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自分の不安を他人に理解してもらえなかった、もしくは他人の不安に気づいてあげられなかった経験のある方に捧げる『セレステ』

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 他人に共有しにくい不安や悩みを抱えたとき、あなたはどう思うだろうか。私の場合は「うう……お前なんかにわかられてたまるか……!」という非常に子どもじみた感想が真っ先に出てきてしまう。

 自分の抱える不安や悩みが理解されるかどうか、それ自体もまた不安の種になるものだ。多くの人に共感される場合もあれば、「え?こんなことで悩んでいるんですか?」と思われてしまう場合もあるだろう。それは、表に出してみなければわからない。

 同じことは、他人の抱える不安や悩みにも当てはまる。

 たとえば、Twitterでふいに友人がつぶやいた苦悩を目にしたとき、それをどう受け止めればいいのか、困惑したことはないだろうか。しかし詳しく話を聞いてみたら、今度はあなたが「え? こんなことで?」と、その悩みのちっぽけさに驚いてしまうかもしれない。そして往々にして、その悩みは当人にとっては少しもちっぽけではないだろう。

 ようするに、不安や悩みというものは、理解するのも共有するのも非常に難しいということだ。じゃあこの問題を解決するにはどうすればよいのか。

 『セレステ』というゲームが教えてくれるのは、「不安を理解することは、山を登るようなもの」ということだ。何か特効薬や魔法の呪文があればよいのだが、そんなものは存在しない。キツイ傾斜の山道を、一歩一歩踏みしめながら進むしかない。
 
 「向き合う」、「理解する」と言葉で言うのは簡単だが、実際にやることはじつに地道だし、一筋縄ではいかない。『セレステ』は、そんなふうにがんばって自分の弱さに向き合ったり、他人の不安を理解しようとするその過程そのものを肯定してくれる作品だ。

文/tnhr
編集/実存

連載企画「プレイステーション インディーズ」

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 PS4 / PS5で遊べるインディーゲームの中から、電ファミ編集部が厳選して「これは絶対に遊んでおけ!」とオススメするタイトル37選をお届け。自分にぴったりと「ハマる」ゲームを見つけるお役に立てれば幸いです。

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※この記事は、インディーゲームをもっと応援したいソニー・インタラクティブエンタテインメントさんと電ファミ編集部のタイアップ企画です。

パニック障害と鬱を抱える主人公が、自分の弱さと向き合う話

 『セレステ』の主人公はマデリンという女性で、「パニック障害」や「鬱」という病に悩まされている。彼女はそんな自分と向き合うべくセレステ山に登ることを決意し、その過程でさまざまな登場人物と出会ったり、自分の嫌なところを凝縮した分身が具現化してしまい、心の中に抱えるある種の”弱さ”と向き合っていくこととなる。

※登場人物のひとりであるセオのインスタグラムのアカウントが存在していることはご存じだろうか。作中で撮られたであろう写真から、物語の前後の時間に撮影されたであろう写真が並んでいる。明るい顔をして“ばえている”マデリンの写真は必見だ。

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 セレステ山【※】という場所にはどうやら不思議な力があるらしい。このゲームに登場する人物はみなこの山に惹かれ登ろうとする。

※セレステ山は実際にカナダに存在する山。開発スタジオがカナダのバンクーバーにあるため名前が拝借された。PICO-8で作られた『セレステ』のプロトタイプに当たる作品の名前は『エベレスト』であった。

 「山に登って自分と向き合う」というシナリオ自体は単純なものだし、劇的な展開があるわけでもない。それにもかかわらず、この『セレステ』というゲームはアクション面だけでなく、シナリオ面の評価も高い。
 その理由のひとつには、ゲームプレイとマデリンの心情の起伏がガッチリと同期しているかのように感じられる。つまりマデリンが感じる苦しみと似た体験をプレイヤーが体験することができるという特徴が挙げられるだろう。

挫折を繰り返しながら物語は進む

 ゲームのジャンルは2D横スクロールアクション。難度は高めで、ひとつひとつのギミックを1発で超えることはほぼ無理だ。1回1回死にながら、山の急な斜面を1歩1歩踏みしめるようにして、トラップや地形を覚えていきステージを進んでいく。

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 アクションは難しいものの、操作のストレスは皆無。ミスして死亡してしまっても即座に復活する。崖をギリギリで飛ぶ「ギリジャン」を要求される場面もあるが、実はほんの少しだけ宙に浮いてしまってもジャンプができるという猶予【※】が用意されているため、シビアになりすぎない。理不尽で投げ出したくなるような難度ではなく「次はできるかもしれない」とつい思ってしまう絶妙なバランスとなっている。

※この猶予は製作者曰く「コヨーテタイム」と呼ぶらしい。元ネタはワイリー・コヨーテ。崖を飛び出してもちょっとだけ宙に浮いていられるアレだ。

 こうして、プレイヤーはさまざまな障害物に直面し、挫折を繰り返す。マデリンがパニック障害を起こしてしまったら、マデリンと一緒に羽を思い浮かべて深呼吸をする。

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 ゲームの中でたくさん死んで、キツい思いをする。なかなかゲームが進まない。けど進まなきゃ、マデリンがどうなってしまうのかわからない。また死ぬ。とてもキツい。そうこうしているうちに、マデリンは少しずつセレステ山を登っていき、自分のことを理解していく

 マデリンが山から滑落し落ち込むと、プレイヤーも落ち込む。マデリンが内面と向き合い、自分の嫌なところと共存することを決めたときには、プレイヤーは「2段ジャンプ」ができるようになり、軽やかな気持ちになる。

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 さらに本作はチャプターをクリアするごとに死んだ回数が表示される。「どれだけの苦労と時間がつぎ込まれたか」が可視化されることで、その労苦は報われる。

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 こうして、プレイヤーは何度も失敗しながらゲームを進めていくと同時に、最初はほとんどわからなかった、マデリンの抱える不安や悩みを理解していく

 「デス数は勲章だ。失敗の数だけ、うまくなる。」という言葉は、まさにゲームとは何かを端的に表した言葉と言っても良いだろう。

 そして「他人の不安や悩みを簡単に理解することはできない。それでも、それを理解しようとがんばった過程そのものは肯定されてよいはずだ」と、このゲームからは、そんなメッセージが伺えるのだ。

※余談だが、現実の山登りでも似たような経験をしたことがある。山頂で有名な焼うどんを食べようと山に登ったとき、のんびり登りすぎてお店が閉まってしまい、食べられなかったことがあった。本来は達成感を得るはずの時間が丸々絶望に変わったのだが、思い返せば道中もそこそこ楽しかったので、達成感がなくても登山は良いものなんだなあと思った。もし結果だけを求めていたら、辛い思い出になっていたかもしれない。

よかれと思ってしたことが、報われないこともある

 ほかにも『セレステ』には途中こんなエピソードが挿入される。オオシロさんというホテルの経営をしている(していた)人物が登場する場面は非常に象徴的だ。オオシロさんは久しぶりの客が来たということで、かなり張り切って接客し、どうにか泊まってもらえるようにしつこいほどにマデリンを呼び止める。

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 見ての通りオオシロさんは幽霊で、セレステホテルはとっくに廃業してしまっている。オオシロさんは廃業したホテルに住みつく、過去を捨てきれないノスタルジーの怪物みたいなものだ。マデリンはかなり胡散臭いオオシロさんに警戒しつつ、けど何かを感じ取ったのかホテルの清掃を手伝うこととなる。

 ホテルの中はヘドロの怪物みたいなものに支配されていて、とてもじゃないが宿泊できるような場所ではない。しかしマデリンはセオの反対を押し切りながらホテルの清掃をコツコツと進めていく。

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 しかし結局マデリンはオオシロさんを怒らせてしまい、追いかけ回された挙句、ホテルをひとり寂しい気持ちで出ていくことになる。
 よかれと思って手伝ったのに、なんと報われない結末なのだろうかと思うのだが、これもまさに他人の不安や悩みを理解することの困難さを象徴的に描いているシーンだと言える。

「ここで死んでください!」という製作者のメッセージ

 『セレステ』は山を登っていくゲームだが、登っていく山は意図的にトライアンドエラーを繰り返させるように設計されている。

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 ゲームをプレイしていくと「まんまと罠に引っかかって死ぬ」シーンがたくさん訪れる。そのたびに私は「製作者め、私の心を読んでいるな!?」と思い、少し慎重になりながら再びステージを進んでいく。

※「この記事にはやたらと注釈があるな」と思った方もいることだろう。文中に置かれる注釈は、文章における文字通りの「起伏」であり、ゲームでいうと障害物に似ている。

 最初はそういった罠に対して、意地悪さを覚えるかもしれない。しかし、このゲームの「難所」は、マデリンの心情においても「難所」となっている。何回も死ぬ難所をなんとかクリアしたとき、プレイヤーもマデリンも大きな一歩を進めることができる。このステージのここで苦労したからこそ、マデリンの苦労を知ることができる。

 こうして地道にマデリンの心情を理解していくうちに、やがてマデリンはこのゲームを通して私に「不安や悩みを打ち明けてくれたのではないか」と感じられるようになる。こんな優しい気持ちになれるのは、マデリンと一緒に苦労をともにしたからこそであり、まさに「ゲームならでは」の体験だと言えるだろう。

不安に向き合った時間や労力こそ美しく、報われるべきなのだ

 人の不安な気持ちなんて簡単にわからないと思う一方で、私の不安な気持ちが他人に簡単に理解されてたまるかという反抗心がある。不安を理解しようとすること自体が難しいことで、我々は愚直にそれと向き合うしかない

 しかし、その向き合った時間や労力こそ美しく、報われるべきなのだ。『セレステ』はそう教えてくれた。

 ゲームはボタンを押さなければ進まない。ゲームはただ漠然とボタンを押しているだけではクリアできない。ちょっとしたズル?【※】もできるかもしれないけど、とにかくやるしかないのだ。

※『セレステ』にはアシストモードという一気に難度を落とすことができる機能が実装されている。本当にどうしてもダメだという人にはちゃんと救済が準備されている。本当に本当にダメだったときは使ってみよう。

 我々はなぜゲームをプレイするのか。きっと「エンディングを観る」という達成感だけのためにプレイしている方は少ないだろう。ゲームというものはプレイすること自体に意味があり、プレイそのものが楽しまれているはずだ。

 月並みな表現になってしまうが、まさにこのようなゲームならではの特性が誰かの人生と重なったときに、「何かに立ち向かうこと」という勇気がもつ大きな価値を思い出させてくれる。

 実は、『セレステ』がPS4で遊べるようになったタイミングで無料のDLCが配布され、新たなチャプターである「別れ」が追加されたり、日本語のローカライズが見直されたりしている。発売直後に遊んだ方にも、ぜひまた遊んでいただきたい。

© Matt Makes Games Inc. 2018-2019

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色々な活動をしている素振りを見せて家でずっとゲームをやってる人。『Ever17』、『Air』、『BioShock』、『UNDERTALE』に強い影響を受けながら『プリパラ』と『妖怪ウォッチ』が一生続くことを願う日々。『スト5』ではRミカ使い。
Twitter:@zombie_haruchan
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ローグライクやシミュレーションなど中毒性のあるゲーム、世界観の濃いゲームが好き。特に『風来のシレン2』と『Civlization IV』には1000時間超を費やしました。最も影響を受けたゲームは『夜明けの口笛吹き』。
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