週刊化した『スピリッツ』と、月二回刊が交互に出る『ビッグコミック』との違い
鳥嶋氏:
『美味しんぼ』が生まれたことで、『スピリッツ』の雑誌としての柱が1本、立ちましたよね。
白井氏:
『美味しんぼ』と、それから『めぞん一刻』【※】だよね。
※『美味しんぼ』と、それから『めぞん一刻』
実際の連載開始時期は、『めぞん一刻』が1980年開始、『美味しんぼ』が1983年開始で、『めぞん一刻』のほうが先にスタートしている。
鳥嶋氏:
『めぞん一刻』の高橋留美子さんは、どうやって引っ張ってきたんですか?
白井氏:
高橋さんは『サンデー』の頃から知ってるから。
鳥嶋氏:
だけど『サンデー』の大黒柱じゃないですか。よく『サンデー』がオッケーしましたよね。
白井氏:
あれは感謝ですよね。『めぞん一刻』って、今でも青春漫画の金字塔みたいなものですから。それで柱ができて、ようやく動き出して、月二回刊から週刊化という。
その当時は自分もギンギンに元気だった頃だから、二晩や三晩徹夜したってどうってことはなくて。ソファーに寝っ転がれば、それでおしまいですから会社が家みたいなものですよ。
しまいには「週二回刊をやるか!」みたいなことまで言い出して(笑)。月曜発売と金曜発売で。
鳥嶋氏:
またまた、調子に乗って(笑)。
白井氏:
当時はそのぐらい元気があったわけよ。
鳥嶋氏:
その頃は不死身な感じがしたんですね。
白井氏:
そうそう。音羽【※1】には、『モーニング』に栗原良幸さん【※2】がいたから。栗原さんは「栗原天皇」と言われて、僕にはそういう尊称はついてないんだけど、ライバル誌として『モーニング』対『スピリッツ』という構図になっていて。すごく部数も伸びて、いちばん良い時でどれぐらいいったのかな。150〜160万部ぐらいかな。
※1 音羽
東京都文京区音羽に講談社があることから、講談社やそのグループ企業である光文社のことを指す。ちなみに小学館や集英社は、同じく本社の住所(東京都千代田区一ツ橋)から「一ツ橋」と呼ばれている。
※2 栗原良幸
『週刊少年マガジン』の編集者として、手塚治虫氏の『三つ目がとおる』などを担当。『月刊少年マガジン』編集長を経て、1982年に週刊『モーニング』、1986年に月刊『アフタヌーン』をそれぞれ創刊。『モーニング』では1998年までの16年間、編集長を務め続けた。
鳥嶋氏:
150万部は超えてたでしょう。
白井氏:
そこが最高部数かな。
でも『スピリッツ』は週刊化したけど、『ビッグコミック』は週刊にしないで、代わりに『ビッグコミックオリジナル』を出したってことが、上手かったよね。
鳥嶋氏:
月二回刊の雑誌を交互に出して。
白井氏:
だから『オリジナル』と『ビッグ』を足せば週刊誌になる。コンセプトを少し変えてね。
『オリジナル』は超娯楽作。『あぶさん』があり『浮浪雲』があり、バロン吉元の『どん亀野郎』とか、エンターテインメントに徹した作品が『オリジナル』で。『ビッグ』は白土三平さんがいたりするから、少し考えさせる作品が多くて。
鳥嶋氏:
『オリジナル』が東芝日曜劇場で、『ビッグ』がNHKのドラマみたいな。
白井氏:
そうそう。
『ビッグコミック』は、漫画版の『オール讀物』を作ろうって気で作った雑誌なんです。
鳥嶋氏:
そうなんですか。
白井氏:
『ビッグ』の創刊当時は、小説が少しずつ落ち目になっていて。中間小説で言えば、『オール讀物』とか『小説現代』とかは、30万部ぐらい部数が落ちていって。
そういう大人の活字本に代わるものというか。アダルトなんですよね。アダルトって、今は別の意味に使われるけど、その当時は成人誌という意味で……
鳥嶋氏:
読み応えがあるもの。
白井氏:
そう、読み応えがある。だから一話完結で長編というのが、創刊当時のコンセプト。
鳥嶋氏:
あっ、うっすらとした記憶だとそうですね。長かったですよね。
白井氏:
みんな長い。少年誌みたいに短いページ数で、引きで次はどうなるという展開ではなくて、小説と同じように読み応えがある。
だから『ゴルゴ13』なんて、今でも40ページぐらい使ってるんじゃないですか。前後編の80ページで一話完結。
鳥嶋氏:
あぁ、なるほど。
漫画だけではない新しいことをやりたい人たちが『スピリッツ』に集まった
白井氏:
それで話を戻すと、『ビッグ』は『オリジナル』と交互で、上手く週刊誌を作ったのと同じようになっていて。『スピリッツ』はそのまんま、月刊、月二回刊、週刊と増えていった。
鳥嶋氏:
でも『オリジナル』や『ビッグコミック』に比べると、ホイチョイプロとか『サルまん(※サルでも描けるまんが教室)』とか、サブカルチャーの匂いがする連載が、『スピリッツ』だけは出てくるじゃないですか。
白井氏:
あれは僕の小説好きというのがひとつあって。漫画だけじゃなくていろんなものをやってみたかったんだよね。
ホイチョイプロの『気まぐれコンセプト』は、最初期から今でも唯一残っている作品ですから。あれもね、『気まぐれコンセプト』の1回目が載る時に、馬場康夫さん【※】たちが電通や博報堂の前でビラを配ったんだよね。「『スピリッツ』から連載を開始します」みたいな。
※馬場康夫
日立製作所の宣伝部に所属しながら、学生時代の友人たちとホイチョイ・プロダクションズを設立。同社の代表取締役社長として、広告業界を題材にした漫画『気まぐれコンセプト』を、1981年から『ビッグコミックスピリッツ』で連載している。また1987年に日立製作所を退社して、映画『私をスキーに連れてって』を監督。同作の大ヒットを受けて、その後も映画監督としての活動を続けている。
鳥嶋氏:
そうなんですか。
白井氏:
そうしたら小学館の宣伝部からね、「大丈夫なのか、あの人たちは。全共闘とかそういうヤツらじゃないのか」って(笑)。「違う。あの人たちは特殊なやり方で自分の作品を宣伝しているだけだ」みたいなやりとりがあったり。
あと『スピリッツ』で、夢枕獏さん【※】に小説を頼んだんですよ。
※夢枕獏
『キマイラ』『餓狼伝』『陰陽師』など、伝奇バイオレンスや格闘技を題材とした長編シリーズに定評がある小説家。実写映画化やアニメ化、コミカライズされた作品も数多い。
鳥嶋氏:
へぇ〜。
白井氏:
獏さんに「売れてるんだったら、高橋留美子さんの作品を抜く気持ちで、同じ土俵で勝負して書いてみたら」って。
鳥嶋氏:
また煽って(笑)。
白井氏:
彼もその言葉に乗せられて、じゃあ受けてみるかと。でもまだ未刊行なのよ、これが【※】。原稿用紙1000枚ぐらいあるんだけど。
※夢枕 獏氏によるエキサイティング・ノベル『妖獣王』のこと。『スピリッツ』にて1984年12月15日号から1987年1月22日号まで掲載された未完の作品だったが、祥伝社「小説NON」6月号(5月20日発売)より連載が始まった
鳥嶋氏:
まだ出てない!?
白井氏:
出てない。まだ半分ぐらいで終わっちゃってて。あの人は大長編だから。最近、祥伝社の「小説ノン」に最初から連載を開始しました。良くこんなエロチックなものを載せたなと、再読して仰天しました(笑)。
鳥嶋氏:
たしかに。
夢枕さんは『サイコダイバー』とかも書いているから。
白井氏:
あとは秋元康さんのおニャン子対談【※】とかね。そういう新しいものに目を向けて、『スピリッツ』が何かこう漫画だけではないものにも門を開いていますよ、常に発信していくきますよ、というのを見せたかった。いとうせいこうさんとかね。
※秋元康さんのおニャン子対談
1980年代後半に絶大な人気を誇ったアイドルグループ「おニャン子クラブ」のメンバーが、プロデューサーの秋元康氏と『スピリッツ』誌上で対談する企画記事。
鳥嶋氏:
糸井重里さん【※】も、白井さんが引っ張ったんですか?
※糸井重里
コピーライターとしての活躍のほか、現在はWEBサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」の主催としても知られる。ゲームファンには『MOTHER』シリーズの生みの親としてもおなじみ。糸井氏は『ビッグコミックスピリッツ』で、『めぞん一刻』の連載100話記念に「めぞん一刻論序説」を発表するなど、漫画以外の記事部分に参加している。
白井氏:
糸井さんもそう。長い付き合いだからね。
鳥嶋氏:
だから、小学館らしくない雑誌だと思いましたね。
言い方は悪いですけど、漫画で部数が安定して利益が上がっているから、それを利用して好きなことをやるって感じでしょ?
白井氏:
それはそうだね。何も言われることはないからね(笑)。またスタッフもみんなお祭り好きで、会社より『スピリッツ』が好きという編集者ばかりで、心強かったです。
鳥嶋氏:
誰も社内で文句を言えないから、じゃあここでやりたかったことをやろうと。
白井氏:
それは少し私物化したかもしれないけど(笑)。
それから当時、小学館の宣伝部に、今はもう亡くなったけど。彼がね、「編集長を売り物にしちゃいましょう」って、私を電車の中吊り広告に引っ張り出したわけよ。
鳥嶋氏:
あれは僕、ビックリしましたよ。白井さんって出たがりな人なんだなぁって。
白井氏:
違う。それは誤解されるんだけど、僕が出たいわけないでしょうが、あんなの(笑)。
鳥嶋氏:
白井さんが出たかったからじゃなくて?
白井氏:
違うって(笑)。その宣伝部の人は明治大学の演劇科かなんかを出た人で、『スピリッツ』に惚れ込んでくれたんですよ。
鳥嶋氏:
白井さんと一緒に新しいことをやりたかったんだ。
白井氏:
それで「編集長を毎週、中吊りに出しましょう」って。
鳥嶋氏:
毎週!
白井氏:
毎週だよ(笑)。それで6、7回やったんじゃないの。いちばん辛かったのは、銅像になった時。上半身と髪の毛をニカワで塗り固めてさ、青銅みたいに見せるために。
鳥嶋氏:
銅像みたいに見せるわけですね、本人を使って。
白井氏:
そうそう。大変だったよ、後で落ちなくて。
鳥嶋氏:
反響が大きかったでしょう。
白井氏:
それから乞食ね。乞食の格好をして、ヘッドコピーが「200円ぐらいあるでしょ」。当時、『スピリッツ』が200円だったからね。
鳥嶋氏:
上手い(笑)。なかなか冴えてますね、コピーが。
白井氏:
がんばったんだろうね、やっぱり。
若い編集者にもね、そういうことを面白がる人間がいっぱいいて。だから『スピリッツ』に来たいという。
鳥嶋氏:
小学館に新入社員志望者が来たら、ほとんど「『スピリッツ』に行きたい」と言ってたんですよね。
クリスマスにはプレゼント、お正月にはおせちを自ら届ける、作家への気遣い
鳥嶋氏:
白井さんはサラッと流しましたけど、高橋留美子さんを『スピリッツ』に引っ張った時には、じつはけっこう高橋さんのところに通ったり、暗躍されたんじゃないですか?
白井氏:
「暗躍」は言葉が悪いんじゃないですか(笑)。
鳥嶋氏:
僕は白井伝説をいくつか聞いたんですけど、女性は白井さんのことを「ジェントルマン」って言うんですよ。一方で男性は、白井さんを「怖い。鬼だ」って言うんです。性別で白井さんの評価がぜんぜん違って。
僕が聞いた範囲だと、白井さんは百貨店の外商を味方につけて、女性作家や作家夫人に贈り物をセレクトさせていたって、これは本当ですか?
白井氏:
違います(笑)。誰かが作った話です。
鳥嶋氏:
あとは、作家さんが喫茶店で白井さんや他の編集者と待ち合わせていた時に雨が降って、白井さんが傘を持って迎えに来たと。
白井氏:
それはやったかもしれない。
鳥嶋氏:
その方は「編集者がそんなことまでやるなんて」と記憶に残っている、と言ってましたよ。
白井氏:
お子さんのクリスマスプレゼントを買いに行ったりしたことはあるよ。12月23日ぐらいにずーっと走り回って、トレーナーだったり本だったりを、毎年24日に届けてさ。
ちばてつや先生なんて、お子さんが5人もいらっしゃるの。そうすると名前を忘れちゃうわけ。「ひろし君ってどういう字だったかなぁ」と思い出しながら。
鳥嶋氏:
5人分を用意するのは分かるんですけど、それぞれのお子さんの好みって、どうやって把握するんですか?
白井氏:
それはもう、被らないようにするってだけでね。値段も差がつかないようにとか、それぐらいで。
鳥嶋氏:
白井さんのそういう話を聞くと、この歳になると「さすがだな」「偉いな」と思うんですけど、でもまず先にビックリするんですよね。集英社の僕および僕の周りに、そういう気遣いをする編集って、一切いなかったので。
そこまで気遣いをして、嫌な言い方ですけど、作家に取り入ろうとするというのはスゴイなと。
白井氏:
でも始めたら、続けるのが大変だよね。一度誕生日のプレゼントをあげたなら、それをずっと続ける。おせち料理なんか、今でもやってるから。
12月31日に、高橋留美子さんとかちばさんとか、何人かにおせち料理を届けるの。
鳥嶋氏:
今でもやってるんですか?
白井氏:
今でも。
鳥嶋氏:
ずーっと? 一回始めちゃったら?
白井氏:
そう。
鳥嶋氏:
スゴイなぁ……。
白井氏:
誕生日もね、さいとう・たかをさんは11月3日って覚えやすい日だけど、そうじゃない人の誕生日も、どこかにメモして。それで花を贈ったりして。
鳥嶋氏:
なるほど。そこらへんのね、白井伝説はよく聞くんですよ。だからじつにこう、巧みにスルッと人の心に入っていく。
白井氏:
悪い人みたいじゃないですか(笑)。
鳥嶋氏:
悪い人じゃないですか(笑)。