自社開発、自社パブリッシング、すべてが大変だった
──Bokeh Game Studioのことをもう少しお聞きできればと思うのですが、開発チームの規模としては現在どのくらいになるのでしょうか?
佐藤氏:
SIEから独立したタイミングでSIEジャパンスタジオから移ってきたわけですが、その時は私たち3人を含めて20人超の人数でした。平均年齢は高かったですね。45歳とか(笑)。
外山氏:
高すぎる(笑)。
佐藤氏:
ほとんどの人が一度は一緒に仕事をしたことがある面々でしたので、どういう動き方をするかは理解してくれている組織だったことは強かったです。
とはいえ、平均年齢が高すぎたので、それ以降は30代前半の方々を優先的に採用する方針で、十数名ほど増えたかなと。
加えて、スキルに応じて業務委託の方や派遣の方たちにお願いしていたので、ピークで70人くらい。外注を含めると100人くらいの方が参加してくださったと思います。
──『野狗子』はスタジオ設立1作目としては開発スピートがかなり早かったと思うのですが、発売までのスピード感については意識されていたのでしょうか。
外山氏:
当初より2024年中の発売を予定していました。会社を設立しての1作目で信用を失うわけにはいきません。「ヘタをしたら次がないかもしれない」という危機感はこの3人の中では共有していました。
今回のスケジュール管理については佐藤を中心に進めてくれました。同じ会社の人間ながら、本当にすごいと思います(笑)。よくここまできっちり進められたなと感心しています。
佐藤氏:
今回は外山や大倉がしっかりと進め方を理解してくれていた部分が大きかったと思います。「この時期にこのイベントに出す」というスケジュールを立てると、みんながそこに向けて優先度を考えて調整してくれました。
たとえ私がマイルストーンを置いたとしても、それを意識して動いてくれるチームというのは少ないんです。それに合わせて動いてくれるチームがあってこそだと思います。
ただ、早いだけでクオリティが犠牲になってはいけません。今回は、全員が目標を共有して、それをどう実現するかを考えながら進めてくれたので、早くてもしっかりしたクオリティを保てたんだと思います。
外山氏:
佐藤はSIEでプロデューサーとして多くのタイトルを経験していましたから、彼の経験や勘どころはとても頼りになりました。
──ゲーム制作にとどまらず、本作ではパブリッシングとプロモーションも自社で手がけていましたよね?
佐藤氏:
いやあ……本当に大変でした。
外山氏:
実際にやってみないとわからないことばかりで勉強の連続でした。自社でのパブリッシングについて、いろんなパブリッシャーさんに相談したときも「自社でやるのは相当大変だよ」と言われましたが、それでも挑戦する意義はあると考えました。
佐藤氏:
やはり1回やってみないと、外部の方々とも対等に話すことが難しいというのは実感としてありました。経験として身に付けたかったんです。
──Steamの販売もすべて自社で?
佐藤氏:
基本的には全部自分たちです。パッケージ版だけはマーベラスさんに協力してもらいましたが、それ以外はすべて自社で対応しています。
外山氏:
こんな小規模な仕事を引き受けてもらえるのは、ご厚意でしかなく、マーベラスさんには本当に感謝しています。あちらからすればぜんぜん売上にならないはずなのに……。
──『野狗子』は価格もおてごろな設定にされていますよね。正直、4980円は安いと思います。
佐藤氏:
価格設定は最後まで悩みましたね。最終的に4980円でいこうと決めたのは、「まず多くの人に知ってもらうことが優先」という考えからです。
正直なところ、もう少し高く設定したほうが当然ながら利益面では楽になるんです。でも、それよりも手に取りやすい価格にしたほうがいいと判断しました。
これも自社で開発して、自社で販売しているからできた判断だと思います。自分たちだけでやっているわけですから誰からも責められない。もしそうじゃなかったらフルプライスでの販売になっていたでしょうね。
外山氏:
もう胃が痛いです。
佐藤氏:
本当に悩みというか、心配が尽きないですね。もちろん、毎回作品を出すときには心配があるんですけど、今回はとくに重みが違います。
独立したスタジオとしてやっているわけですから、失敗すればスタジオそのものがどうなるか、というところまで影響します。これまでとは意味合いがまったく違いますので。
ただ、その中でも一緒にやれてよかったなと思うのは、価値観を共有できていることです。「ここでビビってもダメでしょ」、「行くときには行かなきゃダメだ」という考えかたがみんなの中で共通の認識としてあります。
それがあるから、最悪の事態を考えても、またどうにかして新しいものを作れる。そう思えるようになったのは、独立したからこそだと思います。
今回のプロジェクトはこれまでで一番過酷だった
──これまでとは大きく異なる環境でのゲーム開発だったと思います。開発を進めるうえで意識されていたことがあれば教えてください。
外山氏:
我々は『SIREN』時代からチャレンジャーの立場。つねに差別化を意識しながら、強みと弱みを見極める方向で制作を進めてきました。
当たり前ですが、人は基本的に何かと比較しながら物事を判断します。比べる対象がないゲームというのは本来の意味でユニークなんです。ただ、その分伝えるのが難しくなりますから、そこも含めての挑戦でしたね。
佐藤氏:
日本でも、北米でも、実際に触ってもらうと「プレイしてみて面白さがわかった」という反応が多かったんです。ですから、触ってもらえる機会を増やすことを念頭に置いていました。
イベントに出展した際に、メディアの方からは「このイベントの中でいちばんクレイジーなゲームだよ」とよく言われました。想像していたゲームとは違うかもしれませんが、プレイしていただければ好感触を持っていただけるんです。
──外山さんがいまおっしゃった「差別化」がまさに図れているということですね。
外山氏:
よくも悪くも、現在のゲームは「インディー」と「ブロックバスター」に線が引かれているように個人的には感じています。
インディーゲームは自由な表現が許されていますが、ブロックバスターになるとビジュアルからアクションまであらゆる要素が高い基準を求められる。その中で、我々はその中間に位置していると思っていて、わりと冒険的なことができるのも良い点なんじゃないかと思います。
佐藤氏:
予算規模も変わってきますからね。
──『野狗子』のシナリオはほぼ外山さんひとりで手がけたとのことですが、そのあたりの所感もお聞かせください。
外山氏:
基本的にはどの作品でもプロットを組むところまでは自分が担当していますが、今回は独立直後ということもあり、どなたかにお願いする余裕もなく、致し方なく……というのが実情です。
正直、できれば避けたい思いはありました。僕はもう50歳を超えていますし、若い人も楽しむエンタメを作る感性としてはあやしいだろうと(笑)。
佐藤氏:
探してすぐに見つかる職種じゃないですからね。外山さんがやるしかない(笑)。
大倉氏:
会社にいるならやってください(笑)。
外山氏:
今回のプロジェクトはこれまででいちばん過酷でしたよ……。
──(笑)。外山さんが手がけた作品を遊びたいと思うユーザーは多いと思います。
外山氏:
といっても、僕が最初に用意したのは厚めの設定と、あとは各ミッションごとに2、3行程度の簡単な内容だけなんです。ストーリーの大まかな展開しか書いていない。
それをもとにレベルデザイナーさんたちに中身を作っていただいて、アクションの展開によってできた流れにストーリーを当てはめる、という流れでした。
──なるほど。ただ、それはレベルデザイナー側は頭を抱えそうな進め方ですね……。
大倉氏:
そうなんですよ。我々はお話よりも遊びの部分を優先するので、まずステージ全体における遊びの設計から考えます。「このステージではこういう遊びを体験できるようにする」、「この話とこの話のあいだには3つのステージが挟まる」など、マップ設計をしていくわけです。
ただ、途中の状態ではストーリーの詳細が不明なので、まさに「なんで戦わなきゃいけないんですか?」状態でした。
──珍しい作り方だと思うのですが、なぜこのような進め方になったのですか?
外山氏:
ストーリーという枠に当てはめようとゲーム(遊び)を作っても、面白いものにならないと考えているのがあるかもしれません。それに、個人的にゲームで重要なのは「緩急」だと思っているんです。それに合わせてストーリーや演出を調整するという形です。
連載中のマンガのようなライブ感や勢いを重視しているので、全体を俯瞰すると「ん?」と感じる部分があるかもしれません。でも、プレイ中のテンポ感を重視しているので、そうした部分で楽しんでいただけるとうれしいですね。
開発陣イチオシの「野狗子持ち」というスタイル
──『野狗子』のアクションバトルは、外山さん作品としては新しいことに挑戦していると感じました。
外山氏:
最初の段階では、私自身はあまり意見を出さないようにしていました。どうしても自分の好みを反映すると動きが「もっさり」気味になりがちなんです。ついキャラクターにリアクションを取らせたがるといいますか……。
もちろん、それがマッチするゲームもありますが、今回は「アクションをやろう」というところが根本にありましたので、何も言わないほうがいいかなと。
佐藤氏:
苦労……というほどでもないですが、チーム内でバトルアクション制作に特化したスキルや知見を持つスタッフは多くはありませんでした。
ですので、経験を持つスタッフを集めて、ユーザーテストをくり返し実施することで、アクションの精度を少しずつ高めていきました。
──ユーザーテストを積極的に行ったのにはどのような理由があったのでしょうか?
佐藤氏:
ユーザーテストでは、どうしても開発側にとって耳の痛い意見が多く寄せられますから……。ゲームというのは長い期間と膨大な労力をかけて作り上げるものです。そうなると、たとえ正しい意見だとしても、素直に受け入れるのが難しい場合もあるかと思います。
外山氏:
ただ、うちの場合は「完成度を8割くらいまで詰めたところで、あとはユーザーの声を反映して仕上げる」スタイルなんです。開発側がいくら「これが面白い」とこだわって作ったとしても、実際に遊ぶユーザーさんの反応は異なる結果になることも多いので。
佐藤氏:
多くのタイトルでは、開発中盤と終盤に1回ずつユーザーテストを実施するのが定番なのですが、じつは「会社の方針」による形式的なものが少なくないんです。
そういうテストはあまり意味がないのですが、開発者が前向きに臨めば効果的だと考えています。僕らの場合はSIE時代にそういう習慣が根付いていたのかもしれません。
外山氏:
当時のSIEはとくに徹底していましたね。タイトルによっては、画面すら動かない段階からフォーカステストというものを実施して開発を進めるものもあったそうです。
──完成に近づいていく中で、コントローラーの使い方やボタン配置に関して、チーム内で議論や工夫が多かったとお聞きしています。
佐藤氏:
そうですね。本作はアクション要素の高いゲームになっているため、「どの指でどのボタンを押すか」が遊びやすさに大きく影響します。
個人的には、大倉が使っているキーコンフィグって理にかなっていて遊びやすいんですよ。直感的に画面情報とプレイヤーの考えが一致しますし、憑依がとてもしやすくなる。
■大倉式ボタンアサインについて
Xboxコントローラー
・インタラクト・ブラッドジャンプ LB
・回復 Y
・憑依・憑依モード RB
・憑依モード中・上昇 Y
・憑依モード中・下降 APSコントローラー
・インタラクト・ブラッドジャンプ L1
・回復 △
・憑依・憑依モード R1
・憑依モード中・上昇 △
・憑依モード中・下降 ×
※記載がないものは標準のままこの配置だと、両手の人差し指だけで敵を注視したまま憑依や回復等、一通りの操作が出来るようになる。敵を注視したまま憑依すると、注視した敵が保持されて見失いづらく、ポゼッションラッシュ等がしやすくなる。ただ、話しかけるなどのインタラクトがLB、L1になるため、慣れないうちは違和感があるかもしれない。
外山氏:
いやぁ、これがややこしいところなんですよね。僕ら的には合理的なベストな配置があるのですが、どうしてもデフォルトの設定を一般的に浸透しているボタン配置にせざるを得ないわけですよ。
佐藤氏:
開発チーム内で意見を募ってみたのですが、明確な答えはなかったんですよね。
大倉氏:
そうですね。チームメンバーに聞けば聞くほど変態的な設定が出てきてしまうんです(笑)。
佐藤氏:
デフォルト設定の場合は、人差し指と中指を使ってコントローラーを構える操作スタイルが遊びやすいと感じています。「構え」と「憑依」が人差し指と中指でそれぞれ操作できますので。
もちろんこれを強制するわけでも、正しいわけでもないのですが、試してみていただけると、操作しやすさを感じてもらえるのではないかと思います。
アップデートの予定や今後の展望について
──ちなみに、アップデートの予定などはあるのでしょうか?
外山氏:
いくつかのアップデートを考えています。体験が向上するアップデートには対応する必要があると考えていますので。
佐藤氏:
もし思ったより売れてくれたら、ボイスオーバーをしたいですね。
外山氏:
ああ、確かに。カットシーンだけではなく、やはりフルボイスがいいですよね。
佐藤氏:
ただ英語はちょっとどうなるか……難しいですね。
外山氏:
アクションをしながら字幕を読むのはやっぱり難しいですから。本当は音声で聞けたらと思うんですけどね。
──『野狗子』をすでに遊んでいる方、この記事で『野狗子』に興味を持ってくれた方に、それぞれひと言ずつお願いします。
佐藤氏:
自分としては最後に改めてさきほどのコントローラーの持ち方を伝えたいですね。操作にお困りの方がいたらぜひこの持ち方を試してみてください。操作感がガラリと変わって、これまで見たことのない景色が見えると思うので、よろしくお願いします。
大倉氏:
そんな「野狗子持ち」で挑戦してほしいのが、最高難度の「ナイトメア」になっています。
難度「ノーマル」以下ですと、モブのおっちゃんひとりでなんとかなっちゃう部分もあるのですが、「ナイトメア」は気を抜くと一瞬で殺されるため、ひりつく感じがたまらない難しさになっています。
憑依の醍醐味を最大限楽しめる難度になっていますので、ぜひお試しください。本当はもっと上の難度を作りたいのですが(笑)。
佐藤氏:
誰もついていけないじゃないですか(笑)。
大倉氏:
でも、スタッフの何人かが「ナイトメア」がちょうどいいって……。
一同:
(笑)。
外山氏:
Bokeh Game Studio設立1作目の作品となっております。本作がいろいろな人に届くことで未来に繋がっていくと思うので、継続的に応援いただければと思います。「2」を作れる余地を残していますので、よろしくお願いします。
SIE在籍時代に外山氏が考えた「『SIREN』のコンセプトかつAAA級なゲーム」という構想が原型となって作られた『野狗子』は、ホラーゲームでありながら、怪物をボコボコにできるアクション要素に満ちたゲームだった。「憑依」を使って行う街中の探索も、スピーディーかつスタイリッシュだ。
もしかしたら本作は「よく知っているホラーの定番」が描かれている作品ではないかもしれない。しかしながら、怪物のビジュアルには不気味さがあるし、脳みそを吸いとる怪物が街の中に潜んでいるという湿度ある雰囲気からは、ホラーエッセンスを存分に感じる。
開発陣の話しぶりからも「想像していたものとは違うかもしれないが、触ってもらえたらその良さを感じてもらえる」という自信がうかがえた。
『SIREN』ファン、ホラーゲームファンはもちろん、「主人公が一般人の命を使い捨てにする(自爆特攻させる)」倫理観のないアクションに興味が沸いた人はぜひチェックしてみてほしい。「まず多くの人に知ってもらうことが優先」と、4980円というリーズナブルな価格設定となっているため、お財布的にも手を出しやすい作品だ。
と、最後に『野狗子』制作に関わったBokeh Game Studioスタッフ全員のコメントを掲載させていただく。スタッフの皆さんが思う『野狗子』の見どころをうかがったので、ぜひ最後まで読んでほしい。