戦国武将と社長は似ている? 社長の視点だから想像できた「やることがたくさんある」戦国武将像
太田氏:
宮下さんは、「今の時代で戦国武将と似たような職業があるとすれば『社長』だ」ってずっと仰っているんですよ。
襟川氏:
まさしく、おっしゃる通りです。『信長の野望』は私が社長だったから、「戦い以外にもたくさんやることがあったんだろうな」という発想になったので。
太田氏:
襟川さんと同じ第1世代のゲームクリエイターの中では、他の人たちは社長じゃなかった。襟川さんは社長だったので、こういう方向性になったんですね。社長じゃない人たちは、おそらく社会経験がさほど問われないシューティングゲームやファンタジーのロールプレイングゲームとかの方向へ行ったんだと思います。
宮下さんは、私(社長)の近辺で起こったことをとにかく聞きたがるんですよ。「なんでこんな話を聞きたがるんだろう」と思っていたんですが、その社長の視点みたいなものが漫画に活きているんですね。その根源は『信長の野望』だったんだって、わかりました。
襟川氏:
80年代当時は、クリエイターで、かつ社長もやっている人は何人もいたんですけど、ほとんどは若くして引退してしまって。未だにゲームも作るし、社長もやっている人って限られているんじゃないでしょうか。ある程度リッチになると、創作意欲よりも別な遊びに一生懸命になっちゃったりして(笑)。
太田氏:
襟川社長は、遊びと言ったら未だにゲームなんですね。
襟川氏:
ゲームが好きだからなんですよね。元々趣味でゲームを作って遊んでいたのが、ビジネスになったので。
太田氏:
一番幸せな人生ですね。
襟川氏:
非常に恵まれているな、と思いますね。好きな事を一生懸命やって、それがビジネスになって。しかも、優秀な社員の人たちが「自分たちもどんどん良いゲームを作りたい」って、意欲満々で入ってきますから。
「自分なりの『信長の野望』をつくりたい」とか、「自分なりの『三國志』をつくりたい」って、そういう意欲をもって入ってきてくれるんです。
宮下氏:
ゲームは社長業のいいとこどりをしたもので、楽しいところだけをやっているんだとは思うんです。例えば、『信長の野望』では部下が「殿、〇〇しましたぞ」とか言うじゃないですか。あれはご自身で考えられたんですか。
襟川氏:
そうですね。
宮下氏:
ああいった「自分の行動に対してリアクションがある」というのはボードゲームとビデオゲームの大きな違いですよね。ボードゲームをやっていても、誰もほめてくれない(笑)。
太田氏:
確かに、コンピューターゲームにはリアクションがあるんですよね。最新作でも、小姓が出てきていろいろ言ってくれますもんね。
襟川氏:
ちょっとしたコメントですけど、民になにか施すと、「ありがとうごぜえますだぁ」とか。
太田氏:
そうそう、あれが嬉しいんですよ。常にプレイヤーの相手をしてくれるっていう。社長って、やってても部下は感謝してくれないんですよ。『信長の野望』はみんながなにかしらリアクションしてくれますからね(笑)。
一同:
(笑)。
「ゼニの大切さ」を表現した『センゴク』。武将のヒロイックな面だけでなく、地味な面も描くという着眼点は『信長の野望』と共通している
宮下氏:
あと社長的な仕事でいえば、ゲームでは借金のやりくりをしてみたいですね。もちろん、現実ではやりたくないんですが……。なんとか借金を返しつつ、チャートやキャッシュフローを見ながら赤字を返して、みたいな。『信長の野望』も、借金モードにもっと掘り込んでほしかったです。
襟川氏:
資金繰りって、本当に会社が厳しくなった時に社長が一番やらなくちゃいけないことなんですよね。会社にとってのお金は、人間にとっての血液と同じですから。それが無くなってしまうと、もうその会社は消えてしまうという宿命になります。最後の局面になると、お金や資金繰りが非常に大事ですね。
宮下氏:
『信長の野望』でそういう資金繰りをやりたいな、という。
襟川氏:
でも、生々しくなりすぎちゃいますよ。私は、父親の会社が倒産したことがあって、最後の半年間は地元に帰って手伝ったんですけど。私の父親は資金繰りばかりしていました。
いろいろな銀行から借金をして、売掛金の回収をして、それを手渡して、って。1日中ずっとやっていましたから、これがゲームとして楽しいかといわれると……(笑)。
一同:
(笑)。
襟川氏:
でも、表現はできるかもしれませんね。資金繰り自体が合戦の勝ち負けの肝になっているとか、要素になっているっていうことを表現すればいけると思います。
信長だって、ずいぶんと鉄砲への投資をして、それによって戦いが優勢だったっていうのは事実ですから。『センゴク権兵衛』でも、そうした「戦いの裏の財務力」みたいなものは表現されていますよね。
宮下氏:
そういった財務力的なところを、漫画でもうまく表現できないか……というのは思っていました。貿易の楽しさとかにもつながると思うんですが、「自分たちの間では飽和しているものを必要な人に届けて利益を出す」という行為に根源的な楽しさがありますよね。
太田氏:
そういう資金繰り的な面白さというのは、ゲームで言うと『大航海時代【※】』が近いかもしれませんね。
※『大航海時代』シリーズ……コーエーから発売されたシミュレーションゲームシリーズ。大航海時代を舞台に、海戦や交易をしながら冒険する。
宮下氏:
ああいうの、漫画でも表現できたらいいなと。
襟川氏:
いや、もう十分に『センゴク』の中で表現されていると思いますよ。「ゼニの大切さ」っていうのが、十分出ています。今読んでいるところですでに、経済との結びつきで新しい時代に生まれ変わっていったというのが、非常に良く表現されています。
──いまの財務力のお話にもあったように、『センゴク』は「武将のヒロイックなところだけでなく、地味なところも描きたい」というのが新しかったように思います。
『信長の野望』も、米の価格が変動するシステムなど、地味なんだけど時代の空気感を表すものがちゃんとあって。そういった「地味だけど面白いところ」を見つける着眼点のような部分に共通するところがあるのかもしれませんね。
宮下氏:
地味だけど空気感を表現するのに大事な要素といえば、『信長の野望』には「武器相場」のシステムもありましたよね。武器の価格が上がったら、「あれ、他国で武器を買い占めているやつがいるな」って分かる。
襟川氏:
そうなんですよ、需要と供給のバランスがゲーム内にあるんですよね。
宮下氏:
ああいうのも全部、『信長の野望』から影響を受けて、漫画でやりたかったことなんですよ。どこの兵力がどれだけ減ったか、という描写は、全部数値化したかったんです。機密事項が多いから、当時の資料でもなかなか分からないんですけど、分かるところはなるべく入れるようにしていました。
太田氏:
兵力の数値化といえば、「姉川の戦い」では戦いが始まったときに、「何千対何千」みたいな感じで描かれていましたよね。あれはたしかに『信長の野望』っぽいですね。
襟川氏:
いろいろ著名な歴史家の先生がたとお話し合いをされたうえの表現で、素晴らしいと思います。
国造りは男のロマン。「王様の仕事」がゲームになったことで、誰でも疑似体験できるようになった
襟川氏:
『信長の野望』はシリーズ作ですから、「次の作品はどういった切り口にするか」というのを決めて、それを面白さの核にしています。例えば『信長の野望・新生【※】』は、配下の武将が自律的に動いて、「あそこを攻めましょう」とか「ここと外交関係を結びましょう」とか、いろいろな提案をしてくるというのがひとつの特徴ですね。
もちろん自分でも全部できるんですが、自分ひとりじゃできない事業というか、優秀な配下の武将とチームを組んで全国統一を果たしていくという、そちらの方に主眼を持って行ったんです。
※『信長の野望・新生』……2022年に発売された、『信長の野望』シリーズ16作目の作品。
太田氏:
たしかに、今作だと社長は社長でも、ホールディングスの社長みたいな視点がありますよね。下に子会社の社長が何人かいて、そいつがいろいろ言ってくるみたいな(笑)。
──「この計画を実行したいから予算をくれ」というのは、まさに会社的ですよね。
太田氏:
そうそう。だから「これをするのに、3ヵ月分のお金か……」とか思っちゃうんですよね。
宮下氏:
昔、ファミコンで『ベストプレープロ野球【※】』っていうゲームがあったんですが、監督になって采配をして、プレー自体には一切手を加えられないという画期的なゲームで。『信長の野望』でこれと同じことをやりたいなって(笑)。大まかな指針だけ与えて、あとは眺めるだけみたいなのって面白いだろうなって思います。
※『ベストプレープロ野球』……1988年、アスキーから発売された野球シミュレーションゲーム。プレイヤーはチームの監督となり、ペナントレースを戦う。
太田氏:
これだけ話が盛り上がる『信長の野望』って、やっぱりすごいゲームですね。
襟川氏:
作った側としても、ここまで面白くなるとは……。スタートの時には本当に思っていませんでした。
太田氏:
いくら乱数の要素があるとはいえ、背後にあるのはアルゴリズムですから、普通はある程度想像の範囲内に納まると思うんですが…… なんでこれだけの面白さになったんでしょうね。
襟川氏:
やはり、ゲームという「アクションとリアクション」の生々しい動きの中で、戦国武将の日々を疑似体験できるというのが大きいんだと思います。自分がいかにも戦国時代で生き抜いているという感覚を実感できるのが、当時の「新しい面白さ」だったんじゃないかと思いますね。
宮下氏:
社長業って、それこそ何千年も前からあるものですし。もともと「国造り」っていう王様だけができたことを、誰でも疑似体験できるようになったということですもんね。
太田氏:
バーチャルとはいえ、国造りは男のロマンですよね。やっぱり面白い。
──「米相場」とか「武器相場」とか、そういった経営的な視点を取り入れたことによって、より戦国時代をリアルに感じ取れるようになった。そのうえ、自分の行動に対していちいちリアクションがもらえるという。古来では王様や戦国大名だけができていた国造りが、ゲームという形で民主化されて、誰でも体験できるようになったんですね。
太田氏:
たしかにその通りですね。実際に現実で王様をやるってなったら大変ですし。ゲームのようにみんなが動いてくれたらどんなにいいか。