2013年に勃発した、「Asakaiの戦い」を覚えている者は多くいるだろう。あるひとりのプレイヤーのクリックミスから、ならず者たちが闊歩するロー・セキュリティ宙域に、現実の貨幣価値で数十万円はくだらないタイタン級艦船、リヴァイアサンが放り出された。
永遠の紛争状態にあるわれわれの宇宙はすぐに反応し、いくつかの勢力が救援艦隊と強襲艦隊を編成した。両陣営の兵力がエスカレーションし、終わってみればキャピタル級戦艦94隻が沈没。総被害額7000億インターステラークレジットが泡沫のごとく消えた。
この出来事は、『EVE Online』をふだん取り上げることのないメディアからも注目され、華々しい動画の効果もあって、ゲーム自体の知名度を著しく上げた。これをきっかけに大量の新規プレイヤーがゲームに参入し、若く活気にあふれた彼らは、日系コミュニティの内々で「Asakai組」と呼ばれる世代を成した。
※「Battle of Asakai」(リンク先は日本語WikiによるAsakaiの戦いの詳細な記録。)
われわれがインタビューを試みるNACHO Allianceの会長、Rist氏も、この世代の人物である。じつは半年前の「『EVE Online』転生」にて筆者が面談した「会長」というのもこの方で、若く快活なパーソナリティに惹かれて、いまでも折りにふれてお世話になっている。
とはいえ、氏のプレイ歴は八年を数える。そこであらためて氏に、このゲームの魅力や個人的なプレイスタイルについてのお話を伺うことにした。
※この記事は、『EVE Online』をもっと多くの方に遊んでほしいCCP Gamesさんと、電ファミニコゲーマー編集部のタイアップ連載企画です。執筆は同作の歴戦プレイヤーである藤田祥平氏が担当しています。
巨大戦艦への搭乗を夢見て始めた『EVE Online』
氏がプレイをはじめた当初の目標は、動画にも登場したタイタン級戦艦、アヴァターに乗ることだった。生まれたあとは、アステロイド採掘のための船を購入して、一ヶ月ほどプレイした。銀河系のマップを眺めて商都にほど近いハイ・セキュリティ宙域に居を構えたが、慧眼が裏目に出たというべきか。
事情通のプレイヤーならわかると思うが、彼が選んだ太陽系は、2021年現在ではNPC警察機構が完全に撤退するほどに荒れ果てた、あのNiarjaだった。現実世界でたとえて言えば、山谷か西成の他人の空き地で、勝手に農業をするようなものだったのだ。
彼の採掘艦はつつがなく海賊に襲われて轟沈した。このゲームはひとりでプレイするにはあまりにも厳しいと感じた彼は、日系企業連合、NACHO Allianceの門戸を叩いた。自分の指向がPvPであることはわかっていたので、同社が主催するフリートに参加するなどして、現場での経験を重ねた。
わたしが話を聞くあいだ、彼はなんども繰り返し、コミュニティへの感謝を表した。兵器どころか使用する戦艦ひとつとっても、ひとりきりでは不明なことばかりだっただろう。
しかしながら、まったく答えが存在しないわけではないのだ。おなじ失敗を先に経験した人々が手引きとなることで、試行錯誤の回数を減らすことができた。そしてこの連帯の感覚こそが『EVE Online』の面白さだと感じるようになったころには、プレイに熱中しはじめた。
奇妙な偶然だが、彼はこの連載企画に登場したふたりの人物と交流を持っている。ひとりめは、第二回に登場したKentlarquis氏。当時の彼はNACHOの副社長を務めており、一時は彼に師事したこともあるという。
しかしKentlarquis氏がより洗練された小規模PvPへの道を選び、円満退社した時点で、われらの主人公が戦闘部門を再編し、新設した。これが2015年のことで、現在ではその名を知らぬ者のいない強豪、NACHO Battle Pixies社成立の経緯である。
同社はロー・セキュリティ宙域に拠点を構えて、小規模な海賊行為を行いつつ技術を磨いていった。はじめのうちはほんの数名で活動していたが、もともと母体であるNACHOの人材の幅が厚かったこともあり、やり方を覚えてしまえば、兵力として多数の人員を動かすこともできた。
とはいえ、憧れていた大規模戦闘を行うためには、経験も力もまだ足りなかった。小さなキルを積み重ねながら腕を磨く日々が続いた。
そのようなとき、自分たちが暮らしていた、危険なはずのローセク宙域を進む、巨大なドレッドノート――攻城戦艦――の艦隊を、彼は見た。強力だが、あまりに高価かつ鈍足なので、彼ら自身の存在が鉄火場を引きずっているようなフリートだった。
興味を抑えることができず、ローカル・チャットで話しかけると、ある戦闘にそなえて攻城戦艦を移動する作戦を行っている、との答えが返ってきた。運命めいたものを感じて、謎のドレッドノート艦隊の所属を調べた。企業連合の名簿に、第一回に登場したVed Run氏が主宰するPvP企業、Piccolo S.P.A社が名を連ねていた。
Ved氏の仲介によって、NACHO Battle Pixies社はアメリカ系の企業連合、Did he say jump.に加盟することになる。
軍事ドクトリンに戦略巡洋艦、支援巡洋艦、海賊仕様戦艦などを用いていた同アライアンスは、当時のNACHO Battle Pixiesの水準を大きく上回るスキルレベルを要求したが、戦場の斥候やタイムゾーンのカバーといった熱意で、どうにかついていった。財布のなかで腐るばかりだった金は、空母や攻城戦艦といった強力な船を配備するために使われた。
『EVE Online』で巨大戦艦を運用する“困難”とは
数が圧倒的正義の宇宙戦争が繰り広げられるMMOで「七機のサムライ同士が御前試合のように死狂う銀河一武道会」に参戦した件【『EVE Online』転生】
初読の読者には想像しがたいと思われるが、『EVE Online』は、船一隻の単価と戦闘力が上がるにつれて運用が難しくなる、という事情がある。
現実世界の海を行く艦船についてもおそらく似たようなことが言えるのだろうが、この作品の船は、基本的に「大きさが自艦より1段階上から2段階下までの船に対しては威力を発揮するが、3段階下の船には攻撃がほとんど通らない」という仕様を持っている。たとえば、Lサイズの砲塔をもつ戦艦は、すばやく動き回る駆逐艦に対して有効な攻撃を加えることができない。
したがって、フリゲート、駆逐艦、巡洋艦、巡洋戦艦、戦艦、攻城戦艦/空母、大型空母、タイタン級と九つのクラスをもつ本作で、攻城戦艦以上の宇宙船を運用したいのならば、それ以下のクラスからなる護衛艦隊を、ピラミット型に配備することが求められる。
そうしなければ、日本円換算で数万円する船を討ち取って武功を上げたいと狙う小さな船たちに取りつかれて、一発の弾を当てることもなくフラッグシップが轟沈してしまうだろう。
もちろん、この護衛艦隊も、ワンクリックで召喚できるNPCが担当するなどということはなくて、すべて現実に存在するプレイヤーの操船を必要とする。だから『EVE Online』における〈巨大な宇宙船〉は、資金力だけでなく、その宇宙船とともに飛びたいと望む仲間たちの存在がなくしては、宇宙を飛び得ないのである。
4年を経てやってくる最大戦艦「タイタン級」への搭乗の“気配”
そして彼は、ゲームをはじめたときの目標であった、タイタン級に搭乗するという夢に、自分が近づきつつあることに気づいた。あのAsakaiの戦いからすでに三年の月日が流れ、ほとんど忘れかけたころに、実際にキャピタル級――戦艦以上のクラスを運用する必要が、仲間たちから求められて表れてきたのである。
さまざまな戦闘に参加し、ぼんやりとした夢ではなく確固とした意図をもってキャピタル級を運用するうちに、さらに一年の月日が流れた。そのあたりのどこかで、Did he say jumpが指導力を欠いて半ば解散状態となり、彼らは新たな企業連合の行き先を求めた。
リストに挙がったのは、韓国系の強豪、Siege Greenである。地球上のすべてのプレイヤーが単一のサーバーに接続してプレイする『EVE Online』は、冗談ではなく実際の戦略的要素として、この地球上の時差が問題になってくる。古巣はアメリカ系だったが、新たなアライアンスは文字通り隣国で、タイムゾーンが近くなり、作戦や戦闘により積極的に関わることができるようになった。
2018年には、かねてからの念願であった、アマー帝国が誇るタイタン級、アヴァターを購入した。推定市場価格1000億インターステラークレジット、日本円換算で数十万円の怪物である。
その抑止力は、現実的な比喩を用いれば、小国にとっての核弾頭ミサイルに相当するだろう。とはいえ、核弾頭ミサイルがそれを守る軍隊なしには成立し得ないのと同様に、彼と彼の属する企業連合もまた、それを十分に運用する軍事力の強化を行わねばならなかった。
というのも、ロー・セキュリティ宙域は、ある意味ではヌル・セキュリティ宙域以上に危険な場所である。ロー・セキュリティ宙域においては、太陽系の領有権を確保して、安全を追求することができない。しかし、採掘施設を必要とする月資源は掘ることができる。これを獲得するためには、施設破壊のための攻城戦艦を用いなければならないが、その攻城戦艦自体があまりにも高価であり、つねにリスクが付きまとう。
喩えていえば、ヌル・セキュリティ宙域の侵略は、中世ヨーロッパの侵略戦争に比べられる。その報奨には、領土と肥沃な荘園がついてくる。いっぽうロー・セキュリティ宙域の侵略は、国家の概念が存在しない密林のなかに分け入って、黄金の果実を奪い合うようなものなのだ。
ロー・セキュリティ宙域における存在感の確保と、軍事力の底上げを狙って、彼はSiege Greenの首領たちと密にコミュニケーションを図り、主体的な組織として企業連合内の政策に関わった。
戦果が上がり、関係が熟するにつれて、新人育成や内政といったテーマについて、隣国の盟友からアドバイスを請われるようにもなってきた。日ごとに軍事力は大きくなり、眠らせてあるアヴァターの初陣の日も、だんだんと近づいてくるように思われた。
“怪物”企業連合の登場によりもたらされる6年越しの夢
そして現れたのが北米系企業連合、Snuffed Outである。この名前を聞いたとき、わたしは頭を抱えた。かつてわたしも、この怪物を相手取って戦ったことがある。
スラヴ系の天才指揮官であるTau ADを筆頭に、2014年ごろにはガレンテ・カルダリ領のロー・セキュリティ宙域で、とても口に出せないようなやり方で敵対勢力を轢き殺してきた。余談だが、わたしは彼らに一度も勝ったことがない。
※Snuffed Out.公式による動画。戦法は、いわゆる”Dread Bomb”。意訳すると、「攻城戦艦爆弾」。艦隊のすべてのリソースをドレッドノートの攻撃力にまわし、防御を捨てることで、一クラス上の大型母艦を粉砕している。動画で落ちているのは非常に貴重な海賊勢力仕様の大型母艦、レヴェナントで、これ一隻の推定市場価格は1400億インターステラークレジット。
各勢力が入り乱れた2018年以降のロー・セキュリティ宙域における戦争の推移は、とてもここに書き切れるものではない。ただ、この戦争のどこかの時点で、解散状態にあった古巣のDid he say jumpが再編され、Siege Green.所有の採掘施設を攻撃しはじめたことは確かである。
その戦力の程度を知っていた彼は、みずから指揮をとって艦隊を編成し、タイタンを出港させた。そして、おそらく日系の指揮官としてははじめての偉業である、単独指揮による大型母艦の撃破に成功した。これが2019年のことであり、タイタンを夢見てゲームをはじめてから六年の月日が、すでに流れていた。
近年はSnuffed Outとの戦闘が激化し、半年に一回だった攻撃の間隔が三ヶ月に一度、一ヶ月に一度と増加するに従って、ようやく係留型宇宙ステーションの撤収を決めた。
そして今年の八月、古巣の日系企業連合、彼はNACHO Allianceの会長職を引き継ぐこととなった。現在の目標は、NACHO Battle Pixiesの軍事力をさらに拡大すること。そして、このアライアンスを、彼自身の存在がなくとも続くものにすることだという。
タイタン級に登場できたプレイヤーが見せた、圧倒的コミュニティへの感謝
Rist氏:
「このゲームで関わったすべてのひとに、感謝しています。お話したことは、自分ひとりでは到底なし得なかったことばかりです。PvPのいろはを覚えられたのも、タイタンを飛ばすことができたのも……すべて、自分ひとりではできなかった。だからこそ、自分のことだけでなく、NACHOというコミュニティを長続きさせたいと考えているんです。それが、いまのところの目標です。」
「どうやってお仕事とゲームを両立させているのでしょう?」とわたしは聞いた。
「ぼくはまだ学生ですよ」と彼は答えた。
Rist氏:
「いまは、専門学校に通っています。地方都市のベッドタウンにいる、どこにでもいるような学生です。そろそろ就職のことも、視界に入ってきていて……仕事に就いてしまえば、どれだけここにいられるかわからない。だからこそ、ぼくが居られなくなったあとでも、このアライアンスが続いていく環境を作りたいんです」
「そこまでこのコミュニティを大切にする理由とは?」とわたしは聞いた。
Rist氏:
「今日はあのゲームでどんなことをしようと思いながら、家に向かうのが好きでした。仲間たちのことを思ったりしながらね。それが、とても嬉しかった――だからゲームを夢中になってプレイすることができた。ぼくが会長職を引き継いだのは、このアライアンスを、誰にとってもそのような場所になるようにしたいから。ただ、それだけのことなんです」
わたしはいま、この原稿を書きながら、かつての遺産を現金に変えるために商都と拠点を往復している。この航路は静かで、人を熱中させるようなものはない。
しかし、たとえばこの荷物が他人のもの――船でも、係留施設でも何でもよいのだが――であり、その運搬をわたしに頼んだ友人と、荷物の使い方を議論しながら行くなら、とても楽しい旅路になるだろう。あるいはこの船が戦闘用で、友人とともに冒険に出かけていたなら、わたしは期待に満ちあふれた気持ちでいただろう。
このゲームに行き詰まっているプレイヤーがもしもこの原稿を読んでいたら、まずは企業の門戸を叩くところからやり直してみてほしい。やれ撃ち合いだ戦争だと騒いでいるプレイヤーたちは、じつは仲間とともに飛ぶのが楽しみなだけなのだが、ふだんはそのことを恥ずかしがって口にしないのだ。
■連載企画 『EVE Online』 転生(完結)
第一回:「9割のプレイヤーが離脱する過酷な宇宙MMO」で企業連合の元会長が初心者に転生しようとしたら速攻身バレして艦隊司令官になった件
第二回:数が圧倒的正義の宇宙戦争が繰り広げられるMMOで「七機のサムライ同士が御前試合のように死狂う銀河一武道会」に参戦した件
第三回:PR企画の展開にどんづまって酒に酔っ払い前世の貯金を使って宇宙艦隊戦を始めてみたら帝国軍と国連軍に挟撃されて全滅してしまった件
■連載企画 『EVE Online』 プレイヤー取材記
第一回:現実世界の過労でうつ病をわずらった「元社長」が、宇宙MMOの世界でふたたび企業の経営者を二度も務めた話。58歳のプレイヤーになぜゲームをプレイし続けるのかを聞いてみた
第二回:なぜその男は「小規模PvP」で“強さ”を求め続けるのか? 小勢で強くなっても無価値な宇宙MMOで戦い続ける孤狼のプレイヤーに、ひりつくほどの現場に身を起き続ける理由を聞いた