鶴巻和哉の歩み: 『フリクリ』『トップ2』『I can Friday by day!』
まず、鶴巻和哉氏のこれまでのフィルモグラフィーに着目しよう。
鶴巻和哉氏の名を一躍有名にしたのは、やはり『フリクリ(FLCL)』の監督を務めたことだ。実験的かつスタイリッシュな同作は後のクリエイターに大きな影響を与えた名作として、今も語り継がれている。
そんな『フリクリ』の監督に鶴巻和哉氏を推したのが庵野秀明氏であり、庵野氏の慧眼はもちろん、庵野氏の鶴巻氏に対する信頼が伺えるだろう。
そもそも両者の縁は『ふしぎの海のナディア』の頃まで遡る。
庵野氏の指揮下で演出や作画の技術を身につけつつ、鶴巻氏は庵野作品のエッセンスを吸収しながらも、やがて独自の表現を確立し『ナディアおまけ劇場』で演出デビュー。
『新トップをねらえ!科学講座』で初監督、『新世紀エヴァンゲリオン』には副監督として参加し、デザインや設定にも携わる。そして、オリジナル作品『フリクリ』で初の本格的な監督を行った。
同作は6話という短い枠の中に驚くほど濃密な映像と物語を詰め込み、同作は全世界のアニメファンを熱狂させた。
青春の鬱屈やときめき、破天荒なアクションやコミカルなギャグを、高速のカット割りで繋ぐ。
そして、キャラクターの心象を言外に描き出す「イメージBG」【※】や小道具、作中を通して徹底されるthe pillowsによる劇中音楽との調和は、鶴巻氏自身の監督としての非凡な才をありありと感じさせた。
※イメージBG
背景を書き込みでなく、グラデーションや抽象的な素材で代替する技法。
そのいっぽうで、以降の多くの時間を2007年以降始まる『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』で庵野秀明の元で監督を務めることに費やすこととなる。これにより鶴巻に対し「庵野秀明の右腕」という認識を持つ人も多いだろう。
鶴巻氏は以降にも『トップをねらえ2!』『龍の歯医者』と個人での監督作を何作か重ねたが、基本的にはほとんどの時間を『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』の制作に費やしてきた。
だが、2021年に同シリーズが『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』で完結したことによって、ファンの間でも「鶴巻氏が監督を務める新作」を待つ声が叫ばれてきていた。
つまり、本作は鶴巻氏のファンにとって、待望の監督作という位置付けでもあるわけだ。
鶴巻のフィルモグラフィーを語るとき、必ず言及されるのが『新劇エヴァ』、『フリクリ』だが、ここで改めて存在を大きく認識させたいのが庵野秀明初監督作品である『トップをねらえ』の続編である『トップをねらえ2!』と、日本アニメーター見本市にて上映された短編『I can Friday by day!』だ。
『トップをねらえ2!』では、伝説的な前作『トップをねらえ!』から主要な要素は引き継ぎつつも、貞本義行氏やコヤマシゲト氏による大きくアップデートされたビジュアルを採用。さらに、榎戸洋二氏とのタッグによる大胆なストーリーで“新しいトップ”を創り出した。
謎の人物「ノノリリ」に憧れる主人公のロボット少女「ノノ」は宇宙怪獣を討伐する機関「フラタニティ」の宇宙パイロットである「ラルク・メルク・マール」と出会う。これをきっかけに、銀河の存亡をかけた戦いにまきこまれ、その中で前作との繋がりが徐々に明らかになっていく……。といった本作のあらすじは、ある意味で『GQuuuuuuX』とよく似た構造を有している。
そんな本作の驚くべき点は、前述の「伝説的な前作からの続編」であること、その上で「全く新しいキャラクターたちによる物語」であること、「宇宙を股にかけて展開される超大なスケールの物語」であることなど、様々な難題を抱えつつも、それらを全てクリアしながら過不足なく全6話に落とし込んでいることにある
この「翻案しまとめ上げる能力」は鶴巻和哉が持つ特筆すべき才能であるだろう。
さらに鶴巻は前作『トップをねらえ!』を庵野秀明らによる「オタク論」【※】として捉え直し、そこに対して『トップをねらえ2!』を「現実に帰ったあとのオタクの物語」として設計するといった、鶴巻ならではのウィットに富んだ翻案で回答している。ここからも、鶴巻和哉が『GQuuuuuuX』において何を仕掛けるのか、その一端を垣間見れるかもしれない。
※なぜ『トップをねらえ!』がオタク論であるのか、という点についてはこちらの鶴巻氏のインタビューを参照されたい。
http://style.fm/as/13_special/mini_060921.shtml
そして、もう一つの重要作品である『I can Friday by day!』では、とくにイラストレーター・竹氏によるキャラクターデザインが話題を呼んだ。
本作は、6分に満たない短編でありながら、竹氏独特の“清潔感”ある絵柄、女子高生同士の三角関係/失恋を女子高生型戦車「ビストビグル」による希少鉱石「イケメシウム」をかけた戦車戦に置き換えるというウエダハジメ氏の脚本が、鶴巻の巧みなカット繋ぎによって共存している。
「プリクラ(写真)」や「手紙」といった小道具で『フリクリ』のマミ美を想起した人もいるだろう。
鶴巻がよく用いる小道具は画面の中で感情を代替する手法としてよく用いられる。少女自体のセリフが一言もない本作ではそれがより顕著に現れていて、絵作りの力で少女の感情を見事に保管してくれる。これにより、軽快でありながらも見る人の心の柔らかい部分を刺すような作品になっているのだ。
そんな本作での竹との邂逅が、今回の『GQuuuuuuX』でも強く活かされているといわれるのは想像に難くない。
▲幸いにも、本原稿執筆中に『I can Friday by day!』が公式にYouTube上で公開された。クレジットを比較すると多くのスタッフが『GQuuuuuuX』にも参加していることに気がつくだろう。
このように経歴を振り返ることで、鶴巻は単なる“庵野の右腕”に留まらず、独自の発想力と演出センスを兼ね備えた存在であることがうかがえるはずだ。
過去作で培った演出テクニックと作家性が、『GQuuuuuuX』という壮大なガンダムの舞台でいかに花開くのか。
そんな期待が「監督 鶴巻和哉」というクレジットを目にしたファンたちの、熱狂の根本にある。