小学生のころに『風来のシレン2』に触れて、ローグライクの面白さにドハマリしてから約20年。いろいろなローグライクを遊び、数千時間を溶かしてきましたが、今回紹介するゲーム『Slay the Spire(スレイ ザ スパイア)』は文句なしに傑作中の傑作です。
何がすごいって、バランス調整が神がかってるんですよ。『ドミニオン』のような「デッキビルディング」とローグライクを見事に融合させたデザインも然ることながら、とにかく完成度が異常に高い。
しかも、そのバランス取りの仕方も非常に独特。基本的にはインフレ気味の調整で、単体で見れば「これ1枚で勝てるんじゃない?」みたいなカードやアイテムが目白押しなんですけど、そうやって「特定の戦略に頼りすぎると、どこかで必ずドツボにはまる」ようなデザインになっています。
だから、遊んでいると「ぶっ壊れてるのにバランスが取れてる」という奇妙な感覚に襲われるんです。なんで……?
このバランス調整が生み出す気持ちよさ、そして中毒性の高さたるや。対戦型カードゲームで強すぎるカードやデッキを「ぶっ壊れ」「OP(Overpowered)」と呼ぶことがありますが、『Slay the Spire』の気持ちよさは、まさにそういう“強すぎ”なカードをプレイしているときの感覚に通ずるものがあります。しかも本作はシングルプレイヤーなので、対戦相手に気兼ねすることなく好きなだけ「俺TUEEE!」を味わえるんです(それなのに大味にならず、バランスが取れている)。
というわけで、本稿では2019年にMegaCritより正式リリースされた『Slay the Spire』の神バランス調整が生む魅力について紹介していきたいと思います。
ちなみに筆者は本作にハマりすぎて、Steam版・iOS版でトロコンした挙句、この原稿のためにPS4版にまで手を出すハメになりました。
文/実存
連載企画「プレイステーション インディーズ」
PS4 / PS5で遊べるインディーゲームの中から、電ファミ編集部が厳選して「これは絶対に遊んでおけ!」とオススメするタイトル37選をお届け。自分にぴったりと「ハマる」ゲームを見つけるお役に立てれば幸いです。
※この記事は、インディーゲームをもっと応援したいソニー・インタラクティブエンタテインメントさんと電ファミ編集部のタイアップ企画です。
ローグライク(面白い)+デッキビルディング(面白い)=超面白い!
まず『Slay the Spire』のシステムを簡単に説明すると、「ローグライク+デッキビルディング型カードゲーム」というもの。
12枚の初期デッキからスタートし、敵を倒すたびにランダムなカードをピックすることでデッキを少しずつ強化して、全3層(+α)からなるダンジョンの制覇を目指していきます。
『不思議のダンジョン』シリーズのようなスタンダードなローグライクRPGとは違ってレベルや装備といった概念はなく、カードの追加・削除と、ランダムで手に入る強力なアイテム「レリック」の取得によって、デッキを強化しつつゲームを進めることになります。
まずバランス調整の話に入る前にぜひとも触れておきたいのが、この「ローグライク+デッキビルディング」というシステム自体が画期的だということ。
そもそも、ローグライクというシステム自体が面白い。「プレイごとに毎回違った冒険が楽しめる、死んだらイチからやり直し」というローグライクゲームの根幹システムは、プレイヤーに毎回新たな驚きや発見を与えてくれ、高い中毒性があります。
コンソールでは『トルネコの大冒険』や『風来のシレン』といった「不思議のダンジョン」シリーズが有名ですね。Steamでも『FTL: Faster Than Light』や『Binding of Issac』など、昔ながらのターンベースドとは一風異なったローグライクインディーゲームが一世を風靡し、一大ジャンルとなりました。『Slay the Spire』もこの流れを汲んでいます。
次いで、「デッキビルディング」というシステム自体もまた面白い。『遊戯王』や『マジック・ザ・ギャザリング』のようにあらかじめデッキを構築して戦うカードゲームとは異なり、毎回同じ初期デッキからその都度の状況に応じてカードを取得、あるいは削除してデッキを強化していくため、プレイごとに臨機応変の判断求められます。いつでも勝てる戦略・戦術はなく、状況やその先の展開を見据えた取捨選択の面白さがクセになるジャンルです。
このジャンルの代表格であるカードゲーム『ドミニオン』は2008年のリリース以来大ヒット作となり、今でも世界中の人々に遊ばれている普及の名作です。
つまり、『Slay the Spire』はそれ単体でも面白いローグライクとデッキビルディングというジャンルをこれ以上ないほどの完成度で、見事に組み合わせたエポックメイキングな作品なんですよ。「美味しい+美味しい=超美味しい」という、いわばカツカレーのような奇跡の存在です。
実際このふたつのシステムの取り合わせの相性はめちゃくちゃによく、本作のヒット以降、ほぼガワを変えただけのようなものも含めフォロワー作品がいくつも現れました【※】。
※じつは、「ローグライク+デッキビルディング」というシステム自体は『Slay the Spire』の発明ではなく、『Dream Quest』という先駆者が存在しており、以前電ファミで行った開発者へのインタビューでもそれについて触れられています。とはいえ、このシステムを高い完成度で確立し、広く知らしめたのは本作にほかならないでしょう。
そうしたフォロワー作品は筆者もいくつか遊んできたものの、本家『Slay the Spire』の完成度に勝るものは未だに現れていないように思えます。
それはなぜか? おそらく、冒頭でも述べたように「バランス調整の完成度が異常だから」ということに尽きるのではないかと思っています。それでは、ゲーム中でそのバランス調整の素晴らしさがどのように感じられるか、具体的に見ていきましょう。
ぶっ壊れてるのにバランスが取れてる
『Slay the Spire』に登場するカードやレリックは、単体で見ると「こんな強くていいの?」みたいなものがたくさんあります。たとえば、この「反響化」というカードを見てみましょう。
エーテリアル。ターンの最初に使用するカードの効果を2回分発動する。
強そうに見えますよね。実際、このカードはめちゃくちゃ強いです。ただし、それは「いいタイミングでプレイできれば」の話。
『Slay the Spire』ではカードをプレイするのにエナジーを消費します。初期エナジーの総量は「3」なので、コストが3の「反響化」をプレイする場合は、1ターン無防備になり、敵の攻撃をモロに被弾する危険があります。それに加えて、このカードは「エーテリアル」を持っているため、手札に来たときにプレイできないと自動的に「廃棄」され、そのバトルの間は使えなくなってしまいます。
本作はHPの回復手段があまり豊富でないため、被弾はかなりのリスクを伴います。ダンジョンの途中にある休憩ポイントでは「HPを回復する」か「デッキのカードを1枚アップグレードする」かのどちらかを選ぶんですが、被弾が増えるとデッキ強化のチャンスを回復に回さざるを得なくなり、次第にジリ貧となってしまうのです。【※】
※ちなみにこの「反響化」をアップグレードすると「エーテリアル」が消えるため、かなり取り回しがよくなります。基本的にアップグレードするとカードの性能は飛躍的に向上するので、休憩ポイントはなるべく強化に回したいところ……
その一方で、こういった短所を強力な「レリック」で補うこともできます。たとえば、「ミイラの手」というレリックの効果は次のとおり。
パワーカードを使用した時、そのターンの間、手札のランダムなカード1枚のコストが0になる。
つまり、「ミイラの手」を持っていれば、「反響化」をプレイしてもほかのカードを0コストで使えるので、隙を減らすことができるんです。しかも、手札のほかの「パワー」カードが運良く0コストになれば、効果が連鎖して手札を全部使い切れるほどの強力な動きになることも。
ほかにも、使用しなかったエナジーが蓄積される「アイスクリーム」や最初のHPの損失を無効化する「貝の化石」など強力なレリックはいくつもあります。
このようにカードとの相乗効果をさまざまに得られるレリックは非常に強力ですが、敵を倒す度に3枚から1枚選べるカードとは違って、基本的にはランダムで入手するしかありません。ショップでも販売されていますが、カードやポーションに比べて高価なため、そのときの状況とよく相談する必要があります。また、通常のザコ敵より遥かに強い「エリート」モンスターを倒すことでも入手できますが、エリートを相手にすること自体、それ相応のリスクが伴います。
つまり、レリック自体は強力だけれども、ある特定のレリックの入手を前提とした戦略はなかなか組みにくいものとなっているんですね。だからこそ、デッキのビルドとうまく噛み合った際の気持ちよさがたまらない……!
このように、一見強いカードやレリックでも明確な弱点がはっきりとデザインされており、「強いけど強すぎない」ような絶妙なバランス感は『Slay the Spire』の大きな魅力と言えるでしょう。
「これ引いたら勝ち」とはならない調整だから、「運ゲー」にもならない
しかし、こうした強力なコンボが揃ったからといって「勝ち確」にはならないというのが、『Slay the Spire』のさらにすごいところ。
前述した「ミイラの手」+パワーカード中心のビルドはたしかに強力なんですが、不運にも第3層のボスで「目覚めし者」に当たってしまった場合、かなりの苦戦を強いられることになります。
というのも、「目覚めし者」はパワーを使う度に筋力(攻撃力)が1ずつ上がっていくうえに多段攻撃を仕掛けてくるため、パワーを使いすぎると手がつけられないほど強くなってしまうからです。
ほかにも、第3層の「タイムイーター」というボスはプレイヤーが12枚カードを使うたびにプレイヤーのターンを強制終了して攻撃してきます。
もうおわかりですね。つまり、0コストの「ナイフ」などを多用し手数で攻めるビルドを組んでいた場合、ほぼ詰みます。
上述したパワー型のほか、手数型やブロック型、はたまたデッキ圧縮型など、『Slay the Spire』ではさまざまに強力なビルドを構築することができますが、どの戦略も最初から「決め打ち」で行ってしまうと、どこかで窮地に陥るような仕掛けが施されています。
こんなふうに書くと「運ゲーじゃねーか!」と思われるかもしれませんが、そんなことはありません。第3層含め各層のボスは3種のうちから1種がランダムに選ばれるうえ、各層へ到達したときにどのボスが最後に待ち受けているのかが分かるようになっています。
つまり、プレイヤーにはつねにビルドの方向性を調整する猶予が与えられているんです。
この仕掛けがあるゆえに、最高の引き運で「今回は楽勝だな!」と思っていたら最後のボスにまったく歯が立たなかったり、逆に序盤の引きが悪くても偶然拾った強力なレリックがデッキと噛み合い、スルッとクリアできてしまったりするんです。いやあ、なんとニクいデザインか。
運を味方につけ、いい引きを活かし、逆に不運はテクニックや経験でカバーする……。『Slay the Spire』では、この“ローグライクの醍醐味”が思う存分味わえます。
そのほかにも、「カードをピックする際、取得せずにスキップすることもできる」「3層構造なのに2層がいちばん難しい(しかもそれだから良い)」「最初の3回の戦闘で敵のHPを1にするボーナスがあるためリトライが苦にならない」「カードを削除するコストが高めに設定されている」「ゲームを中断するとバトルの最初に戻る(おそらく意図的)」「登塔(アセンション)モードのレベル18あたりから、ローグライクマニアも唸る絶妙な高難度になる」など、語りたいポイントはたくさんあるのですが、きりがないので本稿で具体的に語るのはここまでにしておきます……。
「ローグライクの味は“タレ”で決まるのでは?」という仮説
以前、電ファミの「ゲームの企画書」で『不思議のダンジョン』シリーズ開発者の中村光一さんと長畑成一郎さんにインタビューした際、非常に興味深いお話がありました。
「不思議のダンジョン」の絶妙なゲームバランスは、たった一枚のエクセルから生み出されている!? スパイク・チュンソフト中村光一氏と長畑成一郎氏が語るゲームの「編集」
それは、『不思議のダンジョン』シリーズのゲームバランスは、「長畑さんがひとりでデータをエクセルで管理して調整している」というもの。その発言の一部を見てみましょう。
長畑氏:
でも、「なんとなく」というのは、私もそうですよ。
例えば、『不思議のダンジョン』って、アイテムやモンスターのデータをエクセルで管理しているのですが、私はそのデータ表を見ればどういうゲームになるか、ある程度まで判断がつくのです。でも、それって「何となく」としか言いようがないんですね……。
中村氏:
それ、ウチでも長畑さんにしか出来ないんだよね(苦笑)。だって、何千列もある表ですからね。
──えっと……。まずエクセルで管理されているのに驚くのですが(笑)、それはともかく何だか凄いことを聞いた気がしておりまして、詳しくお伺いさせていただけますでしょうか。
長畑氏:
いやいや、大したことじゃないんです。
ただ、ゲーム開発というのは、なかなか時間がないものなんですよ。そこで、ウチにはエクセルに「こういうアイテムやモンスターが出る」という基本になる表がありまして、それを数字をいじったりして、並べ換えていくんです。そうすると、大体こういうゲームになるんじゃないかと頭のなかで分かるので、あとはゴリゴリと納期に向けて作っていくんです。
──……表を見るだけで分かるものなんですか?
中村氏:
だから、それは長畑さんだけです(笑)!
この事実が示しているのは、『不思議のダンジョン』シリーズの面白さの少なからぬ部分が、長畑さんによる手作業でのバランス調整という“職人技”の賜物であるということです。
冒頭で「ローグライクというシステム自体が面白い」と述べましたが、そもそもローグライクの元祖である『ローグ』をさらに遊びやすく、より馴染みやすくアレンジしたものが『不思議のダンジョン』シリーズであるわけです。
実際のところ、上述のインタビューでも触れられているとおり、『不思議のダンジョン』シリーズでは「プレイごとに毎回違った冒険が楽しめる、死んだらイチからやり直し」という『ローグ』の根本システムに対する大きな変更はなされていません。
つまり「ローグライク」というジャンルの面白さは、その素材の味を何倍にも美味しく引き出す「秘伝のタレ」のでき具合に──すなわち、職人技のバランス調整に左右される部分が大きいのではないでしょうか。
言い換えるならば、「ローグライクの味は“タレ”で決まる」。
これはもちろん100%主観的で個人的な仮説なんですが、『Slay the Spire』を遊んでいると、この仮説もあながち間違ってはいないんじゃないか、という気もしてきます。
なぜなら、『Slay the Spire』の素晴らしいバランス調整は、最初から出来上がったものではなく、アーリーアクセスのリリースから「毎週のアップデート」という執念の作り込みを繰り返して完成されたものだからです。
この事情は4GamerによるGDC2019のカンファレンスレポートで詳しく語られていますが、本作はリリース当初、全然売れませんでした。一般にSteamでは「リリースから2週間が勝負」とされていますが、『Slay the Spire』の売上は2週間で数百本だったそうです。
しかし、MegaCritの開発チームは地道にアップデートと改良を続けていき、ついにリリースから3ヶ月後に中国の有名実況者が取り上げたことで人気が爆発。そこから世界へとその評判が広まっていき、大ヒット作に成長したのです。
「毎週のアップデート」と一口に言っても、まさしく「言うは易く行うは難し」。開発チームも、「めちゃくちゃ忙しい」「スタッフが病気や怪我などでちょっとでも動けなくなると大変なことになる」と、この戦術の弱点について言及しています。そりゃそうだ。
つまり何が言いたいかといえば、「毎週のアップデート」というヤバい頻度で行われたバランス調整──これこそが、毎週毎週、継ぎ足し継ぎ足し練り上げられた、『Slay the Spire』の“秘伝のタレ”だったわけです。これもまたひとつの職人芸だと言えるのではないでしょうか。
この事情を考慮すると、「ぶっ壊れてるのにバランスが取れてる」という他に類を見ないセンスの調整力は、そうなるべくしてなったのだと考えられるでしょう。
ランダム性というものはゲームの華ですが、かといってランダムだから面白いわけではありません。ランダムだから面白いのではなく、「面白く調整したランダムだからこそ面白い」のではないでしょうか。
ローグライク、デッキビルディングという美味しい素材の取り合わせ、そしてその素材の味をさらに何倍にも美味しく際立たせる秘伝のタレ。『Slay the Spire』は、まさに至高の料理と呼べるようなゲームです。
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