当記事では、ゲーム開発者向けの技術講演イベント「CEDEC 2021」において、8月26日(木)にオンライン開催されたセッション「『Ghost of Tsushima』のローカライズができるまで」の模様をレポートする。
ソニー・インタラクティブエンタテインメント(以下、SIE)で同作のローカライズを担当した坂井大剛氏と関根麗子氏の両名を講演者に迎え、いかなるプロセスでアメリカ製の時代劇ゲームを国内ユーザーが楽しめる形へと昇華させたのかを伝えた本セッション。
言語のみならず文化の翻訳にまで踏み込んだローカライズチームの挑戦事例から、感情を揺さぶる物語の背景に隠れた没入感の正体に迫る。
取材・文/dashimaru
文化をも翻訳するローカライズのプロセス
まずは『Ghost of Tsushima』(以下、ツシマ)について簡単な紹介が行われた。 2020年7月にPS5とPS4に向けて発売された本作は、文永11年(1274年)の蒙古襲来を題材としたアクションアドベンチャーゲームだ。長崎県の対馬の地を舞台に五大名家に連なる「境井家」の当主・境井仁の活躍を描くのは、アメリカ・シアトルを拠点とする開発会社のSucker Punch Productions(以下、SP)。
続いて坂井氏から、ローカライズの作業とはどういったものか具体的な概要を説明。海外で生まれた製品やサービスを他国でも使用できるよう「言語を変換」するのが広義の意味だが、ゲーム分野においては作中のテキストや音声、UIなど表現全般を翻訳対象の文化に寄り添う形へ調整する「カルチャライズ」も含まれるとのこと。
ジョークの翻訳を例にすれば、直訳した場合に意味やユーモアが通じないというケースは容易に想像できるだろう。その場合は一部の言い回しを変更したり、時には全体を意訳するなどの創意工夫が求められる。すなわち翻訳の「受け手」(ゲームでいえばプレイヤー)が、違和感を覚えずに楽しめる体験を提供することが質の高いローカライズであるといってよい。
そうしたローカライズを実現するためSIEが普段どのような工程を経ているのかは、上の画像に端的に示されている。各段階の詳細は割愛するが、翻訳したテキストを収録用の台本に変換する際には外部の協力会社が、スタジオでの音声収録においてはオペレーターや声優との間を取り持つ音響監督が存在するなど、いずれのプロセスにおいても多くのプロフェッショナルが携わっている点は記憶に留めておきたい。
ひとつのタイトルに費やす作業期間は規模にもよるが通常数ヵ月から1年ほど。『ツシマ』のケースでは新型コロナウイルスの影響もあり、約1年の長期に及ぶローカライズとなった。担当チームが抱えた目標は、オリジナル版の感動をそのまま、あるいはそれ以上にして「ユーザーに届けること」。
多数の翻訳実績を持つSIEのチームにとっても、『ツシマ』の翻訳は一筋縄ではいかなかったようだ。ここから先は、鎌倉時代の「語りのスタイル」を彼らがどのように演出に落とし込んでいったのかを、上記の工程を踏まえながら紐解いていく。
「感動」は開発側の目標を知り、ユーザーの理解を得るところから生まれる
坂本氏は、パートナーの開発会社が「何を目指しているのか」を知るのがもっとも重要だと強調。SPへのヒアリングを経て明らかとなった要点は以下の画像の3つ。これらを共有することで同じ目標に向かえるだけでなく、ローカライズ側が独自に判断して動ける範囲も広がるという。
ここで氏の口から『ツシマ』の作業を通じて得たSIEの知見が「教訓」という形で提示された。あわせて6のレッスンが披露されたので、その内容を個別に見ていこう。
ひとつ目の教訓は、「開発側とローカライズ側とで共通のゴールを持つ」こと。先ほど指摘されたとおり、SPとの協力関係を最大限活かすためには欠かせない点だ。同スタジオは開発の初期段階からSIEにサポートを仰いでいた。
これを受け日本側は野鳥の鳴き声やアイコンなどのUI回りといったサウンドとデザインの両面のリサーチにおいて専門部署の人材を提供。対馬への取材旅行の同行のほか、ローカライズチームとしてはミッション冒頭で表示されるスタンプの翻訳などを手がけた。
また、登場するアイテムについても具体的な翻訳エピソードを紹介。下の画像の右側に映っているのは、劇中のキャラクター・貞夫が書いた手紙である。漢字が多用され文字もしっかりと整えられた書きぶりは、歴史的な観点から見れば庶民の貞夫にはそぐわないものだ。リアルに即するならば左側のように、かな文字主体の筆致となるだろう。
では一体なぜ、時代考証とは異なる書き方が採用されたのか。それは「ユーザーの理解を重んじた」ために他ならない。考証的に正しい左側の手紙はプレイヤーの理解に過度な負荷を生じさせ得る。中には読むことを放棄する者も出てくるはずだ。
「理解が達成されなければ、それ以上の内容を伝えられず感動も生まれない」。こうした判断の指針となったのは先に触れたSPの目標であり、開発側と共通のゴールを持つ重要性があらためて浮き彫りにされた。これが教訓のふたつ目である。
エモさと“時代劇”っぽさを目指して
このように、ユーザーの理解抜きには作品の本質は到底伝わらない。そこでSIEが決めたローカライズ方針が以下のふたつ。まずは「感情ファースト(エモさ)」に注目しよう。エモさを基準にした理由は、『ツシマ』は感情をメインに進む物語(仁は常に葛藤する)という点だ。
そもそも時代劇という設定自体が侍の矜持や江戸時代の人情話を扱うエモいジャンル。ロジックよりも感情の描写を優先させるという判断はいわば必然だろう。
もうひとつの方針は「感性と分析」。感性はプレイヤーの大多数が「それっぽい」と思うナチュラルな表現によって支えられる。そうした感性の拠り所を探るため、ローカライズチームは黒沢映画などあらゆる既存の時代劇作品から知識を吸収。さらにはマンガ『子連れ狼』の原作者・小池一夫氏を隔週のワークショップ講師に迎え、同ジャンルの言葉遣いや芝居のメソッドを学んだ。
一方の分析は、事実を把握することで成り立つ。当時の風習や社会構造への理解を通じて、ローカライズの実務に応用可能な枠組みを設定するのだ。たとえば鎌倉時代の生活を知ると、武士と庶民を同じカテゴリーでキャラ付けするのは適当でないという点に気づく。だがこういった分析は、あくまでも感性の肉付けであると坂井氏は強調。最終的にはSPの目指すゴールとエモさを判断の根拠に据えるという。
乱暴に聞こえるかもしれないが、大多数のプレイヤーにとって感情移入の妨げとならないエンタメ作品を創造し心を響かせるためには、「時代劇になじみの薄い人にも刺さる言葉」を届けなくてはならない。この点において、的を絞るという意味でも感性は有用だ。
具体的な翻訳の例として、ミッション冒頭におけるスタンプが再び挙げられた。画像右下の原題は「Jin’s Journey」となり、直訳すれば「仁の旅」といった意味に過ぎないが、世界観がより伝わるよう「仁之道」という表現に置き換えられている。
また、左下の「離之段」は英語版では「Act 3(第3章)」とシンプルな章題だが、1500年代以降に千利休の言葉がルーツとなって生まれた「守破離」にちなんだ造語を用いて、仁と志村の関係性を暗に示す奥行きを与えた。
一方で、時代背景に沿った正確さも抜け落ちてはならない。不自然な用語については開発側の了承を得たうえで修正を行う場合もある。作中のキャラクターにおいて、仁の乳母である「百合(ゆり)」は英語版では「Yuriko」という名前で登場する。一介の乳母である百合の名に敬称の「子」が付くのは当時の常識に照らせば適切でないため、ローカライズの過程で取り除く判断が下された形だ。
没入体験をもたらす「言葉」への挑戦
開発側の目標を達成するにあたり、「言葉」、「芝居」、「テキスト」の3つの課題に直面したと坂井氏は語る。氏は作業を進める中でどのようにこれらの解決に至ったのかを豊富な具体例を交えて説明した。
まずは言葉の問題について。実はオープンワールドを舞台とするゲームは、時代劇的な語り口とは相性が悪いそうだ。ユーザーはプレイしながら途切れずに続く会話にも耳を傾けなければならず、内容を追い切れなくなるリスクがあるという。
そこでローカライズチームは、語り口のペースは誰もが分かるよう現代的な速度にしつつ、セリフの各所に中世の言葉を用いることで解決を図った。ワードの選定は単語が初めて文献に登場した年を記した『日本国語大辞典』(小学館)や現代の言葉から古語の類語を引ける『現代語・古語類語辞典』(三省堂)を参照しながら行われ、「外文」に「啓上」といった平安以前のマイナーな単語も映像や文脈によって理解できる場面では採用されている。
後の芝居の問題にもつながるが、武士と庶民の立ち位置の違いも言葉を通じて明確にされた。志村や石川などの武士勢にはより厳格なルールを定め、あえて古風な話し方とすることで現代人の目には異質に映るキャラクター性を付与したという。逆に庶民側にはフランクな言葉遣いを設定し、今の時代に寄り添った共感性の高さを演出しているとのことだ。
また、琵琶法師による伝承の語りやミニゲームの和歌におけるローカライズにも言及。ここではあえてプレイヤーの理解を基準とせず、古語を惜しみなく導入することで「時代劇の世界に入ったかのような体験」を目標とするSPの希望を叶えた。
伝承の語りでは迫力ある映像の雰囲気を重視した七五調のリズムを当て、和歌では「詠むのは得意ではない」と語る仁のキャラクター性を踏まえ平安時代とは異なる調子を取り入れたほか、画面を見ればその意味が分かるよう字幕に現代語訳を施すなどの工夫がされている。
淡泊な英語版の演技に対し、日本版は「泥臭さ」を貫く
次の芝居については、本作特有の課題として「洋画らしい吹き替え」が通用しない点を挙げた。そのためオーディションや収録を行う中で演技の方向性を定めていったと坂井氏は話す。演出の方針を決定付けたのは、ゆなと竜三の声優を選出する際に臨んだ水野ゆふ氏と多田野曜平氏の演技だったという。
両者の芝居は現代的な王道を行く演技とは異なり、本作のテーマにも通じる良い意味での「泥臭さ」が際立っていた。英語版では感情を押さえ淡々としたスタイルを貫いているが、SIEはこの泥臭さに重きを置いた「感情ファースト」の芝居を優先し、日本語版ではなく国内のユーザーに感動を届けるための「日本版」を意識したローカライズへと取り組んでいく。
とはいえ、その実現は決して容易なものではない。声優陣にとってはオリジナル版の感情と自身の演技に求められる表現が一致するとは限らず、チームや音響監督との試行錯誤の中でキャラクター像を作り上げていった。こうしてできた立体的なイメージを全体で共有することで、結果として質の高いローカライズが生まれたそうだ。
坂井氏はここで、実際に英語版と日本版の会話シーンを比較して見せる。日本版では政子の本質的な優しさや悲しみが効果的に伝わるよう「怒りのトーンを1.5倍に高め、汚い言葉遣いも独自に加えた」という調整の背景が仁と政子のダイアログを通して明かされた。
「神が宿る」細かいテキストづくり
そして3つ目にテキストの問題。ゲームの雰囲気を損ねずに世界観を表す、前述の「感性と分析」を活かした翻訳がこの点では求められる。フレーバーテキストにおける書き手の教養レベルの描写や「旅人の装束」で原文から離れて統一感を演出した色の名前などの事例も紹介されたが、当記事ではミッション名のローカライズに焦点を当てたい。
百合のケースでは、英語版はシンプルで慣用句に沿った表現が特徴だが、日本版の翻訳にあたってはミッションの内容やキャラクターの背景に迫る名称へと変更が加えられた。具体的には、各テキストの冒頭に「在りし日」という言葉を置き、過去を振り返る切ないストーリー展開を予感させている。
また、石川のミッション名についても、理想と現実で揺れ動く心象を単語の間に「と」を挟むことで表現。こうした遊び要素をタイトル名に含めるのはマンガなどでもよく使われる手法だという。
「神は細部に宿る」との言葉があるように、テキストの細かい部分にもローカライズの軸を設定しておくことでプレイヤーが没入可能な作品世界を実現できるのだと坂井氏は述べた。
以上の教訓を振り返り、開発側が持つ目標を理解して、ローカライズを担う者はその達成に向け何をすべきかを考えるのが重要だと氏はあらためて強調。このふたつのポイントを守りさえすれば質の高い翻訳体験が提供できると締めくくり、最後にSPをはじめローカライズに関わった多くの人々への感謝を伝えた。