、どうすればいいか。作品を作る上では、そういうことをすごく意識していて。前作の『東京クロノス』ではを7人ぐらいのスタッフで作っていて、キャラクターがいてテキストがあってというノベルゲームの形に集中したものだったんです。
『アルトデウス: BC』はもうちょっと多い人数で、もうちょっと踏み込んだ表現にして、プレイヤーがやれることを増やしたりはしているんですけど。でも板野さんがおっしゃるとおりですね、本当に。
──それでも、VRのゲームでこれだけボリュームもあって、しかも密度の非常に濃いストーリーを楽しめるゲームは他にないと思いますし、とても面白かったです。
柏倉氏:
VRゲームはもともと、戦ったりボクシングしたりというものが多いのですが、それだと「長時間遊び続けるのが難しい」というのがあって。どうすれば長時間体験できる作品になるのかと考えた時に、VRの良いところを削ぐ形になるのは承知の上で、あえて360度スクリーンのような考え方にしたんです。
要するに、「枠のない全天周スクリーン」として考えました。あとはキャラクターのモーションも、美味しいところだけ作る形にしたりして。そんなふうに極力、規模を小さく見せないようにがんばったつもりだったんですけど……。次に作る時は、そこをもっと踏み込めるようにしたいと思っています。
板野氏:
せっかく巨大ロボットという大道具を置いてあるのに、コックピットの中で「エネルギー充填◯◯パーセント」というのを聴いているだけで、自分で照準もせずに撃てたりするのはね。もうちょっと「自分がやった感」がほしかったなぁ。
自分も昔、少しだけゲームに関わったことがあって。『DIGITAL DEVIL SAGA アバタール・チューナー』【※】という作品で、古くからのファンに「こんなの『女神転生』じゃないよ」と言われたんだけど。
でもウチらとしては、「ここは怖くしよう」「ここだけは普通の人はクリアできないぐらい難しくしよう」といろんなアイデアを出して、その結果、面白くなったんですよ。『女神転生』だからこうだ、こういうジャンルのゲームだからこうだ、と最初から決めつけるんじゃなくて、自分たちがやるからには何か新しいものを入れたいと。
※『DIGITAL DEVIL SAGA アバタール・チューナー』
新たな『女神転生』となる完全新作として、アトラスから2004年に発売されたPS2用ソフト。完結編の『DIGITAL DEVIL SAGA アバタール・チューナー2』が、2005年に発売された。本作では、主人公たちは悪魔に変身する能力を持ち、敵悪魔を喰らうことでさまざまなスキルを身につけられる。
この後に『ペルソナ3』を手がける橋野桂氏がプロデューサーを務めており、板野一郎氏は本作でシーンディレクターとしてクレジットされている。
だから、せっかくVRで巨大ロボットを使うのなら、コックピット視点だけじゃなくて、人間の目線から見た時の巨大さとか、アクションのところはもうちょっと見たかった。じつはそういうところもあって、自分がまだ見ていないだけかもしれないけど。
柏倉氏:
そういう場面もあるにはあるんですけど、大事なところにだけ使おう、というエッセンス的な使い方をしているので、そのご指摘はもっともですね。
板野氏:
キャラクターが好きな人だとか、世界観が好きな人は、ちゃんと遊んでくれると思うんだけど。でも自分はついついね、ボクシングのほうをやっちゃうんだよ(笑)。VRだとどうしても、そっちのほうにいっちゃうかな。
手描きのアニメの頃から3D空間を意識して、空間や時間軸をデフォルメして描いていた
柏倉氏:
昔、『ブラスレイター』が終わった後に、板野さんと一緒に立体視の作品をやったじゃないですか。『アルトデウス: BC』を作っているときに、あの作品のことを思い出しましたね。立体視でどうやったら手前のほうに来るように見えるかというのを、板野さんがすごく考えていたのを覚えているので。
板野氏:
密着感とか、奥行きとかね。
──それはどういう作品だったのですか?
板野氏:
『ブラスレイター』のキャラを使った立体映像ですね。ちょうど3Dテレビが流行った頃だったので、まだファンじゃない人たちにその立体映像を見てもらって、そこから「これはなんだろう? 」と『ブラスレイター』に興味をもってもらおうという試みでした。
短いんだけど丁寧に、3Dの魅力だとか奥行き感だとか、目の前に剣を突きつけられた時のドキッとする感じだとか、そういうものを誇張して映像にしてみようと思って。
──それ以前に板野さんは、立体視の作品を手がけられたことは?
板野氏:
というよりも作画の頃からずっと、三点透視図法を意識して絵を描いていたので。「板野サーカス」が古くならないのは、二次元のアニメなのに三点透視で、三次元空間として空間認知をしていたからですよ。
アニメーターがよく使うのは二点透視。金田伊功さん【※】は一点透視で、画面内に消失点があって、極端な広角レンズになってキャラが歪むっていう絵を作るんです。スピード感を誇張するために。
※金田伊功
1970年代より『無敵超人ザンボット3』『銀河旋風ブライガー』『幻魔大戦』などのアニメ−ション作品で、アニメーターとして活躍。独特のデフォルメによるアクション表現は、板野一郎氏をはじめとする当時のアニメ業界に大きな影響を与えた。
1980年代半ばからは『風の谷のナウシカ』『天空の城ラピュタ』をはじめとするスタジオジブリ作品に参加。また後年には、CG映画『ファイナルファンタジー』への参加をきっかけに、『半熟英雄対3D』『武蔵伝II ブレイドマスター』などのスクウェア・エニックスのゲーム作品で、3Dモーションやオープニングアニメムービーの制作を手がけた。2009年に逝去。
自分の場合は三点透視を使って、被写界深度を意識していたので。アニメで「カメラのレンズを意識する」なんて言っても、「作画なんだから描きゃいいじゃん」って相手にもされなかった時代から、ずっとそれをやってました。
「一眼レフの50ミリレンズ」「30ミリレンズ」と言っても「何言ってんだ、お前」って、そんな感じだったんですよ。ペッタンコな2Dであえて空間を、奥行きをどう表現するのか、ずっと試行錯誤していたんです。でも他のみんなは「描きゃいいんだから、レンズもカメラも関係ないじゃん」と。なんとなくキャラをカッコ良く描ければいいから、爆発の煙が上手ければいいからって、それだけで描いていた。
周りがそんな感じだから、自分のカットだけカッコ良くても、そのカットが終わったらつまんないシーンになっちゃう。だったら絵コンテも自分で描かなきゃいけない。でも絵コンテを描いても演出がショボイから、だったら自分で演出もしよう。でも監督がピント外れだから、自分で監督もしよう……って、そうやって仕事が広がっていったんですよ。
だから、最初から自分の空間認知や立体感覚は変わってないんですよね。時代がついてきただけで。
──ということは、板野さんは手描きで作画をされていた頃から3D空間を意識されていたから、後に3DCGのアニメーションに移られても、違和感なく作業ができたわけですか?
板野氏:
そうなんです。手前と奥のスピード感の違いといった、物が動いていくときのデフォルメ、空間と時間軸をデフォルメするということを、紙の上でやっていたので。2Dで苦労したぶん、それを3Dに持ち込んで、柏倉君たちに教えたんです。
──空間と時間軸のデフォルメというのは?
板野氏:
画面の真ん中の時間が標準だとしたら、奥は4倍遅くして、手前は2倍速くするだとか、そういったことですね。ただA地点からB地点に移動するだけだとダラーッとするから、A地点からB地点までまっすぐ線を引くな、とにかく歪ませろと。
レンズも空間も歪むんだから。地球だって丸いんだから、遠くにまっすぐ飛んでいけばどんどん沈んでいく。歪(ひず)み、歪(ゆが)み、雑味。CGはピントが全部合っちゃうから雑味がないんですよ。パースも絶対に消失点までまっすぐ行く。固いんですよ。だから「After Effectsに持っていって曲げろ」とかね。
柏倉氏:
やりましたね(笑)。
──生真面目なCG屋さんからは、「なんで曲げるんですか?」と聞き返されますよね?
柏倉氏:
最初の僕が、まさにそうだったんです。
板野氏:
「3Dで箱庭を作っているんだから、あとはカメラを動かせばなんでも撮れるんだ」って、言い張っていたんですよ。でも、何キロメートル先までいちいち雲を作っていたら、レンダリングが重くてしょうがないので、「1枚の背景でいいから、それを後ろに置いてみな」と。
あとは「こっちのほうがスピード感が出るんだから」と、“付けPAN”を教えて。付けPANというのは、飛んでいくものに合わせてカメラを振るんです。そうすると、一緒に画角も動くから、スピード感が増すんですよ。
どっちがいいのか見比べてみたら、付けPANのほうがレンダリングも早いし、カッコいいんだよね。2Dの嘘のつき方だからデフォルメなんですけど、そのほうがすごくスピード感が出るんです。
本当の空って、たとえば旅客機に乗っていたって、スピード感がないじゃないですか。マッハ1近くで飛んでいるのに、窓の外を見ても雲がゆっくり流れるだけで。宇宙なんかもっとスピード感がない。だからカメラの首を振る。
そうやって嘘をつくというか、スピードが出ているんだということを見せたいんだったら、わざと誇張してスピードを出すような演出を考える。
だっておかしいじゃないですか。『スター・ウォーズ』なんて、宇宙でミサイルを使うのは古い、やっぱりレーザー兵器だと言っていたはずなのに、新しい作品になればなるほど、ミサイルが飛んでいるじゃないですか(笑)。いつの間にかミサイルを一斉発射しているし(笑)。
──それは板野さんがハリウッドに影響を与えたからでしょう(笑)。
板野氏:
スーパーマンだって昔はただ飛んでいたのに、ウルトラマンがマッハコーン(衝撃波)を出すようになったら、スーパーマンもマッハコーンを出してますからね。何を真似してるんだよって(笑)。
柏倉氏:
宇宙空間って雲とか建物とか、動いているものと比較してスピード感を表現できるものがないじゃないですか。板野さんの作品で、ミサイルの後ろから煙が流れていたり、他のミサイルと一緒に併走したりするのは、そこにある空間や空気を可視化しているんだって思うんです。
板野氏:
そうですね。あとはスピード感。極端なことを言うと、板野サーカスはミサイルだけが飛んでいると、UFOみたいになっちゃうんですよ。
リックドムのスカートの内側に、勝手にバーニアを描き足した
板野氏:
『機動戦士ガンダム』の頃から、「なんでまっすぐ飛んでこないの? 上に行ったり、90度に曲がったりしてるの?」って言われたんですよ。たとえば、『ガンダム』にエルメスのビットってあるじゃないですか。
──ヒュン! ヒュン! と移動していたアレですね。
板野氏:
あれも「板野ちゃんはいつも中割が少ないんだよ」って、演出が勝手に中割を入れちゃって。
──そうすると途中の動きが見えて、ヒュン! というスピード感がなくなっちゃいますよね。
板野氏:
それで、その演出が飲みに行っている時にこっそり、タイムシートから中割の指示を全部消したら、富野監督が「なんでもっと早くこれをやらないの!」って言うんだよ(笑)。「最初からずっとやってたんですけど、全部演出さんに直されました」「ダメだよ、『ガンダム』は今までのTVアニメじゃないんだから」って。
だから結局ね、富野さんも怒っていたんだけど、アバンギャルドとかパイオニアは、とにかく叩かれるんです。日本だけじゃないですか、なんでもかんでも「前例にない」って。
主人公はバカだけど明るい。その仲間にはキザな長身と、カレーの好きなぽっちゃり系がいる(笑)。そういう型にハマったロボット物は、今までのサンライズが東映の下請けで作っている。あっちのほうが潤沢なんだから、同じものを作っていちゃダメだろうって、そういう話は出ていましたね。
──板野さんご自身も、そういう考え方に共感されて、『ガンダム』のお仕事をやられていたのですか?
板野氏:
そうですよ。だから勝手なことをやってて。安彦さんが倒れてから【※】は、どんどん勝手なことをやってました(笑)。
※安彦さんが倒れてから
安彦良和氏は、TVシリーズ『機動戦士ガンダム』でアニメーションディレクターを務めていたが、シリーズの終盤で体調を崩して降板した。そのため映画『機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙編』では、全編の75パーセントが新規に作画されている。
柏倉氏:
その象徴のひとつとして、モビルスーツのドムが宇宙でリックドムとして出てくると、スカートの内側にバーニアがついているじゃないですか。あれはもともと大河原邦男さんのデザインにはないんですよね。
板野氏:
そう。自分が原画で勝手に描いた。後から大河原さんも描いていたけど(笑)。
ヒドいのだと、連邦軍がいっぱいいるところを描いていたら途中で飽きてきて、鉄人28号とかザンボット3とかを勝手に描いちゃった(笑)。そうすると色指定の人から電話が来て「鉄人は今、カラーだからグレーでは塗れません」って(笑)。「じゃあ青かなぁ」なんてね。
柏倉氏:
僕らが3Dで作った『楽園追放』の時も、メカにスラスターを設定したりホバーにしたり、けっこう好きに変えていましたよね。
板野氏:
昔のアニメはいいかげんだったから、原画にお願いするのがけっこう多かったんですよ。『ガンダム』にしても、メカデザインは大河原さん1人しかいないから、設定を待っている時間がないんですよ。だからメインのメカデザインは大河原さんだけど、ワンシーンだけにしか出てこないメカとかは原画で勝手にやっていて。
それに大河原さんが描いたデザインでも、安彦さんが最初からけっこう勝手に変えていたので。安彦さんの描くガンダムは、甲冑みたいでカッコイイんです。アイキャッチを見れば分かるんですけど、肩なんか人間みたいに曲がってるので。これ、絶対に金属じゃないじゃんっていう(笑)。
だから『ガンダム』の現場に安彦さんがいた間は、安彦さんに全部直されていたんですよ。孫悟空がお釈迦様の手の中で、逃げても逃げてもつぶされる、みたいな感じで。でも安彦さんが入院されてからはお釈迦様が出てこなくなったので、それで勝手にバーニアをくっつけたりとか勝手なことをやってましたね。
もともとが沈みかけの船で、富野さんと一緒に沈んでもいいから『ガンダム』を作ろうという人間が集まっていたんです。その先頭の隊長だった安彦さんが入院されたので、もうやりたい放題ですよ。
──そういう意味では、無理やり話を戻すようで恐縮ですけど、VRのゲームで10時間、20時間プレイできるものを作るという発想も、板野さんのパイオニア精神と共通するものがあるのでは?
柏倉氏:
そうですね。僕もそういう板野さんの教えを受けているので。
VRのゲームって、さっき板野さんが言ったように、ボクシングみたいな体感系のゲームが多いんです。VRにするわかりやすさもありますしね。でも、みんな最初はそれを遊び始めるんですけど、すぐに止めちゃうんです。
だからVRをみんなに伝えるためには、ストーリーがあるものを考えようと。でもそのためには、いちばんのVRらしさである立体感を捨てなきゃいけないんじゃないかと、相当に悩んだんです。それをやったら、VRを好きな人にはきっと怒られるはずだから。
ところが、そうやって作った『東京クロノス』を初めて東京ゲームショウに出したら、VRを好きな人たちが逆にすごく褒めてくれて。僕は怒られるのを覚悟の上でやったので、それが意外だったんです。
今はまた、立体感やその場にいる感じといった、VRならではの大事なものをどんどんと探していって、それを採り入れていければというのがあるんですけど。でも、「いちばんのVRらしさを捨てる」という突飛な選択肢を選べたのは、板野さんからリックドムの話を聞いていたからですね。
「3DCGを作る人間だってアニメーターなんだから、自分で考えろ」
柏倉氏:
板野さんは、ご自身がそういう環境にいたからからなのか、僕らにもやりたい放題を促してくれる度量があるんです。
僕が『ブラスレイター』班に入って、最初にオープニングのカットをやらせてもらったんですね。ゲルトがバイクでコーナリングするカットだったと思うんですけど、その時、板野さんに「どうすればいいんですか?」と聞いたんですよ。そうしたら「自分で考えろよ、アニメーターだろ」と言われて。
その当時のCGアニメの仕事だと、ラフ原(「ラフ原画」のこと)をもらってタイムシートをもらって、タイミングを合わせて、背景が同時並行で作られているのでそれと合わせる、みたいな。
──いわゆるCGオペレーターというか、ご自身ではそういった印象だったんですね。
柏倉氏:
それが板野さんに「アニメーターだろ」と言われて、「僕ってアニメーターなんだ」と、そこで初めて気づかされました。
板野氏:
『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』で、サンライズのCGスタジオで教えた連中が、『THE ORIGIN』が終わってグラフィニカに入ってきたんだよ。「もっと教えてもらいたい」って。
『THE ORIGIN』では、もともと総監督の安彦さんは、ザクもガンダムも作画でやると言っていたんだ。だけどこっち側でアバンの戦闘シーンのコンテを切って【※】、「こういうものが作画でできますか?」「これは無理だね」「じゃあCGでやらせてください」と監督の今西(隆志)さんが粘って、それでCGでやらせてもらうことになったわけ。
ところが、サンライズには上手い原画マンがいっぱいいて、シートもラフ原も入っていて、CGは相変わらずそれをなぞっている。だから「なんでラフ原をくれるんですか!」って怒ったの。そうじゃない形でやらないと、CGをやっている人たちはいつまで経ってもラフ原頼りで、クリエイターになれないから。
柏倉氏:
補助輪頼りになっちゃう。
板野氏:
そう。結局動画マンになっちゃって、原画マンになれない。「アニメーターなんだから自分でやらせようよ」って、ラフ原を全部突き返して、自分でやってもらったの。
そりゃ教える側も大変だよ。全員の席を順番に回って、1カット、1カット、いちいちソフトを立ち上げて、キーフレームもカメラワークもみんな直していくんだから。だけどそうやって教えた人たちはみんな、直す前のカットとディレクションした後のカットを2つ並べて同時に再生すると、もうビフォーアフターみたいにぜんぜん違う。
そうやって教えた連中が、今はグラフィニカで『SSSS.GRIDMAN』とか、TVでもがんばっているチームになっているので。柏倉君とか八木っち(八木田肇氏)【※】とか上手いヤツがみんな、好きなことをやりにどっかに出て行っちゃって、これからどうなるんだろうと言われていたけれど、そうやって教えを受けて刺激された人たちの中に、TVシリーズでがんばってくれている人たちがいるんだよ。
※八木田肇
映画『楽園追放-Expelled from Paradise-』ではリードアニメーター、映画『HELLO WORLD』では3Dアニメーションディレクターを務めている。現在はMyDearestに入社して、『アルトデウス: BC』では、歌姫ノアのライブパートなどの演出を担当している。
だからね、辞めた人は自分のやりたいことをやりに行ったんだから、好き放題に暴れてよ、って思うよね。VRなんて新しいメディアは、これからどんどん伸びていくと思うし。
柏倉氏:
そうですね。VRにはまだ試されていない表現方法や、生まれていない表現方法が山ほどあって、機械の進化も激しかったりしますし。本当にまだまだ余白が残されている表現手法であり表現媒体だと思います。
自分としては、アニメを辞めたつもりはまったくないんです。だけど、VRのそういう表現が面白いところが好きになってやり続けていますね。