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『めぞん一刻』や『美味しんぼ』を手がけた小学館の伝説的漫画編集者・白井勝也氏に、元週刊少年ジャンプ編集長の鳥嶋和彦氏が訊く!──ライバル同士だった二人がいまこそ語る”編集者の役割”

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小学館の役員となって、漫画以外の部署へ

鳥嶋氏:
 それで、いよいよ『スピリッツ』が軌道に乗って、その後はどういう形でバトンタッチして離れていったんですか? 小学館全体を見るようになったでしょ。

白井氏:
 そうですね。その後、何をやったんだろう。コミックの部長をやったのかなぁ。

鳥嶋氏:
 けっこう早く、役員になってますよね。40歳ちょいで。

白井氏:
 そのぐらいでなってますね。

鳥嶋氏:
 どうでした? 漫画雑誌の編集長を離れて、会社全体を見始めた時って。

白井氏:
 例えば時間がかかって大変な作業なのは、辞書だよね。あれはもう、校了紙が出るまで30年ぐらいかかるヤツもあるわけよ。

 特に『日本国語大辞典』の編集部なんて行ってみると、ひとりとして私語を交わす人もいない、電話も鳴らない。その頃はパソコンもなくて、カードだから。カードで項目を作って、それで用例を書いたりして。

鳥嶋氏:
 三浦しをんさんの小説と同じような感じ?

白井氏:
 そう、『舟を編む』と同じですよ。まるで別会社みたいな感じ。だから会社の中に別会社がいくつかあるというね。百科事典もそうだけど。

鳥嶋氏:
 編集部が違うと、ガラッと変わりますからね。

白井氏:
 出版局に行った時に「漫画から離れてくれる?」って社長に言われて。
 僕が「嫌です」って言えばそのままいられたんだろうけど、でもなんか少しね、面白いから他を見るのもいいかもしれないなと思って。

鳥嶋氏:
 振り出しに戻って、いろいろやりたくなった?

白井氏:
 そうそう。でもそれが負の振り出しでね。出版局では、「いろんな全集・大型企画を少しずつ縮小するように」というミッションだった。

鳥嶋氏:
 あっ、ある種、縮小の使命を帯びて行ったんですか?

白井氏:
 そう。局内には、相当抵抗はありました。

鳥嶋氏:
 辛いなぁ。

白井氏:
 相手は僕よりみんな先輩なわけですよ。だから「漫画から来た小僧が偉そうなこと言いやがって」って。労働組合でバリバリやってる人ばかりだから、吊るし上げられるわけ。
 「定年退職の会ばかりじゃなくて、たまには新入社員を迎える会もやってもらいたいもんですねぇ」とかね(笑)。これはけっこう辛いなぁと。

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鳥嶋氏:
 小学館は組合専従の人がいるんですよね。集英社は1年任期で御用組合なの。小学館の人たちは頭の良い人たちが専従だから、理路整然としていてものすごく大変なんです。

白井氏:
 3日間ぐらいストやった時もあったから。72時間ストって、いまじゃ考えられないでしょ。みんな役員室のところに座り込んだ。そのぐらい強かった。

鳥嶋氏:
 僕も組合を1年やって、小学館と講談社で「三社懇」ってあるじゃないですか。それで他の出版社に行って「こんなにちゃんとしてるんだ」って思いましたから(笑)。

白井氏:
 もう「御用組合」なんて言葉も死語だよね、きっと。

 出版はけっこう大変でした。「平成の牧野富太郎」と呼ばれている先生がいて、「全13巻の植物学全集を作りたい」という企画が挙がってくるわけ。
 そうすると、それを企画した編集者の定年まで、その仕事が埋まっていくんだよね。それが通れば、外部に出すにしろ……

鳥嶋氏:
 会社の中で安泰になる。

白井氏:
 「牧野富太郎は一人いれば十分」とかいって、それを全1巻にしてもらうわけ(笑)。だからそういう「縮小」というミッションはけっこう大変だった。

鳥嶋氏:
 どうやって説得されたんですか?

白井氏:
 もともと美術や小説は好きだから、話せばちゃんと歴史の学者とも話せるし。だんだんそうやって向こうに認めてってもらっていって。

鳥嶋氏:
 そうやってちゃんと話をする。

白井氏:
 「今この時代、ウチの外商も弱ってきているし、書店さんもそんな大部の物を売る力はないし、置き場所も全13巻なんてもう無理だから、なんとしても全1巻で抑えていただきたい」とか話してね。

 『新編日本古典文学全集』なんかも全部で88巻あるんだけど、本当は44巻にしたかったんだよね、心の中では。そうしたらちゃんとね、刊行前期に『源氏物語 1』があって後期に『源氏物語 3』があったりして、上手くできてるんだよ(笑)。

鳥嶋氏:
 半分にできないように(笑)。

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白井氏:
 半分に切ろうと思っても、切れないようにね(笑)。まぁそれはそれでね、後に残る物としていいんでしょうけど。

 でもそういうものがあちこちに点在するから、それを間引きしたり、全18巻を全16巻にしてもらったり、それで激怒している学者がいたり、けっこう大変でしたよ。

 『世界美術大全集』って、これも28巻ぐらいあったかな(※編注:『西洋編』全29巻、『東洋編』全18巻)。これは社長が始めたんだね。

鳥嶋氏:
 何周年記念企画みたいな感じで? 社命だからやらなきゃいけないやつですか。

白井氏:
 そうそう。これは編集費が1冊1億円ぐらいかかってるんじゃないかなぁ。その件に関しては、誰も触れないんだけど(笑)。
 中国の取材に一回同行したけど、中国の龍門石窟の壁画を撮るために、京大の大学院の先生1人、助手1人、カメラマン、コーディネーター、編集者、8人ぐらいで行くわけよ。

鳥嶋氏:
 大変だ。いわゆるパーティーですね。

白井氏:
 そう、車を借り切って移動するの。

鳥嶋氏:
 今みたいに便利な中国じゃない時代に。

白井氏:
 西安から洛陽に入って、洛陽からさらに奥に行って。それで中国当局から「観光客が来る前に撮影を済ませてくれ」って厳命があるから、朝5時起きして、7時とか8時に行って撮らなきゃいけないし。だから、経費のことを考えていたらあんなこと絶対にできない。

 でも今はなくなっちゃった遺跡もあるし、中国事情も考えるとやっぱりやって良かったと思うんでしょうね。売れる売れないはともかくとしてね。
 ともかく出版社は売れる物で稼ぎ、あとは、後々まで遺る書籍を出すことでしょうね。今はその企画も出ないようだから、事態はより深刻化しているのかな。

もう一回編集長をやれるなら、『週刊ポスト』をやってみたい

鳥嶋氏:
  それで出版局に行った後は?

白井氏:
 ポスト・セブン局(※編注:『週刊ポスト』『女性セブン』など週刊誌の部署)をやったね。これもなかなかね、スリリングで好きでしたよ。右翼が「街宣車を回すぞ」とか言ってきたりさ。

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鳥嶋氏:
 平気だったんですね。

白井氏:
 「どうぞどうぞ」って(笑)。「ウチの近所は静かですから。お隣さんとも上手くいってますから」って。そういうのも別になんてことなかったし、訴えられようが平気だし。
 ただ「完璧な取材をしてね」と。「僕は刑務所に入ってもいい。ただ、最後は完璧な取材で勝訴するようなことをしてくれ」と。

鳥嶋氏:
 要するに、矢面には立つけど、いいかげんなことをやられると出てこれなくなるから、「一回入るけど出してね」と。

白井氏:
 そうそう(笑)。

 ラストにね、もう一回、編集長をやりたいなと思う時があるね。

鳥嶋氏:
 どこの編集長を?

白井氏:
 今の漫画は分かんないから、やれるとしたら『週刊ポスト』だね。

鳥嶋氏:
 週刊誌の編集長をもう一回やりたい?

白井氏:
 やっぱり週刊誌ってサイクルが身体に合うんだね。

鳥嶋氏:
 それは分かります。一回染みついちゃうとね。

白井氏:
 4色入れて、2色入れて、活版入れて、って。そういうのを週刊誌はあっという間にやんなきゃいけないから。

鳥嶋氏:
 完結感があるし、挽回も効くし。

白井氏:
 あれはね、すごくある。

 それにちょっとぐらい、救急車の「救急」の文字が逆さになって「急救」みたいに間違っていたとしても、すぐに忘れられるじゃない。

鳥嶋氏:
 そう。だいたい3日ですもんね。週刊誌が店頭に並んでいるのは。

白井氏:
 辞書の誤植とは違うから。

学年誌を母体とする小学館には、キャラクターを共通財産として育てる土壌がある

──今回の取材に当たって、鳥嶋さんと打ち合わせをさせていただいたんですけど、その時に「小学館と集英社、あるいは『サンデー』と『ジャンプ』の編集部のあり方の違い」みたいな話をしていたんですよ。

 『ジャンプ』は編集者とマンツーマンで漫画を立ち上げていく作家主義ですけど、それは逆に言えば作品の可能性も編集者に縛られがちということでもある。この「属人性が強い」というのは時にバーッと跳ねる強みでもある一方で、デメリットでもあると。

 一方で『サンデー』は、イチから育てることももちろんあるんだろうけど、どちらかというとスカウトだとか、比較的短いサイクルで作家さんと付き合うようなことが多くて。結果的に編集部も2、3年で転属していくという組織になっている。だから、それも含めて『ジャンプ』とは逆に属人的にならないことによって、結果的に何十年も続く作品になったというパターンが生まれて機能しているんじゃないか、という話があったんです。
 そのあたりについて、白井さんはどう思われます?

鳥嶋氏:
 「一定年数で異動していく」って小学館の特色ですよ。『ジャンプ』みたいにずーっと同じところにいることがないじゃないですか。

 それは会社の考え方としてあるんですか?

白井氏:
 小学館は、少女誌まで含めればかなりの雑誌がある。だから少年誌から『スピリッツ』に異動してやってみるとか。『サンデー』一筋みたいな人はあまり多くないよね。
 まぁ、あちこち経験してまた『サンデー』に戻ったりする場合もありますから、どっちがいいのかな……。

 でも、一筋で長くやっていく『ジャンプ』の強さというのはあると思いますよ。『鬼滅の刃』の担当は片野さんだっけ?

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『鬼滅の刃』(画像は鬼滅の刃 1 (ジャンプコミックス) | 吾峠 呼世晴 |本 | 通販 | Amazonより)

鳥嶋氏:
 片山さんですね。

白井氏:
 その片山さんが、作家があまり上手くいかなくて悩んでいた時に、「初心に返ったらどうですか」と言って、最初の投稿作品に近いようなところで『鬼滅の刃』が生まれたという話があって。
 その一言で『鬼滅の刃』が生まれなければ、この人は夢が叶わなくて田舎に帰ってしまうところを、片山さんの一言でそれが変わって、故郷に錦を飾るぐらいにヒットしたと。

 やっぱり長くやっていると、作家に対する愛着心とか一体感があるよね。自分の分身というか。そういうのが『サンデー』の編集部にあるかどうか。5、6年で異動していたりすると生まれづらいかもしれないね。

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──でも一方で、『サンデー』だけではないのかもしれないですけど、小学館には30年、50年という単位で続いている人気IPがありますよね。たとえば『ドラえもん』とか、最近で言えば『名探偵コナン』だとか。あとは漫画から出たわけじゃないですけど『ポケモン』とか。

白井氏:
 それは学年誌という母体の良さだよね。小学館は学年誌からスタートしている会社だから、ひとつのキャラクターが生まれれば、それを多用途に使えるというところがあるんです。『ポケモン』だっていまや世界中で大ヒットの『ポケモン』ですけど、最初はあそこまで行くとは思わなかったですから。
 でも初めから、ライセンスの許諾はものすごく厳しく、その作品を大切に想う気持ちが今につながっているのでは。

 『ドラえもん』も、あれは学年誌の全誌で連載したのかな。でもちっとも人気が出ないで、もうそろそろ……という時にテレビ朝日とシンエイ動画がアニメにして、それによって導火線にバーンと火がついて、あんなに国民的なキャラクターになったんです。
 「国民的なキャラクターを育てる」みたいなことは、コミック誌+学年誌、教育誌みたいなものが重なっているからできることですね。

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『ドラえもん』(画像はドラえもん (1) (てんとう虫コミックス) | 藤子・F・ 不二雄 |本 | 通販 | Amazonより)

鳥嶋氏:
 小学館はキャラクターを編集部の中に抱え込むんじゃなくて、いろんなところで共通財産として扱うという風土があるってことですね。

白井氏:
 たしかに、それがいちばん小学館の強みではあるかもね。学年誌の育てる力というのは、講談社にもないですからね。

──今であれば、たとえば『ドラえもん』には専用の窓口があると思うんですが、そうなる前は編集部なり編集者なりが窓口になっていたわけじゃないですか。
 だから昔は、「ドラえもんをキャラクターとして使いたい」と思った時、逆に編集者の判断がある種のフィルターになっていたこともあるんじゃないかと思ってるんです。

白井氏:
 あるかもしれないね。いろんなことを許可したいという編集者と、悪く言えば私物化する編集者と。話がもつれないようにするためには、「アイツの顔を立てて一応言っとかないと」みたいな。

 でもここぞという時に、多くの人に許可して、大勢の人の目に触れたほうがいい場合もあるからね。だからアニメなんかも、どこで許可するかというのは難しいね。
 「もっといいところが来るんだろう」とか、「このアニメ会社はちょっと」とか迷っているうちに、何もしていないのに話が消えちゃう場合もあるわけですよ。それだったら、最初に話が来た時に許可しておけば、漫画家にとっても良かったんじゃないかな、とね。

鳥嶋氏:
 タイミングがね。

白井氏:
 「この会社よりも、もうちょっと」という気持ちは、すごくよく分かるんですよ。分かるけど、その次に話が来るかどうか、何の保証もないし。
 また別の作品が出てくれば、そっちに行っちゃいますから。そのジャッジというのは、すごく難しいと思いますね。

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編集長
電ファミニコゲーマー編集長、およびニコニコニュース編集長。 元々は、ゲーム情報サイト「4Gamer.net」の副編集長として、ゲーム業界を中心にした記事の執筆や、同サイトの設計、企画立案などサイトの運営全般に携わる。4Gamer時代は、対談企画「ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」などの人気コーナーを担当。本サイトの方でも、主に「ゲームの企画書」など、いわゆる読み物系やインタビューものを担当している。
Twitter:@TAITAI999
ライター
過去には『電撃王』『電撃姫』『電撃オンライン』などで、クリエイターインタビューや業界分析記事を担当。また、アニメに関する著作も。現在は電ファミニコゲーマーで企画記事を執筆中。
Twitter:@ito_seinosuke
デスク
電ファミニコゲーマーのデスク。主に企画記事を担当。 ローグライクやシミュレーションなど中毒性のあるゲーム、世界観の濃いゲームが好き。特に『風来のシレン2』と『Civlization IV』には1000時間超を費やしました。最も影響を受けたゲームは『夜明けの口笛吹き』。
Twitter:@ex1stent1a

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