ゲーム業界で世界トップの収益を誇る企業、テンセント。
一体テンセントとはどのような企業なのか? なぜ世界トップレベルの企業になることができたのか?
「テンセント」の名前は少なからず知られているものの、その実態は日本ではほとんど知られていない。それもそのはず、テンセントが海外で展開するB2C事業は限られており、企業方針的にも大々的にその姿勢を外部に語ることはなかったのだから。
そんなテンセントだが、近年その方針を転換しつつある。
新ゲームブランド「Level Infinite」で明らかになったグローバル市場を見据えた転換、さらにデバイスやプラットフォームにこだわらない多角化。
こうした戦略の変化により、ついに「テンセントとは何なのか」という問いに、テンセント自らが答えるようになったからだ。
今回、電ファミ編集部ではテンセントゲームズにおけるグローバルブランド、Level Infiniteの日本担当プロデューサーのLeo Zhang(張 暁雷)氏に独自の取材を申し込むことに成功。
IT企業であるテンセントはなぜ世界をリードするゲーム企業へと成長することができたのか、任天堂やソニー、MSなどプラットフォーマーと全く異なる戦略とは何か、日本を含むゲーム市場をどう評価するのか、などなど……。
これまでメディアでほとんど紹介されなかったであろう、非常に貴重なロングインタビューとなっている。
聞き手/TAITAI、Jini
文/Jini
編集/実存
撮影/松本祐亮
※本インタビューは2023年1月9日に実施されたものです。写真や所属、実績などは全て当時のものとなりますので、あらかじめご了承ください。
日本と中国、両国での実績からテンセントへ
──今回の取材の趣旨として、テンセントという企業がゲーム業界において世界的にも非常に重要な企業であるにも関わらず、その実態が知られていなかった、それ故に憶測で語られる部分もあったかと思うのですが、改めて当事者の言葉を聞かせていただきたいと。
レオ氏:
よろしくお願いします。僕も日本と中国のゲーム業界で十数年仕事した経験があり、双方の市場を客観的に見てきた立場として共有できることも色々あるかと思いますので、何でも聞いてください。
──ではさっそく。レオさんがテンセントジャパンに入社されたのは、ちょうどテンセントが日本での展開を本格化するタイミングだったと聞いていますが、それまでの経歴をお教えください。
レオ氏:
初めて来日したのは20年前、早稲田大学の大学院に入った時ですね。それからNTTデータ、次にD2C、DeNA、Bytedance Japan、そして現在のテンセントに来ました。
──興味深い経歴です。NTTデータを除けば、D2C、DeNA、Bytedance、テンセント、いずれもモバイルアプリに強い企業ばかりですね。
レオ氏:
そうですね。D2Cは2011年頃からスマートフォンを中心にゲームを展開した企業です。当時の日本はちょうどガラケーからスマートフォンへの過渡期であり、モバイルゲームもいわゆる「ポチポチゲー」と呼ばれる単調なものから、本格的なゲームが流行り始めた時代でした。
一方中国ではモバイルゲームよりもPCで遊べるMMORPGや対戦ゲームが主流でした。だったら、中国でも日本と同じようなゲームが流行るんじゃないか? と思い、日本のソーシャルゲームを中国に輸出したんです。
──そこからDeNAに移るきっかけは?
レオ氏:
D2Cの事業は『海賊ファンタジア』が中国のiOS売上ランキングで売上3位になるなど、ある程度成功しました。ただ、2016年頃から中国でモバイルゲームを販売するには版号、つまりライセンスが必要になったんです。そうなると日本ゲームの中国展開は難しくなるなと思い、一度日本に帰国しました。
そこからDeNAに転職し、日本、韓国、台湾を含めたアジア展開の担当になりました。さらにByteDance、そしてテンセントに至ります。特にテンセントは中国のゲーム市場でトップを獲得していて、世界に向けたグローバルゲームブランドとして「Level Infinite」を展開するタイミングだったのもあります。
日本市場を第一に狙って作られた『NIKKE』
──「Level Infinite」は2021年に発表された、テンセントのグローバルゲームブランドのことですよね。
レオ氏:
元々テンセントのゲームは「Tencent Games」というブランドで展開してきたんですが、日本やアメリカではあまり知名度がなかったんです。対して中国国内でテンセントは最大のシェアを持っていて、『クロスファイア(シューティング)』や『王者栄耀(MOBA)』、『アラド戦記(アクションRPG)』など様々なジャンルのゲームを展開していました。
なので、「今後は日本やアメリカでも受け入れられるような、本格的なゲームを展開していきますよ」という意味を込めて、「Level Infinite」というグローバルブランドとして再編したのです。たとえば、2022年に展開した『勝利の女神:NIKKE』(以下、NIKKE)や『Tower of Fantasy(幻塔)』がそれにあたりますね。
これらのタイトルは日本市場に詳しい戦略チームが、日本でどのような作品が好まれるか調査した上で開発した作品なのですが、手応えのある反響を得られたことでとても安心しています。もちろん、実際の開発についてはSHIFT UPさんが『NIKKE』を、Perfect Worldさんが『Tower of Fantasy(幻塔)』を担当してくださっています。
──うん? すみません、そもそも『NIKKE』って中国では展開されてないんですか? テンセント運営のゲームなのに?
レオ氏:
はい、中国版はまだありません。そもそもターゲット市場が海外……というより主に日本と韓国ですね。
──驚きました。『NIKKE』って「中国のゲームをローカライズして日本に導入した」わけではなくて、開発段階から日本市場だけを狙っていたわけですね。
レオ氏:
『NIKKE』は韓国のデザイナーであるキム・ヒョンテさんと、彼が率いるSHIFT UPを中心に作ってもらったゲームですが、開発段階から日本市場を見据えたタイトルでした。つまり、最初から日本で成功させるため、日本人ユーザーが好むようなゲームとして作っています。
──中国でリリースしないのは何か理由があるんですか?
レオ氏:
そもそも、『NIKKE』のようなゲームは中国市場より日本市場に向いています。中国は『アリーナ・オブ・ヴァラー』のような、MOBAなどの対戦ゲームが主流ですから。
課金の設計にしても、日本のソーシャルゲームのようにガチャを回して、キャラを集めて、育成させて……というシステムより、装備を強化するとか、キャラクターの外見を変更する、といったシステムの方が慣れています。
──ああ、確かに。
レオ氏:
なので、そもそも中国ユーザーをターゲットとして作るのであれば、全く別のゲームになるでしょうね。これは、日本で展開されている他の中国・韓国のソーシャルゲーム的な作品においても同様で、概ね最初から日本市場に向けて開発されていると思います。
日本で成功した作品を中国に持っていっても成功するとは限りませんし、その逆も然りです。たとえば対戦ゲームでも、日本では『荒野行動』が圧倒的に人気ですが、中国では『Game for Peace』の方が人気です。いずれにせよ、ちゃんと日本のユーザーに向けて作り込んだタイトルでなければ、日本でヒットすることは難しいんです。
──なるほど。日本でヒットするためには、そもそも開発段階で日本人が好む要素を盛り込まないといけない。では、具体的に日本人が好む要素とは何でしょうか。『NIKKE』といえば……。
レオ氏:
たとえば、有名な声優を起用するのはその一例かと思います。あと、その……。
──「背中」で魅せる……。
レオ氏:
『NIKKE』の魅力は「背中」だけじゃないですよ(笑)。『NIKKE』はやはりキム・ヒョンテさんのキャラクターデザインがすごく魅力的ですね。
彼の前作『ディスティニーチャイルド』でも、キャラの魅力については日本のユーザーからもすごく高く評価されていまして。その強みを『NIKKE』では全面的に押し出しました。
あとはストーリーですね。日本でも『Fate/Grand Order(以下FGO)』、『ヘブンバーンズレッド』、また『ウマ娘 プリティーダービー』などが顕著ですが、キャラクターがかわいいだけじゃなく、ストーリーも面白い作品が評価されますよね。
おそらく、1人のキャラクターのサブストーリーに、数万文字の背景ストーリーがあるというのは世界でも日本ぐらいではないでしょうか。なので、『NIKKE』も全体のストーリーだけで50万文字ぐらいのボリュームがあり、またキャラクターごとに個別の背景を作り込んでいます。
──逆に海外では「ストーリー」はあまり求められていないんでしょうか?
レオ氏:
世界全体ではわかりませんが、少なくとも中国のユーザーであれば、長いテキストを見ただけでスキップしちゃうでしょうね(笑)。
中国のユーザーは、どちらかといえば課金要素においても性能、ひいては勝負に「勝つ」ことに繋がるからお金を払おうとする傾向が強いんです。
だから、中国のゲームアプリの広告も「課金してイベントで1位になって、アイテムをゲットしよう!」みたいなものが多いんです(笑)。
日本、中国、欧州、北米の市場の違いと、テンセントのマーケティング戦略
──なるほど(笑)。日本でも中国ゲームアプリの広告って、ネットミームのような扱いを受けてますけど、その国民性の差異を聞くと納得です。
レオ氏:
そういった広告って、日本にいると分かりづらいと思うんですが、中国ではこういうベタなサクセスストーリーの人気が高いんです。たとえば、日本では「異世界転生モノ」というジャンルが定着しているように、中国でも「主人公が三国時代にタイムスリップして成り上がる」といったライトノベルが定番のものとして受け入れられてます。だから、中国のユーザーにはああいう広告が刺さるんです。
──日本人から見れば荒唐無稽な広告に見えても、中国ではちゃんと確立された手法であると。
レオ氏:
そもそもネット広告の出し方が日本と中国で違うのもあります。具体的には、中国のネット広告は基本的にROI(投資収益率)を最重視しています。
つまり、クリエイティブで個性的な広告よりも、とにかく数を回して最も効果的な広告を突き詰める、というやり方なんですね。なので実際に中国で配信した上で数値の結果が出たものが、ああいう広告なんです。ただ、日本のユーザーに対しては同じような結果が出なかった、と。
──ここまで『NIKKE』の事例をうかがいましたが、『Tower of Fantasy(幻塔)』はどうですか? あちらはマルチプラットフォームもあり、アメリカを含めかなりグローバルな展開をしているように思います。
レオ氏:
仰るように、『Tower of Fantasy(幻塔)』はアメリカでも好評を頂いています。とはいえ、具体的な数字は申し上げられませんが、日本は最も重要な市場の一つです。
少なくとも中国外では、日本、アメリカ、ヨーロッパを重視していて、これら3地域で支持されれば市場のシェアを取れる……と考えています。特に『Tower of Fantasy(幻塔)』や『NIKKE』のような日本風のタイトルに関しては、実際に日本の売上が割合として多くを占めています。
──言われてみればその通りですね。どちらかといえば、アメリカや中国の中でも「日本人的な感性」を持ったユーザーに刺さっている印象です。
レオ氏:
その通りです。特に『Tower of Fantasy(幻塔)』はグローバルに評価される日本風のコンテンツとして開発しており、その上で多くの優秀な日本のクリエイターの力を借りています。
たとえば主題歌には英語も話せる日本のアーティストとしてmiletさんを起用しています。また声優陣も石川由依さんや水樹奈々さんなどトップクラスの方々が採用されており、海外には日本語音声を好んで選ぶプレイヤーもいるそうです。なので日本人のみならず、世界に点在するそうしたコンテンツを好む人々に評価いただけたのは嬉しいですね。
──アメリカやヨーロッパなど、日本以外のゲーム市場を狙い撃ちにしたタイトルも開発されているのですか?
レオ氏:
はい。むしろテンセントとしては日本よりも先にアメリカ市場で成功したといえるでしょう。
最大の成功例としては『PUBG Mobile』で、これは全世界のほとんどで成功しています。
あと、販売元は主にアクティビジョンさんですが、『Call of Duty: Mobile』も2019年にローンチして現在は成功を収めていますね。もちろん今後も「Level Infinite」のもと、様々なタイトルの展開を予定しています。
たとえば、オープンワールドのゾンビサバイバルゲームとして開発している『Undawn(アンドーン)』、また映画『アバター』の世界をモチーフとしたMMORPG『Avatar: Reckoning』、また同じく映画『DUNE/デューン』をモチーフとした『DUNE: Awakening』も開発中です。【※】
※『Avatar: Reckoning』 と『DUNE: Awakening』 の日本展開については記事掲載時点では未定となっています。
──なるほど、アメリカ向けの作品はハリウッド映画の版権を使い、ゲームジャンルもシューティングが多い。「日本向け」である『NIKKE』や『Tower of Fantasy(幻塔)』とは全く違った方向性です。
レオ氏:
そうですね、これらのタイトルは日本で大成功するのは難しいかもしれません。中にはローカライズやプロモーションのコストを鑑みて、日本で発売しない作品もあるかもしれません。ユーザーの方々から「これは日本でも出して欲しい」という要望があれば検討しますけどね。
──うーんなるほど……。実は、「中国国内でゲーム規制が厳しくなっているから、グローバルに展開しはじめたのかな」と思っていたのですが、単純に中国市場を取りきったから、順当にグローバルに進出している……ということなんですね。
逆に中国国内でヒットしたものをそのまま拡張するとか、中国市場でさらに展開するタイトルなどもあるのでしょうか?
レオ氏:
もちろん。たとえばMOBAとしてヒットした『Honor of Kings(王者栄耀)』の海外版を発表しました。
他にはテンセント傘下には「閲文集団」という中国最大のネット小説プラットフォームがあるのですが、これはいわば中国版の「小説家になろう」みたいなものですね。これが既に一千万作品以上の作品【※】が投稿されていて、その中で人気なものは既にアニメ化されていますが、ゲーム化されているものもあります。なので中国市場を切り捨てる、ということは全くないですね。
※中国の証券会社「国海証券」によると、「閲文集団」は2021年末時点で970万人の作家を擁している。その作品数は1510万にのぼり、中国のネット文学作品の47%を占めるという。
さらに言えば、こうした中国の世界観、特に三国志のような武侠モノは、中国だけでなくタイやベトナムのような東南アジアで根強い人気があります。中には翻訳すら通さず中国語の原典にあたる本格的なファンもいるほどなので、東南アジア市場での成功も見込んでいます。