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【『信長の野望』シブサワ・コウ×『センゴク』宮下英樹:特別対談】 累計1000万部を超える傑作歴史マンガの原点は“ゲーム”だった。小説や映画では物足りなくなるほど、宮下氏の心を奪った『信長の野望』の革新性はどこから生まれたのか?

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「英雄の孤独」を描く『センゴク』。リーダーにはリーダーの苦労がある

宮下氏:
ゲームでは王様の比較的楽しい部分だけを味わえるんですよね(笑)。実際にコマンド通りに人が動いてくれるってなかなかない。

太田氏:
宮下さんも以前おっしゃってましたけど、信長が秀吉の奥さんの寧々に、夫婦喧嘩を仲裁する手紙を送っていて。偉い人ってあんなことまでしなくちゃいけないんだっていう(笑)。

当時の秀吉って、せいぜい部長くらいの地位なんだけど、その部長の奥さんに長々とした手紙を書くぐらいじゃないと、信長にはなれない。ゲームや漫画は「かっこいいところだけ描く」という選択ができますが、実際の信長はもっと大変だったんじゃないかって思いますね。

襟川氏:
『センゴク』の中の秀吉もそうですね。柴田勝家もそうですが、初めてリーダーになっていくときに、だんだんと信長の大変さを感じ取っていくという描写があって(笑)。すごくいい表現だなと思いました。どんどん孤独になっていくんですよね。

宮下氏:
よく小説やドラマで「英雄の孤独」って言いますけど、なかなか読んでる側としては、実感が湧かないんですよね。僕はこれを伝えたいなと思いました。

襟川氏:
それは『センゴク』で十分に伝わっていると思います。

宮下氏:
そうそう。特に管理職以上の人には伝わるんですよね。

襟川氏:
勝家と秀吉は立場が違って、結局は戦い合うんですが、考えていることや苦労していることは同じっていうか(笑)。

太田氏:
宮下さんの最新作の『大乱 関ヶ原【※】でも、石田三成が「豊臣政権をなるべくちゃんとやっていこう」と考えているんです。

家康は特に政権を簒奪しようと思って頑張っているわけでもなく、三成も「絶対に家康を成敗しなければ」と思っているわけでもない。今まで誰も描いてこなかったような「関ヶ原」を描かれていて。そこもゲームからの影響があるかもしれないですね。

※『大乱 関ヶ原』……宮下氏の最新作。「なぜ関ヶ原の戦いは起こってしまったのか?」をテーマに、戦国時代の政治模様を描く。

シブサワ・コウ×宮下英樹 特別対談。『センゴク』の原点は『信長の野望』だった_012
『大乱 関ヶ原』第1巻(画像はAmazonより)

宮下氏:
人間ってやっぱり、仕事を与えられたら、その仕事をせざるをえないじゃないですか。だから家康も三成も、「政権をちゃんと治めなきゃいけない」って考えたと思うんです。

襟川社長も、クリエイターから社長になった時のもどかしさってあったと思うんですけど、僕も人に任せられないというか。自分なら90点でできるところを、部下が80点でやってきたのに、いかにも「よくできたでしょ、褒めて褒めて」みたいな態度だったりして。「俺なら90点でできるのに!」って思ってしまいます。

ただ、それでも「すごい、よくやった!」って言わなくちゃいけないじゃないですか。社長っていったら、そんなことだらけですよね。

襟川氏:
30代とか40代の若いときには、結構自分でやってしまうというのはありましたね。50代くらいになってくると、だんだん体力とか気力が落ちてきているなと感じるようになりまして。

そうすると、私の配下の武将たちがですね(笑)。優秀な人たちがたくさんいて、私よりよっぽど良いアルゴリズムやゲームを作れるということが分かってきて。そういう人たちにどんどん任せるようになりました。

ただ、当社の一番のキモは「新しい面白さづくり」というところで、それをコーエーテクモのスピリッツにしているんです。その「新しい面白さ」というのは、自分で確認したいなと思っています。

「米相場をゲームに入れたら面白そう!」と思いつき、実際に面白く仕上げた襟川氏の“センス”

宮下氏:
「新しい面白さ」というキーワードが何度か出てきましたが、いまのゲームの面白さを評価する基準とかって、どういうものが主流になっているんでしょう?

襟川氏:
そうですね、コーエーテクモで言えば今は社内にゲームの評価組織があります。「CGのクオリティはどうか」とか、「ゲームに取っつきやすいか」とか、たくさんの評価基準があって。「100点満点のうち、何点以上だったら合格」という基準を作って、なるべく客観的に評価しています。

一方で世界的に見ると、アメリカの「Metacritic」というサイトなんかが代表的ですね。全世界のメディアの方々が、100点満点で点数をつけるんです。80点を超えると、ワールドワイドで200~300万本くらい売れる、90点を超えると500~1000万本くらい……というひとつの基準になっています。

宮下氏:
なるほど……。そういった客観的な評価も、それはそれで大事だと思うんですが、もうちょっとアート的な評価基準ってないんでしょうか。

──ああ、宮下さんが仰りたいのは、グラフィックの美しさとかだけではなくて、ゲームに注ぎ込まれている“センス”を評価したいということですかね? 言い換えると、ゲームの芸術性はどこにあるのか? という。

例えば、『信長の野望』のすごさというのは、それまでのボードゲームをふくむ歴史もののゲームの多くが「戦い」にフォーカスしていたのに対して、経営者視点で戦国時代を体験できるようにしたことですよね。それこそ「米相場」の要素を自分で味わえるゲームなんて、恐らく『信長の野望』以前にはなくて。

宮下氏:
そうそうそう!

太田氏:
そうですね。戦いをゲームにするのはみんなが思いついただろうけど、戦国武将の社長業的な面をゲームにしようと思いついた人は少なかった。

──「米相場をゲームに入れたら面白いだろう、入れよう」という発想と、それを実際に面白いゲームシステムとして表現できるのが、襟川さんの“センス”だったと思うんですね。そういったセンスに満ちた表現の積み重ねから、戦国時代を感じ取れる革新性が生まれ、それが宮下さんに響いたのではないでしょうか。

宮下氏:
そう! まさに、そうなんですよ。僕は「ゲームの面白さ」という概念を、アートと同列に考えたい。戦国時代をゲームで表現するにあたって、「米相場が面白そうだから入れよう」とするセンス、面白そうな題材を実際に面白く表現するセンスを評価したいんです。

でも、その「面白さ」自体をどう展示すればいいのかが分からなくて、すごくモヤモヤしているんです。『信長の野望』は間違いなくセンスの塊のような作品だと思うのですが、それでも「信長の野望展」をやろうとなったときには、どうしても絵とか音楽しか飾りようがないじゃないですか。どうしたら「面白さ」そのものが伝えられるのかな、という……。

シブサワ・コウ×宮下英樹 特別対談。『センゴク』の原点は『信長の野望』だった_013

──普通の人が見逃すような要素を「面白いかも?」とキャッチアップし、実際に面白いシステムとして表現する。これができているゲームこそが、芸術的なゲームである。アートと同列に評価したい、というのはそういう意味ですよね。

ただ実際、センスというのはすごく評価がされにくい部分だと思います。宮下さんのおっしゃる通り、すごさが伝わりづらいんです。

太田氏:
文学の世界もそうなんですけど、「なぜこの作品が偉いのか、すごいのか」というのは、売り上げじゃないんですよね。でも、その『信長の野望』のすごさを伝えるというのはまさに批評の世界の話で、それこそ電ファミさんの領域なんじゃないでしょうか。

宮下氏:
だから、僕はTシャツに『川中島の合戦』のソースコードをダーッと書いて着たりとか、巻物に書いて残したりとかしたい(笑)。「ゲーム自体がアートなんだ」っていう気持ちがあるんです。

──確かに、ソースコードというのはアイデアをシステムに落とし込んだものなので、センスを形にしたもの……一種の芸術品と言えるかもしれません。他社さんの例えを出すとすれば、例えば『スーパーマリオ』のジャンプの軌道を作り出しているソースコードなんて、それ自体がもうアートですよね。

宮下氏:
それこそ、ちょうど任天堂さんが「ニンテンドーミュージアム」を作られましたけど、やっぱり中心になっているのは遊びの体験なんですよね。もうちょっと、このゲームそのものの面白さを展示するような試みはできないものかなと……。

太田氏:
コーエーさんも、今度テーマパークを作られるんですよね。

宮下氏:
えっ!そうなんですね。

襟川氏:
テーマパークというか、「ゲームアートミュージアム」というものが、2028年か2029年に予定されています。そこで『信長の野望』展もやろうと思っています。

宮下氏:
この面白さを表現できないかって、本当にもやもやしてたんです。それじゃあ、少なくともさっき話したソースコードのTシャツを売ってください(笑)。

襟川氏:
でも実際に『信長の野望』の世界観を再現したり、ただ見るだけじゃなくて、その中に来館して実際に飛び込んでいけるような、参加型のミュージアムにしたいなと思います。

コーエーの発展とともに進化する『信長の野望』。毎回ベクトルの異なる「新しい面白さ」を生み続ける

宮下氏:
ちなみに、コーエーさんでは「面白さのセンス」をどうやって受け継いでいっているんでしょう? 先ほどのお話にもあったように、センスって単純に言葉にできないがゆえに、なかなか継承するのも難しいと思うのですが。

襟川氏:
「面白さのセンス」に関しては、当社の採用基準の話にもなってくるのですが、まず「ゲームをやりこんでいるかどうか」というところで、ひとつの関門があります。

ゲームをまったくプレイしていないのに、「ゲームを作りたいんです」って言われると、「大丈夫かな」って思っちゃいますよね。逆に高校、大学時代に、最低でも100本とか200本のプレイ経験があると、ある程度は「ゲームの面白さの水準」みたいなものが分かってくるんです。

「最低限、このくらいのものを作らないと面白いとは言えない」という、自分なりのゲームの評価基準みたいなものが自然と出てくるんですね。ですから、まずはゲームをたくさんプレイしていることが採用基準に入ります。

宮下氏:
襟川社長は、ゲームだけじゃなくて在庫管理のソフトとかでも楽しかったんですよね。今の時代とは感じ方も違うんでしょうけど、それでも「在庫管理をしているだけでも楽しい」と感じられたのも、ひとつのセンスなのかなと思います。

襟川氏:
自分で経理や財務をやっていて、帳尻がピチっと合うのは、すごく嬉しかったですね。ミスがあったり、書類の不備があったりして、だいたいは合わないんですけど(笑)。でも、そういうのが何も起きなくて、数字がぴったり合った時は、ものすごく嬉しかったですね。

シブサワ・コウ×宮下英樹 特別対談。『センゴク』の原点は『信長の野望』だった_014

宮下氏:
『信長の野望』で言うと、いろいろな直轄地から輸送してきて兵団を作るんだけど、一揆が起きて失敗したりとかみたいな感じですね。でも、逆に狙っていたことがうまく結実したときの楽しさというのがあるので、その達成感に近いのかもしれません。

襟川氏:
そうですね。最新作の『新生』やその前の『大志【※】は軍団を作っていきますので、苦労しながらもどんどん軍団が大きくなっていく過程は、「作りがいがあったな」という点で面白さのひとつかなと思います。

※『信長の野望・大志』……2017年に発売された、『信長の野望』シリーズ第15作。

太田氏:
『信長の野望』シリーズ自体が、時代の動きとも合わせて進化していっている感じがありますよね。最新作は「ホールディングスの社長みたい」という話がありましたが、現実のコーエーが会社として大きくなっているところと、『信長の野望』シリーズの変化に、重なる部分があるなと思いました。

シリーズを通してみても、これだけナンバリングタイトルが出ていて、みんなが「俺の中ではこの作品が一番面白い」とか「このシステムがよかったのに」というのがありますよね。それって毎回、面白さのベクトルが違っているからですよね。

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編集長
電ファミニコゲーマー編集長、およびニコニコニュース編集長。 元々は、ゲーム情報サイト「4Gamer.net」の副編集長として、ゲーム業界を中心にした記事の執筆や、同サイトの設計、企画立案などサイトの運営全般に携わる。4Gamer時代は、対談企画「ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」などの人気コーナーを担当。本サイトの方でも、主に「ゲームの企画書」など、いわゆる読み物系やインタビューものを担当している。
Twitter:@TAITAI999

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