自分の会社だけで管理できる、オールライツのキャラクターを持ちたい
──いまでは特にですけど、漫画は漫画だけで完結しないじゃないですか。アニメになってゲームになって、映画になっていろんなグッズになって。
その幅が広がっていくことに対して、編集者がどこまでカバーすべきなのか。分業にするという考え方もあれば、できるだけ担当編集者が考えるべきだって話もありますよね。
白井氏:
担当編集者には限界がありますよ。たとえば『ドラえもん』なんて、小学館全社でドラえもんを表紙に使うなんてこともしていますから。だからファッション誌の表紙にもちょっとドラえもんがいたりする。
そんなものは、ある枠を超えないと、ずーっと追っかけていくことは難しいと思いますよ。
──作品が立ち上がる瞬間とか、作品がある一定の人気を獲得するまでは、作家の個性や編集者の情熱とか、けっこう属人的な部分があると思うんです。
そこからより幅広く、『ドラえもん』とか『コナン』のような国民的なキャラクターになっていくためには、どこかでそういった属人性から離れないといけなくなる瞬間があると思うんです。
そこの切り替えって、小学館としては何か意図的にやっているんですか?
白井氏:
小学館は小集プロ(小学館集英社プロダクション)という関連会社に、第二次、第三次使用は任せてるから。漫画の編集者も一緒にやるんだけど、窓口はそっちにまとめていますよね。
これからはゲームや映画だけじゃなくて、もっと広がると思うんですよ。我々の知らないものがまたできてくると思うし、それにもおそらく漫画は広がっていくから。だから、年齢が限界になってくるところもあるよね。
ゲームソフトの会社をやってる人というのはみんな、20代前半で会社を興したりしているし、これからは18歳ぐらいの社長が出てきたりもするでしょ。そういう人と話すには、そこに近い人を絶えず置いておかないと。それは大事じゃないですかね。
今までの経験値の人だけ置いておくと、「ダメだ、こんな古くさい会社」って、一発で切られるよね。そういう先進的な部分にも目配りして、それに対応できる人材を、新たに作っておかないと。
紙の編集者とは違う編集者が必要になるんじゃないですかね。でも、その元となるコンテンツを作るのは、編集者だから。
それでいうと、小学館は本当はオールライツのキャラクターを持ちたいんですよ。サンリオで言うとキティちゃん。キティちゃんはサンリオの専有物でしょ。
鳥嶋氏:
アレでしょ、サンリオとかマーベルみたいに。
白井氏:
そう、自分のところさえOKを出せば、それですべてがバッと流れるからね。
『ドラえもん』は六社会というのがあるんですよ。藤子プロがあったり、テレビ朝日さんもいる、シンエイ動画さんもいるってことになると、みんなの総意を持って動こうとすると……
鳥嶋氏:
スピード感がなくなる。さっきのアニメのタイミングと一緒で、こっちで揉んでるうちになくなっちゃう。
白井氏:
そう。だから。オールライツのキャラクターを持つということをね、もう一回、版元は目指したほうがいいよね。
──マーベルでは原稿料が高い代わりに、権利は全部出版社が持っていく。逆に日本の出版社の商慣習だと、原稿料は安い代わりに、作家に権利が残るという、そういう考え方の違いがありますよね。
先ほどもお話に出ましたけど、作家さんが権利を持ったままの巨大IPが今後どうなるかというのは、これから起こる大きな問題になりますよね?
白井氏:
まだ見えないですよね。
──けっこうそこのタイミングで、日本のコンテンツ業界が問われるというか、どうなるべきかという議論があるのかなと。
白井氏:
それはもう、鳥嶋さんにお任せするから(笑)。
鳥嶋氏:
でも白井さんが言った「オールライツ」にするには、ちゃんとお金を払わなきゃダメですよ。結局は、お金の問題に帰結すると思う。
なぜオールライツになっていないかというと、リスクヘッジをしているから。『鬼滅』だって、集英社がイケると本当に踏んでいたなら、もっとちゃんと張っているよね。だから、そのへんのところを張る覚悟と、お金だね。
白井氏:
小学館も『海猿』の時かな、「一緒に入りたい」って。
映画はバクチだから、バクチを張る度胸がないとね(笑)。まるまるパーになる可能性だってあるわけじゃない、映画って。
そのバクチを打てる度胸を会社が持っていないと、なかなか映画で儲かるというところまではいかないよね。六社とかで分担するとね、意外と少ないんだよ、入ってくるもの自体は。
鳥嶋氏:
まぁ1億、2億の案件を、サラリーマンがすぐ返事できるかって言われたら、難しいですよね。
──日本の人口が減っていっている以上、コンテンツも海外向けを意識せざるを得ないじゃないですか。でも海外で売っていくとなると、じゃあディズニーやマーベルとどう戦うの? という話になってくるわけです。
その中でやっぱり、機動力とか展開の速さとか、あるいは展開を決めてからの規模の大きさといったものが問われるわけで。それはディズニーやマーベルもそうですけど、これから中国なんかもそういうものを身につけて台頭してくるわけですよね。
そう考えると、今の日本の商慣習のあり方を、それこそ白井さんの次の世代の方が豪腕でもって解決していくことが、これから問われていくことになるんじゃないかと。
白井氏:
巨大市場になるだろうからね、とくに中国は。
──オールライツにするにあたって、先生方に対して何をもって説得するか、みたいな話がすごく面倒なことだというのは、理解できるんです。まぁ、お金を払うというのももちろんあるんでしょうけど。あるいはやる側のモチベーションでしょうかね。
白井氏:
まぁでも、いろんな国の人に自分の作品が読まれているってことは、ひとつの喜びでしょう。地球の裏側のアルゼンチンで読まれていたり、メキシコで読まれていたり。発展途上国だとお金の単位は少ないけれど、自分が描いているものが世界中で読まれているという喜びがあるから。
だから「親の総取り」みたいなことを考えなけりゃ、たぶんNOという人はいないと思いますよ。「ここまで育てたのはウチなんだから、世界の権利はウチに全部くれ」みたいなことを言うと、また別なんだろうけど、なかなか全部の権利を買うというような度胸もないだろうし。
鳥嶋氏:
でも逆に言うとね、マーベルやディズニーが、日本の漫画のように多様性のあるコンテンツを生み出しているのかって。そのへんのところが、両面であるからね。
出版社同士の強烈なライバル心が、以前ほどはなくなった
鳥嶋氏:
白井さんは、さっきも「人の宝を盗む」と言われていましたけど、ヨソの作家を引っ張ってくるのは「自分のところにプラスになるけど、相手のところにもマイナスになるから、2倍の効果がある」という考えだったのは本当ですか?
白井氏:
それはそうだね。相手の戦力を割いてヒット作を当てれば、2倍、3倍ですから。向こうの戦力を削ぐだけでも、こちらの得になっているわけだから。
鳥嶋氏:
ということは、他社の作家をどうやってキャッチしていたんですか。新人の読み切りレベルまで見てらっしゃる?
白井氏:
見ていたと思いますよ。
鳥嶋氏:
徹底的に?
白井氏:
全部見ていたと思う。
鳥嶋氏:
そうするとじゃあ、「この雑誌はこれから上がってきそう」「こいつは戦力になるな」と、そういうチェックでやっていた?
白井氏:
そうそう。たとえば石坂啓さんなんかは、わりあい中性っぽい感じだし、青年誌のほうでやってもいいなと。
鳥嶋氏:
『ヤングジャンプ』の名作家ですよね。
言い方は悪いですけど、白井さんがいらっしゃった時代、そういうふうにいろいろと目配りして引っ張ってきたのが『サンデー』で花開いて、『サンデー』のある種、隆盛につながったと思うんです。
ところが白井さんが去った後に、そういう伝統が引き継がれていなくて、言い方は悪いですけど僕には『サンデー』が活気を失っていったように見えるんです。
白井氏:
それとは関係ないんじゃないの。今の『サンデー』の編集長は競争心けっこう持ってると思いますよ。
このあいだ『サンデー』の編集長か、「これは5年後には『鬼滅』になります」と言われて。『葬送のフリーレン』とかいう、マンガ大賞を獲った作品。「これが『鬼滅』を抜きますから」って。
鳥嶋氏:
白井さんがいらっしゃった頃ほどには、強烈なライバル心がない。
白井氏:
新年の年頭の言葉にね、「小学館に負けたらすずらん通りを歩けない」とか「神保町を表を張って歩けない」とか、堂々と言った人がいて。
そうしたらね、刷り物になって送られてきた時にはそこのところが削られてるの。その2行が(笑)。
鳥嶋氏:
姉妹会社だから、新年の年頭言が社内報で文字起こしされて届けられるんです。それが削られていたと(笑)。
白井氏:
ないんだよ、それが。それを入れてもらいたかったなぁ(笑)。
漫画そのものだけでなく、漫画を「語る」周辺の文化も、自分たちでもっと取り込める
鳥嶋氏:
白井さんは携帯電話やスマホで漫画をお読みになったことはあります?
白井氏:
ない。
鳥嶋氏:
読めない?
白井氏:
読めない。一切ない。スマホにしたのも、ついこの間なんだから(笑)。
僕がメールするとさ、「僕がしゃべってるのを秘書の人が打ってるんじゃないか?」とか言われるわけ(笑)。いくらガラケーを長く使ってきたからってさ、長文のメッセージぐらいは打てますよ、遅いですけどね。LINEも何人かとやってますよ。
鳥嶋氏:
ついに白井さんもスマホを持つ日がやってきた(笑)。
じゃあ今の漫画界全体、紙がこう落ちていって、デジタルと合わせてかろうじて前年比クリアぐらいのこの状況を、白井さんはどうご覧になってます?
白井氏:
そういう時代になってきているんだから。ある程度両方共存して、紙で残したい人は紙を買えばいいし、その場で読みたい人はデジタルを買えばいいし。
レコードもCDも売れなくなって、みんな配信で聞くようになったからさ、CDも記念盤みたいなもんになっている。だから本も記念本みたいに、そういうふうになっていくんじゃないの。
だって、電車の中でもほとんどスマホで読んでますよ。
鳥嶋氏:
ですね。網棚に『ジャンプ』とか『サンデー』があることってないですよね。
白井氏:
ない。電車の中で新聞を読んでるの、僕だけだもん(笑)。文庫とか新聞を読んでいる人はいないって。
鳥嶋氏:
いないですねぇ。
白井氏:
「ヒマつぶし」って概念が、スマホによって消えたんです。だからガムの売り上げが、スマホによって落ちたらしいですよ。
鳥嶋氏:
あっ、ガムが。
白井氏:
「ヒマつぶしにキオスクでガムを買って食う」って手間がいらないんです。スマホを見ながら電車に乗っかっちゃうから。
鳥嶋氏:
駅の売店自体がなくなりましたもんね。
白井氏:
だから新聞も買わない、スポーツ紙も買わない。
鳥嶋氏:
出版の流れを見ると、さっき白井さんがおっしゃったように、団塊の世代の年齢が上がるにつれていろんな雑誌が創刊されていって、漫画雑誌もいろんな雑誌ができていって。そして団塊の世代の引退と共に、それらがダメになっていってるような感じがあるんですけど。
白井氏:
そうだね。ただ『ダ・ヴィンチ』だとか『Pen』だとか、情報誌が漫画に別なスポットライトを当てて、漫画で一仕事しているよね。
ああいうのって、作り手の側も側面からもうひとつ補強する仕事ができるんだよね。それをヨソにみんな持っていかれてるのは、ちょっとね……。
鳥嶋氏:
あぁ、なるほど。漫画の周辺の雑誌作りだとか書籍を作ることを、集英社・小学館・講談社はもっとちゃんとできるんじゃないかと。
白井氏:
もちろん。
鳥嶋氏:
だから出版という意味では、もっと周辺の果実を摘み取るべきだと。
白井氏:
そう。絶対それだと思って。
鳥嶋氏:
歯がゆい?
白井氏:
歯がゆい。なんか、他の雑誌を見るとムカッとする(笑)。昨日も夜、テレビを見ていたら、芸能人が「大好きな漫画」を語っていて。
鳥嶋氏:
最近多いですよね。
白井氏:
小学館の、地動説の『チ。』って漫画を誰かが好きだとかね。それからさっき言った『葬送のフリーレン』が面白いとかさ、10本か20本の中に小学館の漫画が何本か入ってたから良かったけど、なかったらブチ切れるよ(笑)。
でも「悔しい」とか「歯がゆい」とか思う編集者がいないと。負けが慣れちゃうとね……。
つまりこういうベスト10に集英社4本、講談社2本、白泉社1本、あと秋田書店とかで、小学館はゼロの時もあるわけよ。それはやっぱりさ、作ってる側としては抜かれてるわけだから。やっぱり1本は入らないと、って思わないとね。それに慣れちゃうと、ずっと負け犬になるよね。
やっぱりね、勝ち負けとか執念深さって、大事だと思うよ。淡々としている中では出てこないよ、仕事は。「今日の続きはまた明日」みたいな人は無理なんじゃないか。
鳥嶋氏:
白井さんが『サンデー』とかにいらっしゃった時代は、講談社や集英社とけっこう競り合っている時代ですよね。さっき本宮さんの話もありましたけど、それぞれの会社のライバル編集部とか編集者って、どういうふうに見てらっしゃいました?
白井氏:
いややっぱり、集英社には負けたくないなと思うしさ。『サンデー』と『マガジン』はいつも比較されるから。ましてや『サンデー』編集部は「吹きだまり」って呼ばれてたんだから(笑)。
鳥嶋氏:
講談社に言われたんですか?
白井氏:
違う違う、ウチの社内で。「あそこは社の吹きだまりでできているんだ」とか言われてさ。
でも編集者というのは、もともと他の会社では居づらいような人とか、多少難ありみたいな人が集まっていたのに、だんだん有名になってしまって……
鳥嶋氏:
優秀な人間が集まるようになった。
白井氏:
資生堂やJALの入社試験を受けて、それで小学館や集英社を受けたりね。
でも小学館なんて「行きたい出版社」の60何位ですからね。もっと上のほうに講談社と集英社がいるわけ。
鳥嶋氏:
白井さんはそれを見ると、カチンとくる?
白井氏:
カチンとくる。60何位って、いつのまに差をつけられてるんだって。それは学生の中にやっぱり、『ジャンプ』の集英社であり『マガジン』の講談社であり、というのがインプットされているから。
『ビッグ』グループと『サンデー』は、魅力がね、学生たちに届いてないんだ。もっとクセのある人を集めて、多少難があっても採らないと。総合力でバランスの良い優秀な人だけじゃなくてね。
それと、どっか名もないような場所にいるべき。こんなビルにいちゃいけないんだと思うよ、僕は(笑)。
鳥嶋氏:
編集はこんな綺麗なところにいる、エリートがやることじゃないと。
でも一方で、KADOKAWAやスクウェア・エニックスや一迅社など、そういったところがそれなりに漫画を出しているじゃないですか。そういう意味では漫画って会社の規模でやるものじゃなくて、白井さんがおっしゃるように必ず新興勢力が出てくる。そのへんはどうご覧になってます?
白井氏:
昔、オタクというのは小さな数でさ。3千人とか4千人とかで。「あれはオタクだから」って、マスの対象外として見てたの。
このオタクが大きく育ってきて、オタク自体が何万という数になってきているから、だから一迅社みたいなところが商売になるんだよね。講談社は良い買い物をしたんじゃないですか。【※】
※2016年に一迅社は講談社の完全子会社になっている。
鳥嶋氏:
僕も本当にそう思います。
白井氏:
小学館や集英社がアレに手を出さなかったのは、怠慢だね(笑)。
裾野が広がっているぶんだけ、商売の種がね、あちこちにさらに広がっているわけだから。その種を拾いに行くセンサーを持っている人間がいないと、なかなか難しいよね。古典的なスタイルだけでは。
鳥嶋氏:
ということは白井さんとしては、社名や雑誌名で小学館に入ってくるんじゃなくて、もっと漫画というものを作家と一緒に、土着的に作りたい人に来てほしい?
白井氏:
そうだね。