現在、女性向けゲームのヒット作品は、「2.5次元」【※】と呼ばれる舞台作品として上演されることが多くなりました。
たとえば、平成最後の第69回NHK紅白歌合戦に“刀剣男士”が出場したことは、多くのメディアでも取り上げられ、そこで「2.5次元」という言葉を知った方も増えたことでしょう。
※2.5次元
2014年3月に発足した、一般社団法人「日本2・5次元ミュージカル協会」は「2次元の漫画・アニメ・ゲームを原作とする3次元の舞台コンテンツの総称」で、2次元の漫画やアニメを3次元の生身の人間が表現するものと定義している。また、協会代表理事の松田誠氏は「2.5次元という言葉はファンの間で生まれたもの」と『アニメ!アニメ!』の特別インタビューでコメント。雑誌媒体では、2010年に発売した『Otome continue』Vol.3(太田出版)の表紙に「2.5次元バック ステージ」というタイトルが確認でき、ミュージカル『忍たま乱太郎』第二弾、ミュージカル『テニスの王子様』2ndシーズン、「薄桜鬼 新選組 炎舞録」の特集が組まれていた。
“刀剣男士”とは、2015年(平成27年)にサービスを開始したブラウザゲーム『刀剣乱舞-ONLINE-』(DMM GAMES/ニトロプラス)に登場する“名だたる刀剣が戦士の姿となった付喪神たち”のこと。ゲームをプレイしたことはなくとも『刀剣乱舞』という単語を聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。
『刀剣乱舞』は、これまでに舞台、ミュージカル、映画とそれぞれで2.5次元化され、ファンの女性たちを魅了しています。
さきに述べた、NHK紅白歌合戦に出場したのはミュージカル『刀剣乱舞』(以下、『刀ミュ』)の刀剣男士たち。今では日本国内はもとより、世界各地で公演が行われるなど、世界を席巻する一大ジャンルへと成長しているのです。
漫画、アニメ、ゲームが原作の「2.5次元舞台」。作品を通じてファンを魅了し続けた俳優たちは、TVドラマ、歌手、ストレートプレイ、ミュージカルの世界へと活動の幅を広げていきます。
そこで、平成に生まれた新たなこの舞台文化について、女性向けゲームの舞台化話を絡めながら、「2.5次元」の歴史を振り返ってみたいと思います。
始まりの『テニミュ』! 漫画世界を再現するために生み出された舞台
漫画原作の舞台化では1974年(昭和49年)に宝塚歌劇団が上演した『ベルサイユのばら』が知られており、これが2.5次元のはじまりではないかという意見もあります。
しかし、現在に繋がる2.5次元舞台のはじまりは2003年(平成15年)に上演されたミュージカル『テニスの王子様』と考えられるでしょう。
原作は1999年(平成11年)から2008年(平成20年)まで『週刊少年ジャンプ』(集英社)にて連載されていた漫画『テニスの王子様』で、主人公の越前リョーマが青春学園中等部のテニス部に入部し、彼らが全国大会で優勝するまでが描かれています。
原作の人気は今なお高く、現在も続編が『新テニスの王子様』として『ジャンプスクエア』(集英社)で連載され続けています。
では、なぜミュージカル『テニスの王子様』が「2.5次元」の始まりとなるのでしょうか。それは、ミュージカルが上演されるにいたるまでの道のりに注目してみると謎が解けてきます。
●俳優の知名度よりも、キャラクターありきのオーディションでキャストを選出
●作品世界を舞台上で表現するためだけに考え出された、ボールを光の軌跡で描く演出
●演出表現に適した、独自の舞台装置
●物語に寄り添う言葉をふんだんに使用した楽曲の数々
これらすべてが原作やキャラクターを舞台というメディアで届けるために発明されたという点です。
事実、誕生した作品は観客の心を鷲掴みにし、口コミでまたたく間に広がり、すぐに再演が決定。現在の3rdシーズンに至るまでに多くの若手俳優を輩出することとなりました。
一方、宝塚歌劇団はこれまでに『ベルサイユのばら』をはじめ『逆転裁判』、『銀河英雄伝説』、『戦国BASARA』、『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』『ポーの一族』など、数多くの漫画やゲーム作品を舞台化しています。
しかし、これらは男役トップスターが主役を演じ、美麗な男役と可憐な娘役が舞台に華を添えるという、宝塚歌劇団ならではの華麗な世界に準じて作品を演じるもの。2.5次元というよりは、宝塚歌劇団の歴史に記されるものと言えるでしょう。
また、歌舞伎でも漫画は舞台化されており、2015年(平成27年)のスーパー歌舞伎Ⅱ 『ワンピース』は、2.5次元というよりも、歌舞伎の新たな挑戦であり、その歴史に刻まれるものではないでしょうか。
もちろん、宝塚歌劇団の『ベルサイユのばら』以後、ミュージカル『テニスの王子様』が上演されるに至るまで、漫画やアニメが原作の舞台作品がなかったか……というと、じつは、いろいろな作品が上演されていました。
なかでも1991年(平成3年)、SMAP主演で上演されたミュージカル『聖闘士星矢』には、演劇プロデューサーの松田誠【※】氏を始め、ミュージカル『テニスの王子様』の誕生に大きく関わる人々がスタッフとして参加しています。
※松田誠
日本2.5次元ミュージカル協会代表理事。ネルケプランニング代表取締役会長。演劇プロデューサー。これまでにミュージカル『テニスの王子様』をはじめ、『美少女戦士セーラームーン』、『黒執事』、『NARUTO-ナルト-』、そしてミュージカル『刀剣乱舞』などの舞台化を手がけている。2018年1月末に『情熱大陸』(MBS/TBS系列)で特集が組まれると一躍話題になり、未放送カットを加えたDVDが発売されるにいたった。
また、1993年(平成5年)には、初演から制作元は変わりながらも上演され続け、世代を超えるロングランとなったミュージカル「美少女戦士セーラームーン」が登場。
1997年(平成9年)にはドラマチックアドベンチャーゲーム『サクラ大戦』シリーズ(セガ・現セガゲームス)でキャラクターを演じた声優陣が、同じ役を演じる『サクラ大戦歌謡ショウ』が上演されました。
さらに、2001年(平成13年)に上演されたミュージカル「HUNTER×HUNTER」もTVアニメでキャラクターを演じた声優がそのまま舞台に出演しています。
これらからも窺えるように、明確に「2.5次元」というジャンルで語られることはなくとも、その息吹となる作品は上演されていたのです。
女性向けゲーム『遙か』そして『薄桜鬼』の舞台化
アニメ、漫画作品が次々と舞台化される中、女性向けゲームの始祖であるネオロマンスが2008年(平成20年)にネオロマンス・ステージ 「遙かなる時空の中で 舞一夜」を上演。2000年(平成12年)にゲームが発売されて以来、空前の人気を誇る『遙かなる時空の中で』シリーズ(コーエーテクモゲームス)の舞台化は、ファンたちの間で話題となりました。
目の前で繰り広げられる、乙女ゲームならではの甘く切ない世界……。恋愛対象のキャラクターたちが実在している奇跡に、ファンは酔いしれたのです。
2018年(平成30年)には舞台化10周年企画として、『遙かなる時空の中で3』【※】が上演され、多くのファンを喜ばせました。
「守られるより、守りたい」吉川友が渾身の殺陣で望美を表現!― ドラマティックな世界が広がる舞台「遙かなる時空の中で3」
※『遙かなる時空の中で3』
2004年にコーエーから女性向けゲーム“ネオロマンス・シリーズ”の作品としてプレイステーション用に発売された『遙かなる時空の中で』のシリーズ3作目のタイトル。2017年2月23日にはPlayStation Vita用ソフト『遙かなる時空の中で3 Ultimate』としてシナリオがフルボイス化され甦った。源平合戦を舞台に、白龍の神子である主人公と、神子を守護する八葉の物語が描かれる。『遙かなる時空の中で』シリーズは2020年で20周年を迎える
また、2008年(平成20年)はアイディアファクトリー(オトメイト)からプレイステーション2でアドベンチャーゲーム『薄桜鬼 ~新選組奇譚~』【※】が発売され、大ヒット。乙女ゲームがゲーム業界で大きなムーブメントを起こし始めた時期でもあります。
さまざまなゲーム会社から続々と乙女ゲームが発売されては、世の女性たちを虜に……。もちろん、このブームは「2.5次元舞台」にも反映されていくことになりました。
『薄桜鬼』が初めて舞台化されたのは、ゲーム発売から2年後の2010年(平成22年)。「大衆演劇界の天才」と呼ばれる俳優の早乙女太一を主演・土方歳三とした『薄桜鬼 新選組炎舞録』が上演されました。
※『薄桜鬼 ~新選組奇譚~』
2008年にアイディアファクトリー(オトメイト)から発売された、女性向け恋愛アドベンチャーゲーム。江戸時代末期の文久3年、蘭方医の娘・雪村千鶴は行方不明の父を捜しに、男の身なりをして江戸から京の街を訪ねる。“新選組”をモチーフとしながら、“羅刹”と名付けられた鬼や吸血鬼の要素が組み込まれてたこの作品は、これまでに多数のゲームシリーズが発売されているほか、アニメ、舞台、劇場版、ドラマCDなど幅広く展開されている。
『薄桜鬼 新選組炎舞録』は、ゲーム『薄桜鬼』の世界をそのまま再現した舞台ではなく、役者の個性とキャラクターが融合したもので、内容は原作ベースのオリジナルストーリーでした。
しかし、時の俳優・早乙女太一や人気バンドグループ「ORANGE RANGE」のボーカリストRYOをはじめ、窪田正孝、武田航平、中村倫也といったキャスト起用は、2.5次元業界や乙女ゲーム業界にとどまらず一般メディアでも大きく取り上げられ、公演初日に行われたゲネプロの取材に詰めかけたマスコミはそうそうたる数でした。
こうした『薄桜鬼』の舞台化は、「2.5次元舞台」や「乙女ゲーム」という存在を広く認知させただけでなく、これまでゲームに触れたことのなかった層へ、乙女ゲームの魅力を発信しました。
役者ファンの女性たちが原作ゲームやTVアニメに触れるというきっかけを作るなど、新たな乙女ゲームユーザーの獲得にも一役かったのではないでしょうか。
“女性向けゲーム”約20年の歴史とその分化や進化。はじまりの『アンジェリーク』からVR・ARまで【乙女ゲーム、BLゲーム、育成ゲーム】
「2.5次元」に不可能な表現などない! 『ペダステ』が演劇手法を誕生させる
舞台化のためにさまざまな発明を重ねたミュージカル『テニスの王子様』が支持され、続々と2.5次元舞台が上演されるなか“原作を表現するために新たな手法を編み出した舞台”が登場します。
それが、2012年(平成24年)初演の舞台『弱虫ペダル』です。
原作は2008年に『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)で連載が始まったコミックス。アニメオタクの小野田坂道が、進学した千葉県立総北高等学校でひょんなことから自転車競技部に入部。 ロードレースの楽しさや仲間がいる喜びを知り、インターハイ優勝を目指す物語です。
この舞台が編み出したもの。それが自転車のハンドルだけを両手に持ち、自転車に乗る姿をパントマイムで表現するという演出法とパズルライドシステムです。
パズルライドシステムとは、舞台『弱虫ペダル』の演出家・西田シャトナー【※】氏が生み出し、公式ブログ(2011年12月25日付け)でその名が紹介された演劇手法のひとつ。レースコースを表現するために可動式巨大スロープを用意。それらを絶妙なタイミングで動かす動かすパズルライダーと呼ばれるキャストと、役者たちが息を合わせて繰り広げる、一種のカメラワークのような演出です。
※西田シャトナー
1965年生まれ。演出家、作家、俳優、折り紙作家と多才な経歴を持つ。1990年に腹筋善之介、平和堂ミラノ、保村大和、佐々木蔵之介、遠坂百合子、プロデューサー登紀子らとともに劇団「惑星ピスタチオ」を旗揚げ。一人多人数役を次々に切り替えながら多くの役をこなす「スイッチプレイ」、パントマイムと膨大な説明科白を駆使して場面描写や登場人物の心情を表現する「パワーマイム」などを生み出し、映像でなければ不可能とされていた描写を独自の演出で実現。2012年より、舞台『弱虫ペダル』シリーズの脚本・演出を担当している。
舞台化が発表されたときには「ロードレースは舞台で表現ができない」と思われていましたが、ステージ上では自転車の疾走感を表現するために肉体の限界に挑戦した俳優たちとパズルライドシステムと息の合った動きが繰り広げられ、そこに現れたのは、まごうことなき熾烈なロードレースでした。
こうした舞台『弱虫ペダル』の演出は舞台芸術としても評価され、また、それらを表現できる実力を持った俳優たちが育まれていることをも証明しました。
この作品は舞台化されたのち、TVアニメ化。そして特筆すべきは、舞台の出演者をそのまま起用した実写ドラマが、2016年(平成28年)放送のBSスカパー オリジナル連続ドラマ『弱虫ペダル』として放映されたことです。
これらの流れから、舞台『弱虫ペダル』は、ミュージカル『テニスの王子様』作り出した2.5次元舞台の文化が、さらに発展するキッカケとなった作品だと言えるのではないでしょうか。
乙女ゲームの舞台化とヒロインの関係──『薄ミュ』は恋愛対象キャラごとに演目化しロングラン作品に
舞台『弱虫ペダル』と同じ2012年に初演を迎えたのが、2.5次元舞台“時代物”の草分け的な存在、ミュージカル『薄桜鬼』シリーズです。
原作は2010年に舞台化された『薄桜鬼 新選組炎舞録』と同じ、恋愛アドベンチャーゲーム『薄桜鬼』ですが、ミュージカル『薄桜鬼』はその名が示すようにミュージカル仕立てであり、前作とは制作会社も異なる舞台です。
ゲーム『薄桜鬼』は、プレイヤーがヒロインの雪村千鶴となって物語を体験する乙女ゲーム。会話と行動を選択するたび、物語のルートは恋愛対象キャラクターごとに分岐し、それれぞれ異なる結末を迎えます。
乙女ゲームの舞台化作品の多くは特定のキャラクターひとりを恋愛対象に絞った物語や、キャラクター全員で大団円状態の物語、もしくは日替わりで結末が変わる舞台というものが一般的です。しかし、ミュージカル『薄桜鬼』は“分岐する”ゲームという点を忠実に舞台化。なんと恋愛対象キャラクターごとに物語を演目化し、各ルートの上演へと昇華させたのです。
さらに、ただ演目が異なるだけでなく、そこには“乙女ゲームファン”をうならせる仕掛けが施されていました。
ミュージカル『薄桜鬼 志譚』風間千景 篇レポート──隊士や鬼たちの生き様が胸を打つ「選択」の物語
その仕掛けがわかったのは、2012年の第一弾「斎藤一篇」の翌年、第二弾「沖田総司篇」のキャストが発表されたときでした。
土方歳三を始めとする新選組隊士たちを演じる俳優は続投するものの、なんとヒロインの雪村千鶴だけがキャスト変更されたのです。
これは、恋愛対象キャラクターごとに結ばれる相手が違う雪村千鶴は、それぞれに異なる存在であるということ……。
つまり、斎藤一と結ばれた雪村千鶴が再び沖田総司と結ばれるのではなく、沖田総司には沖田総司の雪村千鶴が存在しているということ。このヒロイン雪村千鶴のキャスト変更に関して、第一弾「斎藤一篇」で斎藤一を演じた俳優の松田凌は自身のブログにタイトル「雪村千鶴という人を愛して。」(2012年12月11日)と、思いを語っています。
この画期的な手法はゲームを愛するプレイヤーはもとより観客たちに温かく迎え入れられ、シリーズは好評を博し、2018年(平成30年)には新生ミュージカル『薄桜鬼 志譚』として上演開始。現在も続く人気作となっています。
乙女ゲーム史に残る名作『薄桜鬼』シリーズ10周年! いまも愛され続けている魅力とは【プロデューサー藤澤経清インタビュー】
『刀剣乱舞』は2.5次元舞台の世界でもやっぱり凄かった!
2015年(平成27年)に配信されたブラウザゲーム『刀剣乱舞』。そのファンたちの熱量は、ゲームという枠を超え、これまでに元ネタの刀である“刀剣業界”を驚かせる経済効果を生み出してきました。
『刀剣乱舞』ファンがこの3年間で巻き起こした覇業を振り返る。107万円の公式Blu-Rayに約70件の申し込み、刀1本の展示で経済効果が4億円、幻の日本刀復元に4500万円を調達!
2018年10月25日にコンテンツビジネスラボ(株式会社博報堂DYメディアパートナーズと株式会社博報堂の共同プロジェクト)が発表した「リーチ力・支出喚起力ランキング」によると、ゲーム、2.5次元舞台、刀剣展示会などを含めた『刀剣乱舞』の支出喚起力【※】は150億円。
アニメ、漫画、ゲームといった2次元コンテンツだけでなく、音楽、芸能を含めたあらゆる市場規模で第5位……。『刀剣乱舞』の経済効果たるや、想像の域を大きく超えるものだということがわかるでしょう。
女性向けゲームの舞台化は、ゲームのリリースから数年後というものがほとんどです。それは、おそらくゲームのヒットを受けて制作を決めるからでしょう。
しかし、『刀剣乱舞』は違いました。2015年(平成27年)1月14日にゲームがリリースされると、同年10月30日にはミュージカル『刀剣乱舞』トライアル公演が、翌2016年(平成28年)5月3日には舞台『刀剣乱舞』虚伝 燃ゆる本能寺がそれぞれ初演を迎えました。これは……じつにスピーディーな出来事です!
とはいえ、『刀剣乱舞』の舞台化が与えた衝撃は、ゲームのリリースから舞台化までの速さ……だけではありません。これまで、2.5次元舞台といえば“原作を再現すること”に重きを置いていましたが、『刀剣乱舞』はこの部分が違いました。
2015年(平成27年)10月に上演されたミュージカル『刀剣乱舞』トライアル公演。これは“トライアル”と名付けられていたこともあり、果たして、ゲーム世界がどんな形で上演されるのか事前にまったくわかりませんでしたが、舞台は好評を博し、翌2016年(平成28年)に、改めてミュージカル『刀剣乱舞』阿津賀志山異聞として上演されることとなりました。また、同時期に舞台『刀剣乱舞』虚伝 燃ゆる本能寺も上演されました。
そこでミュージカル『刀剣乱舞』と舞台『刀剣乱舞』が2.5次元舞台へ与えた、舞台化スピード以外の影響の話に戻ります。
筆者の私見にはなりますが、それは原作の純粋な舞台化でもなく、かといってスピンオフとも違う、ゲームを「原案」として「作品世界を深く掘り下げ、オリジナルストーリーを誕生させる」という形式を生み出したことではないでしょうか。
つまり、ゲームの基本設定を守りながらも歴史的史実や刀の来歴を織り込み、誰も知らない物語を紡ぐ舞台をあらためて完成させたことが、2.5次元舞台に新たな楽しみをもたらしたのではないかと考えます。
それは、これまで“いかにして原作の物語に寄り添うのか”を課題としてきた2.5次元舞台が、“舞台だけの物語を紡いだ瞬間”であり、これはファンにとっても大きな喜びだったことでしょう。
刀剣男士が“人の一生に寄り添う“物語──じんわりと心があたたまるミュージカル『刀剣乱舞』 〜三百年の子守唄〜【ゲネプロレポート】
世界観を大切にしたまま、オリジナルのストーリーを紡ぐことで、本来なら「スピンオフ」と呼ばれそうな作品が、ひとつのコンテンツとして登場したこと。
そして、それを支えるだけの確かな実力を持った俳優陣が輩出されたことは、2.5次元舞台の歴史の中でも、じつに大きな転換点だと言えます。
2019年(平成31年)には文豪転生シミュレーションゲーム『文豪とアルケミスト』(DMM GAMES)を原作とした舞台「文豪とアルケミスト 余計者ノ挽歌」が上演されましたが、こちらも作品世界を深く理解し、登場する文豪たちの関わりを掬い上げ、オリジナルの物語を紡いだ舞台でした。
『コルダ』『バイオハザード』ゲームの世界を表現する舞台芸術の数々
舞台『弱虫ペダル』が「ハンドルのみでロードレースを表現する」という演出を編み出したなか、舞台美術もさまざまな研鑽を経て進化を遂げていました。
たとえばそのひとつが、高校生バレーボール部が題材の連載中の漫画『ハイキュー!!』(『週刊少年ジャンプ』/集英社)の舞台化作品、ハイパープロジェクション演劇『ハイキュー!!』(2015年/平成27年)です。
ハイパープロジェクション演劇『ハイキュー!!』は、漫画×演劇×映像からなる“ハイブリットパフォーマンス”の作品で、アナログとハイテクの融合からなる舞台です。
軽快な音楽とともに、舞台奥に漫画のコマ割りやキャストの姿が映し出される、プロジェクションマッピングを活かした演出。キャストたちが漫画の中に入り込んだような仕掛けは、まさに、ハイパープロジェクションであり、演劇でもあります。プロジェクションマッピングの可能性に唸らされる演出が、これでもかと繰り広げられました。
回転舞台(盆)や、それらの上で実際のボールを使いながらも軽快に繰り広げられる舞台は、ミュージカル『テニスの王子様』がボールの軌跡を光で表現した当時から、俳優、舞台美術、演出法が進化していることを知らしめるものでした。
これらは映像の演出にタイミングを合わせて役を演じ切る俳優たちがいてこそ成功するもの。彼らの演技は観る者たちの度肝を抜き、初演のゲネプロでは一幕が終わった後、マスコミ席のみならず関係者席が爆発したように感想を交わし始めたことが印象的でした。
ゲームの舞台化作品においても、その独特な世界観を表現するためにさまざまな手法が用いられてきました。
そのひとつが、シリーズ15周年を迎えた恋愛シミュレーションゲーム『金色のコルダ』(コーエーテクモゲームス)が原作のTVアニメ「金色のコルダ Blue♪Sky」の舞台化作品、音楽劇「金色のコルダBlue♪Sky First Stage」(2015年/平成27年)です。物語では、ひと夏の音楽コンクールを舞台に繰り広げられる、高校生たちの熱い青春ストーリーが描かれます。
ステージ中の音楽は、舞台奥に控えていた奏者によって生演奏で披露されました。しかし驚くことに、その生演奏に合わせて俳優たちが、演じるキャラクターの楽器を手にするだけでなく、運指までもを演じていたのです。
生演奏の恐ろしいほどの迫力に乗り、楽器を自在に操り、著名な楽曲をさも登場人物が演奏しているかのように見せる俳優たちの姿には、心が震えました。
あるいはサイバーホラーゲーム『バイオハザード』(カプコン)の舞台化作品「BIOHAZARD THE Experience」(2017年/平成29年)は、生の舞台だからこそ、より怖さを感じられる作品でした。
「超体験型ステージ」と銘打っていた舞台だけに、まず劇場に入ると客席通路にごろりと得体の知れないモノが転がっている姿が目に飛び込んできました。
客席まで使った演出だと知るのは、この後です。
客席の後方にもスピーカーが設置され、暗転した空間でゾンビ化したクリーチャーに人が襲われる音が響き渡る……という、まるで劇場が丸ごとゲーム世界に放り込まれたかのような、視覚、聴覚、さらには嗅覚に訴えかける演出がなされました。
このように、その空間で「生」の体験をするからこそ生み出されたさまざまな演出が、2.5次元舞台をより高みに羽ばたかせていると感じています。
世界に広がるファン──2.5次元舞台はすでに世界規模!
2.5次元舞台は、国内だけでなく海外にも進出しています。
最近ではミュージカル『刀剣乱舞』パリ公演を追った密着番組がNHKで特集され、さらに紅白出場までの道のりが『シブヤノオト Presents ミュージカル『刀剣乱舞』 -2.5次元から世界へ- 』 としてDVD化され、発売されることも決まるなど話題になっています。
しかし、2.5次元作品の海外公演を遡ると、さらに昔にたどり着きます。2.5次元の始まりと紹介した舞台作品、ミュージカル『テニスの王子様』1stシーズン上演中の2008年(平成20年)に、「The Imperial Presence 氷帝 feat. 比嘉」が韓国公演、台湾公演されています。さらに、ミュージカル『テニスの王子様』は2015年(平成27年)の3rdシーズンでも、台湾、香港で上演されました。
この他にも、2015年(平成27年)にはミュージカル『黒執事』が中国3都市で上映、2017年(平成29年)には、舞台『弱虫ペダル』がパリで催されたJapan Expoのステージイベントに登場するなど、2.5次元作品は国内のみならず海外でも、その魅力を発信し続けています。
2016年(平成28年)には世界中にファンを多く持つ忍者漫画『NARUTO-ナルト-』(集英社)がライブ・スペクタクル『NARUTO-ナルト-』として舞台化。国内上演に続き、マカオ、マレーシア、シンガポールを巡るワールドツアーが開催されました。海外公演の熱を現地で体感したかった筆者は、大千秋楽となったシンガポール公演へと向かいました。
おもしろかったのは客席にコスプレイヤーがいたこと。それも示し合わせたのか作品に登場するキャラクターが勢揃いし、劇場のエントランスに飾られた看板の前で記念撮影する姿は実に壮観でした。本作は翌年の2016年(平成28年)の再演ではさらに規模を拡大し、2ヵ月にわたり、上海、杭州、北京、長沙、広州、深センの6都市での上演を果たしました。
一方で海外公演とは異なる形で、広く海外へと発信するメディアが登場します。それがライブビューイング【※】です。
2015年(平成27年)、海外ファンの熱いリクエストに応え、ミュージカル『テニスの王子様』3rdシーズン青学vs聖ルドルフの大千秋楽公演が、ミュージカル『テニスの王子様』史上初となる海外ライブビューイングとして台湾、香港で上映されました。
※ライブビューイング
演劇などの各種文化イベントにおいて、現地の会場からのライブ映像を映画館などの公開上映会場に向けて配信すること。
これを皮切りに、その後もさまざまな海外ライブビューイングが開催され、2017年(平成29年)の舞台『刀剣乱舞』義伝 暁の独眼竜も、香港、台湾、タイでライブビューイングが催されました。この流れから、2015年(平成27年)は2.5次元舞台海外進出のエポックメイキングの年と言えるかもしれません。
そして、これらの先鞭をつけたミュージカル『テニスの王子様』は、やはり2.5次元の先駆者なのだと実感します。
現代演劇の入り口となった「2.5次元舞台」
ここまで駆け足で、ゲーム作品の舞台化を取り上げながら「2.5次元舞台」の変遷を紹介してきました。
とはいえアニメや漫画の舞台化を含めると、まだまだ紹介しきれないくらい数多くすばらしい舞台があり、いまもその歴史を紡いでいます。その証拠に2018年(平成30年)8月にぴあ総研が、「2017年(平成29年)の2.5次元ミュージカル市場規模は前年比21.0%増の156億円」という調査結果を公表しました。
さらに付帯している「本調査結果の詳細データ」によると、2011年(平成23年)から2012年(平成24年)の伸び率が大きいことがわかります。これは、2011年(平成23年)にミュージカル『テニスの王子様』2ndシーズンが始まり、さらに2012年(平成24年)には舞台『弱虫ペダル』、ミュージカル『薄桜鬼』の初演が催されたことも要因のひとつではないでしょうか。
これらが起爆剤となってさまざまな作品をもって研鑽された「2.5次元舞台」は発展を続けます。2018年(平成30年)にミュージカル『テニスの王子様』が15周年を迎えたことを記念し、歴代47公演などがニコニコ動画を始め各社配信サービスにて順次無料配信されています。
こうして「2.5次元舞台」は、舞台演出、客席動員数、俳優の演技、CDやDVDなど関連商品の売上げが注目され、演劇業界を盛り上げてきました。
毎年年末に開催される「WOWOW presents~勝手に演劇大賞」では、2018年度より「2.5次元部門」が新設され話題となりました。
受賞作は舞台『刀剣乱舞』悲伝 結いの目の不如帰。そして、同舞台に登場する刀剣男士のひとり、三日月宗近を演じた鈴木拡樹が男優賞に選ばれました。
2019年(平成31年)に入ってからも、4月放送の日本テレビ系ニュース番組『ズームイン!!サタデー』で「2.5次元」の特集が30分にわたり放映され、NHK『沼にハマってきいてみた』ではイケメン役者育成アプリゲーム『A3!』【※】(リベル・エンタテインメント)を原作とした舞台「MANKAI STAGE『A3!』」が特集されるなど、さまざまなメディアで注目を集めています。
また、2.5次元舞台に出演する俳優たちが映画やドラマに起用され、情報誌や女性誌の表紙を飾ることも増えました。これらの現象から「2.5次元」の舞台は、まちがいなく現代演劇の入り口のひとつとして広く受け入れられていると言えるのではないでしょうか。
筆者は、2017年に2.5次元舞台の入門書「2.5次元舞台へようこそ ミュージカル『テニスの王子様」』から『刀剣乱舞』まで」(星海社)を執筆し、後書きに以下の内容を記しました。
「『テニスの王子様』という作品を舞台で上演したい──その志からはじまった挑戦は、原作の漫画・アニメを単に模倣するのではなく、舞台へと翻訳することで、作品の魅力をよ り深めるという 2.5次元舞台の基礎理念のようなものを形成する、大きな一歩となりました。」
「2.5次元舞台は、変化し続ける「実験場」だと思います」
「2.5次元舞台次元舞台から生まれたすべてが日本の演劇界、ゆくゆくは世界への文化貢献へとつながる未来が、もうすぐそこまで迫っている。ただ、その流れはあまりに早くて、現時点でも、この盛況を『2.5次元舞台』という言葉でくくることは、いつか難しくなるのではないか、とも感じてもいます」
(おーちようこ著、「2.5次元舞台へようこそ ミュージカル『テニスの王子様」』から『刀剣乱舞』まで」、星海社、2017年 より引用)
こうした「2.5次元」で括ることの難しさの片鱗は、令和元年を迎えてから観劇した舞台からも、ひしひしと感じています。しかし、それらに関して言語化できるまでにはもう少し時が必要です。
いまは、研鑽され続けた舞台への翻訳方法が集約され、「2.5次元」というジャンルを作り上げ、それらが間違いなく演劇界の財産となり、さらなる演劇シーンの発展につながっていることを信じるばかりです。
たとえば、2016年(平成28年)に同名のオリジナルアニメを原作として上演されたミュージカル「Dance with Devils」の舞台美術が評価され、担当した松生紘子氏が舞台美術家に与えられる日本で唯一の賞である伊藤熹朔賞の奨励賞に輝いたように、いずれ日本の演劇賞に2.5次元舞台のタイトルが並ぶ日を夢見て、今日はここに筆を置きましょう。
【あわせて読みたい】
“2.5次元舞台“にハマった35歳の男性ライターが、その魅力を伝えるべく熱弁をふるってみた──ゲームやアニメの世界が広がる至福のエンタメ「2.5次元舞台」の楽しみ方を知りたいならこちら! 原作ファン、俳優ファンたちがそれぞれ熱狂するポイントが書かれている。また、「実写化」と「2.5次元」の違いにも注目。