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「見たことのないゲーム」をつくる──『グノーシア』を生み出した川勝徹氏だからこそわかる、『マーダーミステリーパラドクス』における塩川洋介氏の“無謀すぎる挑戦”とその先にあるもの

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「正解」を示すと、プレイヤーはそれだけを追ってしまう。しかし示さなければそもそもクリアできない。開発者を悩ませ続ける大いなるジレンマ

──『マーダーミステリーパラドクス』制作におけるフェーズとしては、いままさにマスターへ向けて大詰めを迎えている状況なのでしょうか?

塩川氏
 はい。体験版の作業は終了しています(編集部注:体験版は10月10日に配信開始)。製品版もどんどん出来上がっていて、現状はミステリー部分の最後の仕上げに取り掛かっています。

川勝氏
 体験版を遊んで悩ましいなと思ったのが「花丸」の推理評価システムです。あれがあると、プレイヤーは花丸を取りに行ってしまうと思うんですよね。

『マーダーミステリーパラドクス』塩川洋介氏✕『グノーシア』川勝徹氏対談。「見たことのないゲーム」をつくる_016
『マーダーミステリーパラドクス』

川勝氏
 というのも、別に花丸がなくても、すべての情報が集まらないままゲームをクリアしたプレイヤーの中に「そういえばあの部分はなんだったんだろう?」と思う人が出てきて、自発的にゲームをやり直すという能動的なループに入っていくと思うんです。

 そして、ネット上では積み残した謎に対して「ここは結局なんだったんだろう?」といった感想が出るのを皮切りに、やり込んだプレイヤーから「アレはこういう意味だったんじゃないかな」と深堀りした考察が広がる。そして、その考察をきっかけにして該当の章をやり直すかもしれないし、未プレイの人の中からプレイヤーが出てくるかもしれない。こういったプレイヤー側からの働きかけとして作品に戻っていくのもいいですよね。

『マーダーミステリーパラドクス』塩川洋介氏✕『グノーシア』川勝徹氏対談。「見たことのないゲーム」をつくる_017

川勝氏
 でも、花丸のような「正解」を示す評価軸があると、「花丸じゃなきゃダメだ」と思い込んでしまって国語の問題のようになってしまう恐れがあるし、ゲーム側が花丸を取るように促してしまう。クリエイターやシステムに「戻れ」と言われるような体験は、僕にとってつらいんです。自分の意志で追いかけさせてほしい。ゲームによりますが、僕はこれこそがプレイヤーを信じるということではないかと思っています。

塩川氏
 なるほどです。体験版だと、アイテムが揃ったらプレイヤーを誘導するシステムが入っているのですが、初期はそういったものがまったくなく「全部自分で考えよう」とプレイヤーに委ねていました。しかしこれだとそもそも……。

川勝氏
 ああ、誰もクリアできなくなっちゃったんだ。

塩川氏
 そうなんです。プレイテストの結果から「さすがにこれだと難しすぎる!」となり、少しずつガイドを増やして現在に至っています。答えは直接伝えないけど、ヒントによってプレイヤー自身での推理を促す形式に落ち着きました。

『マーダーミステリーパラドクス』塩川洋介氏✕『グノーシア』川勝徹氏対談。「見たことのないゲーム」をつくる_018
塩川洋介氏

川勝氏
 なるほど……。たとえばプレイヤーが「クリアできたけど、アレはなんだったんだろう?」と思っているときに、ゲームとしても「結局アレってなんだったのかな」と表示してあげるだけでも、このゲームは自分が疑問に思うであろうことを理解しているとプレイヤーに伝わるし、それが信頼に繋がるかもしれませんね。

ソロプレイのデジタルゲームに変える苦労は“見えている地獄”。それでもあえて飛び込んだワケ

──川勝さんも塩川さんも、複数人でプレイするアナログゲームをひとりでプレイするデジタルゲームへ落とし込むという、同じ苦しみを味わっていらっしゃるわけですよね。

川勝氏
 僕と塩川さんは、チームの立ち上げ、アナログゲームをデジタルゲームにすること、学校で先生として教えていたこと、新しいものに挑戦していること、など本当に共通点が多いですし、共感しています。

塩川氏
 そういっていただけると心強いです(笑)。人狼もマーダーミステリーも、デジタルゲーム化といえばオンラインでのマルチプレイが主流です。実際人狼もマーダーミステリーもオンラインで遊べるアプリがすでにいくつもあります。そんな中であえてオフラインのシングルプレイゲームにするという選択を、川勝さんも私も選びました。

 『グノーシア』は人狼のゲームシステムをシングルプレイの形にしたものですが、『マーダーミステリーパラドクス』もゲームシステム面でシングルプレイのマーダーミステリーを描こうという挑戦をしていて、そういう面でも共通点が多いですね。

──ほかの方たちが川勝さん、塩川さんが選んだ道を避けているのは、みなさん地獄になるというのがわかっているから……ですよね?(笑)

川勝氏
 そうなんですよ、みんなわかっているんですよ! こっちを選んだら絶対にマズいって(笑)!

『マーダーミステリーパラドクス』塩川洋介氏✕『グノーシア』川勝徹氏対談。「見たことのないゲーム」をつくる_019

一同
 (笑)。

川勝氏
 ただその道を進んだときに、なにかとんでもない、誰も見たことのないものができるかもしれない。僕もそれを初めて手にした人間になりたいと思って、怖いもの見たさで『グノーシア』の制作に飛び込みました。僕たちメンバー全員がそういうのが好きなんですよ。遊んでみたい未知のゲーム作りが。

塩川氏
わかってはいたけど、うっかり進んでしまいました……。実際本当に大変で、20年以上ゲーム業界にいていろいろ経験してきましたけど、今がいちばんつらいです(笑)

川勝氏
 マジっすか(笑)!?

塩川氏
 心身ともにつらいです(笑)。

『マーダーミステリーパラドクス』塩川洋介氏✕『グノーシア』川勝徹氏対談。「見たことのないゲーム」をつくる_020

 

塩川氏
 たとえば、あるチャプターの謎解きを組み立てていて、要素として成立はしていて、理屈のうえでは正しいはずなのに「よくわからないけど、これはなにかが違うぞ」という違和感が残ってしまって。マダミスゆえの課題といいますか。そうした違和感を取り除いていく作業に膨大な時間を費やしています。

中尾氏
 アナログゲームであればGMやほかのプレイヤーとのやり取りのなかで補えているニュアンスが、デジタルでのシングルプレイだと伝わりきらなかったんです。アナログならプレイヤー間で推理のキャッチボールをすることで、リアルタイムで推理が更新されていくのですが、デジタルでのシングルプレイの場合は、プレイヤーはゲームとキャッチボールすることになるので……。

 無機質に正しいロジックを提示すると、ただただ問題を解かされているだけの印象になってしまうんです。一方でプレイヤーへ自発的な推理を促すために推理の自由度を高め、提示するロジックをふわっとさせると、今度はロジックに穴が生まれてしまってプレイヤーが推理につまづきやすくなる。

 ロジックの穴を埋めつつ、しかし硬くなりすぎないようバランスとるのが、本当に大変で……。

『マーダーミステリーパラドクス』塩川洋介氏✕『グノーシア』川勝徹氏対談。「見たことのないゲーム」をつくる_021
川勝徹氏

塩川氏
 ロジック中心に理詰めだけでひとつひとつ攻略できるようにしていくと、マーダーミステリー感が損なわれてしまうんです……。とはいえ、漠然とした考えだけで攻略できてしまうと、結果なにが起きているのかわからないのに謎だけが解けてしまい、プレイヤーが推理している感覚が抜け落ちてしまう。

中尾氏
 何度も何度も、積み上げてはやり直して、を繰り返しました。

時に“あえて隠す”情報整理の根幹には、プレイヤーへの信頼があった

川勝氏
 アナログゲームをデジタルゲームへ落とし込むとき、僕たちが重要視している要素に「情報公開の仕方」というものがあるんです。なぜかというと、いま出さなくていい情報まで出してしまうと、プレイヤーがそっちに引っ張られてしまうからなんですね。

 『グノーシア』の場合は、勝率や勝利数などの情報を隠しました。なぜかというと、この表記があることでプレイヤーは勝ちたくなってしまうんです。でもひたすら勝ちを目指すゲームにすると、こちら側の狙いとゲームのおもしろさがズレてしまう。負けないと進まない話にもしたかったし、勝っても負けても楽しい人狼ゲームを実現したかったので、そういう情報を外しました。

 それに見た目もスッキリしますからね(笑)。

塩川氏
 同じ道を辿っているので、共感しかないです。

一同
 (笑)。

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塩川氏
 『マーダーミステリーパラドクス』でも、プレイヤーにわかりやすく達成感を味わってもらうためなら、「謎があといくつ残っているのか?」や「勝利するために必要なものはどれだけそろっているか?」など、ゲームとしての進行度を出したほうがいいんです。

 ですが、マーダーミステリーは最後の投票結果が出るまで自分が勝ったか負けたかわからないゲームです。本作でもそうしたドキドキ感もプレイヤーに楽しんでほしいと考えています。

 デジタルゲームとしての相性は非常に悪いですが、最後まで自分の選択が正しかったのかわからない状況も、マーダーミステリーという遊びの魅力だと思っているのでそれを楽しんでもらいたい。

中尾氏
  一方で、本当に最後まで正しいかどうかが全くわからないと、間違えて失敗したときに「どこを間違えたのか」がわからない。目には見えなくとも、ある程度の確信をもって「ここまでは合っている」と伝えわれる方法もいろいろ模索しましたね。

塩川氏
 そこが大きなチャレンジのひとつでした。

『マーダーミステリーパラドクス』塩川洋介氏✕『グノーシア』川勝徹氏対談。「見たことのないゲーム」をつくる_023

川勝氏
 なるほど。僕も『グノーシア』でループを100回も200回もやってもらうことに対して「大丈夫かな?」と不安はあったのですが、それでも最後はプレイヤーを信じました。

 きっとプレイヤーは遊んでいてつらい思いをするのですが、「それは我々もわかっています」と(笑)。だからそのつらい思いすらもエンタメの一部として、シナリオに組み込みましたね。

 なんでもやさしくわかりやすく伝えればゲームがおもしろくなるかと言えば、それは違うと思うんです。「プレイヤーがゲームに対して積極的に遊んでくれると信じる」そしてそこまで遊んでくれたプレイヤーに応えられるだけのゲームの深さを提供したい。荒削りかもしれませんがインディーだからこそ、そういった挑戦をしても許される気がします。

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川勝氏
 もちろんただ黙って信じるのではなく、「プレイヤーを信じています」ということを自分たちから積極的にゲーム内で発信して、信頼の輪を広げていくことも重要です。

 ゲームって、「こんなの本当にクリアできるのか?」と疑問に思うようなすごく難しいことがたまに出てくるじゃないですか。でもそこに信頼関係があるから、みんなプレイを続けられるんですよね

 『SEKIRO』もあんなに難しいのに1000万本以上売れましたし、僕もクリアしました。僕の想像ですが結局それはフロム・ソフトウェアさんがプレイヤーを信じていて、プレイヤーもフロムさんを信じている。その関係を構築できたからこそ成立するものがあるのではないかと。

塩川氏
 そうですね。実際、死にゲーという概念がこの世に浸透も存在もしていないなかでいきなり遊んだら「なんだこれ」ってなる可能性だってあると思うんです。でも「これはそういう歯ごたえのあるものだ」という前提のうえでプレイヤーに遊んでもらえる状況がうまくできあがっていると思います。

『マーダーミステリーパラドクス』塩川洋介氏✕『グノーシア』川勝徹氏対談。「見たことのないゲーム」をつくる_025
『SEKIRO』

塩川氏
 アドベンチャーゲームというジャンルで考えても、サウンドノベルのようにテキストを読めばクリアできるという、ゲームシステムではない方向への特化させたタイトルもありますが、『マーダーミステリーパラドクス』はゲームシステムを通じて楽しむ、ある種の“尖ったアドベンチャーゲーム”に挑戦したタイトルです。

 マーダーミステリー自体が尖ったゲームシステムだと思うので、デジタルになったからといって特徴を損ないすぎてしまってはもったいない。なので、『マーダーミステリーパラドクス』は“尖ったアドベンチャーゲーム”なんですと、プレイヤーへ伝えていくべきなのかなとも思います。

川勝氏
 伝え方でいうと、ゲームの中でプレイヤーになにかを伝える際、キャラクターを介するのか、システムを用いるのかというのは重要なポイントだと思っています。

 『グノーシア』ではつらい体験をしているプレイヤーに対して、キャラクターが「私もつらいけど一緒にがんばろう」とひとこと言ってくれるんですね。それだけで、プレイヤーは「作っている人もそれはわかってくれてるのね」と感じてくれる。その配慮というか、アシストが大事なことで、僕たちが6000回のテストプレイを行ったからこそわかったことでもありますね。

 ですから、塩川さんが『マーダーミステリーパラドクス』を制作する中で経験された苦労というのは、全部ゲームのヒストリーになっていると思うんですよ。

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川勝氏
 『グノーシア』では、その開発ヒストリーを僕たちはメディアさんにお話しました。なぜかというと、黙っていたら誰も知らずに終わるからです。
 『グノーシア』を遊んで何度もループする世界でつらいと思ったこと、それはクリアした時のカタルシスを味わってもらうため意図的にやっていることを。たとえその一部でもプレイヤーに共感してもらえたら、その人がすごい熱量でゲームに取り組んでくれる、またゲームを応援してくれるはずだと。
 
 そういう経験は少なからずありまして、ファンの方たちは本当にいい人が多くて救われました。だから僕は信じているんです。

塩川氏
 いやもう、傍から見ていても『グノーシア』は作り上げるためにどれほどの苦労があったのか伝わってきます。クリエイターの血と汗と涙の結晶しかない。よくこんなチャレンジをしたなと、本当に唸らされる作品です。

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人狼は「うたがう」と「かばう」さえあれば成立する!? 『グノーシア』開発者が見出した、ゲームを成立させる「必要最低限の要素」

川勝氏
 最初にお伝えしたように、人狼は得意ではありません。でも、逆にそれが良かったと思っていて。人狼を知っている人や得意な人が作ると、うしても玄人好みというか視点がマニアックになる可能性があります。

 あえて、そうじゃない人間が開発メンバーにいることで、人狼を知らない人にも受け入れてもらえるような着眼点から人狼を扱うことができたし、裾野が広がったんじゃないかなと思います。

 僕自身が人狼のどこが苦手なのかを実感しているので、そこをケアしてあげることもできますし(笑)。

『マーダーミステリーパラドクス』塩川洋介氏✕『グノーシア』川勝徹氏対談。「見たことのないゲーム」をつくる_028

塩川氏
 私もマーダーミステリーを遊びますが、上手くはないので同じ気持ちです(笑)。

 なんでもかんでもデジタルで再現しようとしてしまうと、もうそれはアナログでリアルにマーダーミステリーを遊べばいいじゃんってなりますから、遊びの再現ではなくエッセンスの再現が大事かなと思っています。

川勝氏
 ゲームにはさまざまな要素がありますけど、必要最低限の要素さえあればそのゲームとして成立しますよね。人狼の場合だと、極端な話「うたがう」と「かばう」のふたつの要素さえあればなんとか成立すると僕は思っています。余計な発言を一切抜きにしても、カジュアルな人狼としてなんとかなるんじゃないかと。

 だからそこさえ押さえておけば、あとは肉付けをどの程度するかという加減の調整です。プレイヤーができるアクションを増やしてあげるとか、より強力なアクションを用意してあげるとか。

 この「必要最低限の要素」をどこに見出すかですよね。どの要素なら削ってもゲームとして成立するのか、という。

塩川氏
 まさに、川勝さんがおっしゃったことと同じことを私たちもマーダーミステリーを相手に実践しています。マーダーミステリーにも様々な種類はあって、ゲームごとにシステムも違っていますが、共通してある重要な要素を絞り込んでいったとき、それを「推理」と「信用」というふたつの軸だと私たちは考えました。

『マーダーミステリーパラドクス』塩川洋介氏✕『グノーシア』川勝徹氏対談。「見たことのないゲーム」をつくる_029

塩川氏
 マーダーミステリーでは、推理によって正解を言い当てたとしても、周りから信用されず「そういうお前が犯人だろ」と言われてしまう場合もあります。

 推理と信用の掛け算で攻略するゲームを目指す、というところを作品の色として制作を進めることにしました。

中尾氏
 マーダーミステリーの重要な要素として「ロールプレイ」もあるのですが、ここも『マーダーミステリーパラドクス』では絞り込んだポイントです。

 マーダーミステリーにおけるロールプレイの面白さは、対人だからこその自由なキャッチボールにあると思っていて、やり取りの中で自分が他のプレイヤーと一緒にキャラクター、そして作品へ溶け込み、自分たちだけの物語を紡ぐところに魅力があります。

 『マーダーミステリーパラドクス』では、そこをどう抽出するかを検討し、「信用のかけひき」をテーマにしました。プレイヤーとキャラクターとのやり取りをただ読むのではなく、プレイを通じてキャラクターの信用を得ていくことで、マーダーミステリーにおいての「人と駆け引きをしているときの楽しさを生みだせるのではないか」と思ったんです。実際、どんなに推理があっていてもキャラクターから信用されなければ犯人にされたりします(笑)。

『マーダーミステリーパラドクス』塩川洋介氏✕『グノーシア』川勝徹氏対談。「見たことのないゲーム」をつくる_030
『マーダーミステリーパラドクス』

塩川氏
 ロールプレイを「対話シミュレーター」みたいなところまで掘り下げようとすると、どうしても粗を削り切るのは難しいし、だんだんとエンターテインメントではない方向によっていってしまいます。ですので、あくまでゲームにおけるキャラクターとして楽しんでいただける表現を目指しています。

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副編集長
電ファミニコゲーマー副編集長。

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